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寄り道ありマス  作者: 九木十郎
その6
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6-6 やれやれといった風情の溜息

 遅れてきた神主が拝殿に上がり、祭りが始まって祝詞のりとを上げる頃、床の上に正座していた僕はいい加減足が痺れて嫌になっていた。

 ふと見れば隣の参加者はあぐらをかいて頭を垂れている。正座でなくても良かったのかと其処そこで知ったのだが、今更足を組み替えるのもはばかられる気がして我慢する羽目に為った。


 祝詞が終わり全員へのはらいを済ませてようやく祭事が終わると、もう僕の足の感覚は完全に無くなっていた。案の定、立ち上がろうとしてよろめき、あっさり転ぶ羽目になった。


「おいおい、大丈夫かいお兄さん」


 苦笑した中年の男性が苦笑しながら手を貸してくれて、「すいません」と頭を下げた。


「しかし、こんな所で会うというのも奇遇だね」


 そう言って肩を叩かれたのだが、さて、僕にはとんと記憶にない。何処で会った人だったろう。法被はっぴを着ているからこの町ゆかりの人、祭り衆の一人である事に間違いはないのだけれど。


「憶えてないかい?まぁ仕方がないか。そうだ、またコレを吹いてみてくれないか」


 そう言って男性が並べられた奉納品の中から、一つの細長いラッパ状の楽器を取って差し出してきた。


「あの、ひょっとしてコレはチャルメラ?」


「そうだ。一発頼むよ」


 いやいや、何で僕はこの楽器を知っているんだろう。初めて見るはずなのに。

 それにまたって……


「でも、奉納品をかなでるだなんて良いんですか。しかも此処ここで?」


「神事も終わって奉納された後の下りものだから問題はない。それに御祭神もキミが吹けば喜んで下さるよ」


 押し付けられるように受け取って、コレもダブルリードなのだと気が付いた。


 アレ?同じようなリアクション何処かでやったぞ。何処だったろう。タダのデジャヴだろうか……

 まぁ今はいいか。そしてチャルメラで吹けと言われたら、やっぱりあのフレーズだろう。


 勧められるままにリードを咥えて、そのまま奏でた。


 ちゃらりーらり、ちゃらりらりらー


 愛嬌がありながらも何処どこ哀愁あいしゅう漂う、耳に馴染んだこのメロディ。

 んー、やっぱり何処かで演じたような気がする。吹いたことは無いはずなのに、指は何故か音階を知って居るし。前にテレビか動画で吹き方を見知っていたのだろうか。


 ワンフレーズ終えて口を離すと「おおー」と小さな歓声が聞こえて、参加者たちから拍手を送られた。


「良かったよ、お兄さん」


「本当にこんなので良かったのですか」


「バッチリだよ」


 チャルメラを手渡すとウィンクが返ってきて、その仕草が妙に板に付いていた。何だか、醤油スープのチャーシュー麺が食べたくなっていた。


 三々五々に帰る参加者に紛れて境内を出ると、池を挟んだ向こう側の田んぼに一匹の犬が居た。

 明るいキツネ色の毛並みなのだが、犬にしては随分と尻尾が大きく見える。鼻先や耳も少し尖った印象だ。


 参加者の一人が「狐が居るな」と呟く声が聞こえて、なるほどアレがそうなのか、本当に狐はキツネ色の毛並みなのだなと、お莫迦な納得の仕方をしてしまった。


 だが口に何かを咥えていた。何だろうとよく見てみれば、それは祭りの屋台などで見かけるキツネのお面だった。偶然なのだろうが随分と洒落が効いている。

 じっと動かずにコッチを見ていて、まるで僕を見つめているような感触があった。


 僕は立ち止まってしばらく見ていたのだが、やがて狐はポロリと仮面を落とすと「こーん」と寂しげに鳴いた。そしてくるりと身をひるがえすと、あっという間に見えなくなってしまったのである。




 懸案の祭事を終えて会社に顔を出した。


 会社の名代として参加するのだから、終わったら報告の義務が有るのだとかなんとか。実にわずらわしい。誰が会社に出ているのだろうと思ったら、なんと課長がデスクの前に座っていた。


「無事に終わったか」


「はい、滞りなく。帰って良いですか」


「良いが、ちょっと聞きたい。おまえは本当に、あの何と言ったかな、社内で楽器の演奏グループを作るつもりなのか」


「木工楽団の事ですか?有志でのグループですので、演りたいと思って居る人のみで構成します。強制でもありませんし、会社からの出資を求めるつもりもありません」


「そうではなくてだな。それに関連させて本社に、M市市民ホールのコンサートピアノを引き取ってはどうか、という提案を出しているだろう。組織図を守れ、部所の上司や工場長を飛び越えて本社と駆け引きするな。

 だいたい弾けなくなったピアノを引き取ってどうする。博物館にでも寄贈するつもりなのか。まさかこの工場にあんなデカブツをえるつもりじゃあるまいな」


「そのつもりですけれど」


「不許可だ。場所が無い、金も無い、そもそも意味も無い。即刻提案を取り下げろ」


 その内詰問(きつもん)されるだろうと思って居た。だから答えはもう準備済みだった。


「会長と相談役から許可は得てます」


 誰だ?大花田の会長と相談役に決まっているではないですか。お二方とも結構乗り気でしたよ。

 来週初め辺りにそのむねの連絡が来るはずです。場所は北倉庫の一角が、生産区画整理でデッドスペースになっているでしょう。其処そこを予定してます。

 アソコに壁や天井を設置して、少し広めの屋内ピットにすればほこりを避けることも出来ますし、防音対策にもなります。工場長から許可は頂きました。

 いつの間に?メールを見てらっしゃらないのですか。仕事始めに端末を覗けとは課長の口癖ではないですか。


 そこまで一気に畳み掛けた。


「いったい何処の伝手つてを使って……そうか、渡邉さんか。本当に会長と相談役が?」


「渡邉さんには本当に骨を折ってもらいました。定年で退職された方々にも連絡をとっていただいて、ピアノ保存の為に社内で結構な数の署名も集まりました。

 本社の解体された元楽器部門の方々とも連絡を取り、数台分の予備部品も集まりました。全て用意が整ったらレストレーションを行なって、あのピアノは新品同様となります。

 M市市民ホールのピアノ担当者の方には、少々(こく)なことになってしまいましたが」


「そこまで話が進んでいるのか」


「子細は報告書として先週末提出しました。まだ目を通していらっしゃってない?」


「……」


「僕が工場長へ進捗状況を報告するのはマズイでしょうね」


「明日朝一でわたしが報告するから無用だ。今日現在までの追加報告書を提出しなさい。楽団の活動予定も含めてだ。こちらは箇条かじょう書きの草案でかまわん」


「分りました。では、よろしくお願いします」


「光島」


「何でしょう」


何故なぜこんな無駄なことをする。いらん波風立てても良い結果にはならんぞ」


「社内サークルを作るのがそれ程おかしな事ですか?」


「それを口実にしてやることが大仰おおぎょうに過ぎるだろう。それに」


「それに操業には何も関係が無い。実績が上がる訳でもない、ですか?」


「これで仕事に差しさわりが出れば、おまえ自身が評価を落とすことになる」


「まぁ、それはそうかも知れません。っていうか、それは当たり前の話ですよ」


「だったら」


「操業以外のことをやってみたいと思ったのです。いまの状況でなければ出来ないコトをする、それは決して無駄な体験じゃない。そう考えたんです」


「人一人で出来るコトには限界がある。就業時間外で全てやれるのか」


「それもふくめて、ということでご了承下さい。それに、お手伝いして下さる方は結構多いのです。なので、僕は一人ではないのです」


「おまえはもっと堅実で、大人しい人間だと思っていたのだがな」


「たまにはチャレンジするのも悪くは無いかな、と」


「むしろ寄り道の類いだろう」


 課長の感想が妙にツボで、思わず「あはは」と笑ってしまった。

 うん、正にその通り。あのコンサートピアノを引き取ってもらえるよう、色々と手をくしていることしかり。会社の中に吹奏楽のサークルを作ることしかり。


 仕事とは全く関係ないけれど、いまココで、自分の置かれているこの状況の中でしか出来ないコトだ。他の立場や、他の会社だったらたぶん無理ゲーっぽい。

 だから無意味というのはちょっと乱暴なんじゃないかな。


 一文の得にも為らないかも知れない。でも、少なくともピアノの演奏にかこつけて、オーボエを吹く場所くらいは確保できそうだ。

 それに上手くすれば一緒に演奏する仲間だって集められるかも知れない。

 むしろソレは美味しいメリットじゃあないか。


 僕は「失礼します」と頭を垂れると、そのまま事務所を後にした。


 後ろ手でドアを閉めるその隙間から、やれやれといった風情の溜息が聞こえたような気がした。

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