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寄り道ありマス  作者: 九木十郎
その6
31/35

6-3 「デートなのでしょう?」

 夕刻になって、ふと気付くとまた猫食堂の前に来ていた。


 またかと思うと同時に、流石に三度目ともなればもう戸惑いも無くなっていて、何の躊躇ためらいもなく引き戸を開けた。「いらしゃいマセ」と何時もの妙なイントネーションの声が僕を迎えてくれた。

 店の中をグルリと見回す。でも期待していた人影は無かった。


「お待ち合せデすか」


「あ、いえ……キリエさんは来ましたか?」


「ここ数日お見えになてマセンネ」


 そうですかと答えてカウンターに座ると、日替わりメニューでソーセージ丼はどうですかと勧められた。本日に限り玉子丼より安いのだという。

 どんなモノですかと聞いたらご飯の上に照り焼きソーセージを乗せ、卵を出汁で溶いたあんが掛かっているのだという。興味をそそられてソレを注文した。


「日替わり丼一丁」と厨房に声をかけて僕の手元に伝票を置く。その時になって初めて気が付いた。前足の見事なとらしまの毛並みにだ。はっとして給仕の横顔をマジマジと見たらやっぱりそうだ。

 それは見た事のある顔だった。何で今まで気付かなかったのだろう。


「ニケ?」


 思わずつぶやいてふと目が合うと、彼女は「にっ」と満面の笑みを浮かべた。


 店内は七割ほどの席が埋まっていた。


 客はやはり僕以外は猫ばかりだった。この巨大猫たちはいつも何処に居るのだろう。少なくとも道を歩いているときに出会った事はない。

 もしかしてひょっとして此処ここに居る全ての猫は昼間は普通のサイズで、夕刻になるとこの大きさになる。そういうコトなのだろうか。


 このニケのように。


 まさか、此処ここの町の住人が実は全て猫で、昼間は木陰などで惰眠を貪っているとか、そういうコトではあるまいな。


 ふと思いついたファンタジーな発想だったが、妙に説得力が在りそうにも思えた。


 しかしそれにしてもこの食堂や猫にはこんなに簡単に出会えるのに、どうして肝心の相手には会えないのだろう。この町は望んだ者が入り込める場所じゃなかったのか。それとも人が相手だと埒外らちがいなのか。


 この町をブラブラと徘徊はいかいして居れば、その内何処(どこ)かで会えるのではないか。そんな根拠のない信頼があった。これまでもコチラが必要としたときに直ぐさま現われるヒトだったから、妙な安堵感に流されて連絡先も聞きそびれたままだった。


 く機会なんていくらでもあったというのに。


 ドコに住んでいるのかも分からない、ドコに行けば会えるのかすら分からない、しかも望んで行きたい場所へ行き着ける保証も無い。何と勝率の低い人捜しであることか。


 偶然や幸運にたよるばかりじゃ何もしていないのと同じ。宝くじを買って「当たりますように」と祈っているのと一緒だ。


「会いたいと思う時に限って会えないもんだな」


 そうつぶいた瞬間だった。


「それはわたくしの事でしょうか」


 いきなり耳元でささやかれて思わず飛び上がった。振り返ってみればキツネのお面が顔の真横にあった。


「お、おゴンさん」


「はい、おゴンさんですよ。おや、あからさまにガッカリされると傷付きますね」


「あ、いや、ガッカリなんてしてないですよ、ビックリしただけで」


 じわりと冷や汗がにじんだような気がした。


「あのヒトでなくてごめんなさいね。お隣(よろ)しいかしら」


 どうぞ、と言うと同時に僕の注文が運ばれてきた。蓋を取るとフワッと湯気が立ち上って、熱々の卵と焼きたてのソーセージの香りがした。「美味しそうね」とつぶいた彼女は同じモノを頼んだ。


「お、お先にいただきます」


「どうぞ。此処ここには良く来るのですか」


「あ、まぁ、それなりに」


 割り箸を割りながら、此処でキリエさんと出会った時にも同じような会話をしたなと思った。


「会いたいヒトというのはキリエの事よね」


 問いかけの続きに一瞬むせそうになった。今日はどうしてこうも彼女の事で問いただされるのか。だがこのヒトに隠す必要もあるまいと思い直し、「そうです」と答えたら「あらあら」という返事があった。


「悔しいわね。どうかしら、そろそろこの辺りでわたしに乗り換えるというのは?」


「どういう意味です」


「わたし達の楽団に興味が在るのでしょう?でなければ、また一緒に演奏する約束なんてしないわ」


「それはソレ、別の話です。キリエさんを袖にしたつもりは無いですよ」


「彼女は別の受け取り方をしたかもね。自分の役割をよくわきまえて居るヒトだもの」


「どういう、意味です」


 自分でも声のトーンが落ちたのが分かった。


「道案内のお役目はもう終わり。後はこの町を居場所とするか、泡沫うたかたの夢として消してしまうか。選ぶときが来たということよ」


 おゴンさんの注文が来て語りが一旦いったん途切れた。どんぶりの蓋が開けられると、また出来たての香りが漂ってきた。


「まぁ難しく考える必要はないわよ。あなたが一番望む道を選べば良いだけの話。誰も強制なんてしないから。でも残って居る時間は余り多くないと思うわ」


 割り箸が割られて一口食べると「美味しいわね」という感想が洩れた。仮面も外さずに随分と器用な食べっぷりであったのだが、僕はそれどころではなかった。


「選んだらどうなるんですか」


「気持ちが決まったらまた彼女と会えるわよ。くわしい事も全部教えてくれるでしょう。ほら、温かい内に召し上がりなさい。冷めてしまったら勿体もったいないわ」


 食べながら僕にも食を勧め、黙々とどんぶりの中身を平らげていく。そんな彼女に同じような質問を幾度か重ねたのだが、後はのらくらとかわされるばかりだった。


「あまり深刻にならずにね。誰しも分かれ道の前じゃあ悩むモノよ。必要とされれば彼女はまたあなたの前に現われる。今までもそうだったでしょう?」


 会計を済ませて店の外に出ると、おゴンさんはそんな事を言った。


「あなたのオーボエ、わたしは好きよ。願わくばこれからもご一緒したいわね」


 仮面の奥から微笑む印象だけを残して、仮面の彼女は薄暗い路地の奥へと消えていった。残された僕は、ただポツンと立ちすくむダケだった。




 結局キリエさんに出会うことも無いまま、リサイタルの期日になった。


 場所と開始時間は確かに伝えてある。だが待ち合わせをしていない約束というものは、実に不安を煽ってくれた。来るかも知れないし来ないかも知れない。

 彼女がスマホを持っているかどうかは知らないが、それでも電話番号は訊いておくべきだった。


 そもそも、彼女があの町を出て来ることが出来るのかな?


 普通ならそんな心配なんてする必要なんてない。でもあのヒトは普通じゃないし、大勢が居る場所へ出向いて良かどうかも分らない。

 以前白石さんと出会したときには普通に見られていたから、大丈夫と言えば大丈夫なのかも知れないが。


 まぁ、無理だったら最初から「分りました」なんて言わないだろうし。


 ……言わないよな?


 あの返事はデート承諾しましたという意味だよね。別の意味なんて無いよね。


 会話を思い出しながら自問自答する内に、段々と不安になってきた。


 市民ホール入り口のドアガラスに自分の姿を映して見る。服装は問題無い、はず。フォーマルな服だとスーツしか持っていないし、それでデートというのも堅苦しすぎる。

 でもリサイタルだからな、と何度も悩んだ挙げ句、明るい色のスラックスにブレザージャケットという出で立ちになった。


 着る服でこんなに悩んだのは初めての経験だった。そして開始時間が近づくにつれリサイタルの客と思しき人達がぱらぱらとやって来て、みなホールの玄関を潜っていった。


 その人達の服装はどちらかと言うとカジュアルで、生足出したホットパンツの女性すら居た。確かに真夏日もチラホラあるが随分と気の早い格好だ。

 流石にソレは砕けすぎだろうと思ったのだが、周囲は特に気にする様子も無かった。


 そして更に見ればデニムパンツにTシャツの男性も居た。自分が考えて居た以上に皆自由な服装をしていた。まるで映画でも見に来たかのような感覚だ。


 もしかすると僕は、ちょっと考え過ぎていたのかも知れない。


 玄関のガラス越しにホールへ入って行く人達を眺めていると、やがてガラスに映った僕のかたわらに立つ人影に気が付いた。女性のシルエットだ。はっとして振り返ると「お待たせしました」と笑むキリエさんが居た。


 シンプルだが清楚な感じのワンピースを着ていた。


「遅れてしまったのでしょうか」


「いえ、僕も今来たところですから」


 ドラマや映画でおなじみのやり取りだ。あるいはマンガかアニメか小説か。

 いずれにせよコテコテというか鉄板というか、まさか自分がこんな「如何いかにもデートの待ち合わせ」といった会話をする日が来るなんて思っても見なかった。


「安心しました。ひょっとして来ないのではと思って居たので」


「そんな失礼なことはしません。キチンとお約束したのですから」


 じゃあ入りましょうかと彼女促すと、ピタリと左脇に貼り付いて腕を絡めてきた。


「キ、キリエさん?」


「デートなのでしょう?」


 そう言って彼女はいつものように、にっと笑った。

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