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寄り道ありマス  作者: 九木十郎
その5
25/35

5-2 地面だけが一足先に夜へと堕ちていった

 受付に行き、連絡を入れた光島ですけれどもと言ったら、「係の者が参ります」と少し待たされた。


「いやぁピアノの見学者なんて本当に久方ぶりですよ」


 やって来たのは中年の男性で、黒縁の眼鏡をかけて大分頭がはげ上がっていた。

 案内されたのは小さなホールだった。リサイタルの時には大ホールにまで移動させるのだという。普段は使っていないホールだとも説明された。


「最近は大ホールのほうもめっきり利用者が減ってしまいましてね。ここの維持管理費も莫迦にならず、毎月利用斡旋に四苦八苦ですわ」


 そう言って担当職員は、はははと乾いた笑い声を上げた。


「どうします。試弾されますか」


「え、でも予約が必要なのでは?」


 それは昨日見たホールのパンフレットに書いてあった。確か時間も決まっていたはずである。


「問題ありませんよ。今日は予定もなく誰も使っていませんし」


 そんなアバウトでいいのかなと思ったのだが、弾けるというのなら断る理由はない。


「ただ申し訳ない、調律してないのですよ。大ホールに移動した後に行なう予定だったのでいまは本来の音ではないのです」


 それは気楽に許可が出るわけだ。でもまったく触れないよりは余程いい。「お願いします」と言った。椅子の高さを調整して鍵盤蓋を開けようとしたら目の前に「OOHANADA」のロゴが見えた。

 OHHANADAでもなければOUHANADAでもない。少なからぬこだわりなんだろう。ピアノブラックの筐体きょうたいに白の刻印だったが、年月のせいかわずかに灰色がかっていた。


 ピアノは本来僕の守備範囲じゃないけれど、ズブの素人という訳でもない。吹奏楽を始めた頃に伴奏専門で弾いていた時期が在った。いまではまったく指が回らなくなってしまったけれど。


 それなりに適当な曲を二、三演ったら「やはりピアニストの方ですか」と言われた。


「とんでもない、僕は専門外です。ピアノはちょっとかじっただけで」


「そうでしたか」


 小ホールの方は市民の音楽団が時折利用するのだという。そして今回のリサイタルはこのピアノの最後の舞台となるのだと聞かされた。


「これももう市に寄贈されて四〇年になります」


 黒縁眼鏡の担当者は続けて語った。


 これは良いピアノです。他の一流どころと並べても遜色のない音色を奏でます。耳と指に馴染む、実に弾き易いピアノだと幾人もの奏者の方に褒めていただきました。


 今はまだ現役で使えるのですが、そろそろ細かい所にガタが来始めていましてね。交換部品もきてしまいました。

 特に響板に使用したニスの劣化が著しくてそれが致命的です。大花田楽器さんの方でもニスの仕様が分らなくなってしまって、再現不可能なのだとか。このピアノの最大の特徴だったのですが。


 淡々と語っているが言葉の端々に情感が在った。あるいは、ピアノの見学者などという稀な来訪者であるからこそ、より饒舌じょうぜつなのかも知れなかった。


「なので買い換えることになりました。とはいえ購入するのも中古なのですけれどもね。H市の市民ホールで使っていたベーゼンドルファーを回してもらえる事になったのです。

 入れ替えで向こうは新規購入ですが当方は予算繰りが厳しくて。しかしハイエンドの筐体ですから願ってもない話でした」


「これは寄贈だったのですか」


「はい。大花田楽器さんの創業者がこの市の出身者でしたので」


 成る程、そういうことだったのかと合点が付いた。


「買い換えと言ってましたが、これはどうなるのですか」


「中古の業者に引き取ってもらいます。しかし事前見積もりではほぼ搬送費と引き取り代金とで相殺されて、ただ同然ですよ。

 最初は寄贈先の大花田さんへ返還という案もあったのですが、当方で処理して良いというご返事でしたので斯様かような次第と相成りました。まぁ買い取り手も居ないでしょうし、レストレーションの手間と金額とを考えたら廃棄が妥当でしょうね」


 もうどうにもならないのですかと訊いてみたら、使えてあと五、六年程度だろうという。その間にも不具合の出る箇所はあるだろうし、とてもリサイタルやコンサートに使えるレベルでは維持は出来ないのだとか。


 学校やピアノ教室へ払い下げても良かったが、コンサートピアノは供給過剰なうえ、サイズと重さが災いして、一般の家屋では受け容れ先が見当たらなかったのだそうだ。つまりもはや用済みで持て余され、行き場をなくした挙げ句の顛末がゴミ捨て場、という訳らしい。


 苦笑する黒縁眼鏡が寂しげに見えたのは、僕の勝手な思い込みだったのかどうか。何枚かピアノの写真を撮った後に、再来月までのホールイベントの予告チラシと、リサイタルのパンフレットなどをもらって市民ホールを後にした。


 帰りの列車に揺られながら、あのピアノの先行きを思った。


 確かに調律が出来ていなかったけれど、弾いた感触は悪くなかった。中学校の吹奏楽部で弾いた頃の記憶なので随分とあやふやだが、あの音楽室のピアノよりは余程に音がしっかりしていたように思えた。


 鍵盤のタッチは重すぎず軽すぎず、リアクションは小気味よくて古さなんて微塵も感じられなかった。ガタが来始めていると言われたが、それがとても信じられなかった。素人の僕が言うのも何だけれども、長い間手をかけて丁寧に扱われていたに違いない。


 なので惜しいと思う気持ちが強く、それと同時に自分ではどうにも出来ないという寂寥せきりょう感があった。


 オーボエ奏者である自分がピアノを持っていても仕方がないし、引き取る資金も場所も無ければ、そもそも維持することすら出来はしなかった。

 現実的な金額で維持が可能なら、市民ホール関係者達も手放そうとは考えなかったはずだ。四〇年もあのホールで使用されていたのだから、愛着を持っている者も少なからず居るだろうに。


 そして僕が知らないだけで、世間には似たような境遇の楽器はきっと山ほど在る。

 大花田楽器が作ったピアノはいま、全国にどれくらい生き残っているのだろう。




 列車から降り立ち、自分の住んでいる町の駅を出ると小さな吐息が漏れた。


 陽はもう大きく傾いて、町は一足先に仄暗ほのぐらくなっていた。稜線に差し掛かっている太陽も山陰の中に沈み、ほどなく夕闇が落ちてくる頃合いだった。


 あのピアノの先行きを聞いてやるせない気持ちにはなったが、行ってみて良かったと思った。

 チャリティリサイタルでプロが弾くあのピアノを聞くのが今から楽しみだった。調律がほどこされた万全の状態でどんな音が奏でられるのだろう。


 そして早く帰ってオーボエを吹きたくなったのである。


「ああ。でも、吹く場所が無いんだよな」


 今から帰っても部屋に着く頃には陽が完全に落ちているだろうし、何より部屋で吹けば、またぞろ隣の部屋の住人から苦情が来るのは間違いない。


 人気の無い公園や広場で吹くという手もあるけれど、近隣に民家のない場所なんて田んぼの真ん中か山の中くらいじゃなかろうか。川沿いの堤防や大きな橋でもあればソコでも良いが、この辺りにそんな大きさの川なんてない。


 ちょっと捜せば見渡しのよい草むらくらいは見つかりそうだ。だが陽が落ちた後に田んぼのあぜ道や草原で、独り楽器を吹く見知らぬ男性なんて怪しまれそうな気がする。


 そもそも田んぼだって私有地なのだ。風で音が乱れてキチンと聞えないのも面白くないし、それにこの季節だと蚊やアブとかが寄ってきそうだ。あんまり歓迎したくないシチュエーションである。


 どうしようかと考えて歩いて居る内に、また見知らぬ路地に出ていた。


 そう。見知らぬ、というか幾度いくども迷ったあの、古い日本家屋が建ち並ぶ曲がりくねった路地である。


「あぁ」


 力なく頭を垂れて溜息をついた。これで何度目だろう。


 もはやお約束だなと思う一方、今回もそうなんじゃないかなという予感はあった。キリエさんだって言っていた、僕が望むとどうやら門は開くらしい。だとすれば今度は何と出会うのだろう。


 以前は食事の出来る店でその次はスマホの充電器だった。その流れでいくのなら今度は楽器を演奏する場所なのだろうか。だとしても肝心の楽器オーボエがなければ何の意味もなく、一旦部屋に戻らなければ話にならなかった。


 ダメ元でスマホを取り出したけれど、やはりマップアプリは真っさらだった。

 やれやれと思いながら、ズボンの尻ポケットから折り畳んだA3サイズの用紙を取り出した。あのブリキの箱型ロボットの店でスマホに写し取った画像データを、あの地の果てにあるコンビニのコピー機で印刷した紙製の地図である。


 これならスマホの電源が入ってなくても大丈夫。当てもなく案内不在な路地を彷徨さまよう必要もないだろう。


 ただ一つ問題なのは、いま自分が何処に居るのか全く分らないということなのである。何と言うかコレも、またしてもという感じではあった。


 スマホの方位機能は健在なので方角は問題ない。なので先ず取敢とりあえず、目印になるものを見つけるコトが先決だった。


 町名や番地が分れば一番だが、今までの経験からその幸運は期待しない方が良さそうだ。

 幸いにブリキロボットの地図には世帯ごとの名字が書き込まれているから、表札や特徴的な道筋でも目標物にはなりそうだった。


 うろうろと歩いて居る内に小さな公園の前に出た。


 フェンスで囲われた中に砂場と滑り台があるだけの空間で、子供広場と看板がフェンスに貼り付けられていた。両隣それぞれの民家には猫谷、猫村と表札が見て取れた。僕は暗くなり始めた路地の街灯の下で地図を広げた。


 町の家々は猫山、猫川、猫口、猫﨑、猫島、猫上等々、猫があふれている。

 しかも同じ名字の家が何軒もあった。実に紛らわしい。此処ここはそーゆー猫がらみな名字の人達ばかり集めた地区なのだろうか。


 奮闘すること三〇分。いま居る場所は地図の中央辺りだと知れた。自分の住む町に続く道は地図上の北側、大きめの通りを抜けた先にある。さほど距離はない。ほっと一息をつく。やれやれである。何故に毎回毎回自分の住んでいる町で迷子にならなければならないのだろう。


 それに小さな町に見えるがこうして中々どうして。地図の上で逐一目と指で追い、道筋や世帯名を探し当てるのは骨が折れた。ナビやアプリというものは本当に便利なものなのだなと身に染みた。


 スマホの無かった時代の人達はいったいどうやって町を歩いて居たのだろう。

 自分の住んでいる町でも、日頃行っていない店や場所はいくらでもある。やっぱり外出時には今の僕のように常に地図を片手に出かけて居たのだろうか。方位磁針の携帯が必須だったんだろうか。


 GPSが無かった時代の船乗り達は、羅針儀だの六分儀だので自分の居場所を測定できたらしい。スゴイな、とは思うけれど特に欲しいとは思わなかった。


 だいたい現代日本の民家のある路地で、そんなものを持って歩く人間の方が余程に奇妙キテレツ摩訶不思議まかふしぎ。使いこなすスキル込みでまず在り得ないと断言できた。

 実際リアルに首から羅針盤下げて色々やらかしたら、不審者あつかいされて通報されること待ったなしだ。賭けたってイイ。


 見上げた空は濃い群青色に染まっていた。

 太陽はもう山間に隠れ残光だけがあった。何時ものようにとばりが降りてきて、何時ものように地面だけが一足先に夜へと堕ちていった。

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