5-1 居ても立っても居られなくなった
会社の掲示板に妙なポスターが貼られていた。
スポットライトに照られたピシリと身だしなみの良い奏者が、漆黒に輝くピアノを一心不乱に弾いている写真である。
いやこれ自体は妙じゃない。ただこんな僻地に建つ木工所の掲示板に、この手のポスターが張り出されている違和感が半端なかったのである。
ポスターの題字には「M市チャリティピアノリサイタル」とあった。協賛に幾つかの有名な楽器メーカーが名を連ね、それらと一緒に何故か、大花田木工所のレタリングを見て取る事が出来た。
成る程地域メーカーとしての参加か、と思ったのだがM市は二つ隣の市ではないか。どういったつながりなのかと首をひねった。
「おう、光島。なに悩んでんだ。まぁ確かにこのポスターは妙ちきりんだけれどもな」
「蔵本さん、いったい何で此処に大花田のロゴがあるんです?」
「お、おおぉ~。本当だ。全然気付かなかったわ。でもただのスポンサーとしてってダケだろ。悩む程のことか?」
「隣の市のチャリティーなのに?筋違いでしょ」
「まぁそういうコトもあるんじゃねぇのか?」
「もと楽器メーカーとしての伝手ですよ」
唐突な声掛けに振り返ってみれば、真っ白な頭髪の御仁が立っていた。
「あ、渡邉さん」
「え、何の話です。は、ウチの会社のコト?絶対ウソだ、マジで?ええぇ、大花田が楽器メーカー?在り得えねぇ」
心底驚いている蔵本さんにカチンときた。
あなたは此処の古株でしょう、逆に何で知らなかったんですか。
「元です。今はもう作っていません。本社工場限定の小さな部所でしたけれど、ピアノを製造していました。顧客にはそこそこの評価を頂いていましたが、採算が取れず数年前に止めてしまいました。
特に最後の七、八年くらいは鳴かず飛ばずで開店休業の状態でした。売ったピアノのメンテナンスが主な仕事でしたよ。まぁ君たちの年代なら知らなくても無理はありませんね」
「ははは、なんだ。やっぱ駄目メーカーだったんだ」
蔵本さんは笑いながらぱんと手を叩いた。
いや何でそこで笑う。この人は本当に口さがない。
いや相手に対する配慮というものが欠落しているのだ。仮にも定年までずっとこの会社に勤めてきたベテランの前で、言っていい台詞じゃないだろう。
苦笑している渡邉さんに、僕は慌てて質問の続きを口にした。
「あ、あの、渡邉さん。伝手ってどういうコトなんでしょう」
「おや興味がありますか。では後でボクの席に来て下さい。そうですね、昼休みの頃くらいにでも。それまでに資料をまとめておきます」
「いえ、そんな立派なものでなくても」
「遠慮は無用です、ただ自慢したいだけですから。無くなってしまったものを知って欲しいと言う年寄りの我が儘です。まぁ少し付き合っていただけませんか」
そんなことを言われたら断りづらい。それに興味が在るのは確かだった。なので「よろしくお願いします」と返事をした。
傍らで「物好きなやつだな」と呆れる蔵本さんは全力で無視した。
約束通り、昼休みに渡邉さんの所に行くと紙袋を一つ手渡された。妙に重い。「改訂版以前の社史が入っています」と言われた。
「新しく編纂された社史は楽器メーカーの頃が色々と割愛されていまして、この旧版の方がより詳しく載っています。
他にも当時取り扱っていた楽器関係の製品資料や、細々とした取引先の一覧もコピーしておきました。流石に一般の顧客情報は公開出来ませんが、当時の業界内での大花田の立ち位置というものを知るには充分なものだと思います」
「あの、取引先の情報というのは基本社外秘なのでは?」
「倒産したり業務から撤退したところばかりです。それに全て公開情報のみですから機密というほどのものではないです。
とは言え、あまり褒められたことではありませんね。当時は大丈夫でも現在は制限されている情報が在るのかも。ですがあなたが黙っていればどうということはありません」
「……」
信用されているのは嬉しいけれど、コレはちょっと重たいシロモノなのではなかろうか?
「まあ、あまり堅苦しく考える必要はありませんよ。全て廃却予定の資料ばかりですから思い出以上の価値は無いのです」
ただの押しつけだから不要だと思ったら捨てても構わない、と言われた。少しだけ逡巡し、そして有り難く受け取ることにした。
仕事が終わって部屋に戻ると、もらった資料を広げてみた。
社史本文をすっ飛ばし、ピアノの製作現場を撮った写真のところで手を止めた。ミュージックワイヤを張弦し、鍵盤やアクションユニットが無い状態での下律を行なっている場面だった。
見慣れたピアノのパーツが殆どない状態なので、巨大なハープという印象があった。
不意にそこで背筋がぶるりと震えた。三年前、楽器の製作に携われるのではないかと仄かな期待を抱いていた頃を思い出したからだ。
事が全て思った通りに上手く運んでいたのなら、この写真の作業者と同じことをしていたのかもしれない。そんな自分を、思わず夢想してしまったからだ。
ユニットに鍵盤、アクション、ハンマーなどを組み立ててそれを連打機で打鍵。
パーツを馴染ませた後にアクションユニットを組み込んで調律を行ない、そして「整調」と呼ばれる数千箇所に及ぶ鍵盤やアクションの動きを揃える調整作業を行なう。
外装の仕上げを行なった後に、防音室の中で専門の調律師によって「整音」を行ない、ピアノの音色を作る。そして品質検査を行なった後に出荷されると説明が為されていた。
膨大な作業量だ。
入社する前にも一連の作業をネットでかき集めて、小さくは無い幻想に酔っていた。と同時に、それは容易く打ち消された稚拙な夢物語だ。だがこうして改めて見直すと気持ちが沸き立つ感触があった。
当時の自分は確かに現実を知らない若造だったけれど、いまも間違い無く若造だけれども、あの頃の方が覇気というものはあったような気がする。
音楽に携わる者の一人として、楽器を作る仕事をやってみたいと願っていた。期待と恐れと不安と共に、まだ見ぬ世界に自分の行く先を思い描いていた。
翻って、いまはどうだ。
ものを知らない若手の従業員であることに変わりはない。だが、昔のような心躍るものが何も無かった。かすれていじけてやる気もなくて、ただダラダラと面白くもない日常を繰り返している。
生活のためだと自分に言い聞かせるその一方で、繰り言と溜息と共に時間を浪費しているだけだ。
いま僕は何を目指しているのだろう。
そして何をやりたいと願っているのか。
取引先企業一覧の中に、M市に所在地のある楽器店と同市の市民ホールの記載があった。これは顧客情報ではないかと思うのだが、渡邉さんは此処の資料は全て公開情報だと言っていた。
だから問題はないのだろう……たぶん。
そしてひょっとしてチャリティリサイタルへの伝手というのはこの事ではと思い至り、少し考えた後に、M市市民ホールの正確な場所とリサイタルの日程を調べてみることにした。
M市までは列車で八駅ほど。一回の乗り換えと待ち時間を含め一時間半ほどで到着する。
僕の住んでいる土地からだと駅の数は少ない方なのだが、駅と駅との距離が離れているので思いの外に遠出をしているような気分だった。
そもそも一番近い駅まで自転車でも二〇分はかかり、さらに列車は一時間に一、二本しか通らないので、近隣の市のくせに行って帰ってくるだけで丸一日を費やする。
列車を利用する度に、改めて自分の居る土地が辺鄙なのだなと思い知る羽目になった。
そして何より、M市そのものが今ひとつな都市だった。
M市の人口は八万五千人ほど。
乗り替え駅から上り方面に一〇分ほど行けば到着するが、逆に下り方面に新快速で二〇分も揺られれば、隣の県の県庁所在地であるK市に到着する。
K市は人口一四四万人を数え、歴史も古く発展した日本有数の都市だ。交通の利便性は言わずもがな、大都市特有の様々なメリットがある。
それならばM市へ出向くよりも、反対方面のK市へと向った方が都合がいい。M市内に住む住人ですら休日の買い物に出向く程だ。
気楽に行き来出来る都会と地方都市。その格差は歴然といってよかった。
聞いた話ではK市への通勤通学者も多く、「隣県市民」と呼ばれる住民が増えているのだとか何とか。もう完全に隣の都市のベッドタウンと化している。
まぁ市当局としては、取敢えず人口は増えて各種税も落ちるであろうから、悪くはないのかも知れないけれど。
そんな訳でM市は大都市界隈の地方都市を体現した、地味な土地の地味な街だった。
「それでも、僕の住んでいる町よりも格段に発展しているっていうのは、果たしてどう言えばいいんだろ」
独り語ちて見上げる目の前にはM市の市民ホールがあった。
入り口の脇にある花壇やベンチの脇には、意外と目立つ雑草が生い茂っていた。石畳を模したコンクリートブロックの路面は経年劣化で面が荒れていた。
お世辞にも豪奢とは言えない。だがそれなりに、大きなホールとそれなりのイベントを行える広さとを兼ね備えた一端の施設だった。
在り来たりと云えばそれまでだが、しかし地方都市分相応の佇まいと言って差し支えないのではなかろうか。そして再来週には此処で、大花田が協賛に名を連ねるチャリティリサイタルが催されるのだという。
下見のつもりで来てはみたものの、よく考えてみたら当日でも良かったような気がする。
何しろ乗り替えは一回こっきり。混み合う時間や方面とは逆向きの普通列車なので、気楽に座って行ける。時間と降りる駅さえ間違えなければ何の問題もなかった。
何も貴重な休日を丸一日ツブしてまで来る必要はなかったような気もする。
「ま、来ちゃったのはしょうがないか」
市民ホールに連絡を入れて聞いた話によれば、このホールには大花田のグランドピアノが据えられているのだという。
国内外の一流メーカーではなくて、何故に弱小マイナーなメーカーのものをと思わなくもない。地方企業からの市への後援か、その逆か、あるいは何某かの怪しい話し合いがあったのか。
それとも純粋に音楽活動への篤志からなのか。
真相が何なのかは分らない。だがその話を聞いて、是非とも間近でそのピアノを見てみたくなった。
コンサートで使用している最中に近寄える筈もなく、未使用の時ならば見学は出来ますと言われて、居ても立っても居られなくなったのである。




