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寄り道ありマス  作者: 九木十郎
その4
19/35

4-2 意識はあっという間に遠くなっていった

 月曜は何かとトラブルが多い。


 それは自分の持ち場やこの会社だけに限った話ではなくて、取引先でも普段は在り得ないようなポカがよく持ち上がる。

 そして大抵その尻拭いは、末端企業に回ってくるというのがこの世界の不文律だった。この大花田木工所も当然その一員なのである。


「何でオレらがこんな残業しなけりゃならんのです」


 村瀬は不満タラタラだった。


「文句を言うな手を動かせ」


 感情のこもらない声で梱包作業を続けながら、那須山さんがたしなめた。


 だが此処に居る皆が同じ気持ちだったろう。修業時間はとうに過ぎ、もうすぐ日が替わろうとしていた。

 だがまだ仕事が終わる気配が無い。客先の発注ミスで部材二〇数ロット分の不足が発覚、工場内の人員を総動員して緊急製材と梱包作業の真っ最中だった。


 出荷用の荷役場では一〇トンの配送トラックが荷扉を開けて待っている。配送の運転手は疲れた顔で、運転席のドアにもたれかかって煙草を吸っていた。

 喫煙場所では無いが誰もとがめる者は居ない。それどころではないからだ。


「追加要請のあった商品は海外出荷向け分です。タイムリミットは明日の朝六時。それ以降は船の港使用料に延滞費が加算されます。

 全てのペナルティを支払うのは取引先になりますが、納期遅れのレッテルは当工場も背負うことになります。何卒なにとぞ皆さんのご協力をお願いします」


 日が傾くころ、緊急の全体会議があると言われて事務所に集まってみれば、そんな事を言われて工場長から頭を下げられた。


 配送トラックは目的の港まで三時間。だから朝の三時までに此処を出発しないといけない。二日分の出荷量を一日強でこなせと言うのだから無茶が過ぎる。しかもそれが発覚したのが定時少し前だ。

 その事実が皆の愕然がくぜん感に拍車をかけていた。もちろん僕もその中の一人だ。


「せめて何で朝の内に言ってくれないものなんスかね」


 休憩室で僕らは半日ぶりに、夕食という名のコンビニおにぎりを食べ終わり、村瀬は疲労の色の濃い繰り言をこぼしていた。

 ちゅう、と勢いよく吸った紙パックのオレンジジュースは、一瞬でぺしゃんとつぶれている。元気なものだ。僕は既に芯からヘトヘトで、文句を言う気力すら無いというのに。


 ぶっ続けで七時間、半日ぶりの休憩で椅子に腰を下ろしているのに休めている気がしなかった。会社からの差し入れであるおにぎり二個とジュース一個では、到底()えないヘトヘトっぷりだった。


 そして村瀬の言い分ももっともだとも思った。朝からそれが分っていたのならパートの人たちの助力も期待できたからだ。

 流石に正社員でもない作業者に、ここまでハデな残業を頼む訳にはいかない。間違いなく労基のお役人様がお出ましになるだろう。


「時差のせいだと事務所連中が言ってたな。客先の客先が注文数の食い違いに気付いて連絡入れて来たらしいが、向こうの朝イチがコッチの一五時だったって話だ」


 那須山さんもへばった様子だったが、村瀬の愚痴に付き合うのは流石だと思った。


「そういや工場長が終始現場をうろちょろしてましたね。オレらの監視っすかね」


 この中で一番若い加賀がへらへらと笑いながら口を挟んできた。

 勘にさわるのかジロリと村瀬がにらんだが意に介さない。おちゃらけて見えるがコイツはいつもこんな調子だ。仕事ぶりは真面目なのだから、上っ面で損をするタイプだった。

 なのでいつも僕が緩衝材となって間に入ることになる。


「この前指飛ばした労働災害あっただろ。こういうイレギュラーなゴタゴタの時には事故が起こりやすいから、管理職はピリピリしてるんだと思う。

 今回のポカは客先だし、例えそれに応えられなくてもこちらに責は及ばないから、むしろ事故が起きないことの方が重要なんだと思う」


「俺も光島のいう通りだと思う。あの課長が『無理はするなよ』って声掛けてきたからな。要求達成出来なくても仕方がない、で済ませそうな気がする」


「じゃあなんでオレたちこんな苦労してるんスか!」


 堪忍袋の許容値ギリギリらしくて村瀬が噛み付いてきた。


「客先に貸しつくって置きたいんだろ。ここでいい顔しておけば、会社としてのメリットは大きい。従業員には割増しの残業代出せば事足りるし、事故さえ起こさなければ悪くない実績が出来上る。まずまずだと思ってるんじゃないのか」


 吐き出す台詞と共に小さくない溜息が聞こえた。


「もっとも深夜を含めロクな休憩時間も挟まず、連続一二時間どころか二〇時間に及ぶ就業を課している時点で、労基上完全にアウトなんだけれどもな」


 そう言って那須山さんはくつくつと低く笑った。逆に村瀬は不機嫌さを隠さず、ますます眉間のシワを深くするだけだった。


「ま、オレは稼げるならそれでいいっスけどね」


 加賀はカン高くよく通る声ではははと笑っていた。


 お前は元気だな。僕はもうそこまでポジティブにいける気力が無いよ。村瀬はこみかみの辺りに血管を浮かび上がらせていたが、僕は逆にうらやましいと思った。


「さて、ダベってばかりじゃらちがあかん。あと二時間半、いけるところまでいくとするか」


 那須山さんが立ち上がると同時に皆も立ち上がった。出て行く休憩室の中に皆の吐き出したやれやれ感が、どんよりと鉛色によどんでいるような気がした。




 タイムリミットが来て配送トラックを見送り、後片付けを終えると時計の針は朝の三時半を少し過ぎたところだった。


 課長は全員に明日(というかもう日が替わっているから今日)の出社は昼からでいいと言った。完全に休みにしない辺りが流石グレー(あと少しで黒)な会社の所業だなと思った。

 そして有給の残って居る者は半日休暇を使用しても良いと言われたので、僕は迷わずそうした。


 間違いなく本日は真っ当な操業にならないだろう。だったら出てきても雑用ばかりだろうし、そんなしょうもない事で大切な時間を潰したくはなかった。


「いまは有給を使う方が美徳らしいな」


 僕の半日有給休暇願いを受け取りながら、課長はそんな独り言ともえない独り言をつぶやいた。


「美徳ではなくて当然の権利です」


 課長の席の向かい側で、残務整理をしていた吉原作業長が顔も上げずにそうつぶやくと、チラリと目配せをした後に黙ってハンコを押した。


「本日はご苦労さん。ゆっくり休んでくれ」


 労いの言葉をもらって僕は事務所を後にした。


 着替える気力もなくて、汚れた作業着のまま帰宅することにする。駐輪場から自転車を引っ張り出して漕ぎ出した。


 夜は夜明け前がもっとも暗いらしい。


 行き交うクルマは殆どなくて、たまにすれ違うヘッドライトがやけにまぶしかった。空は星が瞬いていて雨が降りそうな気配はない。

 けれど、朝の大降りで濡れたままになっているシャツやジーンズは、背負うバッグを一回り重くしていた。夕食がさっき食べたおにぎり二つ分だけというのもわびしかった。

 どれも些細な事だけれども、そういった小さな積み重ねがささくれた気分を更に割増しにしていた。


 部屋に戻っても食事を摂ろうという気にもなれず、汚れた作業着とバッグの中の濡れた衣服を洗濯機に放り込むと、バスルームに入ってシャワーを浴びた。

 湯船に湯を溜めることすらわずらわしい。熱いお湯が顔や頭や身体を叩くと、ちょっとだけホッとした。


 散々だったけれどもそれ以上につまらない一日だった。ベッドに潜り込んで眠っても、きっと目が覚めるのは昼過ぎだろう。

 買い物にでも行けば直ぐに夕刻になって、食事と風呂を済ませれば再びベッドに潜り込み明日に備えることになる。


 何という無駄で勿体もったいない時間の使い方なのか。


「ああ、せめて日が替わる前に帰って来られたら」


 それならば何時もよりも遅い時間に目覚めるだけで、休日と同じ一日を過ごせるのに。


 せんい繰り言と分っていても口にしたくなる時はある。

 身体を拭いてバスルームから出ると、部屋着のジャージに着替えてベッドに倒れ込んだ。朝食用のベーコンが切れていたことを思い出したのだが、それ以上は何も考えたくなくてそのまま目をつぶった。


 意識はあっという間に遠くなっていった。

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