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寄り道ありマス  作者: 九木十郎
その3
16/17

3-5 密かな不安があった

 路地はとても静かだった。


 何処か冴えた感じのするお昼の日差しは季節のわりに強烈で、じりじりと黒いアスファルトの路面を焦がしていた。スマホが使えないので時間が今ひとつ分らない。

 でも太陽は結構な高さなので正午くらいなのかも知れなかった。


 猫はてくてくと律儀に道を歩いている。側溝のぎりぎり際の部分を歩くのは、猫特有の習性なのか。それとも何か崇高な理由があるのか。


 人間の僕には分らないし特に知りたいとも思わないけれど、屋根や塀の上にぴょんと飛び乗って、思わぬ方向に進むような真似をしないのは助かると思った。

 しかも時折ちゃんとついて来ているのかどうか、確かめるように振り返るのがご丁寧というか何というか。


「しかし僕も酔狂だよな」


 いい年した成年男子が猫に案内されて道を行く。この姿というのは端から見たらどんな風に映るのだろう。何だかなぁと思わなくもないが、辺りには誰も人通りがないのだから気にしないことにした。


 迷子慣れたなどという言葉は使いたくはない。けれどこれだけ立て続けに迷い続け、珍妙な体験を重ねればそれなりに順応してしまったりもする。

 確かに普通じゃないけれど、焦った所で状況は好転しないのだから、性が無いじゃないかと思うのだ。


 それにしても町の中に人の気配がまるで無かった。


 そもそも昼間の町には、「うわん」と耳の奥に籠もる感じの、ぼんやりとした音じゃない音が在るものだ。それはきっと遠くを走る幾つものクルマの音や、様々な町の喧噪が幾重も折り重なり、不鮮明な空気の震えとなって聞えて来るヤツなのだろう。

 けれどここでは、それがてんで感じられなかった。


 町中を走るクルマが居ないか、もしくはとてもまばらなのか。正月の早朝や、散歩道を外れた山の中を歩く感じがコレによく似ている。


 静かすぎて不安だった。


 先日もその前も辺りは暗かったからそれほど違和感は無かったけれど、白昼こうも明るい晴天の路地で人っ子ひとり居ない路地というのは、ただそれだけで丸きり見知らぬ異世界に迷い込んだような錯覚があった。


 何というかこう、入ってはいけない場所に踏み込んでしまった。そんな落ち着かなさが在った。


「僕はこんな所で何やってんだろ」


 休日にスマホの予備のバッテリーを買いに出かけたら道に迷って、ブリキ細工のロボットに跳び蹴りされ、とらしまの猫に道案内してもらっている。ホント、何なんだろうなコレ。


 大学卒業後ろくに連絡もとれないが、親しかったあの友人ならば「ナイス体験」とサムズアップして喜んでくれるに違いない。

 だが会社の上司や先輩はどうだろう。呆れられるか相手にもされないかのどちらかじゃなかろうか。


 蔵本さん辺りなら「暇すぎで脳が沸いてるのか」などと鼻で笑われそうだ。もっともこんな素っ頓狂な体験談、誰かに話すというという訳でもないのだけれども。


 ぐうと腹が鳴って、そういえば昼飯時かと思った。腹の音でニケが振り返ったのが気恥ずかしかった。慌てて「仕方がないだろ」と言い訳をした。そして僕は猫に何を言っているのかと更に微妙な気分になった。


 三叉路を左に曲がって直ぐさま右の枝道に入った。


 人ひとりがやっと通れるほどの細い道だ。ブロック塀の明かり取り穴からはみ出した小枝が顔に当たりそうになって、ちょっとだけ腰を屈めた。

 道端にはみ出している名前も知らない黄色い花のついたプランターをひょいと跨ぐと、急に小走りになったニケを追いかけた。


「おい、そんなに急ぐな」


 言葉が通じるとは思えないけれど思わず声を掛けた。こんな枝道で迷ったらそれこそ途方に暮れる。緩い坂道を登って降りて、とらしまの猫はちょうど枝道から出た四つ角のところに立つ人影にぴょんと飛び付いた。


「あら。こんにちは、先日ぶりです」


 猫を抱いた人影は見知ったのっぺらぼうで、いつものように白い歯を見せると、にっと笑った。彼女の挨拶に慌てて会釈で返し、声を出す前にまたぐうと腹が鳴ったのは少なからぬ失態だった。

 我ながらしつけの行き届いてない腹の虫が腹立たしい。


「恥ずかしながらまた迷ってしまいました」


「よろず屋さんには連絡を入れなかったのですか」


「あのロボットの店ですね。実はソコで地図を撮影したまでは良かったんですけれど、またスマホの電源が切れてしまって。そのまま読めず終いです」


「そうでしたか。屋根の上にあるうずまきには気がつかれました?ああ、また回っていましたか。りない方ですね」


 そう言って彼女は、やれやれといった風情で軽く肩をすくめるのだ。そして昼時だし一緒に食事でもどうかと誘われて、ご相伴することになった。


 歩きながらキリエさんは、色々とあのロボットのことを話してくれた。彼も口を滑らせていたが、やはりあのうずまきはスマホの電源だけをピンポイントで吸い上げるシロモノらしい。

 曰く、心血注いだ苦心の作だとか何とか。悪魔の発明だなと思った。


「彼は元々、発電所の管理機械として開発されました。座敷に真空管の付いた機械が置いてありませんでしたか。アレが彼の本体です。リモコンで実務端末であるあの箱形のロボットを動かしています。

 当時としては画期的だったのですが、電子演算器の急速な発達と共に職を追われ引退となりました」


 それでこの町にやって来て、よろず屋を始めたのだとかなんとか。


「え、ちょっと待って下さい。それじゃあのロボットは誰かが動かしていた訳じゃあなくって、ホントに自分で考えて動いていたってコトなんですか?」


「そうですよ」


「それってスゴイ発明じゃないですか」


「そうですか?狐や狸だって人に化けるのです。古くから使っていた道具に心が宿る、付喪神という言葉すらあります。現代ではそれに機械が加わっただけの事でしょう。

 ヒト為らざるモノが人の真似をするのはよくある話ではないですか。驚くには値しないと思います」


 そ、そうかなぁ。全然違うような気がするんだけれど。


 キリエさんは続けて語った。


 彼も現役時代には相応に有能だったのだが、一時期相当荒れていた。引退後、再出発の為に注力した事業がことごとく時代遅れで、まるで商売にならなかったからだ。


 考案した便利道具やアイデアが、日の目を見る間も無く次々とスマホのアプリや機能に代替わりされてしまった。用意した資金や退職金もあっという間に溶けてしまった。


「気持ちは分る気もします。スマホどころか携帯電話の一般的な普及ですら、それ以前には予想だに出来なかった現象なのですから。でも他人ひと様に迷惑をかけるのは良くないですね」


 なるほどと思いはしたものの、何処どこか話が噛み合わない気がした。


 携帯どころかスマホが普及してからも結構な月日が流れている。

 彼女は電子演算器と言っていたけれど、それは間違いなくコンピュータの事だろうし、それが普及して職を追われたと言うのなら、それは相当昔の話なんじゃなかろうか。


 僕が生まれた時にはもう携帯やネットは当たり前の時代だったのだし。真空管なんて親父が子供の頃に見たという話を聞いたくらいだ。実物なんて見たのも今日が初めてだった。


 ロボットの引退とスマホとの確執は、途中の世代が一つか二つ分跳んでいるような印象があった。あからさまに時代錯誤で現代に現われた浦島太郎というか何というか。


「あのキリエさん。ちょっとお訊きしたいんですけど、あのロボットが今の店を始めたのはつい最近なのではありませんか」


「よくお分かりですね。二年ほど前、知人が蔵の整理をしていたとき、もの凄く奥の方から見つけたのが彼の本体で、掃除と配線の修理と真空管のリペアをして復活を果たしました。そうしたらもう張り切ってしまって」


 ああ成る程。それで時代に取り残されたまま、トンチンカンな物を造り上げてしまった、と。それは商売にはならないだろうな。


 しかし、遠くからスマホの電源だけ吸い取るなんて驚きの技術を持っているのなら、もっと建設的なものに使えばいいものを。

 良いものを持っているくせに、使いどころを間違えている連中は何処にでも居るというコトらしい。ひねくれて意固地になっても、自分も周囲もお互い不幸になるだけだ。


「テレビ見るだけでも全然違うって判っただろうに」


「熱心に見入ってましたよ。今もそうです。市場の傾向を知るためだとか何とか。でも何故か彼のテレビは電波が四、五〇年遅れて到着しているようで、映る番組もことごとく当時の番組ばかりです」


 ひょっとして僕が見たあのレトロなテレビ番組は、半世紀前のものだとでも言うのだろうか。


「もしかすると、電波が片道二〇年くらいかかる宇宙とかに受信器が在るのではないでしょうか。ソコで地球の電波を拾い、そこから更に彼のテレビへ発信されているのかもしれません。そうすると往復四〇年の時間差があるので、放映されている内容が古い説明がつきます」


「ご家庭のテレビ電波受信器が、電波の到着に二〇年かかる宇宙に浮いてるの?」


「あくまでわたしの予想ですけれども」


 テレビの電波ってそこまで遠くに届いただろうか。いやその前に宇宙に浮かんでいる送受信機っていったい何よ?


「それなら商売始める前に、誰かに相談すれば良かったのに」


「電気釜や洗濯機には話し掛けていましたね」


「・・・・」


 返事が出来ない相手に相談しても、何の意味もないと思う。


 例えば友人や顔見知り、近所に住む主婦やJKだっていい。自分の住む周囲や現状を知るだけでも得るものはあったはずだ。

 例えばスマホとか。あるいはスマホとか。ひょっとするとスマホとか。ともかく色々だ。


「話し相手って大切だなぁ」


「そうですね」


 そのままふと会話が途切れてしまった。太陽は真上にあるがそれほど暑くはない。適度に風が吹いていたからだ。

 彼女の腕に抱かれた猫が大欠伸をし、そのまま目を瞑って眠ってしまった。もうピクリともしない。規則正しく背中が上下しているだけだ。


 ふと「この子はあなたの猫ですか」と訊いた。


「知人の猫です。さもとら家塔のニケというのです」


 え、何だって?


さもとらという家があって、そこには塔が建っています。そこに住んでいる猫です。よく町のあちこちを巡回しています。今日はあなたを見かけたので、散歩ついでにここまで案内してくれたのでしょう」


 ひょっとして、毛並みがとらしまだから?

 でも、お陰で大層助かりました。


「わたしとも仲良くしてくれるので、その友人にも親切のお裾分けといったところではないでしょうか」


 そう言って彼女は軽く振り返るとにっこりと笑んだ。僕にキリエさんの匂いを嗅ぎつけたということなのだろうか。でも毎日風呂には入っているし、あれから日数も経っている。

 移り香が残って居たとはちょっと考えづらかった。


 ともあれ、煮干しとかでお礼を考えておいた方が良いかも知れない。あ、いや、順番からいえばキリエさんからだな。


 そんなコトを考えて居ると「着きました」と言われた。こぢんまりとした店構えで頑丈そうな木製のドアが僕達を出迎えていた。ドアに掲げられた緑色の木板には、白文字で営業中と書かれている。


 足元の木製三脚に立て掛けられた看板を見たら、「普通のレストラン」とあった。


「・・・・」


 この町の何処かには、普通それじゃないレストランも在るのだろうか。


 ふとそんな思いが掠めたのは一瞬で、そのままキリエさんの手でドアは開かれてチリンチリンと来客鈴が鳴った。彼女に続いて店内に入った。

 また猫の店員が出てきたらどうしよう、と密かな不安があった。

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