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寄り道ありマス  作者: 九木十郎
その3
15/17

3-4 とらしま猫の後を追って行くことにした

 欲しい物ももらったし、代金も支払った。このまま此処ここを立ち去っても文句を言われる筋合いではあるまい。

 だがこの状態で挨拶も無しに店を出るというのはどうだろう。横柄だったが、それでも対応してくれた相手ロボットを放置というのもアレな感じで、ちょっとばかり気が引けたのだ。


「・・・・」


 要はこの機械が元通りになれば良いのだろう。


 仕方がないので居間に上がり込み、「部品を差し込むダケですからね」と大きめの声で断りを入れた。


 聞いているのかどうかは分らない。でも一言断りを入れたのだから筋は通せたのではなかろうか。そして外れていた真空管を拾い上げ、付いていたと思しき場所にブスリと差し込んだ。その途端である。


「そこはお前の座る場所じゃないっ」


 叫ぶ声と同時に、空ぶった腕が勢い余って僕の頭の上を通り過ぎていった。微かに髪をかすったので、あと少し下だったら直撃していたに違いない。

 危ないところだった。そしてすぐさまロボットの頭が一八〇度ぐるんと回り、僕を見つけて怒鳴りつけてくるのだ。


「や、きさまっ。いつの間にそんな場所に。勝手に上がり込むな、その機械に触るなと警告したはずだ」


 がなり立てるスピーカーの音が割れて耳が痛かった。数秒前までの静けさが嘘のような騒々しさである。


「ちょっと待ってください。部品が外れたんで付けてあげただけじゃないですか」


「何処に外れた部品がある。嘘八百並べるな」


「それをくっつけたんだから当然でしょう。それに一言断ったじゃないですか。直したのだから怒られるのは筋違いですよ」


 必死になって弁明したのだが、「問答無用」と箱形の腕が振り下ろされた。


 咄嗟とっさに飛び退くことが出来たのは自分でも僥倖ぎょうこうだと思った。


 どすん、と大きな音を立て畳がヘコみ、端が反り上がって折れていた。冗談じゃない、やめてくれ。畳がくの字にヘコむ程の勢いで殴られて、健康で居られるほど僕の身体は丈夫じゃない。


「信賞必罰、厳格無比、天罰てんばつ覿面てきめん。禁を犯してそれを見逃すは法治のほころび、後顧の憂いとなりかねん。駄目だと言われたことに何故なぜに手を出すかこの痴れ者がぁ!」


 激昂したブリキ細工のロボットは数歩後退って助走を付けると、そのままドロップキックを繰り出してきた。この狭い部屋の中でよくも実行できたものである。


 だが巨大な鉄の塊は、思わずしゃがんだ僕の頭上を擦り抜けてガラス戸を打ち破り、土間の方へと飛んでいった。色々なモノががらがらと立て続けに荷崩れて崩落してゆく物音が聞えた。随分と盛大に自爆をカマしたものだ。


 大仰おおぎょうな技のわりには命中精度が極めて低かった。こっちは足がすくんで、ただへたり込んだだけなのに。


 もっとも、アレが命中していたらケガじゃ済まない気がするけれど。


「おのれちょこまかと小賢しい」


 割れて吹き飛んだガラス戸はもう完全に外れて無くなって、居間から土間まで筒抜けになっていた。お陰でガラクタに埋もれてもがくロボットの様は丸見えだった。

 只でもベコベコだった外板はさらにヘコみが追加されていた。特に頭の辺りのヘコみ具合が非道い。丸太か何かが追突したかのようなヘコみっぷりである。


 ひょっとしてあのロボットがあそこまでぼこぼこなのは、以前にも同じようなことを繰り返した結果なのでは。この激昂っぷりも実は日常茶飯事なのかも知れない。


 だが今はそれどころじゃあなかった。何とかこの場を納め、無事にこの店から脱出しなければならないからだ。


「落ち着いて下さい。僕は何も悪さをした訳じゃなくって」


「やかましいっ。キサマらスマホ使い、ネット使いは何時だってそうだ。

 リアルな人の話など聞く耳持たず、自分の世界しか見ない考えない。うつむいてそのガラス板に触れば何でも出来ると信じている。この世の中で起きる全てがそこに映し出されると増長している。

 電池が切れれば何をしてよいか分らず、右往左往するしか能がないくせにっ」


 サビの浮いたブリキの箱が吠えていた。

 天をあおぎ両手を頭上に掲げ、自分の中に溜め込んだ鬱憤うっぷんを晴らすべく、大音量で叫び続けていた。

 どれだけストレス抱えていたのか知らないけれど、たまたま店に立ち寄った僕にそれをぶつけるのは勘弁して欲しい。


「電話番号も、毎日のスケジュールも、映画もテレビ番組もライブのチケット予約から電車の時刻表も、果ては株式投資から多種多様な情報通信、写真撮影に見知らぬ人間とのコミュニケーションにアプリサービス。ネットワークで何でもござれとほざいている。ふざけるなっ」


 ブリキ細工のロボットは吠え続ける。


 機械というものはもっと真摯なモノだ。単機能専用器機が初めて満足できる能力を発揮出来るものだ。


 何でも出来る便利ツールだなどと図に乗りすぎだ。電子の世界だけで現実世界を動かせるものか。物理的な活動があって初めて達成出来るものだ。


 コンセントさえ有ればすべて解決か。コンセントの向こう側など何も考えていないだろう。感謝の気持ちが微塵も無い。日に三度、発電所に向って五体投地しても良いくらいだ。


「電気様を愚弄ぐろうするのも大概にしろ!」


「いえいえ、愚弄なんかしてませんよ。頼みますから落ち着いてください。電気を作ってくれている方々が居てこその日常生活だと感謝してますから。停電なんかしたら、会社は操業停止で食うに困ってしまいますから」


 切断機や集塵機が止まってほこり舞う真っ暗な作業場の中、充電式のフォークリフトすら動かなくなって、日がな一日手作業だけに明け暮れるだなんて、考えただけでもゾッとする。


「口だけなら何とでも言えるワイウエオ。スマホ使いは労働を通しての感謝というものが足りなイキシチニ。現場での肉体労働を何だと心得るラリルレロ。だだったろでるでろでるだら。思うことありおりはべりみまそかれ。スマホの電源など全て干上がってしまエケセテネ」


 段々語尾が危しくなってきた。興奮しすぎてちょっと怖い。


 そもそも、そうやって出入り口を立ち塞がれると、僕は逃げようにも逃げられないし家に帰ることも出来やしない。早々に頭を冷やして欲しかった。


 だがこのロボットのテンションは跳ね上がったままだ。さてどうしたものだろう。実際にバケツで水でもかけたら止まるだろうか。ショートするか冷静になるか、いずれにしても静かにはなってくれそうだ。


 何処かに蛇口はなかったかと部屋を見回すと、ニケがまたあの機械の上に乗っていた。僕と目が合って小さく、にいと鳴いていた。


 激昂したロボットの独演会はまだ続いている。猫が潜望鏡の付いた機械の上に乗っているのも気付いていなかった。


「だからオレさまは、世界のスマホ電源を吸い上げることにしたアカサタナ。充電しても充電しても、すべからく空っぽになるようニキシチニ。うずまき型吸電システム『すいあげクン』を開発しのダヂズデド。片端からスマホの電力を吸い上げてやラリルレロ。為す術なく途方に暮れるが良いウハハノハ。ざまみロロロロロロ」


 何だって。いま何か、もの凄く聞き捨てならないことを口走らなかったか?


 そしてザマミロザマミロと連呼しながら、ロボットは店内のがらくたを手当たり次第そこら中に放り投げ始めるのだ。目覚まし時計だのスパナだの配線まみれの基板だのが音を立てて飛んでくる。危なくってしょうがない。


「止めてください」


 もう一度そう叫ぶとニケがぴょんと畳の上に飛び降りた。

 その瞬間ロボットの動きがピタリと止まった。ニケがまたにゃあと鳴き、見れば僕の足元に光るガラス製のものが転がっていた。

 真空管だった。猫が機械の上から跳んだときに、また蹴飛ばしてとれたに違いなかった。


「ああそうか。最初からコレを抜けば良かったんだ」


 問題の御仁はあの自転車型発電機を持ち上げた状態で止まっている。次はこんなものを投げつけるつもりだったのか。大事にしているこの機械に当たったら、どうするつもりだったんだろう。


 まぁ、得てして逆上していると周囲が見えなくなるものだしな。


 最後に口を滑らせた内容をもっと詳しく知りたかったのだが、もう一度真空管を差し込んでみたいとは思わない。なので僕はそのままお暇することにした。


 ロボットの大柄なガタイの横を無理矢理擦り抜け、がらくたを押しのけながら外に出るとニケも一緒についてきた。すいと追い抜いてトコトコと前を歩いて立ち止まると、くるりと振り返ってじっとコチラを見つめている。

 まるで付いてこいと言っているかのようだ。


 ちょっと迷った後にスマホの電源を入れてみた。心許ない充電量だったが、先程撮した地図を見るくらいは出来るはず。しかしスマホはウンともスンとも言わなかった。


 そして見上げる屋根の上には、不格好なうずまきが未だぎこちなく回り続けているばかりだ。


 確か、うずまき型がどうとか言っていたなぁ。


 アレがそうなのだろうか。あのロボットの言葉が本当ならばアレで電源を吸い上げられて僕のスマホは役立たずに、只の板に成り果てているのだろうか。だとすればなんてはた迷惑なことを。


 アレは止めた方が良さそうなのだが何をどうすれば良いのかサッパリだし、もう一度あの店に踏み込む気にもなれなかった。

 あの山と積まれたがらくたの中で何かを捜すほど暇ではない。間違いなくそれだけで陽が暮れてしまう。


 ニケがもう一度にゃあと鳴いた。


「ひょっとして道案内してくれるのかい」


 どうしようかなと思った。普通に考えたら猫がそんな気の利いたことしてくれる筈はなく、そんな訳ないと笑い飛ばすのが当たり前の反応だろう。


 でもしかしこの町は普通じゃない。少し何かが違う。猫が集う猫の食堂があったり、ロボットがよく分らないがらくたを売っていたりするのが、当たり前のように在る場所だ。道案内する猫が居ても可笑しくなかった。


 それに当て所なくウロウロするよりは余程にマシだ。上手くすれば飼い主とかに出会えるかも知れないし、或いは猫つながりであの食堂に行き着けるのかも。あの辺りなら帰り道が分る。


 なので僕は、とらしま猫の後を追って行くことにした。

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