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寄り道ありマス  作者: 九木十郎
その3
14/16

3-3 誰も来ないな

 必死になって漕いでいると、急に聞こえて居たテレビの音が小さくなって消えた。


 すると奥に入っていたロボットが出てきて、僕が居る反対側の壁に近寄ると、壁に貼り付いていた巨大な円盤から突き出ていたクランク状のハンドルをギリギリと回し始めた。

 油ぎれでも起こしているのか酷い音だ。だが回すごとにハンドルの根元に組み合わされた歯車も周り、それに連れて徐々に円盤の大きさが縮んでいくのだ。


 あれ。ひょっとしてコレは巨大なゼンマイ?


 そして円盤が最初の半分以下の大きさになると、ロボットは傍らのレバーをちょんと押した。

 ぶーんと小さな音を立てて、今まで気付かなかった周囲の歯車が回り始め、Vベルトに繋がれたプーリーがモーターと思しき物を結構な速度で回し始めた。

 そしてその怪しげな機械が動き始めた途端、奥の部屋でテレビの歓声が復活していた。


 そういやモーターと発電機は同じ物だと聞いた事があった。と同時に、この店に入る前に聞いた軋み音や、テレビの歓声が途切れがちだったのはこの為かと思い至った。


「あの、もしかしてそれゼンマイで発電してるんですか」


 ブリキ細工のロボットは自慢げに胸を張った。


「そうだ。発電された電気は地下のバッテリーに蓄えられてこの店の活力となる。実にエコなシステムだろう。太陽電池と違って夜でも曇りの日でも何も問題は無い。災害時インフラ途絶の際にも安心の備えだ」


 確かにそうかも知れないけど、いちいちゼンマイ巻いて発電だなんて手間が掛かって仕方が無い。非常時はかく、日常的にわずらわしいとは思わないんだろうか。

 少なくとも僕はイヤだ。普通にコンセントから電気を取れば良いのに。


「僕のスマホに少しお裾分すそわけして頂くという訳には・・・・」


「莫迦者。この電気はわたしが汗水垂らして造り上げたものだ。お前にはその発電機を貸しただろう。自分のことは自分でしろと先程言ったはずだ」


「あ、はい。そうですね、スイマセン」


 ロボットに汗水と言われても釈然としなかったけれど、僕は素直にまたペダルを漕ぐことにした。


 充電は随分と時間が掛かった。


 それと同時に運動不足も痛感した。


 そういや自転車で部屋と会社とを往復するダケで、ろくに歩いても居なかった。

 マトモに身体を動かすなんて何年ぶりだろう。記憶が確かなら大学での必須選択科目でバトミントンをやった時以来ではなかろうか。アレは一年生限定だからざっと六年近く昔の話だ。


 最初は一〇分ほど試してほぼ充電されていないことを知り、更に半時間ほど漕いでどんな案配かなと確認したらそれでも二割程度しか復帰していなかった。

 割と息が上がってきていた。汗でシャツが貼り付いてきたし、なんだか地味に太股が痛い。


 この発電機は壊れてるんじゃないのかと思った。

 なんでこれだけ大汗かいてこの程度なのかと腹が立ってきた。さっき買った乾電池とスマホをつなぐケースとケーブルさえあれば、ここまで苦労をすることもなかろうに。思わず、そう歯噛みした。


 でもまぁいい、二〇パーなら数分は話せるだろう。そう思ってキリエさんから託された電話番号に接続した。


 呼び出し音が耳元で聞えた。と同時に、店の奥で電話の鳴る音も聞えた。電子音じゃない、古めかしい黒電話の呼び出し音だ。


 テレビや映画の中で聞いた事はあったが、直に聞くのは初めてだった。四回の呼び出しの後に「はい、情報サービスセンターよろず屋です」と太く不機嫌な男の声が聞えた。

 だがそれはスマホのスピーカーからだけではなくて、同時に店の奥からも聞えてくるのである。もう一度試しに「もしもし」と言えば「なんの御用ですか」と返事があった。

 それはスマホのスピーカーからと部屋の奥からとの同時対応、ステレオ音声だった。


 よもやまさかと店の奥に踏み込んだら、ブリキ細工のロボットが畳敷の居間に正座して黒電話の受話器を取っており、首だけぐるんと回してコッチを見た。そしてやはり不機嫌そうな声で、「なんだ」と返事をするのだ。


「いま電話中だ。少し待て」


「その相手は僕ではありませんか」


 僕の声を拾ったスマホの音声が黒電話の受話器からも漏れ聞こえ、ロボットはふんと鼻を鳴らした。何処に鼻が在るのか知らないが、聞えて来たのだから仕方がない。


「なんだ、つまらんイタズラするな。用事があるのなら直に声をかければいい」


 また、ふんと鼻息が聞えた。まるで子供に説教するようなニュアンスだ。


 知っていたのなら端から話し掛けていたよ。


 そして脱力感と徒労感にその場でしゃがみ込みたくなった。どうしようもないげんなり感も込み上げてきて、もう溜息すら出て来ない。


 こんなのアリか、此処ここが本来の目的地だったのか。もう最初から到着していただなんて。あれだけ必死になって発電機のペダルを漕いだのは何だったのだろう。もっと早く教えて欲しかった。


 ロボットは黒電話をがちゃりと切ると「どういうつもりだ」と問うので「道を尋ねたかったんです」と返答をする。

 少しぶすくれた声になるのは勘弁して欲しい。散々苦労して得たものがまったくの無駄であったからだ。


 いや、スマホが復活しなければ此処が目的の場所だとすら分らなかったのだから、全くの無意味という訳でもないか。そう考えて自分を慰めることにした。


「キリエさんの紹介で、困った事があったらこの電話番号に掛けろと言われました。よもや此処とは思いませんでしたが」


「あのお嬢からか。はた迷惑な。まぁいい、道と言ったが何処に行きたい」


 自分の部屋の住所を告げると、ぎりぎりと油不足なドアが軋るような音を立てて立ち上がり、居間の傍らにある本棚に歩み寄った。


 ロボットがごそごそと捜し物を始め、その間座敷への上がりに腰掛けてそれを待った。へとへとでもう立って居たくなかったからだ。

 そして手持ち無沙汰な僕は、居間の真ん中にえられた大きな電気製品が妙に気になって仕方がなかった。


 それは何と言うかいわく言い難いオブジェというか、ガラクタを寄せ集めた塊に見えた。

 基本箱形なのだがカラーボックスを横に三つほど並べたような大きさで、あちこちから電源コードだの電子部品だのが飛び出している。


 ガラス製のちいさな瓶がいくつも突き刺さっていて、それはほのかに光って明滅を繰り返していた。噂に聞く真空管とかいう前世紀の電子部品かもしれなかった。


 そして何よりその箱の真ん中から飛び出している潜望鏡みたいなものが、付けっぱなしになっているテレビの画像に合わせてピクピクと小刻みに動いているのである。


 まるでテレビを見ているような動きだった。


 テレビは音声こそ絞られていたが、わーとかきゃーとか歓声が漏れ聞こえていた。バラエティ番組のようだが出演者の衣装が垢抜けておらず、しかも見たことのないタレントばかりだった。

 いったい何処のチャンネルなのかと居間を覗き込んで見ようとしたら、「その機械に近付くな」と怒鳴られた。振り返ってみれば折り畳まれた古い用紙を掴んだロボットが仁王立ちになっている。


「す、すいません。何の番組をやっているのだろうと思ったので」


「テレビの方か。見るのは構わんが、その機械に触ったらただでは済まさんぞ」


「他人のものを勝手にいじりませんよ」


「ならいい」


 上がりの入り口でバサリと拡げられた広用紙には、緻密な町の地図が描かれていた。「ここがこの店だ」と指差され、「お前の住んでいる町に出る道はこっちだ」と、ほぼ地図の反対側を指し示された。

 結構な距離がある。僕は確かに迷いながら徘徊はいかいしたけれど、こんなに歩いたかな。そんな小さな疑問が浮かんだ。


「あの、この地図を写真に撮って良いですか」


「構わんが代金取るぞ」


 千円と言われて少し悩んだが道順を憶えられる自信はない。支払うことにした。

 そもそも迷い込んだこの町はマップアプリのソース外らしく、道筋どころか町名すら出て来ない。先日の猫食堂までの一件でそれは充分過ぎるほどに分っているから、確実な安心というものが欲しかった。


 そして地図を買うだなんて初めての経験で、なんだか非道い散財をしたような気分だった。


「そんな小賢しいからくりに記録しても、ものの役にも立たんぞ」


「祖父も同じこと言ってましたね。結局、最後は使ってましたけど」


 時代の趨勢すうせいというやつだ。「あると便利」から「ないと困る」になってしまっている。


「電池切れで右往左往していたではないか。この程度の道順、昔の者ならそらで憶えた。おのれに自信が無いからそんなものに頼る。

 いっそのこと手回し式の発電機でも持ったらどうだ。いちいちコンセントを探すのもわずらわしかろう。ゼンマイと組み合わせたヤツはおすすめだが?」


 ゼンマイで発電機を回し、一体化した電池に充電しておくものだとか何とか。自動巻きも搭載しているので、持って歩くだけで充電出来ると豪語していた。

 土間の壁に設えられた巨大な代物といい、何故にこのロボットはこれ程ゼンマイ推しなのか。


「要りませんよ、そんなアナクロ」


 ようは充電し忘れなければ済む話だ。そもそも手持ちの現金はあまり無い。大半はスマホかカードで決済するし、この店がそれに対応しているとは到底思えなかったからだ。


 不意に、にゃーと声がして振り返って見れば足元に猫が居た。とらしまの毛皮で随分と毛並みがいい。間違いなく飼い猫だろう。


「む、ニケか。今日は煮干しはないぞ。おまえが来るとろくな事がない。とっとと失せろ」


 そう言って小脇に抱えた壺から何かを摘まんでぱっぱと猫に振りかけた。いつの間に用意したのだろう。よく見れば壺には「塩」と書かれてあった。


 だがニケと呼ばれた猫は振りかけられたものをひらりと避けると、上がりから居間に上がり込み、潜望鏡の生えた件の機械の上にぴょんと飛び乗るのである。

 ぎこちないブリキ細工の動作などものの数ではなかろう。機械の上で丸まって、再びにゃーと鳴いた。どこか得意げにも見えた。


「こら!そんな所に乗るんじゃないっ」


 あからさまに慌てたロボットが掴みかかろうとしたのだが、とらしま猫は伸ばした腕をするりとくぐり抜けた。そしてその空ぶった指先がこつんと機械に当たり、一本の真空管がポロリと外れて落ちたのである。


 その瞬間、ロボットはピタリと動きを止めた。腕が空ぶった格好のまま完全に固まってピクリともしない。


「あの、どうしました?」


 声をかけても返事はなかった。ロボットの代わりにニケがにゃーと応えている。テレビではバラエティ番組が終わってCMが流れている真っ最中だが、それ以外は何の反応もなかった。

 画面に合わせてぴくぴく動いていた潜望鏡も、このロボットと同じく完全に沈黙したままだったからだ。


 ひょっとして、いま部品が外れたせいか?


 もしかしてもしかすると、この機械は送受信機的なものなのだろうか。コレで遠方からの電波を受けてロボットに送信している、とか。そういや屋根に歪なうずまき的なものが回っていたなと思い出した。


 アレがコレのアンテナだった、とか。だとするとこのロボット、着ぐるみじゃなくて遠隔操縦ってコトなのか?だったらこれはちょっと見くびっていたな。


 触るなと言われたので迂闊うかつに触るのもどうかと思い、操縦者がやって来ないものかと待ってみた。親切心で手を出して怒られるようでは割に合わない。操縦者が居るのなら止まってしまったコトには気付いたはずだ。


 僕は上がりに腰掛けて待った。とらしま猫はとことこと歩み寄って来て僕の膝の上に乗り、いまは丸くなって目をつぶっている。背中をでると規則正しい呼吸が伝わってきた。


 五分経っても何も変化がなかった。見るともなしに見ていたテレビも、急にぱちぱちと明滅した後に唐突に電源が落ちて、物言わぬ暗い画面に成り果てていた。どうやらゼンマイが切れたらしい。


 部屋の蛍光灯も同時に切れてしまったが、今日はよく晴れているし窓の大きな部屋なのでほんの少し薄暗くなった程度だった。喧噪らしい喧噪がすっかり無くなってしまい、耳が痛くなるほどの静寂があった。


 さらに五分ほど過ぎた。


 誰も来ないな。

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