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寄り道ありマス  作者: 九木十郎
その3
13/16

3-2 ペダルは異様なまでに重かった

 まだ陽が高いという安堵感もあって僕はアチコチの路地を巡り、そしてそこかしこの路地を覗き込んだ。

 見て回る町並みはどれも何処かで見たような、やはり見慣れない家や道筋ばかりで、自分が住んでいる見知った町とは全てが違っていた。


 そして何よりも奇妙なのは、人通りがまるで無いということだった。


 先日やその前に道に迷った時には辺りはとうに暗く、出歩く人が居なくても不思議ではなかった。でもこのよく晴れた昼下がりの路上で、一時間以上歩き回っても誰一人として出会さない。

 このよく晴れた昼日中、すれ違ったり見かけたりする者がまるで居ないというのは何とも言えない落ち着かなさがあった。


 まるで古い日本家屋だけが建ち並ぶゴーストタウンのようだ。


 でも朽ちた廃墟という訳じゃない。ただ人の姿が見当たらないというだけだ。時折玄関の前の道路には打ち水がされているし、側溝の周りは丁寧に雑草が取り除かれてゴミなんて一つも見当たらなかった。


 とある家の傍らには壁に立てかけられた竹箒があった。まるで今し方まで使われて、ほんの少しの間ちょい置きしたかのような生々しさがあった。


 なのに、どこもかしこも人の気配なんててんで無いのである。


「昔テレビで似たようなものを見たな」


 確か、「世界の未だ解明されない謎」みたいな題名だった気がする。


 いくつもの事例がピックアップされていて、その中の一つが行方不明になっていた船を見つけた話だ。

 漂流しているそれに乗り込んでみたら、乗員が誰一人居なかった。テーブルの上には皿に載った人数分の料理が並べられ、コーヒーカップからは湯気まで出ていたのだとかなんとか。


 争った形跡も無ければ壊れた箇所も無い。船の内や外は極めて正常そのもの。ただ無人なだけ。乗員は果たして何処に消えたのか、という話である。


 その事件が起きたのは何処だと言っていたっけ。ナントカ・トライアングル?


 その辺りの記憶はあやふやだった。スマホで検索してみようかなと思ったのだが、別に今でなくても良いな、そう思いとどまった。しょうもない事でバッテリーを消費しても仕方が無い。


 いやソレよりも、キリエさんに渡された連絡先に一報入れる方が先か。


 怪しげは怪しげだが、何時までも路地を徘徊する訳にもいかなかった。休日は有限なのだ。打開策があるのならすがりたかった。


 アドレスを呼び出そうと思ってスマホの電源を入れた。だが入ったダケだった。一瞬だけ画面が点き、そして「バッテリー残量がありません。充電してください」とコメントが出て真っ暗になった。

 ヤバイと焦ってもう一度ボタンを押すのだが、今度はウンともスンとも言わなくなった。どうやら今の画面でバッテリーの残量がきたらしい。


 そんな莫迦な。


 昨日の二の舞を踏まないよう、昨夜から今朝までしっかり充電しておいた筈なのに。


 なんてこったと愕然がくぜんとする一方、最近のスマホは何故にこんなにも電力消費が激しいのかと腹が立ってきた。ホントに肝心の時に役に立たない文明の利器である。


 つい先日も同じように憤慨したような気もするが、腹が立つものは立つのだ。確かに最近この手のポカが多いことは認めるけれど、いまソレを言ったところで始まらないじゃない。

 そもそも今日の僕にミスと呼べるミスは無かった。ちょっと普通じゃない町に迷い込んで、スマホが根性無しだったダケだ。


「とは言うものの、どうしたもんだろう」


 予備のバッテリーが欲しくて買いに出た先で充電切れを起こすなんて。納得いかない、運不運は交互にやって来るんじゃないのか。ここのところ間の悪いことばかりだったろう。

 そろそろ僕の頭上に幸運の星が瞬いても良い頃合いなのではなかろうか。


 何処か手近な喫茶店でもないか。そこで充電器とコンセントを貸してもらおうと思った。たとい有料ですと言われたとしても背に腹は代えられない。むしろその程度の対価なら安いモノだ。


 きょろきょろと辺りを見回すと、先程は気付かなかった看板を見つけた。戸口の上から道筋へ突き出された鉄棒にぶら下がったもので、木板に筆字で何か書いてある。

「スマホの充電ありマス」と読めた。


「なんだこりゃ」


 なんて狙い澄ました看板なんだ。そして何なのだろうこのタイミングの良さは。まるで今現在の僕を見透かしているかのようだ。ラッキーと喜べばよいのか、胡散うさん臭いといぶかしめばよいのか。

 あまりにもあからさまに過ぎて判断に悩むところだ。


 その瓦葺きの屋根の上には、歪な太い針金で造られたアンテナと思しき物がぎこちなく回っているのが見えた。渦巻き状に巻かれたそれは時折引っ掛かったように震えて止まり、そしてまた動き始めるのである。

 何時止まってもおかしくない危なっかしさがあった。


 なんのオブジェだろ。


 木板の看板が風に揺れて、きいと鳴っている。耳を澄ませば何処からともなくテレビの音声と思しきものが聞こえていて、それはちょうどあの看板のある家屋から聞えてくるのである。


 わーとか、きゃーとか大勢が騒ぐような声には笑い声が交じっていた。ぎりぎりと歯車が軋るような音が聞える度にぶつりぶつりと音声は途絶え、その都度に改めて再び様々な歓声が聞えてくるのである。


 こんな声、さっきまで聞えてなかったよな。


 聞こえて居たならもっと早く気付いたはずだ。まるで僕が看板を見つけた途端スイッチを入れたかのようなタイミングの良さだ。

 何と言えばよいか、あまりお近づきになりたくない珍妙なオーラがあった。

 だからどうしようかとちょっと悩んだ。


 あの看板を素直に信じれば、僕のスマホは復活することが出来る。そうすればこの迷子状態から脱出出来る。(あくまで希望的観測ってヤツだけど)


 確かに、うろつく内にまたキリエさんと出会す可能性は無きにしも非ず。だけどアテの無い偶然に頼るのは危険だし、もう僕の幸運はすでに使い果たしているのかも知れなかった。

 それにあの日あの夜彼女に出会わなかったら、今も路地の何処どこかを放浪しているのかも知れなくて・・・・


 いやいや、縁起でもない。


 身震いして思わず自分の肩を抱いた。そして僕は意を決すると看板の真下にまで歩み寄って、「ごめんください」と言って硝子張りの引き戸を開けた。




 店内は薄暗くて、天井から笠付き丸形の蛍光灯が一つだけぶら下がっていた。


 じーっと小さな音を立てている。広い土間がありソコが商い用の場所のようで、その奥には曇りガラスの引き戸で仕切られた上がりが見えた。


 少しだけ開いた引き戸の奥から、やはりテレビと思しき声が聞えていた。だがそれ以外には何の返答もなかった。店内には何だか意味の分らないガラクタが積み上げられていて、本当に何の店なのか皆目見当が付かなかった。


 しばらく待っても何のリアクションが無いので、もう一度大きな声で「ごめんください」と叫んだら「聞えてるよ」とすぐ真横で返事があった。突然だったので反射的に後退ってしまった。居るなら居ると言って欲しい、びっくりするから。


 ガラクタの一部がごとごとと動き始めて、ギチギチと金属の軋む音を立てながら僕の目の前に何かが立った。それは昨今ちょっと見ない、僕が生まれるよりも前のおもちゃ屋に置いてあるような古くさい箱形のロボットだった。


 いや、辛うじて人型をしているのでロボットだと思ったけれど、実は歪んだブリキの箱を適当に積み上げた前衛的なオブジェなのかもしれない。

 あちこちにサビが浮いているのが見て取れるし、胸や目玉と思しき場所にあるランプはいくつもあったが、切れていたり割れていたり配線が飛び出していたりしていたからだ。


 屋根にも不格好な針金の渦巻きがぐるぐる回っていたし、ここはひょっとしてリサイクルショップなのだろうか。或いはスクラップやガラクタを美術品だとか言い張って売りつける、ぼったくり系統の怪しげな店なのかも。


 前者ならかく、後者だったらイヤだなと思った。


「なんの用かね」


 くぐもった横柄な声が響いてくる。スピーカーは胸の辺りに仕込まれているようだった。コレが店員なのだろうか。この中に誰か入っているのか、それとも店の奥からリモコンで操作しているのか。


「看板にスマホの充電と書いてあったので、その・・・・」


「なんだ、充電の客か」


 舌打ちにも似た物言いの後に、ブリキ細工のロボットは店の片隅から前輪の無い自転車を引っ張り出してきた。

 そして壁際にある棚の中から、火バサミみたいな指先で器用に蓋の付いた金属の箱を取り出して差し出し、「好きなケーブルを使え」と言われた。

 開けてみれば充電用のケーブルが何種類も入っていた。各社対応ということらしい。


「自転車の後輪に発電機が付いていて座席の下にあるコンセントに繋がっている。これで好きなだけ充電しろ」


 そして使用料は一時間一五〇円(税込み)だと言われた。思わず目が点になった。


「え、ひょっとして僕がこれを漕いで発電しろってことですか」


「当然だ。自分のことは自分でする、社会の常識だ」


 いやそれは確かにそうだけれど、別に僕は此処ここでスポーツジムのまね事をしたい訳じゃない。出来ればお家のコンセントを貸して欲しいと頼んだら、「電気をなめているのか」と言われた。


「電気は発電所で造られるものだが、発電機を回して初めて手に入るもの。石油を燃やしたり水が流れる力を利用したり原子を分裂させたり、様々な工夫とそこで働く人達が居てその恩恵を甘受できるのだ。

 血と汗と涙とオイルの結晶だ。一朝一夕で出来上った仕組みでは無い」


 ブリキのロボットはソコで拳を握り締めて力強く語った。正確には拳ではなくて火バサミみたいな二本指なんだけど。


「だというのに、どいつもコイツも金さえ払えば容易く手に入ると思っている。ケシカラン話だ。電気はもっと神聖なものだ。無ければ社会は崩壊し、人類文明は石器時代にまで逆戻りするというのに、誰も敬意を払おうとしない。

 恥ずかしいと思わないのか!」


 びしりと拳を突き付けられた。


 本当は人差し指を指し出したかったのだろう。

 けれど悲しいかな、このロボットの指は弧状に曲がったマジックハンド的のものが二本付いているに過ぎなかった。ここで指させないのは口惜しかろうな、と思った。


 そして唐突に「ああ、電気さま」と叫ぶと天井の片隅を仰ぎ見て、両手をガンガンと打ち合わせた。

 すると鴨居の辺りにあった戸棚が観音開きにぱかりと開き、けたたましいサイレンと共に赤や黄色の回転灯が回り出して、「ハレルヤ」のコーラスが鳴り響き始めるのである。


 驚くと同時に愕然がくぜんとした。電気関係でよく見かける虎縞柄で塗装された観音扉の奥には、大柄なブレーカーと「電気様」と書かれたお札が備え付けられていたからである。


 この場面どこかで見覚えがあるなぁ。

 ああそうだ、確か人食いコタツが出てくる映画じゃなかったっけ?


 叔父が八〇年代の古い映画を集めていて、以前僕もいくつか見せてもらった。ほとんどうろ覚えだがその中にあった気がする。多分、その映画に触発されているんだろう。


 コレクションは大抵DVD化されていないVHS(失われた技術)媒体のものばかりで、どれもこれも微妙でシュールなノリの作品ばかりだった。もしかするとこのロボットは叔父と気が合うかも知れない。


 ひとしきり賛美のコーラスと警報音が鳴り響いたあと、観音扉はぱたんと閉じてようやく元の静けさが戻って来た。ロボットは居丈高いたけだか睥睨へいげいしている。


「肝に銘じろ。電気様は天におわし地に我らあり。世は全て事もなし。電気様への感謝なくして幸いは無いと知れ」


 ずいぶん熱いロボットだなと思った。


 いや、この中の人がというべきなのか。確かに大筋で言ってることに間違いはないが、こんなベコベコに凹んだブリキ型ロボットに諭されるのは何か釈然しゃくぜんとしなかった。

 それにハレルヤはちょっと違うだろう。それはキリスト教的な言葉じゃないのかなと思うのだが、無粋なツッコミなので黙っておいた。


 それにここで口論しても仕方がない。大事なのはスマホを使えるようにすることだ。なので諦めて「コレお借りします」と一五〇円払って、ケーブルとスマホをつなぐと自転車のサドルに跨がった。


 そして何故かそのペダルは、異様なまでに重かった。

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