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寄り道ありマス  作者: 九木十郎
その2
11/24

2-6 「一般通行人をのぞく」

「ありがとござまシタ」


 会計を済まし、舌足らずの声に送られて店の外に出ると外はもう真っ暗だった。振り返って店の看板をあおいでみれば「大衆食堂」と書かれてあった。

 そのまんまだなと思った。


 そしてこの前みたいに、振り返ったとたん今来た道や町並みが消えるのではないか。見慣れた道に戻っているのではと仄かな期待があったのだけれども、今晩はそういう訳でもなさそうだった。

 陽が落ちて見知らぬ路地は更に見慣れぬ風景に変わっている。

 ヤレヤレだと思った。


 実は自分でも気付かぬ内に部屋へ帰っていて、ベッドに潜り込み毛布に包まって眠っているのではないか。いまこの瞬間も夢の中の出来事なのではないのか。そう思いたかった。


 だがこの膨れた胃袋は夢幻ゆめまぼろしなどではない。親子丼は親子丼の味がしたし、千円札を出して返ってきたお釣りは今も財布の中でジャラリと小さな音を立てている。

 つねる頬はやはり痛くて、額をでる夜気はどこか生暖かく、見上げる夜空には星まで見えていた。


 色々なモノがコレは確かな現実なのだと、そう主張して止まなかった。

 そのせいで僕はまた途方に暮れてしまうのだ。


「それではこれで」


 軽く会釈をしてキリエさんが去ろうとしたので僕は慌てて呼び止めた。


「あの、すいません。その、恥ずかしい話ですが僕はまた道に迷ったようで。出来れば元の町に戻る道順を教えてもらえませんか」


 そして僕の身に何が起こっているのか知りませんか、もしも思い当たることがあったら教えてくださいと頼んだ。何しろ三年間この町で暮して来て、こんな不可解な町や道筋に出会ったことは無かった。

 猫の給仕や猫の客が集う店なんて、どう考えたって普通じゃない。僕の馴染んだ日常とはほど遠い、迷子になるにも程がある。


「何故わたしが、啓介さんの知らない何かを知っていると思うのですか」


「その、何となくというか。僕よりも色々と御存知のように見えるので」


 僕は自分でも気付かぬ内に、ナニかやっては為らないコトをやらかして居るのではないか。そのせいで、知らず知らずの内に怪しい何か巻き込まれてしまって居るのではないか。

 手がかりが在るのなら知っておきたかった。こんな事はもう、これっきりにしておきたかった。


 おまけに彼女に会うのはコレで二度目で、しかも似たような意味不明のシチュエーション。偶然と言うには無理がある。


 あるいは、もしかすると……


「道に迷うのはわたしに原因があると、そうお考えですか」


「あ、いえ、そんなつもりは全然」


 また見透かされ、慌てて否定した。ひょっとしてうっかり独り言が漏れ出していたのだろうか。前にも似たようなコトをやらかして冷や汗をかいたことがある。

 満腹の胃袋がきゅっと縮む感触があった。


「難しく考え過ぎでしょう。わたしはこの町に住む普通の町民です。啓介さんは、ただふとした弾みに普段は通らない路地に入り込んでしまった、それダケの話ですよ」


「え、で、でも……」


 その姿で普通と言い切られても、納得できないというか何というか。


 返事に窮していると「でも、聞きたいのはそういう返事ではないのですよね」と言い、また、にっと白い歯を見せて笑うのだ。


「そこの角を右に曲がるとよいです。見知った道に出るでしょう」


 彼女が指し示したのは一方通行の標識がある四つ角だった。そしてポケットから小さな手帳を取り出すと、何かを走り書きして一枚破り、それを僕に手渡した。


「疑問もたくさんあるかと思います。また帰り道を見失って途方に暮れることがあるかもしれません。似たような場面に出会して困るようなことがあったらソコに連絡してみてください。その時々に応じた助言をもらえるでしょう」


「あの、これは何処どこの番号ですか」


「電話のサービス案内ですよ」


 しかし書かれた数字の羅列はやたら長くて電話番号とは思えない。ネット情報サービスのアプリコードかナニかだろうか。


「通話料金はかかるのでご注意を」


「高いのですか」


「三分で一〇円といったところでしょうか。厳密に言えば八・八円です」


 随分安いな。昨今の通信し放題サービスでも、あれは基本料金を支払う前提で結ばれる契約なのだし。あるいは、接続した途端入会金が発生するタイプのサービスなのかも知れない。

 どうしようもないときならかく、利用は控えた方がよさそうだ。


 今度は独り言が洩れないように口元を押さえての思惑だったのだが、「純粋に通話料だけですよ」と補足されて微妙な気分になった。

 どうやら僕は自分でも思っている以上に分り易いタイプの人間らしい。


「以前在った、電話音声での天気予報案内と似たようなサービスです。気軽に使えます」


「アプリじゃなくて?」


 わざわざ電話をかけて天気予報を聞くんですか。僕はそんなサービスがあったこと自体知りませんでした。


「知らなくても無理はありません。マニアックなソースでしたからね。しかも二〇二五年三月末日でサービスは終了してしまいました。時代の趨勢とはいえ悲しいコトです。また一つ知恵が失われたのです。

 ロスト・テクノロジーならぬロスト・ウィズダムといった辺りでしょうか」


 そう言って寂しげに吐息を吐き出すのだ。そんなコト言われても返事に困る。


「ちなみに時報のサービスは今も健在ですよ。一一七に掛ければ好きなときに今の時刻を聞くことが出来ます」


 気を取り直した彼女はまた、にっと笑って白い歯を見せた。き出しの犬歯が妙に印象的で、それがまぶたに焼き付いた。


「そうですか」

 それ以外に返答のしようがなかった。そんな地味な豆知識を教えてもらったところで、実生活で使うチャンスがあるとは思えない。だが手渡されたメモの件もある。「ありがとうございます」とお礼を言った。


「どういたしまして」


 ペコリと頭を下げると「おやすみなさい」と言われた。


「よい夜を」


 付け加えられた一言が妙に耳に残った。


 路地向こうに消える彼女の後ろ姿を見送ると、そのまま教えてもらった四つ角に入った。

 歩きがてら見上げた交通標識には、一方通行の丸い円盤の下に四角い副標識があって、そこには「一般通行人をのぞく」と書かれてあった。

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