9.キアラの経歴
翌日は、アイリーンとラウラに聞いた通り、朝から教室で説明会だった。
そもそもキアラの知っている学校とは故郷の村の小さな小学校だけなので、こんなに多くの生徒がいるというだけでまず驚きだ。
その上床はピカピカだし、机も椅子もギシギシ言わない上等品で、キアラは使うのも気が引けるほどなのに、他の子たちは気にする様子もない。
きっと皆は貴族の出身だから、これが当たり前なのだろう。
決まった座席が張り出されていたので自分の所に座ろうとしたら、既にそこには別の女の子が座っていた。
隣の席の子と喋りたいからキアラの席に座ったみたいだから、横まで行けば退いてくれるだろう。
という目論見が甘かった。
真横に突っ立ってみても、退いてくれる様子が全く無いのだ。視線はこちらを向いたから、気づいているのに。
(まぁいいや)
キアラは誰かを傷つけるのが怖いし、そのせいで嫌われるのが怖い。
でも、自分が何もしていないのに向こうが一方的に嫌いになるのは仕方ないと思って諦められる性格だ。
というか、そういう人の視線はやけに粘っこくて、とてもとても嫌な感じがするからこちらからお断りしたい。
とはいえ退いてはくれなさそうなので仕方なく後ろの席に腰掛けた。
「あら? キアラちゃん、席間違えてない?」
席順は成績順なので、5位のソフィアはキアラの3つ後ろの席なのだが、キアラが違う席に座っているのを見つけて声をかけてくれたみたいだ。
何もしていないのに嫌われるのはそこまで怖くないとはいえ、トラブルを起こしたくはない。
だから、現状がソフィアからも見えるように少し身体をずらして前の席を指さした。
「あら、なるほどね。23位なんて成績を取ったら、形だけでも2位の席に座ってみたいと思うのねぇ」
(わあぁ、ソフィアちゃん、そんなに大きな声で言ったら聞こえちゃうって!!)
焦るキアラをよそに、ソフィアは余裕の表情だ。
「……なんの話かしら?」
(ほら、案の定聞こえてるじゃん!)
自分の席に勝手に座っている人が相手でも、機嫌の悪い声音を聞くだけでキアラは逃げ出したくなるのだが、ソフィアは違った。
「私はキアラちゃんと話をしてるのよ。ねぇ?」
ねぇ?とキアラに同意を求められて咄嗟にどうしていいか分からなくなったが、とにかくコクコクと頷いた。
「そう。」
フン、と大きく鼻を鳴らして立ち去る女の子を、キアラはよく分からないままに見送るしか出来なかった。
「キアラちゃん、災難だったわね。ああいうことしか出来ない人って、たまに居るから」
ソフィアが頬に手をあてて首を傾げるだけで様になっていてとても可愛い。
それに、嫌がらせも嫌味も抵抗できずにやられっぱなしのキアラと違って、ちゃんとやり返す姿勢がかっこいいと思う。
「……ぁあ、ありありがとう」
「うふふ。どういたしまして。女の子って、こういう所が大変よねぇ」
ソフィアはまだ憂い顔だけれど、キアラは助けて貰えて安心しきっていたら。
「あのさ、何でもいいから俺の席から退いてくれねぇ?」
「……あああ、ごごごごごめんなさいっ」
本来の席の持ち主に怒られてしまった。
「全部見てたから別に良いけど、お前もちゃんと言い返せるようになった方がいいと思うぞ。
順位が高ければ、それを妬む奴も居るものだからな」
「……はぃぃ」
王国貴族の『魔法がよくできる奴が偉い』という風潮を強く受けたこの学校は、試験の順位がかなり重い意味を持つ。
魔法兵団ほど厳重で露骨ではないと思うけれど。
兵団で上位者にこんな舐めた態度を取ったら普通に懲罰ものだ。
そうこうするうちに教師が来たので皆がばらばらと席に座る。
「入学おめでとう。俺はグレイ・レストア、このクラスの担任だ。担当科目は魔法構築や術式学系統。
お前らはAクラスに入れる程度に努力してきただろうが、これから3年はその5倍は努力しろ。
それが嫌なら、落第を覚悟しとくんだな」
初っ端から強すぎる台詞に教室の空気が固まったが、キアラとしては上官はこれくらい分かりやすい方がいいと思う。
その地獄の空気のまま自己紹介やら時間割の説明やらが行われ、学校中を一回り案内されて終わりだった。
「よし、今日の授業は以上だ。
あとは先輩に聞いて各々自分で考えるように。特に選択授業と放課後の活動については種類が多いのでよく考えて選べ。では解散ッ」
配られた冊子は、合計6冊にもなるので読むだけでも一苦労だ。
種類が多いから教える、ではなく自分でよく考えろ、な所がこの学校の方向性を表していると思う。
午後からはアイリーンとの約束があるのでご飯を食べたら今日配られた資料を持って彼女の部屋に向かう。
「ようこそ私の部屋へ、キアラちゃん。
お茶淹れるから、そこに座っててもらえるかな」
(わぁ、すごい。アイリーン先輩は平民だって言ってたのに、私とは大違いだ)
部屋はキアラと同じ普通の部屋なのに、ベッドが見えないようにカーテンで区切られて、ティーテーブルと揃いのチェアがある。
その椅子の片方を勧められたので気後れしつつも座った。
「そんなに緊張しなくていいのよ、って言ってもするよねぇ、先輩の部屋だもん。
でも、気にせず何でも聞いてね。
この時期は何にも分からなくて困ることも沢山あるし、今決めたことが後々まで影響することもあるから」
「……はぃ」
「授業で色々話をされたと思うけど、ぜーんぶ説明してたらとてもじゃないけど時間が足りないのよね。
だから、今日は選択授業と放課後活動のことを中心にきめたらいいかな、って思ってるの」
「……先生も、言ってました」
「そうでしょうね。でもまずは、キアラちゃんのことを知りたいかも。
4人だと話づらくても、2人ならゆっくりお喋りできるかな、って思って。
言いたくないことはもちろん言わなくていいんだけど、おすすめを決めるのにも知っていることは多い方がいいからね」
アイリーンの言うことは最もだし、キアラが話しやすいように最大限配慮してくれているのが有難い。
キアラは言えないことが沢山あるけれど、ある程度不自然じゃなくキアラ向きのストーリーを与えられていた。
ちなみに元帥閣下曰く。
『諜報専門員でもなければその辺の連中より口の下手な貴殿に多くは望んでいない。軍への配属歴以外はほぼ貴殿の人生そのままなので、油断せずに話をするように』
おっしゃる通りなので、ほぼ本当のことで一部嘘が混ぜられた履歴書をちゃんと覚えて来たのだ。
「えっと、王都の北側の、アイラ村の薬師の家に産まれました。
村の学校には、初等学校の途中まで通わせてもらいました。育ててくれたおばあちゃんが亡くなってから薬師として働いている時に、今の師匠に拾ってもらって、王都で少し働いてからこの学校に来ました」
(よし、ちゃんと言えた!)
キアラは喜んでいるが、ほぼ事実そのままである。
10歳で村を離れるのは不自然すぎるので13歳にすること、勤め先は軍ではなく民間の薬局にすること。
変わったのはそれくらいだし、細かいことは言わずに済むなら言わない方針だ。
「そうなの。とっても苦労してきたのね」
でもアイリーンからしたら初等学校も卒業できずに働いていたなんて、とても可哀想だと思った。
だから私がちゃんとサポートしてあげないと!と、先輩として決意に燃えている。
「ちなみに、言いたくなかったら言わなくていいんだけれど、昨日の薬はなんの薬なの?」
キアラは、やっぱり聞かれた、と思った。
誰だって気になるとは思うので、返事もちゃんと考えてある。
「点滴は、魔力の暴走を抑える薬で、飲み薬は体調を整える薬です」
キアラは口下手で、嘘が苦手だ。
本当のことを隠したり、誤魔化したりは許せても、嘘は自分が許せない。
だから、聞かれたらちゃんと事実を答えようと思っていたのだ。
「魔力の暴走を抑える薬、ねぇ……。確かに、身体はそんなに小さいのに魔力量70越えだもの、耐えられなくなるでしょうね」
魔力暴走を起こしたことがある、ということでアイリーンに怖がられたらどうしようかと、それだけが心配だったけれど、そうならなくて良かった。
むしろ納得してもらえたみたいだ。
「じゃあ、選択授業のうちのひとつは魔力操作実習にしたらどうかな。
魔法塾に通っていた子には要らないような基本の授業だけど、キアラちゃんには良いかも」
キアラの過去は嫌な記憶も多いから、あまり話したくない。それでもそのおかげで自分に必要そうな授業を教えてもらえた。
選択授業は100以上あるし、1年前期で取れるものだけでも15個ほど選択肢があるから、自分一人で考えるのには限界があるだろう。
アイリーンに対して軍の経歴を誤魔化しはしても嘘をつかず、きちんと話をして良かったと、そう実感できた。




