6.点滴の時間
10位までの人が前に呼ばれてバッジをもらい、それからクラス分けが行われた。
成績順に上から40人ずつ5クラスに分けられるので、キアラはAクラスだ。
舞台上から見ているとカリナもAクラスに入れたようなので、同じクラスで過ごせるのが嬉しい。
クラス分けをしている間は余裕を持って周りを見れていたが、徐々に時間が気になりはじめる。
200人の新入生の試験とクラス分けをして、時間帯はすっかり夕方なのだ。
なるべくぴったり12時間ごとに点滴を打たなければならないキアラは、いつ解散になるのかそればかりが気になる。
先程の女教師と違って今話しているおじさんはとにかく話が長いし。
「ではこれから寮に行ってもらいます。
『寮のペア』と『寮の先輩』との仲を深め、生活の基礎を教えて貰うように」
(よしっ、寮に行けるっ!)
数日分の点滴は持ってきているから、取りに行けさえすればすぐに打てる。
仲を深めるのは、その後でいいだろう。
列のまま寮の共有部まで連れて行かれ、そこで男女に別れた。
(うわっ、分かれたら私が一番前だ。ちょっと嫌だな)
目立ちたくないキアラだけれど、まぁ仕方ないと割り切ることも出来る。
それに、一番前ということは部屋に最初に入れてもらえるかもしれないから、それは良いところだと思おう。
「はぁ〜い、新入生のみなさ〜ん。ようこそ、女子寮へ〜」
いかにものんびりしたおばちゃん、という風情の人だ。
「私は寮母のマリサよ〜。困ったことがあれば、相談してねぇ〜。じゃ、鍵を配ります〜!」
それぞれひとつずつ配るのかと思ったら、寮母が詠唱を始めた。
ただの寮母が魔法を使える訳がない、というのは思い込みに過ぎないらしい。さすが王立魔法学園だ。
全員個室なので一人一つ、目の前に鍵が浮かぶ光景は、キアラにとっても物珍しくて気になる。
キアラの知っている魔法といえば攻撃系と調薬系ばかりで、こういう生活魔法は見る機会が無かった。
でも、寮母の魔法を観察するのはまた今度だ。
今日はこんなに上手くいっているのに、薬の時間が遅れて魔力暴走が起きたら大変だから、一刻も早く部屋に入りたい。
「鍵がお部屋まで案内してくれるわ〜。寮は広すぎるから、転移陣を使う人はそれもちゃんとついて行ってね〜。そのあとの事は、お部屋の先輩が教えてくれるわよ〜」
寮母の許可が出たので、キアラは全力で鍵について行く。キアラが早く歩けば鍵もその分加速してくれた。すごい。
実はキアラと寮のペアになる試験第5位の子が話しかけようとしてくれていたのだが、焦るあまり全く気づかなかった。
しかもキアラは軍の施設内で転移陣を使い慣れているのでグイグイ進むが、使い慣れない彼女が手間取っているうちにキアラの姿は見えなくなった。
「追いつけなくなっちゃった。やっぱり、天才と名高いエルデ君に匹敵する凄さね」
ペア相手に見られていることにすら気づかないキアラはようやくたどり着いた部屋の扉を少々乱暴に開け、届けられていた荷物に飛びつく。
「アシェ、お願い。手伝って」
今日一日キアラの帽子に張り付いていた蝶々がくるりと羽ばたき、シンプルなワンピース姿の女性に変わった。
毎日のことなので指示をしなくてもアシェが薬の準備をしてくれる。
キアラは部屋のフックの下に椅子を動かし、そこから消毒した点滴瓶を吊るした。
「きあら、チューブ!」
アシェが消毒してくれた針付きのチューブを受け取り、椅子に座ってなるべく楽な体勢にしてから自分の腕に針を打つ。
「アシェ、駆血帯外してくれない?」
「うん。あと、テープ」
自分一人でやろうと思えば出来るが、誰かが手伝ってくれた方が確実にスムーズだ。
特に片手が使えないから余計に。
(そういえば、チューブは取りに帰らなきゃ無理か)
キアラとアシェの間ではチューブ、と呼んでいるが、これは毒妖樹の触手を加工したものだ。
人間に毒を流し込めるのだから、薬も流し込めるだろ、と言って師匠が教えてくれた。
例によって体力のないキアラは自分で採取には行けないので、軍や冒険者ギルドに採取依頼を出して数を集めている。
使うのは自分だけなので数回は使い回せるが、やはり劣化はしてしまう。
(まあ、全く帰れないってこともないでしょ)
全寮制だが出入り不可ではない。最悪夜中にでも行けばいいか、とキアラは気楽に考える。
とにかく早く、と焦っていた点滴が時間内に始められたので完全に安心しきっていたら。
「キアラちゃん、居ますか〜?」
ノックの音と共に部屋の外から声が掛けられた。
(あっ、寮のペアと先輩がいる、って言ってたよね。その人たちかな。でも、今入ってこられたら点滴している所を見られちゃうよね、それはまずい。
でもなんて説明したらいいか分からないし、そもそもここから動けないし、私の声じゃ外まで届かないし……)
「大丈夫ですかー? 居るなら返事してくださーい」
「……ぁぃっ」
一応返事はしてみたが、きっと外までは届いていないだろう。
入って来られるのは時間の問題だろうから、アシェには蝶々の姿になってもらった。
「ごめんなさいね、倒れてたら心配だから、扉開けますっ!」
大きな声でそう宣言してから部屋に入ってきたのは長い紫の髪を腰まで伸ばした背の高い女の人だった。
「あっ、ごめんなさい、居たのね。返事がないし、体調が悪そうだったって聞いたから」
凛とした雰囲気のある人なのに、あわあわすると普通の女の子っぽくて可愛い。
「……ぇっ……ぁの」
「でも、点滴してるってことは体調悪いのかな?大丈夫?」
「……ぇと……大丈夫、です」
キアラとしては、出来れば点滴のことは隠しておきたかったのだ。
毎日2回の点滴が必須だなんて、絶対に普通じゃない。それに、魔力暴走を起こす危険があると知られたら、ここでもみんなに怖がられてしまいそうで嫌だった。
「ねぇ、アイリーンちゃん。点滴のこと寮母さんは知ってるのかな?」
後ろからついて入ってきたのはふわふわした茶髪カールのキアラ並に小さい女の子だ。
「分からない。私は聞いていなかったけれど、あなた、学園には申請してあるの?」
どうだろうか。
元帥閣下も団長もわざわざ学園に連絡するほど暇ではないと思う。
キアラ個人に付けられている部下が一人だけいるが、キアラの方が避けているのであまり話した事も無い。
そしてもちろん、キアラも申請なんてしていない。
多分誰も言ってないだろうな、と思って首を横に振る。
「じゃあ私、寮母さん呼んでくるね」
ふわふわパーマの方がぱたぱたと外へ行ってしまった。
「私の名前はアイリーン。あなたの寮の先輩になるの。一年間よろしくね」
背が高くて格好いい女の人で、軍にもたまに居るな、という雰囲気はキアラの憧れでもある。
小さくて引っ込み思案で自信のない自分とは対極に居る人だから。
「……はぃ」
「それ、点滴よね? 動けるようになるまで、あとどのくらいかかるのかな。それとも、今日はもう動けない?」
点滴が必須なのはキアラの都合なのに、配慮して貰えるのが嬉しい。
軍だと誰も気にしないので、何があっても時間になる前に仕事を終わらせるように毎回頑張っている。
「……ぇと、20分、くらぃ……」
「そうなのね。もし良かったら、このお部屋で話をするけれど、身体がつらいなら、明日にしても大丈夫よ」
「……ここで……」
自分のせいで相手に手間を取らせてしまって申し訳ないし、体調が悪いわけでもない。
薬を使ってさえいれば大丈夫なので、ここで話を進めてくれるならその方がありがたい。
「じゃあ、クッション持ってくるわね」
わざわざキアラのために動いてくれて、他の人への配慮までしてくれる。
それが嬉しくて申し訳なかった。




