5.価値のある成果
喧嘩をしている二人から逃げて早足で講堂の入り口付近に着いたものの、キアラは中へは入らずに手前の所で待っていた。
なぜならば、
(カリナちゃんに、お礼を、言いたい……っ)
そう思ったから。
キアラは10歳の時魔力暴走が抑えられなくなって生まれ育った村を離れたが、それまでは普通の子どもだった。
おばあちゃんは優しくも厳しい人だったので、お行儀のことをきちんと教えられた。
そんなキアラの常識に照らせば、カリナにはお礼を言いたいのだ。
(あっ、カリナちゃん、一人だ……)
キアラは結構目がいいので、遠くの人混みの中に居るカリナも見つけられる。
まだエルデと言い争っていたらどうしようかと思っていたが、彼女は一人だった。
「…………ぁあ、ぁぁあ」
ありがとう、その一言が言いたいだけなのに、上手く言葉が出てこない。
「あら、キアラちゃん。どうしたの? エルデなら気にしなくって良いわよ。
あいつ、プライド高いからキアラちゃんのことを気にしてるだけで、相手にする必要なんてないわ」
キアラがまごまごしている間に、カリナが話し始めてしまったから、完全に機会を見失ってしまった。
(……ぁあ、また言えなかった)
カリナはキアラを怖がっていないし、嫌ってもいない。少なくとも今のところは。
なのにお礼ひとつ言えないなんて、自分はなんて駄目人間なんだろうか。
「キアラちゃん、どうしたの? 行きましょ」
ほぼ席が埋まった講堂でも、カリナはちゃんと自分と隣同士の席を見つけてくれて、キアラにとってそれがとてもとても嬉しかった。
師匠に連れられて村を出て以来、久しぶりにこんなに優しくしてもらって、やっぱりちゃんとお礼を言わなくては。
「……ぁあ、あ」
「静粛に。入学時試験の結果発表と、クラス分けを行います」
キアラなりに精一杯勇気を振り絞って声を出したけれど、それは教師の言葉で遮られてしまった。
(……失敗した、失敗した、失敗したっ!)
先生に怒られたし、カリナには変な子だと思われたかもしれない。どうしよう。
「では、まずは結果発表です。呼ばれた者は前に出るように。一位、コンラート・エルデ」
「はいっ!」
(うぇえっ、あの人一位なのか!)
なんでキアラに突っかかって来るんだ、と思っていたけれど、ちゃんと実力はある人だったのか。
しかも、学年一位に相応しく、前に進み出る足取りも自信に満ちていて、魔導六師の仕事で新年祭に出る時のキアラとは全然違った。
「二位、キアラ」
(……ん?)
最初は聞き間違いかと思った。
キアラとしては、目立たず騒ぎにならず、平凡に試験を終えられたと思っていたが、どうも違うらしい。
「キアラッ!」
教師が苛立ったような声音でもう一度キアラを呼んだので、慌てて立ち上がろうとする。
ガタガタッ
びたんっ
焦ったせいで椅子に足を引っ掛けてしまい、大きな音と共に転んでしまった。
(わあぁああ、どうしよう〜!!)
痛いし恥ずかしいし、注目されちゃってるから起き上がるのも恥ずかしい。
もうこのまま一生うずくまっていたい。
みんなの視線が自分に突き刺さるような気がして、膝を強くぶつけた痛みなんて感じないくらいに恥ずかしい。
「キアラちゃん、大丈夫?」
そんなキアラに、カリナは声を掛けてくれた。
「そんなに急がなくても大丈夫よ」
優しくそう言って、手を差し出してくれる。
その動きは、昔むかし、キアラの対人関係トラウマの元になってしまった隣家のお姉ちゃんによく似ていた。
転んだキアラに差し出される優しい手のひら。
それが嬉しかったのに、魔力が暴走していたキアラは炎を浴びせてしまったのだ。
『痛いっ! キアラ、何するのよ!』
まだ、お姉ちゃんの声が耳の奥底でこだまするかのよう。
だけれど。
今のキアラは、あの頃とは違う。
魔力暴走はほとんど起こらなくなったし、今日一日誰にも怪我をさせなかった。
キアラは、この手を取ってもいいだろうか。
せっかく仲良くしてくれているカリナを、傷つけてしまわないだろうか。
キアラは怖かった。
他人に近づくことが。
自分のせいで、誰かを傷つけることが。
傷つけてしまった相手に、拒絶されることが。
でも。
やっぱり、キアラは誰かと一緒に居たい。
カリナが差し出してくれているこの手のひらが、キアラにとってこれ以上ないほど嬉しいから。
そっと、カリナの手のひらに、自分の手を重ねた。
きゅ、と握られたその手を、床にへたりこんだキアラを起こすように引っ張ってくれる。
「……ぁあ、ありがとうっ」
その言葉は、カリナの目を見て言えなかった。
どんな視線が自分に向けられているのか、確かめるのが怖くて。
「ええ、どういたしまして」
でもカリナはそう優しく返してくれたから、弾かれたように彼女の顔を見た。
その表情は確かに優しく微笑んでいて、仕方ないなぁ、と言わんばかり。
村にいた頃の恐怖、拒絶の視線。
軍の中での畏怖、羨望、尊敬の眼差し。
そのどれとも違う、キアラ自身のことを対等に見てくれているカリナの瞳が、本当に本当に嬉しかった。
「ほら、行っておいで」
カリナがそっと背中を押してくれて、さっきまでの緊張が嘘のように、すっと一歩を踏み出せた。
他人の視線を浴びるのは怖い。
でも、自分の魔力を持て余していた10歳の頃と比べたら、キアラは確かに成長している。
それを実感できたのは、きっとカリナのおかげだと思う。
(……お礼、ちゃんと、言えた)
舞台の上にあがって、二位の証であるピンバッジをもらったことよりも、カリナにお礼を言えたことの方が何倍もうれしい。
こんなに多くの人の視線に晒されたら、いつもなら縮こまってしまう。
けれど、今日だけは胸を張って立っていられる。
助けてくれた人にお礼を言えた、たったそれだけのことはほとんどの人にとっては何ら難しいことでは無い。
でもキアラにとっては、魔境で何十体もの魔獣を倒すよりも、ずっと価値のある成果だった。




