42.魔族襲撃
シシュトに誘われて少し外へ出ていたが、戻ったホール内は宴もたけなわ。
多くの人々が挨拶を交わしており、キアラが遠くから見守るルーレストも、よく働いているようだ。
キアラはお酒が飲めないのでジュースを貰っているが、ルーレストの飲み物には警戒している。
今日の食べ物は王宮が用意したものなので毒見をされているだろうと思い、アシェを部屋に置いてきたからだ。
青く大きい蝶々は流石に目立ちすぎるし、ルーレストはアシェを知っているので見られたら困る。
だから部屋に居てもらっているが、置いてきたことを後悔し始めていた。
(……なんだろう、何かが、変だ)
上手く言葉で表せないけれど、何かの異常を感知しているキアラは、周りをきょろきょろと見回して警戒する。
「……アズーラ中尉、何か、変です。まるで、魔境みたい」
「やはり感じますよね」
こっそりとアズーラ中尉に耳打ちすると、彼も同じように感じているようだ。
キアラは魔境に馴染みがあるので気配の正体がすぐに分かった。
他の人は言葉に出来ないながらも異変は感じているらしく、次第に空気感が変わり始める。
だが、外国からの使節団の面々は、この微妙な変化を感じられないようで、周りの動きが変わってようやく異変に気づいたようだ。
だが、周りを流れる魔力の微細な変化は分からないので、人々の顔色を伺うことくらいしか出来ない。
それだけ魔境から遠く、危機感が薄いのだろう。
いよいよ変化が感じられるようになってきたので、キアラはいつでもルーレストを守れるような配置につく。
だが、顔を見られてはいけないので、あくまでもルーレストに背を向ける形で、他の方向はアズーラ中尉に警戒してもらう。
彼も結界の発動準備を整え、いつ何が来ても対応できる構えだ。
そうしてキアラとアズーラ中尉が戦闘態勢を整え終わったころ、会場内の空気が大きく揺れた。
〔ねぇ、ザン。見つけたよ。ゆうしゃだ、勇者!〕
〔ほんとだね、ダン。勇者だ。〕
〔勇者だよ、ころさなきゃ!〕
音も気配もなく、だがそれも意味がないほどのお喋りをしながら、天井のたかいホールの空中に現れたのは。
(……魔族っ! それも、2人も!)
幼い女の子の姿をした2人組の魔族は、かなり特徴的な見た目をしていた。
片方は白の髪に黒いドレス、もう片方は黒の髪に白いドレス。髪は腰まであり、髪色と逆の色の長い角が生えている。
翼もないのに空中に存在している彼らは、黒いしっぽをブンブンと振り回し、真っ赤な瞳をきょろきょろさせている。
双子のようにそっくりながら、真逆の色合いの2人は、会場中の人々の目を惹いた。
魔族は古代語で話しているので、アシェの居ないキアラは何を言っているのか分からない。
でも、わざわざ姿を見せたということは、間違いなく攻撃してくるだろう。
そう思ったキアラは、背後に居るルーレストを守る形で結界魔法陣を発動させた。
アズーラ中尉の結界は充分な強度があるし、キアラの膨大な魔力で更に強化されている。
それでも、未知の術を使う魔族に対して、警戒を怠ることはない。
〔ねぇ、ダン。勇者、あそこにいるよ〕
〔ほんとだね、ザン。女の子の後ろだ〕
魔族の視線がはっきりとこちらを向いたので、キアラは最大限に警戒する。
ルーレストは勇者ではあるけれど、まだ力が発現したばかりの『勇者の卵』だ。
それに、勇者の力は魔王に対してだけ絶大な威力を発揮するもので、魔族全般に効果のあるものではないらしい。
つまり。
(私が、ルーレスト先輩を護らなきゃ。
それが、この国を守ることにも繋がるから!)
〔ザン、いくよ〕
〔ダン、やろう〕
2人の魔族から、同時に攻撃魔法が降り注ぐ。
(……強いっ!)
攻撃を跳ね返す結界だが、そのままでは周りに被害が出る。
なのでキアラは慌てて手だけを外へ出し、自分の手のひらで攻撃魔法を吸収する。
その感触は、アズーラ中尉との練習とは全く違うもので、魔族の使う魔法は人間の魔法とは違うのだと感じた。
周りで会場の警護にあたっていた軍人が、散発的な攻撃を繰り返しているが、魔族の結界に阻まれて当てる事すら出来ていない。
もっと高火力の魔法が必要だろう。
「……中尉、攻撃に移ります」
「はっ、レンツァー師。周りへの被害を考慮いただきますよう」
その中尉の言葉にハッとした。
向こうからの攻撃を跳ね返すだけでなく吸収しているのは、何のためだったのか。
(じゃあ、実体のない攻撃方法で……)
「……ぇぃっ!」
最近のキアラは、単に魔法を連発するだけじゃなくて色々な手段を学んでいる。
その中でもお気に入りの、魔力操作だけで出来る攻撃だ。
キアラの魔力を長い手のように伸ばし、相手の結界をメリメリと剥がす。
〔大変だよ、ザン!□□□□□□!!〕
〔□□□□□□□□□!〕
そろそろほかの人の攻撃が効くようになるか、という所で、魔族は大声をあげた。
そして、来た時と同じように、空中に溶けるように消えていった。
「……ふぅ……アズーラ中尉、魔族は、なぜ、帰りましたか……?」
何か言っていたようだが、キアラには中身が分からない。
それに、ルーレストに声を聞かれるとキアラの正体に気づかれる可能性があるので、とても小さな声で話す。
「はっ、レンツァー師。魔族のふたりは、『マオウサマ、マオウサマダ!』と言って帰りました」
「……魔王に、何かがあったのでしょうか」
「そう考えるのが自然かと思います」
生まれたばかりの魔王は弱く、勇者同様力に目覚めるまでには時間がかかる。
もしも、魔王が先に力を手に入れたら、それは王国にとっての危機といえるだろう。
そうでないことを祈りつつ、周辺の警戒を続ける。
魔族の攻撃はキアラに集中していたので、他には被害が出ていない。
なので、非常事態ながらも、交渉の場としてのパーティーは続けられるようだ。
魔境のような空気感は跡形もなく消えたので、ざわざわとしながらも人々は通常へと戻ってゆく。
なのに、シシュト王子は、キアラの後ろを付いてきて離れない。
「ミス・レンツァー、」
「話はこちらで聞きますよ、シシュト王子」
付きまとってくるだけでなく、いよいよ話しかけてくるので堪らなく鬱陶しいと思っていた所へ、ルーレストが来てくれた。
「いえ、僕はミス・レンツァーに話がありまして」
「ほう、彼女は我が国の魔境防衛の要です。そんな方に、どのようなお話でしょうか」
サッと顔を伏せたので見られてはいないだろうが、ルーレストが自分を見るとそれだけで肝が冷えるキアラだ。
付き纏い王子の相手をルーレストがしてくれている間に、とっととその場を離れた。
会場の隅から見守る限り、平常に戻っているようだ。
魔王復活は20年に一度起こること。
それは確かに大変な事だけれど、ある意味慣れてもいるのだ。
慣れない隣国からの使者とは違い、適切に恐れ、適切に対応する事で、この国は魔王に対抗してきた。
確かに魔族の魔法は強いけれど、人間も大概強いよね、と思うのだった。




