34.勇者
事情聴取から更に2日間、学園関係者全員に、寮の自室で待機命令が出た。
キアラは特にやることも無いから勉強を進めようかな、と思っていたけれど、そういえばやることがあったと思い出した。
(これだけ時間があるなら、アズーラ中尉のお兄さんに作ってもらった魔法陣、固定化の刺繍しちゃおう!)
元々手芸部の活動にしようかと思っていたのに、思いのほか本格的すぎる図案が届いたので、これを手芸部でやると目立つなあ、と思っていたのだ。
ローブの背中全面を使う魔法陣は非常に大きく精緻で、刺繍はとても大変そうだがその分効果は絶大。
なんと、キアラの魔力暴走に反応して遮断結界を作るだけでなく、魔力を流せば一般的な結界としても使える。
もしルーレストを守らなければならない時がきたら、キアラの結界で囲んでしまうことも出来る優れものだ。
もちろんその分魔力消費は激しいので、一般的には維持コストに見合わないとされるのだが、キアラは魔力量にモノを言わせてゴリ押しする予定だ。
普通に刺繍をしていたら2時間ほどで肩と指先が痛くなってしまったので、続きは針を直接魔力操作で動かして縫う。
一般的に見れば魔力の無駄遣いでしかないが、キアラにとっては作業は同じで肩が痛くないならこの方がいいかな、程度の差だ。
そうして過ごしていると、グライナー団長から事件の総まとめ的な手紙が送られてきた。
それによると。
まず、教師ガングは何者かに作られた傀儡で、魔石で動くだけの存在にすり変わっていた。
そして、そのガングを媒介として、コンラート・エルデと、ルーレストの1回戦の相手アレックス・ツェラーを何らかの魔法で操っていた。
エルデ、ツェラー両名は回復したし、傀儡ではなく本物だったが、まだ魔力の残滓がある可能性を考慮して軍で保護している。
そして、敵の狙いは間違いなく第3王子ルーレストで、狙われる理由は、ルーレストが『勇者の卵』だから。
(……ルーレスト先輩が、勇者なのか!)
初出し情報に驚くキアラだが、キアラに知らされたということはすぐに公開されるのだろう。
魔王復活が予言された以上、人々の心の安寧の為にも勇者は必要だ。
更に、手紙によると第3王子が勇者なのであれば、勇者を国王にすべきだ、という過激派が現れる可能性があるとのこと。
すると王位継承権争いが過熱するため、そちらにも注意するように、と言われても。
(……もう、みんなめんどくさいなぁ……
魔王が来る、って言ってるのに仲間内で喧嘩してる場合じゃないでしょ)
キアラは権力になんて興味が無いのでそんな感想しか抱けない。
そして、これらの事件を起こせる程の実力を持つ者は、少なくとも人間には居ない。
というかそれが出来れば最早人間ではない。
魔族が動き始めていると考えられる。
通常、魔王が完全復活してから魔族が活動を始めるが、今回は初期から活発に動いている。
勇者と戦う相手は魔王だが、魔族が勇者を倒しに来ることも無くはない。
くれぐれも、キアラが魔族の魔法の対象とならないよう、注意をしろとの命令で、手紙は締めくくられていた。
キアラだって操られたくはないので、なるべく目立たないように学園生活を送ろうと思う。
(でも、そうしたら今回みたいに、エルデ君が操られたりしちゃうのか……それは嫌だな)
キアラは今まで自分が良ければいい、と思って嫌な事からは全力で逃げる方針だった。
だけど、今では嫌な目にあって欲しくない友人がたくさん居る。
自分が逃げたせいで誰かが犠牲になるのは、それも嫌だな、と思うのだ。
(でも、私の魔力量で操られちゃったら大変だよね。……よし、じゃあ私は目立たないようにするけど、もし誰かが操られていたら解除出来るようになろう!)
とにかく、敵は『魔族』だ。
それが明確になっただけでもキアラにとってはありがたい。
パーティーの毒入り事件では、誰を警戒すべきか分からないのが一番つらいと思っていたので。
それに、相手が人間じゃない、という情報でキアラの心は一気に軽くなった。
もちろん人間が操られている場合もあるかもしれないが、最終的に戦う相手は人間以外だ。
それは、人間と戦うのは怖いキアラにとって、とても良い情報だ。
最悪、魔境の魔獣を相手にするように、大規模魔法を連打しよう、と思えるから。
(……それにしても、ヴィルヘルムのことが出てこなかったけど、良いのかな?)
正体不明のままではやりづらいんだけど、とは思うが、もしかしたら、まだ誰にも言っていないのかな、と勝手に考えるキアラだった。
翌日から授業が再開されたが、学園は一気にお祭りムードに包まれていた。
それは、『生徒会長が勇者だった!』とみんなが大騒ぎしているから。
流れている噂は色々だが、全体的には
『勇者の卵が力に目覚める前に殺しに来た魔族。
だが勇者ルーレストは見事力に目覚め、魔族を撃退して操られていた友人を救った!』
と、いうような英雄譚に仕立てられていた。
(……ぅわぁ……軍部と政治の力って凄いなぁ。あのよく分からん事件がこんなお話になるんだからさ……)
なんて穿った見方をしてしまうキアラだった。
しかも、今回の事件は目撃者が多い。
それなのに、結構事実に基づいているお話だからみんなそれを信じているのだ。
その微妙な所をついてくるあたりも、キアラが呆れ半分ながら凄いと思うところ。
そうしてとりあえず日常が戻ってきて、キアラはいつもの如くヒィヒィ言いながら授業を終え、生徒会室へ行く。
今日のルーレストは手袋をしていなくて、右手の甲の『勇者の証』が誰にでも見えるようにしていた。
(そういえば、手袋をし始めたの、いつだっけ……?)
きっと、あの時から証があったのだろう。
そして、何か理由は分からないけれど、隠しておきたい事情があった。
学園には使用人を連れてきていないらしいから、多少の事なら隠しておけるのかもしれない。
(……そんな事は、私の考える事じゃない、か)
キアラの役目はあくまで護衛だ。
王宮内の政治なんて、知ったことじゃない。
そして、キアラが生徒会室に入ると、ルーレストからいたずらっぽい目配せをされた。
その視線は、『ヴィルのこと、黙ってて』と雄弁に語っていたので、キアラもその通りにする。
キアラにとってアシェが大切な友だちであるように、ルーレストにとってヴィルは大事な相手なのだろう。
そして、キアラは思うのだ。
『自分が、勇者じゃなくて良かった』と。
教室で、『俺が勇者じゃなかったー!』と残念がる男子も居たが、キアラは全然そうは思わない。
だって、国の命運を背負わされて、それでも尚あんなふうに笑える自信なんて、まるで無いから。




