3.入学式
「……ぅぇぇ、どうしょぅ……」
キアラは早速迷子になっていた。
というか、人が多い所を避けて歩いているうちに、どこへ行くのか分からなくなってしまったのだ。
「おい、君! 新入生だろう、講堂はこっちだ」
「……はぃぃっ」
短い赤髪に青色の瞳は気が強そうに吊りあがっているし、とてもガタイが良くて筋肉ムキムキだ。団長みたい。
怖そうな人だけれど、きっと上級生だろうから、大人しく従おう。
キアラは人との関わりが苦手だけれど、トラブルを起こすつもりは毛頭ないのだから。
それでもこの人に手間をかけさせてしまったことが申し訳ないし、嫌なことを言われたらどうしよう、と思うから、なるべく距離を開けて歩く。
「ああ、すまん。歩くのが速かったか」
「……」
キアラが近づきたくないから離れていただけだが、そんなことは知らない相手は歩幅が小さくて追いつけないと思ったのだ。
手間をかけている上に歩くのが遅いなんて、益々申し訳なくなるけれど、何と言っていいのか分からなくて困る。
結局は何も言えなかったのだけれど、少し眉を上げただけでそのまままた歩き出して、入学式の会場まで連れて行ってくれた。
「ここが集合場所だ。列はどこだろうか……名前は?」
連れてきてくれただけでなく、列の場所まで探そうとしてくれる。
「……ぃぁら……」
でもキアラは自分の名前すら満足に言えなくて。
「えっ? 何と言った?」
聞き返す言葉と共にずい、と身体を寄せられて反射的に逃げてしまう。
「あぁ、悪い。だが、そこまで怯えなくても……。名札はあるか?」
人に近づかれるのが怖いキアラが逃げただけなのに、この人が謝るなんて。
本当に申し訳なくなってきた。どうしよう。
「キアラ、か。平民なのに王立魔法学園に入れるなんて、優秀じゃないか。列はこっちだな」
名前で振り分けられているらしく、そこまでキアラを案内してくれた。
「よし、ここだ。じゃあな、頑張れよ」
青色のツリ目はキツい印象があったけれど、とっても優しい人だった。
「……ぁ、ああ」
ありがとうございました、ってお礼を言いたいのに、うまく言葉にならなくて。
不審そうな視線を感じていたたまれなくなって、大きく頭を下げた。
お礼の気持ちはきっと伝わるし、視線からも逃げられるから。
次に頭を上げた時にはもうその人は居なかった。
きっとキアラのような人の相手で忙しいのだろう。
でも、この学園で初めて会った人が怖い人じゃなかった。
それだけでキアラは少しだけ嬉しい気持ちになれたんだ。
式典、というのは大体つまらないものだとキアラは思う。
魔導六師のお仕事で、討伐凱旋パレードや新年祭に呼ばれることもあるが、偉い人の言う事は聞くのがめんどくさくなる魔法がかかってる。
入学式もそうだったので、ろくに聞いていなかったのだけれど、偉い人が3人くらい話した後で出てきた人の顔は、ちょっと頑張って覚えようとした。
「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。
生徒会長のルーレスト・フォン・ガレスです。
今日から仲間が増えることを、心から楽しみにしていました。
3年間よく学び、よく鍛え、より強い魔法使いとなれるよう、共に切磋琢磨して高めあっていきましょう。
ようこそ、魔法学園へ!」
短く簡潔な挨拶をしたのがキアラの護衛対象、第三王子のルーカス・フォン・ガレスだ。
2年生だと聞いていたが、3年生ではなく彼が生徒会長とは、周りに気を使われているのか、もしくは彼自身に人望があるのか。
まぁ両方かな、なんて適当な推測をするキアラだった。
でも、王族だということを抜きにしても華のある人だと思う。
金髪碧眼で完璧な王子様の雰囲気を放っているのは、どこぞの金髪碧眼無駄使い団長とはえらい違いだ。
年の割に小柄なのでキアラは少しだけ親近感が湧いたし、怖くて怖くて護衛対象を見ることも出来ない、とまではならなさそうで何より。
先程の挨拶で入学式は終わりで、次の場所に移動するらしい。
その間も人ごみの中なので緊張しているキアラに、
「ねぇ、あなたも平民出身なのよね? 今からクラス分けの試験って、すごく緊張しない?」
「……ぅ……ぁあぅ……」
隣の女の子が、話しかけてくる。
嬉しい、と素直に思うのに、それよりも大きな気持ちは『嫌われるのが怖い』だ。
「そんなに緊張しなくても、私も平民出身で、カリナっていうの。
今年の新入生には3人しか平民の子がいないんですって。もう一人は男の子だから、女子は私たちだけなのよ。
だから、仲良くして欲しいの!」
「……ぅぅ」
「話かけられるのは苦手なの? 私も苦手だったけど、この学園はお貴族様ばっかりだから、練習した方がいいと思うわよ」
こくり。
そんなこと、キアラも分かってるけど、簡単にできたら苦労はしてない。
でも、キアラが魔力を暴走させてしまうことを知らないからだとしても、話しかけてくれた事は嬉しかったから、精一杯の返事として深く頷く。
「あなた、そんなので詠唱できるの?」
カリナの言っている内容はずけずけとしているけれど、口調と表情は心底キアラを心配しているものだ。
「……ぇぃしょぅ?」
「そんなまさか、魔法学園に入学するのに詠唱を知らないって、そんなことある? 筆記試験はどうしたのよ。
それに、これから魔法の実地試験よ。あなた、どうやって受けるの?」
そもそもキアラは入学試験なんて受けていない。
まともに受けていたら多分合格出来なかったのだろうな、と何となく思う。
だって、カリナの言う事が正しいなら、キアラは何も知らないのだから。
どう返事をしようかキアラが困っている間に、移動が始まったらしい。
前の人から順に進むから、心配そうにしてくれるカリナと一緒に付いていった。
行った先は大きな広場で、列を崩して前に寄せられ、先生の話を聞く。
村の初等学校を途中で離れて以来、学校から遠ざかっていたキアラにとって、久しぶりの事だった。
「これから入学時試験を実施します。魔力量測定と実技試験で、この結果でクラス分けを行いますので、良い成果を出すよう、期待しています」
前に出て話し始めたのは銀縁メガネと引っ詰め髪の、見るからに厳しそうな女教師だ。
「魔力量測定は、こちらの専用魔導具に手を置きなさい。下手に魔力を流そうとはしないこと。
次に実技試験は、各々得意な魔法を行使しなさい。的に当てられたらなお良いですが、得手不得手があるでしょうから他に必要なものがある時は申告するように。質問は?
ーーーーでは、始めます」
簡潔明瞭な説明ですぐに始まった試験内容に、キアラは大焦りしていた。
数年前、団長に魔力量測定をされた時、キアラから漏れ出す魔力でうっかり魔導具を壊してしまったので。
お調子者の師匠も流石に固まっていたし、国に数台しかない魔導具を壊した、と言われたキアラはとても怖かったのだ。
貴重なものを壊したら怒られるし怖がられる、と。
幸いにも団長は『普通に使っていて壊れるような弱い魔導具が悪い』と言って怒らないでいてくれたが、今壊すのはとてもマズい。
キアラは目立たず騒がず、平穏無事な学園生活を送りたいのだ。
そうしないと、極秘任務にも支障が出る。
キアラが悩んでオロオロしている間にどんどん列が出来ていって、結局1番最後になってしまった。
でも、これはこれで悪くないのでは、とキアラは思う。
他の人のやり方を見て、考える時間があるんじゃないだろうか。




