2.精霊
「うわぁああん、アシェ〜! どうしよう〜!」
軍本部のベルクフォル元帥の所からほうほうの体で逃げ帰ってきたキアラ。
兵団本部へは行かずにその隣、錬金術師の塔にある自室に帰ってきてようやく、声を出せたのだ。
「ん、きあら。次は、どこいくの?」
人間相手にはろくに話せないキアラだが、今この部屋にいるのは人間ではない。精霊だ。
アシェの会話はキアラ並に下手くそだけれど、見た目だけは綺麗なお姉さんといった感じで、水の精霊らしく水色の髪をしている。
年の割に身体が小さいことを気にしているキアラは、アシェの身体がちょっとだけ羨ましい。
どこがとは言わないけれど、ちゃんと発育しているのが特に。
そもそもアシェは、キアラから漏れ出す魔力に惹かれて集まった低級精霊が、キアラのためだけに形作った存在だ。
まだ産まれたての精霊だけれど、話し相手としてはこれ以上の存在はない、と思っている。
それに、調薬の手伝いもしてくれるし。
「分からないよぉ。元帥閣下は魔法学園に行って、極秘で護衛任務をしろって言うんだけど、そんなの、無理だって!」
「きあら、つよい。だから、大丈夫!」
「いいねぇ、アシェは。自信があって。
強いだけじゃ、他の人と仲良くすることなんて出来ないんだよ?」
むしろ、強すぎれば仲間に入れてもらえなくなる。それは今までの経験から嫌という程知っていた。
成長と共に増え続ける魔力を制御しきれず、意図せず傷つけてしまった時の嫌な記憶が甦る。
自分に突き刺さる恐怖の視線や、あからさまに避けられる辛さも。
「でも、アシェ、よわい。きあらは、つよい。
ありがと」
そう言って、キアラよりも大きな手のひらを差し出す。
「魔力ね、はい、どうぞ」
「わーい、ありがと」
見た目は大人なのに、アシェにとっての食事であるキアラの魔力を貰った姿は、完全に子どものよう。
それを見ていると、昔むかし、まだ魔力が溢れ始める前のことを思い出す。
キアラには両親が居ないけれど、代わりにおばあちゃんが育ててくれた。
身体の弱いキアラを必死に看病してくれて、ここまで育ててくれた薬師のおばあちゃん。
自分にとって、おばあちゃんとの記憶はとても暖かくて大切なものだ。
特に、おばあちゃんが亡くなった後の、村での扱いが酷かったから。
おばあちゃんが亡くなってからしばらくは皆が大事にしてくれた。
でも、その頃からキアラの魔力が多くなりすぎて制御出来なくなり、村の人々を巻き込みはじめたのだ。
攻撃しようなんてこれっぽっちも思っていないのに、キアラを助けようと差し出された手を魔法で傷つけてしまう。
「痛いっ!! キアラ、なんでこんなことするのよ!」
今でも鮮明によみがえる記憶。
優しい隣家のお姉ちゃんが、自分にそう叫び、鋭い視線を向けてきたこと。
人に近づいたら、きっと自分が傷つけてしまう。
そうしたら、キアラに憎悪の目を向けてくるのだ。
だから、誰とも会いたくない。話したくない、近づきたくない。
そうすれば、自分も、相手も、傷つかずに居られるから。
「きあら、どしたの?」
「……大丈夫。ちょっと、昔のことを思い出しただけ」
心配そうにアシェが見つめてくれているのが嬉しい。魔法の効かない精霊だから、自分と一緒に居られるんだ。
それから、師匠に拾って貰った。
軍属の錬金術師だけれど放浪癖のある師匠は、貴重な素材や人材を見つける役目があるらしく、キアラのことも軍で預かるようにしてくれた。
それだけじゃなく、日に日に増える魔力に押しつぶされそうだったキアラに薬を与えて調薬を教え、自分の身体を維持出来るようにしてくれたんだ。
「きあら、くすり、いる?」
「うん、欲しい。そろそろ点滴しないと」
毎日朝と夜に点滴を打ち、朝昼夜の3回薬を飲まないといけない不自由な身体でも、キアラが生きられているのは師匠のおかげだ。
同じ薬師でもおばあちゃんとは全然違う気味の悪い男だけれど、師匠のことは信頼している。
『アヒャヒャヒャ、お前の身体は面白いね。際限なく魔力があるくせに、そのせいで身体が張り裂けそうだなんて!
いいかい、調薬をきちんと覚えなさい。そして、欠かさずに薬を使うこと。
じゃなかったら、お前は自分の魔力に食い破られて死んでしまうよ!』
ヒョロガリの身体と白衣を揺らして、特徴的な笑い方をする姿を思い出しながら、自分に点滴を打つ。
この点滴薬自体はキアラが調合しているけれど、素材や設備は軍のものだ。
ちなみにこの部屋は師匠のものだけれど、どうせ1年のうち八割方は旅に出て居ないから、キアラは勝手に自分の部屋だと思っている。
つまるところ、キアラは軍の援助なしには生きられない。
いくら任務が嫌だと思っても、体力のない身体では薬の素材を自分で集められないのだから、要求を飲むしかないのだ。
「……それが分かっているから、ベルクフォル元帥も無茶を言うんだろうなぁ」
「きあらは、げんすいのこと、嫌いだねぇ」
気楽に微笑むアシェの綺麗すぎる顔に、今だけちょっと苛立った。
人間のこと、分からないくせに、って。
人間のことが分からないからこそ、勝手に愚痴っている自分のことは棚に上げて。
任務が嫌だと駄々をこねていても、あっという間に始業式の日になってしまった。
「アシェ〜、どうしよう〜」
用意された荷物を持って、朝から指定の制服に着替えて。それだけしても、やっぱりぐだぐだ言いたくなるのが、キアラの性分なのだ。
「きあらのふく、きれいだよ? きあらは、好きじゃない?」
「まあ、綺麗だとは思うよ」
キアラが日頃来ているのは、着古したローブだ。
お調子者の師匠が、『アヒャヒャヒャ、やっぱり魔女にはローブですよねぇ〜!』と与えたものをずっと着ている。
でも、この制服は同じローブでも全然違った。
そもそもこの国では『魔法がよくできる奴が偉い』という風潮が強いため、王立魔法学園は最難関クラスの学校だ。
平民でも魔力が強ければ入れるが、魔力が強いと貴族と結婚することが多いため、遺伝的に貴族が圧倒的に多い。
だから、魔法学園の制服はとてもおしゃれなのだ。
いつものローブとあまり変わらないように見えるのに、赤いラインが入っているだけで、こうも綺麗に見えるものかと関心する。
きっと、裁断とかも全然違うんだろう。
「あのね、アシェ。私はしばらく帰ってこないけど、大丈夫?」
「えっと、ごえい、にんむ?」
「そうそう。覚えててくれたんだ。いつ帰ってこれるか分からなくて。帰れるのは多くても週に1回で、下手したら半年くらいかかるかも」
「えっ、きあら、薬は? なくなるよ?」
「調薬は学校の設備を使わせて貰えるから大丈夫。
でも、私は平民として入学するから、使用人を連れて行けないんだって。だから、アシェは一緒に行けないの」
「半年? 長いねぇ。……ニンゲンじゃなかったら、いっしょに、いられる?」
「人間じゃない、って?」
「えっとね、えっとね……っ、とうっ!!」
綺麗な大人のお姉さんが、宙返りとともに蝶の姿に変わった。
「わっ!すごいよ、アシェ。こんなことも出来るんだ」
「きあらが、つよいからだよ。できるように、なったの」
手のひらよりも大きな蝶で、輝くような透明感のある水色がとても綺麗。
もちろん普通よりは大きいけれど、使い魔だと言えば誤魔化せる範囲だと思う。
何より、多くの人の中で過ごさないといけないのなら、アシェが付いてきてくれることは心強い。
魔女らしい黒の三角帽子を被ると、そのリボンの所にアシェがぴとりと乗ってくれる。
ひとりきりじゃない、そう思えるだけで、キアラの心はほんの少しだけ軽くなった。
嫌だ嫌だと言い続けても仕方がない。
命令された任務である以上、逃げられないのだから、出来るだけ波風立てずにやり過ごそう。
そんな後ろ向きな決意を固めつつ、ようやく学園へ向かって歩き出した。




