10.選択授業
「あの、ほかの選択なんですけれど、錬金術がやりたいんです」
薬を作るのに器具を貸してもらう都合上、取っておくのが無難だろうと思っている。
「そうね、キアラちゃんは自分で薬を作るんだから、勉強したらいいと思う。
他に何か興味のある授業はありそう?」
「あとは、精霊学が……」
「う〜ん、精霊学かぁ」
「だめ、ですか?」
さっきまでかなり肯定的だったアイリーンが言葉に詰まったので、キアラは不安になる。
「駄目じゃないんだけどね、あんまり意味のある授業じゃないかも、ってだけ。
そもそも精霊って、ほとんどは血筋に受け継がれていくものだから高位貴族じゃないと縁が無いのよね。
精霊の基本的なことは必修の魔法生物学でやるからそれで十分だと思うわよ」
なるほど、アイリーンはアシェが精霊だと知らないからオススメしないということだ。
でも、キアラにとっては血筋に受け継がれるということだけでも知らなかった情報だから、やっぱり授業を受けたい。
「でも……」
「その蝶々は使い魔よね? それなら使い魔講座を取った方がいいかも。もしくは、使い魔クラブに入るとか。
精霊学は、魔法生物学の教授が趣味でやってるようなもので、取る人はほとんどいないのよ。
というか、わざわざ授業を取らなくても、放課後に教授の部屋に行けば嫌ってくらい話をされるわよ」
やっぱりアイリーンは精霊学反対派だから、困ってしまう。
アイリーンがどれだけ反対してもキアラはアシェのために精霊学を取るけれど、出来れば穏便に納得してほしいのだ。
「でも……精霊学、受けてみたいんです」
なおも言葉を重ねると。
「そこまで興味があるのなら、むしろ取った方がいいと思うわ。反対しちゃってごめんなさいね」
「あの、ほんとに、良いんですか……?」
キアラとしては絶対に精霊学を取るつもりだったし、なんなら錬金術よりも優先度が高いと思っている。
でも事情を知らないアイリーンには変に見えるだろう。
「私の役目は、あくまでも先輩としてお勧めを教えるだけだもの。個人の興味までは分からないし、『取ったのに思っていたのと違った!』ってならないためだけのものよ。
だから、これだけネガティブなことを言われても取りたいと思うものは、むしろ絶対取るべきだと思うわ」
「……ぁあ、ありがとうございます」
「いえいえ、自分の人生は自分だけのものだから、自分で決めるのが一番だと思う。
自分だけで決めるのは、あんまりおすすめしないけどね」
アイリーンの言葉はすとんと納得できて、しかもとても大切なことだと思えた。
「この学校は、自分の目標をしっかり持てたらとてもいい所よ。必要な勉強をして、自分の強みを伸ばすことに特化しているから。
逆に、苦手なことはそれが得意な人にしてもらえばいいんだから、そのための人脈を作ることも大切よね」
確かにそうだ。
カリキュラムを見ていると、一年のうちは決まった授業がほとんどだが、二年の後期からはほぼ自分で時間割を組むことになる。
それだけ色々な進路に対応していて、専門的なことを学べるのだから、自分の目標を定めることが大切なのだろう。
キアラの仕事は第三王子の護衛なので、ここを卒業することは多分無いけれど、それには一旦目をつぶっておく。
それに、とキアラは思う。
自分は得意なことと苦手なことがとてもハッキリしている。
魔獣の討伐は得意だけれど、人との関わりは苦手。
その苦手な部分を、元帥閣下や団長、師匠や部下が代わりにしてくれている。
特に、苦手意識が先に立ってしまって、部下とはこれまであまり話してこなかった。
他の人は話す用事があれば向こうから来るので対応せざるを得ないが、部下は向こうからは来ないからだ。
(……次、軍の錬金術塔に帰る時には、部下にもお礼を言いに行こう。多分、この任務のための準備もしてくれたはずだから)
学校へ来る前のキアラは、その必要性をこれっぽっちも感じていなかったけれど、同年代の人と会って話すことで、少しづつ変わって来ているのだろう。
それは、キアラの人生にとって良い事だと、自分でも思える。
「選択授業はそれでだいたい決まりかな。でも、1回目に行ってみて、思っていたのと全然違ったら変えられるから、あんまり心配しなくていいよ」
アイリーンがそう教えてくれたから、明日からの授業にキアラは気軽に参加できそうだ。
今日はこの後錬金室へ行こうと思っていたけれど、明日の最終コマが錬金術なのでわざわざ今日行かなくてもいいだろう。
そう思って、何をしようかな〜と考えていると。
「すること無いなら図書館へ行ってみる? 本が沢山あるだけで楽しいし、これから使うことも多いと思うから使い方を知っていた方がいいと思うわ」
「……はぃ」
アイリーンが案内してくれた図書館は、授業が行われる校舎とは別館になっていて、とても綺麗で荘厳な建物だ。
中に入ると壁沿いにびっちりと本が詰まっていて、高い本棚が整然と並んでいる。
「こんなに本が沢山あると、自分が欲しい本を見つけるだけでも一苦労なのよね。
だから、教えてくれる魔道具がちゃんとあるの。
このフクロウに、欲しい本を言ってみて?」
司書のカウンターの横にある止まり木に数羽のフクロウが居るので、そのうちの一羽の前に行く。
「……一番簡単な、魔力操作の本が欲しいです」
キアラは人間相手でなければ話すのが怖くないので、司書に訊くよりずっとハードルが低い。
音もなく飛び立ったフクロウの後をついて行くと、魔力操作の棚へ連れて行ってくれた。
寮に入る時に見た鍵の魔法とよく似ていて気になるので、もう一度見るためだけにフクロウに話しかけたくなるキアラだった。
「簡単、ってどのくらいのレベルがいいのかな。これとか、どう?」
アイリーンが差し出してくれた本はやけに分厚くて、キアラにとっては全く簡単そうではなかった。
しばらく本棚とにらめっこした末に、絵本っぽいのと児童書っぽいものを見つけたので、それを借りることにした。
「キアラちゃん、そんなの読むの?……でもまぁ、気に入る本があったなら、良かったのかな」
アイリーンには理解されていないみたいだが、キアラは本で勉強すること自体、あんまりしない人なのだ。なにせ、学校での勉強さえ、村の初等学校の10歳までしかしていない。
錬金術の本は読むけれど、魔力操作は全くの素人。超簡単な本から始めた方がいいと思っている。
そうして借りた本を抱えて満足気に部屋に帰ると、大量の教科書が届いていた。
(……本、借りてる場合じゃなかったかもなぁ)




