1.《殲滅の魔女》の極秘任務
ーーーー魔境。
そこは人間が生きられないほど魔力濃度が高く、その魔力に侵された魔獣の住む土地。
高濃度魔力の土地で生まれた魔獣は普通の獣の何倍も大きく、その地に適応できない人間などひとたまりもなくなぶり殺しにする、はずだったのだが。
「……ぇぃっ」
小さな掛け声と共に出現した豪炎が、少女の目の前に迫る魔獣を焼き払った。
それと同時に少女の腰まである黒髪があまりに高い魔力濃度に反応して揺らめき、黒い瞳が赤く染まる。
「……ょぃしょっ」
舌っ足らずな声は酷く幼いのに、現れた暴風はカマイタチとなって自分よりも何倍も大きな魔獣を切り裂いた。
「……とぉっ」
一方的な殺戮を、それでも生き延びた魔獣へと、氷の刃が差し迫る。
ぴきぴき、ぱきん。
戦場には似つかわしくない澄んだ音をたてて、凍りついた魔獣が崩れ落ちた。
少女の発する魔力に引き寄せられて集まった魔獣を事も無げに一掃し、
「……かえり、ます」
通信魔導具に小さく小さくそう言った。
普通ならば大人の魔術師が5人がかりで相手をする大型魔獣を三体同時に相手取り、一切の攻撃を受けずに倒したとは思えないほどひ弱な声で。
『了解。魔石回収部隊を向かわせる。帰投せよ』
団長の言葉を聞いて少し身構えるが、今はとにかく帰りたい。
「《殲滅の魔女》キアラ・レンツァー魔導師へ、敬礼っ!」
すぐ後ろの転移陣には、今自分が倒した魔獣から魔石を採取する為の部隊が来ている。
「……っ」
魔獣は怖いと思わないのに、人間は怖い。
そんなキアラは仲間であるはずの部隊の人とすれ違うことすら怖くて、逃げるように早足で通り過ぎた。
キアラにとって、魔獣を倒すのは簡単だけれど、人間と関わり合うのはこれ以上なく難しいのだ。
尊敬、羨望、畏怖。
様々な感情を見せる支援部隊に背を向け、魔法兵団本部へと転移する。
「……ふぅ」
空間が揺らめくこの間だけは、少しばかり気を抜いていられる。
絶対に誰も入ってこられない、キアラだけの魔力空間だから。
そうして転移が終わり、次に顔を合わせた人物を見て、先程の部隊に会った時よりも更に逃げたくなった。
「ガハハハ! 今日も大手柄じゃあないか! 《殲滅の魔女》殿はさすがだなぁ!」
この金髪碧眼の無駄使いとも言われる、筋骨隆々男は魔法兵団の団長、アルベルト・グライナー。
キアラを魔境に連れていった張本人にして、今の彼女の直属の上司だ。
「いやはや、本当に素晴らしい戦果だな!
これでまだ16歳だと言うのだから驚きだ。既に俺より強いんじゃないか?」
裏表のないおおらかな性格で魔法兵団を束ねる団長は皆に慕われている。
「……」
でも、キアラはやっぱり人と話すのは苦手だからうまく言葉が出てこない。
グライナー団長は親しみを込めて近い距離で話をするから余計に怖い。
「大丈夫だって、そう避けるなよ! それよりな、ベルクフォル元帥閣下に呼ばれているんだ。
お前、今からヒマだよな?」
週に一度呼ばれる『仕事』が終わったから、早く帰ろうとしていたのに、まだ続きがあるらしい。
ベルクフォル元帥閣下と言えば、キアラが不本意ながらも所属している魔法兵団の更に上、軍部の最高司令官でこの国の王弟殿下だ。
キアラは昔から虚弱体質な上、最近では毎日薬を使わないと身体が維持できない。
その薬代を稼ぐ為にも、仕方なく軍に所属しているが、そんな自分の特性を知った上で利用してくるベルクフォル元帥がキアラは苦手だ。
「……。」
「じゃ、行くぞ〜」
キアラの無言の抗議なんて気にもとめずに歩き出されたので、仕方なくついていく。
グライナー団長はベルクフォル元帥が怖くないのだろうか。
キアラは人と関わることが怖いけれど、それ以上にベルクフォル元帥が怖い。
理由は分からないけれど、何となく怖いのだ。あのアイスブルーの瞳に、自分の何か深いところまで見透かされているような心地がするから。
「ベルクフォル元帥閣下、キアラ・レンツァー魔導師をお連れしました」
「入れ」
低くいかめしい返事を聞いてから、グライナー団長が静かに部屋に入る。
嫌々ながらもここまで来てしまったからには仕方がないので部屋に入ると、キアラの苦手なアイスブルーの視線が突き刺さってくるような気がした。
「キアラ・レンツァー魔法伯、任務ご苦労。
《殲滅の魔女》の名に恥じぬ働き、流石は我がガレス王国の魔導六師にふさわしい」
「……」
こくり、と頷いただけだがキアラにとっては精一杯の返事だ。
そもそもキアラは生まれつき強大な魔力を持っていて、その魔力に押しつぶされそうになっていた。
それを助けてくれた錬金術師の師匠には感謝しているけれど、自分の魔力を利用しようとしてくる元帥閣下は苦手だ。
魔導六師の地位も、《殲滅の魔女》の称号も、キアラが望んだものじゃないし、レンツァー魔導師、なんて呼ばれても、誰それ?といった感じしかしない。
キアラはただ、誰の迷惑にもならずに静かに生きていたいだけなのだ。
なのに、ベルクフォル元帥はキアラに色々な肩書きと地位を付けて、話を断れなくしてくる。
今回もきっとそうだ。開口一番自分を褒めるなんて、絶対に裏がある。
キアラの人間不信は筋金入りだけれど、それすらも上回るほどの人物なのだ、元帥閣下という人は。
「なに、そう身構えるほどの話ではない。レンツァー魔導師にとっては些細な任務だ。
魔法学園に通う第3王子を秘密裏に護衛をするように。
護衛していることが本人に気づかれないよう、また周りの生徒にも魔導六師《殲滅の魔女》だと悟られ無いように動きなさい」
「……ぇっ」
言葉に出すことが苦手なキアラでも、流石に抗議したくなる内容だ。
そもそも自分は学園生活から一番縁遠い性格だと自負している。
その上、やったこともない護衛任務、しかも誰にも分からないように極秘で、だって?
そんなのいくらなんでも無理に決まってる。
キアラは心の中ではそう思うのに、口からは言葉が出てこない。
「……ぁの、……ぃゃ……」
「急な極秘任務で戸惑うかもしれぬが、貴殿とて軍人。準備はグライナー団長以下貴殿の部下にも申し伝えておるゆえ、心配はいらぬ。
来週から新入生として入学出来るよう手配させたので、準備を間に合わせるように。
以上だ」
「……ぇっ」
いっそ不気味なほどにこやかな、珍しすぎる元帥閣下の微笑みに恐怖しか感じない。
子供が3人も居るとは思えないほど若々しく整った顔面は、キアラじゃない誰か他の人に使ってあげてください、と言いたい。言えないけど。
「失礼致します」
頼みの綱のグライナー団長が退室していくので、慌ててついていくしかない。
こんな時でも何も言えず、断れない自分が嫌になる。
実際の所、軍の研究所に所属して基礎材料や設備を使わせてもらっている上、魔境での戦闘任務の報酬も貰っているキアラは立派に軍人扱いだ。
たとえ16歳の少女だとしても。
そんな彼女は軍の頂点である元帥閣下の命令には背けない。
「……ぅぅっ」
出来ることと言えば、頭を抱えてうずくまることくらいか。
「キアラ、元気がねぇな! 仕方ねぇ、俺が連れて帰ってやるよ!」
キアラの出来る精一杯の抗議もグライナー団長の前では効果がなく、軽々と抱えあげられて魔法兵団の本部へと連れ帰られるだけだった。




