俺たちダンジョンワーカー
かつてダンジョンの入口だった洞窟は、立派な石造りの回廊に置き換えられて、今ではその門扉を守る警備までいる始末である。
それもダンジョンから這い出てくるモンスターを閉じ込めるためならいざ知らず、その門が阻んでいるのは不認可のダンジョンダイバー、いわゆる違法冒険者たちだ。
周期的に内部構造が変わる迷宮、生成ダンジョン。それは尽きない金鉱脈に等しい。かつてモンスターの脅威の巣であった迷宮は、いつしか人々の産業の基点となり、ダンジョンの管理運営には厳格な規則が設けられるようになった。
『ダンジョンワーカーフルカゼ』は、街の入口からダンジョンに直行する迷宮参道の中頃に、トレードマークであるカンジ文字が入った看板を出していた。
小さな店構えながら、歴史あるグランマニア商会と同じ150年の歴史がある。
作られてしばらくは木造だったらしいが、俺が入会したときにはすでに石造りだった。フルカゼの本店は大陸一番の大都市にあり、ここのような地方ダンジョン近くにあるのは分店である。
分店を預かるものは、伝統的に「シテンチョウ」と呼ばれていて、現在俺の上司は、カナタ・シテンチョウだ。創業者のジン・フルカゼの直系だが、事情があって本店の継承権争いに参加すらさせてもらえず、この僻地の分店で飼い殺しにされているという話である。
まだ夜明け前だというのに、迷宮参道に軒を並べる商店は盛況だ。
茶褐色の煉瓦を敷き詰めた道は、夜中に降った雨を吸って黒くなっている。その上を、商人や冒険者、職人たちが足早に歩いている。
生成ダンジョンに用のあるものは向かって右手側を、そうでないものは左手側を歩くのが参道の暗黙の了解だ。
その規則的に動く大小の人の群れに混ざって、いつも同じ場所で立ち止まる。
レンガ造りの分厚い壁を小さく切り取った窓口に、茶色い肌の小さな女が腰掛けている。
指先から肘くらいの身長、髪のような草を丁寧に垂らしている彼女は、土と自然の人種グローニンだ。二つ名を『コウヒ屋』のミランダである。
生成ダンジョンの周辺に住むものは、入居登録にあたって『二つ名』を登録するのが慣例だ。それは命名規則の違う種族たちが互いを区別するため(虫に近い特性を持つ種族は、兄妹で名前が同じだったりする。しかも何十人と)であり、単にわかりやすいからでもある。
「ミランダ。濃いのを一番大きなカップで。2杯くれ」
「へい。イラム手形で5枚。小グランマニアなら1枚っす」
値段を聞いてのけぞった。一昨日から倍近く上がっている。
「随分だな。なにかあったのか?」
「南の方で豆の買い占め騒動があったようで、こっちの連中がそれを知って、値段が上がるまで売り渋ってるんです」
ミランダは言いながら立ち上がり、店の奥にある備え付けの銅の蛇口をひねって、湯気のたつ黒い液体を土を焼いたカップに注ぐ。その最中に、カゴに積んであった黒く焙煎された豆を鷲掴みすると、床に空いた穴に次々と放り込んでいく。
あの穴は、ドワーフ職人お手製の自動豆粉砕機へとつながっている、らしい。
「おい、まだ買うとは言ってないぞ」
「コウヒなしでダンジョンワーカーはできんでしょ。知ってんですから」
俺は懐から小グランマニアを一枚窓口に置いた。
「なぁ、その豆、しばらく置いておいたら価値が上がるんじゃないか?」
「焙煎しちまった豆なんて、ヒドラの肉みたいなもんですよ。時間がたつほど駄目になる」
ヒドラ肉はダンジョン原産の珍味で、グローニンの祝祭のご馳走だ。ただし、
「ヒドラを食うのはお前らぐらいだろ」
「アーダンは内蔵の出来が悪いんすよ。あんなに美味いもの、もったいない」
「グローニンは内臓がないから毒が効かないだけだろ。腐肉も分解できるって話じゃないか」
「あー、第七系統種族差別。禁錮20年っす」
笑いながら、ミランダは自分の頭ほどもあるカップを2つ、窓口に並べる。
「お、小グランマニア。景気いいっすね。毎度あり」
コウヒを受け取って、再び歩き出す。
言われて見れば、通りをゆく商人たちはどこか浮足立っている。
コウヒの豆だけの買い占め騒動なんて聞いたことがない。だが、そういえば、コウヒの豆は兵士の興奮剤にも使われる、という噂もあるな。どこかの国が戦う準備をしている、とか、そういう剣呑な話でなければいいのだが。
考えながら、俺はダンジョンワーカー・フルカゼの重い扉を開けた。
◇◇
蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
「宿泊場所と警備の手配はどうした!」
「商人ギルドは知ってただろ! なぜ事前に知らせてこなかったんだ」
「150人の認定冒険者登録なんて、二つ名登録と身元確認だけで3日はかかりますよ。人集めて来ます!」
俺は扉に突っ込んでくる事務方の職員を躱わし、掲示板横のイスに腰掛けるグラストにコウヒを渡した。
「おお⋯⋯恵みの黒い湯。ありがたい」
『眠らず』グラストは痩せぎすのアーダンで、入口すぐの掲示板の整備係をしている。
掲示板の張替えは責任ある仕事だ。彼のおかげで、俺達は報酬受け渡し期限切れの仕事を掴まされたり、勇んで現場に向かったら同じ仕事をうけた同僚がいた、なんて悲劇に見舞われずに済んでいる。
グラストは文字通り「1日中」掲示板の前にいて、たまの非番以外に離れることはない。不幸にもダンジョンでうけた不眠の呪いが、彼の食い扶持を支えている。
「招集の笛が鳴ったから、緊急の要件だとは思ってたが⋯⋯何があったんだ?」
本来依頼人への対外的な業務が主である窓口ですらこれだ。
執務室や食堂、倉庫も人でごった返しているだろう。まさか、業務中でないフルカゼのほぼ全職員がいるんじゃないか。
グラストはコウヒをすすりながら答えた。
「数刻前、南方からストリクス便が届いたそうだ」
ストリクス郵便は、素早く安全性に定評がある郵便業者だ。有翼種族の中でも生え抜きのエリートが、寝食を無視して目的地まで運んでくれる。その分、値段もとんでもない。
「正教国が、ダンジョン開拓の一団を送りこむらしい」
ルメリア正教国は南方にあるアーダン中心の宗教国家だ。
伝統的な王政だが、実際は国王より国教であるルメリア正教の教主が権力を持っている。神の名のもとに王政が認められている、よって神の代理人である教主は王族より上、という論理らしい。
「というと、神聖迷宮開拓騎士たちか。あのゴテゴテした連中なら何度か来たじゃないか。いまさら—」
今日び、どの国も貴重な資源を際限なく排出するダンジョンの探索には余念がない。大昔の取り決めで、ダンジョン自体は特定の国の所有物に出来ないことになっているが、国の息がかかった冒険者を調査や資源回収に送り込むのは日常だ。そもそも、ダンジョンワーカーとは、彼らのような「正しい」冒険者を補助するために生まれた組織である。今更、ここまで混乱することとは⋯⋯いや、だとしたら
「違うのか」
「ああ。正教は新設したダンジョン開拓団を送り込むつもりだそうだ。大層な肩書がついていたが、人数も人選も、見合うだけの質ということだそうだ。本当かは潜ってみるまで分からんがね」
とグラストが再びコウヒに口をつけた時、
ドアが乱暴に開くような音とともに、2階の踊り場から小柄な女が降ってきた。鈍い音を立てて動かなくなった女は、ぼんやりと発光する赤い髪を油で帽子のように固めている。
レッドキャップだ。
執務室からシテンチョウの印魔法で吹き飛ばされてきたらしい。
白目を剥いて、口角から虹色の泡を吹いている。
グラストはため息をつくと、コウヒを大事そうに置いてからレッドキャップの足を掴んでひきずり、扉から放り出した。
執務室から、少年とも女とも取れる怒声が聞こえた。
「デラット! ラドマー! グレイン! 執務室へ!」
一瞬静まり返った窓口は、すぐに喧騒を取り戻した。この騒ぎはともかく、シテンチョウの怒声なんて日常茶飯事だ。
グラストが再びコウヒのカップを手に執った。
「コウヒはありがたいが、シテンチョウを待たせたらしいなグレイン」
「夜明け間に呼び出しておいて、これなしに仕事しろってのがそもそも無理な話だろ」
受付に目をやってラドマーを探す。
ただでさえ青い顔を蒼白にして冷や汗をかくラドマーと目があった。
『小唄』のラドマーはこのあたりでは珍しいセイレーンの女性で、フルカゼの受付の一人である。
もう2年目だが、緊張症なのか、いつもヒレのついた手を震えさせている。
だが、今の彼女は全身が震えていた。
◇◇◇
「グレイン。ここに」
執務室にいた分店の幹部連中全員が、バツが悪そうな顔をして俺の顔をみる。
カナタ・シテンチョウは上等な執務机の向こうに小さな身体を押し込んで、左手で羊皮紙に正式なサインをしつつ、右手の指は偽装防止用らしい魔術印をつぎつぎと結んでいる。
物理的に眼球や腕の数が多い人種でも、こう器用にはいかないだろう。
猛烈に働く万能家。カナタ・シテンチョウの印象は初対面の頃から変わっていない。
「遅い!」
一喝に、隣りにいたラドマーが「ひゃぁ」と音階のついた小さな悲鳴をあげた。
「なんのための招集の笛か!」
シテンチョウの視線は依然羊皮紙の上である。
「—ウィンストン。これをイラム商会の夜間窓口に」
幹部の一人が丸めた羊皮紙を受け取ると、執務室の窓から屋根伝いに外へ出ていく。屋根歩きはダンジョンワーカーの基礎的な技術であり、緊急時の連絡にも便利だ。
口答えしても意味はないし、のんびりコウヒを買っていたのは事実だ。話を変えよう。
「すみません。ところで、さっきのレッドキャップは?」
顔を見なくとも、ラドマーが目を剥いているのがわかった。
「フルカゼが借り上げている宿泊施設の利用申請の返事に、家賃の値上げ交渉を持ってきた。はじめての女だったからな。手加減してやった」
ああ、と納得する。レッドキャップはおおかた器用な割に破滅的で、短期的な利益しか考えられない連中だ。この激務の状況で、フルカゼの足元を見るような交渉を持ってきたらどうなるかという想像もできなかったのだろう。あるいは、それを見越してはじめての交渉人をよこしたのだろうか。だとしたら、あの女も不憫なものである。
「ラドマー、デラットはどうした。まだ受付にいるようだが」
言いながら、シテンチョウは書き上げた羊皮紙を次々と幹部に渡し、指示をする。内容と行先から察するに、正教国の格式高い騎士様(もちろん皮肉だが)たちのプライドを傷つけないような滞在調整に奔走しているようだ。
「あ、そそそそうでした。一昨日随伴のお仕事中にスライム死しまして、耳を破られました。デラットさんは」
随伴、とはダンジョンワーカーの業務の一つで、主に戦闘能力のない採取家とともにダンジョンの浅層に潜ることだ。要は、研究者や商人の臨時の護衛兼荷物持ちだ。
スライムは浅層では危険な部類のモンスターで、普段は通路の天井に潜み、生き物が通りがかると飛びかかってきて、粘性の身体を体内に滑り込ませ、内側から内蔵を溶かして啜る。
スライム死の死因の大半は窒息だが、頭の作りが単純な種族がスライムに襲われると、捕食の過程で目玉が外に飛び出たり、鼓膜が破られたりする。
眼球や鼓膜は、蘇生してもしばらくうまく機能しないことがある。
ただし『早足』のデラットがただ落ちてくるだけのスライムを躱せないとも思えない。随伴対象を庇ったか、気が散るほど重いものを持たされていたかのどちらかだろうか。
一瞬、シテンチョウの動きが止まった。
「⋯⋯報告にない労災だ。デラットは家に戻せ。治療院で2日の調査治癒。その間の給金は3割。それと、ホガートは始末書羊皮紙2枚。職員への労災調査不足だ。明日以降にまとめろ」
そばにいた労災(浅層随伴など危険性の少ない職務中の怪我や死亡事故のこと)担当のアーダン、『薄髪』のホガートがそんな馬鹿な、という顔をした。
報告をあげなかったのはデラットなのだから、この場合、ホガートは被害者だ。
踊り場からはいまだバタバタと喧騒が聞こえてくる。
シテンチョウから呼び出された理由が判然としない。
事務方の手続きや折衷は俺の領分ではないはずだが。
「ゆっくり教えてやる。皆一度出てくれ。扉は閉めろ」
心を読む魔法でもあるのか。
シテンチョウの号令に残っていた数人の幹部たちが執務室を出ていく。
ラドマーはいつのまにか部屋の隅に移動していた。震えつつ床をスライドしていたらしい。
扉が閉まると、シテンチョウは右手で印を結び、空中に一枚の羊皮紙を開いて見せた。
ラドマーのために読み上げてやる。彼女は標準文字の読み書きが得意ではない。
内容は、グラストから聞いた通りだった。
ルメリア正教国が、迷宮探索の一団を送るため、現地での補助を依頼する、というものだ。そしてやはり、やってくるのは馴染みの神聖迷宮開拓騎士ではなかった。
「神聖白銀迷宮踏破騎士団⋯⋯? トロールが舌を噛むな、この名前は。それで? このお客様たちいつもの騎士さまたちと、白銀であるらしいこと以外にどう違うんですか」
シテンチョウの暗い声が返ってきた。
「開拓騎士たちは冒険者経験を積んだ実務労働者で、今回やってくるのは、貴族の次男次女を中心にした大規模な遠征隊だ。ルメリア主教直々の依頼で、目的は名前のとおり迷宮の踏破。我々はその補助を仰せつかった」
ラドマーが小さく声を震わせた。
「えええ踏破? どうして、それは⋯⋯」
自殺行為。実務についていない彼女にもわかることだ。
踏破、とはダンジョンに必ずあるという最奥にたどり着き、ダンジョンを生成するなんらかの魔力源、その一部をわずかに採取することを指す。すべてを取り尽くすのは古い約定で禁止されているし、そもそも人間には不可能だ。とはいえ、わずかといえど無限の魔力の一部というのだからその価値は計り知れない、そこらの国に持っていけば喜んで爵位と交換してくれるだろう。小さければ国そのものと交換してくれるかもしれない。
だが、経験豊富なデラットでさえスライム死するように、ダンジョンは危険だ。地下へと伸びる階層を進めば進むほど、罠やモンスターは致死的な脅威を伴う。実際、フルカゼのマニュアルでは浅層随伴中に依頼者が中層に向かった場合は、契約解除とみなしてダンジョンを出ることになっている。
ましてや最奥は浅層、中層、深層を超えた先にあり、踏破を成し遂げる人物はごくわずかだ。この街のダンジョンも、踏破記録を持っていて存命なのは13人。挑戦中に仲間のほとんどを失っている。パーティ全員で生還したのは、5人の少数精鋭、いわゆる勇者パーティ編成の1パーティだけだ。
受付で聞いた踏破騎士団の人数は150人。貴族のぼっちゃんたちの世話人がおそらく半数以上いるとして⋯⋯。とてもではないが、ダンジョン探索に適した人数ではない。ほとんどが命を落とし、その半分が蘇生失敗で灰かアンデッドになる。
生き残ったとして、なんになる。正教国に戻っても、神の名のもとに向かった踏破失敗の責任を問われる。
そうか、つまり、正教国によるこの依頼には、踏破とは別の目的がある。
「慈悲深い主教さまは、国内貴族の力を削ぎたい、と」
「理由など、我々フルカゼにとってはどうでもいい」
シテンチョウは最後の羊皮紙に目を通すと、その一枚は気に入らなかったのか、執務室の暖炉に焚べて、灰にしてしまった。
「重要なのは、我々が規則に則り、ワーカーの仕事を全うすることだ。ラドマー、神聖白銀め—騎士団の名簿を渡す、名前を頭に叩き込め。お前を私の直属として臨時の『ガイムキョウ』に任命する」
「へぇあ!!」
ガイムキョウ、はシテンチョウと同じくフルカゼでしか聞いたことのない役職で、主に対国家との交渉の窓口である。ルメリア正教国は反魔族主義だと言うし、国によっては半分モンスター扱いされているセイレーンを任命するのは危険だと思うが⋯⋯何が狙いがあるのだろうか。
とラドマーに目をやるが、身の丈をあまりに超えた役職にすでに魂が失われている。灰になっていないのが不思議なくらいだ。
「グレイン、お前は実務のプロとして踏破騎士団の指導に当たれ。人材集めは一任する。これは、各冒険者ギルドに向けた紹介状だ。役立てろ」
◇◇◇
「グレインくん。こりゃまずいよ。100人規模の浅層随伴、中層護衛、深層偵察。まぁ、フルカゼのために死ねってことだねぇこりゃぁ。行くのかい?」
正午過ぎ、冒険者ギルド『片足屋』にはカンコドリ(商店がうすらさみしいときにあらわれるという空想上の生物)が鳴いていた。
ギルドマスター『片足』フリットは、レプラコーンで、例に漏れず酒好きだ。
シテンチョウの紹介状を渡すと、酒樽(といってもアーダンが小脇に抱えられる程度)から赤酒をついでくれた。
「仕事だからな。フルカゼでは上司の命令は絶対だ」
「だからさぁ、グレインくんもうちに履き直しなって。いつでも歓迎するよぉ。見ての通り、手が足りないんだ」
「⋯⋯マスターに足りないのは足だろ」
「こりゃ、足を掬われたね!」
言うと、フリットは楽しげに、昔ダンジョンで失ったらしい右足の義足を撫でた。
気のいいこの小人の唯一の欠点は、不謹慎なジョークを誰にでも振ってくるところである。無視すると、少し拗ねる。
「で、どうなんだ。『壁なし』は。ここの所属だろ」
『壁なし』ノウマは13人の迷宮踏破記録者の一人だ。とにかくでかいオーガで、迷宮の壁や床を壊して進める。性格は少々お硬いらしいが、今回の依頼ではそれぐらいがちょうどいい。
「ノウマくんねぇ、結構前に里帰りしちゃって。おじいさんが亡くなったんだって。なんでも名家の当主の血筋らしくってね」
「オーガの里帰りというと、東方か」
とてもじゃないが、ストリクス便を出して呼びつけても、正教国の連中の到着には間に合わない。
「踏破記録者を当てにしてきたんなら、『福音教会』にいきなよ。僕からも紹介状書いたげるよ。『聖なる』アライザ、ルメリア教徒でしょ。ちょうどいいよ」
「⋯⋯福音教会にはもう行ったよ」
「その様子だと、ダメだったか」
「ああ」
シテンチョウから辞令をうけて最初に向かったのが、ルメリア教徒で構成された冒険者ギルド福音教会だ。多人数への治癒と防護祈祷の達人『聖なる』アライザに協力を求めてのことだったが、窓口のシスターは言葉を濁して紹介状も受け取ろうとしなかった。
不審におもって、色々と調べてみることにした。
この忙しい中、午前一杯かけて『調査』し、わかったことは次の通り。
アライザは一月ほど前にダンジョンで死んで、教会に運び込まれて、蘇生失敗してアンデッドになった。扱いに困った教会は彼女を地下に放し飼いにしてた。
頼みの綱である教会の聖女が、理性もなく礼拝堂を彷徨っているのを見つけた俺の気持ちは、誰にも想像できまい。
「なら他⋯⋯『邪眼』は? 金に困っていると聞いたよ」
「ありがたいんだが、ルメリア教会側から、半魔の人材は拒否すると」
「あー、『銀の腕』のジニー⋯⋯?」
「あいつはソロで、反ルメリアだ。いくら積んだって、正教国の護衛なんか引き受けない」
「だよねぇ」
ダンジョンを中心広がるこの街には、大小合わせて30以上の冒険者ギルドがある。
成り上がりの商人から叩き上げの冒険者、宗教家まで、ギルドの運営者は多数いる。シテンチョウはさすがの手回しで、どこのギルドも(聖女の死を隠蔽してたどこか以外は)冒険者の斡旋に快く協力してくれる。だが当然、踏破記録者を擁するギルドは少ない。
冒険者は必ずどこかのギルドに登録しているが、踏破記録者ともなると大体、その報酬を持って冒険者を引退してしまうのだ。
「ありがとう、マスター。酒、ごちそうさま。代金は置いてく」
「そんなのいいよ。せっかくの紹介状だけど、力になれなかったし、カナタちゃんにごめんと伝えておいて」
「伝えとく。だけど、酒の礼だけはさせてくれ。代金をはらわずに飲む酒は毒になる」
「そういうことなら、メニュー通りに」
俺は小グランマニアを2枚置いて、ギルドを出ようとした。
「足りないよ。3枚だ」
え。
「南で買い占めがあったらしくてね。値段が上がったんだ」
だとしても、ここのは自家製だろうが。
奥さんが毎春仕込んでるの知ってるんだぞ。
俺は言葉を飲み込み、黙って小グランマニアをもう一枚置いて、ギルドを出た。
◇◇◇




