表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

エクバルド公爵閣下の断罪劇 〜最愛の娘が婚約破棄されたので娘に代わって断罪します〜

作者: 槻宮とりな


『至急報告――事前情報の通り、王太子がお嬢様への婚約破棄宣言を実行中』


 王宮にいる間者からの報せを受け取った瞬間、エクバルド公爵家当主・ルドルフは叫んだ。


「よし! 魚が釣り餌に掛かったぞ!!!」


 そう言うや否や公爵邸の自室を飛び出し、控えていた執事から外套を引ったくるようにして奪い取り、事前に用意していた馬車へと乗り込む。


 目指すは王宮。

 舞踏会の会場である。


 ガラガラと音を立てながら猛スピードで走る馬車の中、ルドルフは神に祈るように両手を組んでいた。


 その切実で真摯な仕草は、見る者が見ればあまりの敬虔さに心打たれる姿である。


(あの王太子、絶対に処す――)


 考えていることは不敬この上ないことであったが。


 やがてルドルフを乗せた馬車は王宮へと辿り着いた。


 主の殺気に怯えながら狂ったように鞭を振っていた御者が腕の腱鞘炎に苦しむ姿を気にも止めず、ズカズカと王宮の入口へ向かう。


 今夜、開かれている舞踏会は普段行われているものとは趣向が異なり、貴族子女たちのみが招待された、言わば若者だけの舞踏会であった。


 本来であれば、舞踏会とは社交の場。各家が情報戦を駆使し、権謀術数に明け暮れ、互いを蹴落とし蹴落とされ、表は華やか、裏は陰惨、笑顔の仮面を貼り付けた貴族の戦場である。


 だが、今夜集められているのは未婚の各家の子女たちだ。


 大人になって社交という名の戦場に本格的に足を踏み入れる前に、気心の知れた友人たちと心ゆくまで華やかな舞踏会を楽しんで欲しい――そんな親心に溢れた国王主催の舞踏会である。


 基本、会場は護衛と給仕以外の出入りは制限されており、案の定、ルドルフは会場前で衛兵たちに止められた。


「エクバルド公爵閣下。これより先はお通しできませぬ」

「今夜は国王陛下主催の舞踏会です。お引き取りを」


 しかし、そんなことで大人しく引き返すのならここまで来ていない。


「こちらは緊急事態だぞ! これから釣り餌に掛かった魚を料理する予定があるんだ! 通せ! 陛下には後で詫びを入れる!」


 魚を料理? 舞踏会の会場で? と一瞬困惑する衛兵たち。


 その隙をついて扉を塞ぐように重ねられた槍を押し退けるルドルフ。


 慌てる衛兵たちを尻目に金の装飾が施された扉を勢いよく押し開ける。


 その瞬間、目映いシャンデリアの煌めきと共に、不自然に静まり返った会場の光景が目に飛び込んできた。


 会場の奥に用意された王族専用の上座。

 そこに立つこの国の王太子と赤毛の令嬢。

 その少し離れた場所には背筋を伸ばして美しく佇む金髪の令嬢。

 その様子を窺うように壁際に集まるその他の貴族子女たち。


 異様な緊迫感と、どことなく困惑が混じる雰囲気の中、ルドルフは迷うことなく金髪の令嬢の元へと走り出した。


「マリアンヌ――!!!」


 突然の大音声(だいおんじょう)に会場にいた人々がハッと視線を向ける。


 マリアンヌと呼ばれた彼女も振り向いた。美しい青の目を見開き、可憐な声で叫ぶ。


「お父様!?」

「マリアンヌ! ああ、可愛いマリアンヌ、可哀想に……! こんな目に遭わせて悪かった。愚かな父を許しておくれ。お前を苦しめた王太子には相応の罰を与えてやるからな! 即刻! 今すぐ! この瞬間!」

「え、ええ……?」


 心底驚いた表情で二の句が継げなくなっている娘を抱き締め、自身の背中へと隠すように押しやる。


 突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)に会場がざわつく。


 闖入者といっても、王国に数えるほどしか存在しない公爵家の中でも筆頭公爵に位置するエクバルド家の当主であり、王太子の婚約者・マリアンヌの父・ルドルフである。王族の次に地位が高いと言っても過言ではない。


 そんな人物の突然の登場に壇上の王太子・ハリソンが顔を引き攣らせた。


「こ、これはエクバルド公爵……。あなたがいらっしゃるとは、今夜の舞踏会の趣旨をお忘れのようだ。今夜は若者だけの社交の場で……」

「ご機嫌よう、殿下。御前をお騒がせして申し訳ございません。しかし、火急の用件がございまして、飛んで参った次第です。……確かに若者だけの気の置けない時間というものは何物にも代え難い貴重な機会だと理解いたします。しかし、やはり若者だけというのも考えものですね。殿下、あなたのような考えなしの馬鹿が増長して、取り返しのつかない醜態を晒し兼ねない危険性も秘めている。正直、馬鹿が馬鹿を晒すことは自然の摂理として明白なことではありますが、それでは今代、賢王と称えられる陛下が不憫でなりません。ああ、おいたわしや国王陛下……」


 胸に手を当てて慇懃に、そしてやる気のない泣き真似をするルドルフの姿にハリソンの眉が吊り上がった。


 この男、今堂々と自分を馬鹿と言わなかったか?


 それを指摘しようと口を開くものの、彼の隣に立つ赤毛の令嬢の方が早かった。


「馬鹿馬鹿言わないでください! 殿下に失礼じゃありませんか! 確かに殿下は頭がそんなに良くないですけど、だからってこんな大勢の前で馬鹿なんて言ったら可哀想です!」

「エレナ!?!?」


 庇うどころか傷口に盛大に塩を塗り込んでいる。


 予想外の伏兵にハリソンの顔が更に引き攣った。


 ハリソンと並んで立つ赤毛の令嬢を見つめ、ルドルフは目を細める。


「失礼ですが殿下、その躾のなっていない令嬢はどこから拾ってきたのです? 夜遊びのついでに下町の娘でも拾ってきましたか」

「な…っ! 失礼だろう! 彼女はエレナ・コルシェ! コルシェ男爵家の令嬢でわたしの妃となる娘だ!」

「ほお? しかし、殿下の婚約者は私の娘、マリアンヌのはずでは?」

「マリアンヌとの婚約は先程破棄した! その女はエレナを虐め、蔑み、非道な扱いをしてきたんだ。そのような下劣な女を国母にはできない!」

「下劣な女?」


 その瞬間、周囲の気温が下がった。


 誰ともなく「ひっ」と押し殺した悲鳴を上げ、その場にいた大多数の人間が後退る。


 公爵令嬢マリアンヌだけが「あーあ」というように諦めた顔でその場で天井を見上げていた。


「今、我が娘を下劣な女と申しましたか……?」


 低い声でルドルフが聞く。

 その声とこちらを射抜く眼光と顔面の恐ろしさにハリソンが固まった。


 ――やばい。地雷を踏んだ。


 だが、時すでに遅し。


「我が一族の至宝にして家宝である我が最愛の娘マリアンヌに対し、たかが一国の王太子に過ぎない馬鹿が下劣な女呼ばわりするとは……いやはや、王太子殿下には驚かされますなぁ?」


 瞳孔の開いた目で凝視され、ハリソンの額に脂汗が滲む。


 そこそこ整った顔立ちが恐怖で歪むものの、なけなしの矜持をかき集め、必死にこちらを真顔で凝視してくるルドルフを見下ろしたが、先程からずっと膝が震えている。


「殿下、あなたのいまいち足りない頭でも分かるように再度ご説明して差し上げますが、我が最愛の娘との婚約は陛下自らが組まれたものです。そうでなければどうして、あなたのような視野が狭く他人の話を聞かず思い込みだけで暴走し、挙句礼儀も敬意も一切無視してとんでもない行動に出る男へ嫁に出さなければならないのです? 不幸になるのは目に見えているではありませんか!」

「不幸!? わたしとの結婚がか?!」

「ええ、そうです。私は娘が不憫でなりません。いくら王妃になれるとはいえ、婚約者がいる身で愛人なぞ作り、更には正規の手順を全て無視し、よりにもよって舞踏会という公衆の面前で婚約破棄を宣言する男が婚約者など! 親として不甲斐ない限りです……」

「ちょっと! 私は愛人じゃなくてハリィの恋人だけど!?」

「そこの娘に発言を許した覚えはない」


 口を挟むエレナを視線で黙らせ、ルドルフはその隣で青褪めている王太子を見る。


「殿下がご存知かは不明ですが、この婚約のために陛下は相当尽力なさっていらっしゃる。可愛い娘を嫁に出し渋る私を何度も何度も説得し、時に国益を説き、時に脅し、それはそれは熾烈な交渉に臨まれたのです。いやはや、陛下でなければとっくに私の忍耐が限界だったでしょうね!」


 忍耐の限界を迎えたらどうなるのか。

 正直、それは聞きたくない。


「『マリアンヌを決して不幸にしないこと』。それを唯一絶対の条件とし、私はこの婚約を受け入れたのです。まだ幼かった彼女の将来を決めてしまうことに抵抗がなかったと言えば嘘になりますが、当時の情勢とマリアンヌが王妃となった場合の国益を考えれば了承するしかなかった……!」


 遠い日のことを思い出しているのか、ルドルフの拳に力が入る。


 自分たちは一体何を聞かされているのだろう?

 もしかしたらこの裏事情は自分たちが聞いてはいけないものでは?

 後で公爵家に消されるのでは?


 後日、この日のことを語った貴族令息の談である。


「――というわけで、私も殿下とマリアンヌの婚約解消には賛成です」

「「「えっっっ」」」


 ルドルフ以外の全員が声を上げた。


 マリアンヌでさえも信じられないものを見る目で父親を見ていた。

 

「殿下がお望みであれば、すぐに婚約解消の手続きを進めましょう。即日にでもこの婚約を白紙に戻します」


 そう意気込むルドルフの様子に誰もが混乱した。


 婚約破棄を宣言された令嬢の父親が自ら婚約破棄の手続きを進めようとしている。


 異常事態である。


 もっとも、一番混乱しているのは当のハリソンとエレナである。


 前々から計画していた婚約破棄を実行に移したのはいいものの、その後に婚約者の父親が乱入、更には婚約破棄に同意した上で即日で白紙にしてくれるという。


 想定していたことではないが――幸運。僥倖。一世一代の大好機(チャンス)

 

 何が起こっているのかは未だにわからないが、とりあえず自分たちに都合の良い展開の訪れに彼らはそれ以上考えることを放棄した。


 ハリソンが取り繕うように胸を張り、大仰に頷いた。


「う、うむ、公爵が話の分かる人間で良かった。それでは婚約破棄の件は任せよう。それと、マリアンヌがエレナに対して行った非道な行いに対する処罰は――」

「は?」


 また気温が下がった。


 公爵って実は人間でないのではないかしら?

 目から恐ろしい攻撃でも出していらっしゃるの?

 私ですらあれが殺気だとわかりましてよ?


 後日、この日のことを語った貴族令嬢の談である。


「マリアンヌがそんなことをするはずがないでしょう? あなたの目は節穴を通り越して頭の裏側まで貫通しているのですか?」

「だ、だが! こ、こちらには証拠があるんだぞ! マリアンヌがエレナを虐め、階段から突き落とそうとし、手酷い仕打ちをして……」

「なぜ不要な人間を排除するためにそのようなまどろっこしいことをしなければならないのです。人を1人、痕跡すら残さずに消す方法などいくらでもあるでしょう」


 ルドルフは真顔だった。


 確かに公爵令嬢がわざわざ証拠を残す形で男爵令嬢を虐げる理由はないだろう。

 相手はこのエクバルド公爵家である。


 ルドルフの言葉に息をひそめて見守る子女たちが視線を交わし、ひそひそと小声で話し出す。

 

 場の空気が明らかに自分たちにとって都合の悪い方向へ流れていることを察し、ハリソンは更に声を張り上げた。


「しかし、そうは言ってもだな! こちらにはマリアンヌがエレナを虐める現場を見たという証言と証人が……」

「おや、証言と証人! それではその証人とやらには国王陛下と私の前で証言し、誓っていただきましょう。その証言に一切の嘘偽りはなく、貴族であれば家名を賭けて真実であることを!」


 貴族が国王の前で家名を賭けて証言する。

 すなわち嘘だったら国王に虚偽の証言をしたことになり、お家取り潰しになっても文句は言えない。


 徐々に大事(おおごと)になっていく事態にハリソンの目が泳ぎ出す。


 当初の予定では、今夜はマリアンヌとの婚約破棄を宣言し、エレナとの婚約を発表するだけのつもりだった。


 外堀を埋めてしまえば父である国王も自分たちの結婚を認めてくれるだろうと、それはそれは甘い見通しを立てて。


 だが、その計画がエクバルド公爵の登場で引っ掻き回されている。


 それだけは分かるが、逆に言えば、それだけしか分からなかった。


「い、いや……それは……。流石に父上のお手を煩わせるわけには……」

「ははは! 何を仰る! この場であなたが婚約破棄を言い出した時点で国王陛下の責任は免れないのですよ。……で? その証人とやらは今どこに?」


 今すぐこの場に引きずり出してこいや。


 爛々と光る瞳がそう物語っている。


「ちなみに、そちらが我が娘(マリアンヌ)のありもしない罪を捻り出すのに苦労されている間、私も色々と面白い事実を確認いたしましてね。特に殿下と……そこの娘にまつわる、それはそれは愉快な事実でして」


 青い顔で黙るハリソンを冷たく睨み、パンパン! とルドルフが手を叩く。


 次の瞬間、給仕の格好をした男が音もなく現れ、ルドルフの手に一束の書類を渡して消える。一瞬の出来事だった。

 

 ルドルフは手元の書類をパラパラとめくり、そこに書かれた内容を読み上げた。


「まず、王太子殿下の娼館通いの件について」

「「「えっ!?」」」


 示し合わせたようにルドルフ以外のその場の全員が声を上げた。

 娼館通い? 王太子が?


「えー、なになに? 『城下町の花街にある高級娼館へ最低月に1回、多い時には5回ほど通い詰めている。馴染みの娼婦は黒髪のセーラ、銀髪のアリア、金髪のメイシャ』……おや、有名な高級娼婦たちではありませんか。美貌と教養を兼ね備えた夜の花を渡り歩くとは、良いご趣味ですな」

「ハリィ!? 娼館ってどういうことなの!? 私に『俺にはもうエレナだけだなんだ……』と涙ながらに言った言葉は嘘だったってこと!?」

「ち、違うんだエレナ……! これには事情が……。自分の意思で行ったわけではないし、それに娼館だって最近はさっぱり行ってな……」

「ちなみに最近だと5日前に行かれてますね。お相手は……最近高級娼婦になったばかりの亜麻色の髪のフィナですね。色白で巨乳の美女らしいです。部屋に入った時の第一声は『君の肌の香りに包まれることをずっと夢見ていたんだ』と。……これはこれは」

「公爵!!!!!」


 渾身の決め台詞を晒されたハリソンが真っ赤になって絶叫した。


 エレナがふと自分の胸を見る。慎ましい胸部である。


「まぁ、殿下もお若いですし、青春を楽しまれることは悪いことではありませんがね。些か頻度が多いですが……問題はそこではないんですよ」


 ひらひらと書類の1枚を揺らし、ルドルフは心底嫌そうな、まるで道端の汚泥を見るような顔でハリソンたちを見やる。


「殿下のこの頻繁な娼館通いに関して、費用がどこから出ていたと思います? 普通なら殿下の自腹だと思うでしょう? ところが違ったんですなこれが。王太子の予算では支出に矛盾はなく、怪しい支出もない。つまり、ここから娼館の支払いはされていない。では、王太子が別途好きに使える金の出処(でどころ)とは何か……」


 ルドルフの瞳に殺気が宿る。

 ハリソンはもう声を上げることすらできない。


「王家の予算には各王族に組まれる予算の他に、将来の王太子妃のための特別予算がございます。この予算が婚約者になった時から適応されることは周知の事実です。ドレスや宝飾品、王妃教育に必要な教材、護衛や侍女に至るまでの予算が組まれております。王太子が婚約者に贈り物をする際もここから捻出する場合がありますね。……しかし、我が娘側から報告されている支出と実際の予算の残高が一致しない事態が発生いたしましてね。つまり、王太子妃予算の横領をしている輩がいるのです。……ねぇ、殿下?」


 にっこりとルドルフが微笑んだ。


 社交界の華とあだ名されるマリアンヌの父親だけに、その姿は非常に端麗だ。


 しかし、美人が怒ると怖いもの。美丈夫の怒りの表情は筆舌に尽くしがたい。  


「自分の婚約者のための金で娼館通いとは、どのような気分なのでしょうなぁ……?」

「……あ……いや……あの……」

「ちなみにそこの娘への贈り物もこの予算から出ていますね。ドレスに宝飾品に高級食材、果てには男爵家の修繕費まで。いやはや、これだけの金額を使ってなぜ隠し通せると思ったのか。もう一度一桁の計算から勉強をやり直した方が良いでしょう。今後の殿下に必要になるかは知りませんが」


 興味なさそうに言いながらルドルフは書類の束をめくる。


 半分魂が抜けたような顔をしているハリソンにエレナが掴みかかった。


「ちょっとハリィ!? どういうことか説明しなさいよ! 私という者がありながら色白巨乳美女とよろしくやってたってこと!? 私を愛してるって言ったのは嘘だったの!?」

「殿下はベッドを共にした女たちによく言うようですよ。『愛している』と。お気に入りの台詞(リップサービス)なんでしょうね」


 エレナの怒りに発火剤をこれでもかと注ぐルドルフ。

 今や鎮火を試みる気力さえないハリソン。

 王太子の爛れた生活にドン引きの周囲。


 混沌(カオス)である。


「殿下に関しては他にも学園での成績捏造――具体的には試験答案のすり替え、替え玉、教師への恐喝など余罪は色々ありますね。そもそも実際は真ん中より上程度の成績なのに、常に成績上位者3名の中に名前があることが不思議だったのですが、これで疑問が解消されました。そこの娘も殿下の頭がさほど良くないと申すほどですから、このことを不思議に思っている人間は大勢いたでしょう」


 先程エレナが口走ったことが巡り巡って事実の裏付けとなり、ハリソンが膝から崩れ落ちた。

 麗しの美青年が台無しである。


「それにコルシェ男爵令嬢だったか? おぬしも被害者面している場合ではないぞ。殿下がおぬしに贈った品々は全てマリアンヌの予算から出ている。つまり、おぬしも横領の共犯というわけだ」

「は、冗談でしょう!? 私はハリィから贈り物を受け取っただけで、そのお金がどこから出ているかなんて知らないわよ! 横領したお金で買った物を貰ったからって私まで共犯にされる筋合いはないわ! 全部ハリィのせいよ!」

「エレナ!? 君だって王太子妃予算のことは知っていただろう! 『私が王太子妃になったら全部私のお金になるのだから今から使ってもおかしいことじゃない』と言っていたじゃないか!」

「そ、それは……。そもそも最初に予算のことを教えてきたのはハリィだわ! 知らなかったらこんな面倒なことになるお金なんて使わなかったわよ!」

「では、横領を認めると?」

「だから私は横領なんてしてないってば! ハリィが好きに使って良いって言ったから使っただけなの! 王太子が良いって言ってるんだから使うに決まってるじゃない!」


 あ、と誰かが呟いた。


 ルドルフが拳を天に突き上げる。


「よっっっし! 自白したぞ! 衛兵、この2人を捕らえよ! 王太子妃予算を横領した不届き者たちだ! 他にも洗えば余罪は出てくるぞ!! 証拠は全てここにある!!!」


 手元の書類を掲げるエクバルド公爵の言葉に呼応し、衛兵たちが会場へとなだれ込んでくる。


 悲鳴を上げながら壁際へ貼り付く参加者を避け、衛兵たちは壇上のハリソンとエレナを拘束した。


「申開きは陛下の前で行ってください。マリアンヌとの婚約については私が責任を持って白紙といたしますので、どうかご心配なく」


 慇懃な動作で胸に手を当て、衛兵に連行されるハリソンたちを見送ったルドルフは笑顔で振り向き、背後で呆れた顔をしている最愛の娘を抱き締める。


「マリア〜〜〜ンヌ〜〜〜!!! お前が無事で本当に良かった! 父は心底心配したぞ! 可哀想に……あんな王太子、こちらから願い下げだと早々に婚約解消をするべきだったな。お前の傷付いた姿を見るくらいなら公の場から消す方が余程……」

「お父様、苦しいですわ」


 さらっと恐ろしいことを口にするルドルフの言葉を遮り、マリアンヌはそっと腕から抜け出す。


 そして、どことなく拗ねたように手にした扇で口元を隠した。


「もう、お父様ったら、私が言おうとしたことを全て先に言ってしまうんですもの。これでは私の立場がないわ」

「何を言っているんだ! 最愛の娘の名誉を傷付けられたのだ。父親である私が立ち向かわず、誰が立ち向かうと言うんだ」

「私だって殿下をやり込めたかったですわ。折角調べた娼館での殿下の寒い殺し文句をたくさん披露しようと思っていたのに」

「ははは! 年頃の娘が知って良い内容ではないな! それは後で書き起こして陛下たちの前で披露して差し上げようではないか」

「ほほほ、名案ですわね」


 仲良く微笑み合う父娘の姿に周囲がゾッとする。


 更なる消えない傷を肉親の前で負うことになるだろう王太子への同情はあれど、しでかした内容としては擁護できないので誰もが口を閉ざす。


 その中、1人の貴族令息が独り言のように呟いた。


「……公爵閣下って、確か殿下がマリアンヌ様に婚約破棄を宣言した後にいらっしゃったよな? どうしてあのタイミングでちょうどよく来れたんだ……? まるで今日のことを事前に知っていたような……。証拠だって、わざわざここで提示しなくても陛下に直接提出すれば……」


 ぶつぶつと呟くも、誰かがその肩にそっと手を置き、首を横に振る。


 世の中、知らない方が幸せなこともある。



〈たとえ王家を敵に回してもエクバルド公爵家だけは決して敵に回すな〉



 参加者たちはそんな格言を胸に刻み、こうして国王主催の舞踏会は幕を閉じた。







 ――後日。


 予算横領の罪にて、王太子ハリソンは有罪となり廃嫡が決定した。

 これまでの身分の大きさが考慮され、平民に落とされることはなく、一代限りの男爵位を授与され、最北端にある痩せた小さな土地を領地として与えられたという。


 また、男爵令嬢エレナ・コルシェについても同様の罪で有罪となり、男爵家から除籍の上、最南端にある厳格と名高い修道院へ身柄を送られることが決まった。

 一時は囚人として生涯牢に繋がれることも検討されたらしいが、年齢と元王太子の責任を考え、減刑された結果の措置となる。


 それに伴い、エクバルド公爵令嬢マリアンヌとハリソンの婚約は白紙となり、新たな王太子には第2王子であるエドモンが据えられることとなる。


 これにて舞踏会における婚約破棄騒動は一件落着となり、今度こそ最愛の娘のために最高の嫁ぎ先を見つけようと意気込んでいたルドルフだったが、マリアンヌの才覚を惜しんだ国王が彼女をエドモンの婚約者として欲したり、隣国の王族が彼女に一目惚れして一騒動起こしたりと新たな頭痛の種が増えるが――それはまだ先の話である。



〈完〉



お読みいただきありがとうございました。

一度こういうタイトルを付けてみたかったので書けて満足です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ