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第8話 玉緒の後輩 3

金曜日の午後、詩織は名刺に記載されていた住所に来ていた。

やや古さを感じさせる、2階建てのよくある事務所のような外観の建物があった。


インターホンを押し、玄関を開けて中に入る。

「お邪魔しまーす・・・」

「はーい、よく来てくれました、詩織さん。こちらへどうぞ、姉さんもお待ちです。」

すぐに玉緒が2階から降りてきて案内してくれる。


1階はいくつかの部屋があるが使っておらず、現在は主に2階の部屋だけつかっているそうだ。

階段をのぼって2階に上がり、広々としたオフィス部屋に入る。事務用のデスクやイスが並んでいる中、ところどころにお花が飾られており、紅茶かなにかだろうか、少しよい匂いがする。

なんだか、会社というよりは、昔通っていたお嬢様学校にあった上品なサークル部屋のような雰囲気だった。


紅茶を3人分準備したあと、2階にある応接セットのソファに座りながら、玉緒が話し始める。

「それじゃあ、詩織さん、改めて紹介しますね。私の姉、この会社の社長を勤めています、水城寧々子です。そして、姉さん、何度か会ったことはあると思いますが、こちらが私の2歳下の後輩、相坂詩織です。」

「お久しぶりです、よろしくね、詩織さん」

上品に寧々子が笑顔で告げると、

「お、お久しぶりです、寧々子さん。よろしくお願いします!」

やや緊張した顔で詩織が挨拶を返した。


その後、しばし、近況などを話して詩織の緊張がほぐれたのを確認すると、玉緒は本題に入っていった。

「さて、それでは、本題ですが、詩織さん。先日お伝えしたとおり、この会社で絵本か何かを作ろうと思っています。姉が文章を書いて、詩織さんにイラストを描いていただきたいと思っていますが、はっきり内容が決まっているわけではなくてですね、半分趣味みたいな活動になると思います。アルバイト料は出しますので、ぜひご協力いただければ、と思います。」

「はい! 今はバイト辞めたばかりですし、サークルや授業もあまり忙しくないので、全然大丈夫です。それに、このお部屋、すごく雰囲気がよくて居心地がよさそうですので、ここで働くのは楽しそうです!」


詩織の言葉に、部屋の飾りつけなどをしている寧々子は少し嬉しそうな顔をする。

それを見ながら、玉緒は話を続けた。

「そうですか、それはありがとうございます。このお部屋のお花を飾ったり、内装をいろいろ考えているのは姉さんなんですよ。居心地よさそうで何よりです。それでですね、イラストをもし描くとしたら、詩織さんの自宅でもよいですし、こちらのオフィスでもよいのですが、」

「ぜひ、こちらのオフィスで描きたいです!」

詩織は食い気味に回答する。


「そ、そうですか。日中は姉さんがいますが、私は週に数回、顔を出す程度です。詩織さんは事前に姉さんに連絡してから来てください。アルバイト料ですが、とりあえず、こちらのオフィスで働いている時間分、時給で払います。後で、タイムカードでも準備しておきますので。そして、描いたイラストについては、こちらで買い取りか、もし仮に作った絵本が売れた場合の成果報酬かのどちらかにしたいと思うんですが・・・。え、どちらでもよい? ・・・・後で決めましょう、なるべく詩織さんが損にならないようにしますので。」


雇用条件などについて話をした後、玉緒は少しためらいながら言う。

「そ、それでは、詩織さんのイラストですが、姉さんは見たことがないと思いますので、見せてもらえますか? ・・・少しでいいですよ? ほんの2~3枚でいいですからね?」

それを聞いたとたん、詩織は待ってましたとばかりに勢いよくカバンを開け、束になったイラストを、どんっとテーブルにあげる。

「こ、これです! 全身全霊を持って私が描いたものです、寧々子さん、どうぞ、ご賞味ください!」

ご賞味の使い方間違っているんじゃない?と玉緒が考えるのをよそに、詩織はずいっとイラストの束を寧々子の前に差し出す。


ちょっとびくっとしながら、寧々子は詩織が差し出したイラストを手に取る。

「う、うん、これですね、拝見いたします。・・・あら、かわいい絵。・・・えっと題名は、仲良し姉妹、ネネとタマの物語っと・・・」

がさっ、姉が手にもったイラストの束がずれる音がする。


じーーーー、ぱさ、じーーー、ぱさ、じーーー・・・・


寧々子は、1枚のイラストをじっくりと見ては、少したって次のイラストを見る。


「・・・」

「・・・」

「・・・」


3人とも口を開けないまま、しばし、無言の時間が過ぎる。

イラストを見ている寧々子の顔がだんだん赤くなっていくのが見える。


怒っているのか? 恥ずかしいのか? 玉緒はどちらか判断がつかなかった。


「こ、これは・・・」

寧々子がイラストを持っている手を震えさせながら、話始めた。


っん、ごくり

緊張しながら寧々子を見つめる詩織の喉が鳴る。


「こ、こ、これは・・・、詩織さん!」

「は、はい!」


「詩織さん、ほんっーーーとーーーに、素晴らしいです! この姉妹の物語、絵もかわいいし、雰囲気もいいですし、姉妹二人の会話もかわいいし、なにより、なにより、この妹のタマちゃんのカッコよさ、そして、カッコいいけど、実は繊細でいじらしい内心の描き方も、ほんとーに素晴らしいです! 私、感動しました!!」

寧々子が赤い顔で興奮しながら言うと、

「ありがとうございます、寧々子さん! そんなに評価していただけて、嬉しいです!」

詩織も笑顔になって嬉しそうに返事をする。


その後、寧々子と詩織はキャイキャイと、ここがかわいいだの、ここは気合を入れただの、このタマちゃんがぐっとくるだの、ええ、そこは、実はこんな思いで、だの、キャーだの、キャーキャーだの、仲良く話していた。


玉緒は、果たして姉さんがこんなに興奮したのはいつ以来だろうか、とやや現実逃避ぎみに考えた。


ん、ん、ま、まあ、詩織さんが描いた姉妹もののイラストに怒ったりせず、肯定的な評価だったのはいいことではないでしょうか、玉緒は前向きに考えることにした。


ひょっとして、これが私と姉さんのことをオマージュした物語と気づいていないことはないよね、と玉緒はおそるおそる姉に聞いてみる。

「あの、姉さん、一応確認なんですが、この姉妹の物語のイラスト集ですが、詩織さんが私と姉さんを見て思いついたらしいんですが・・・」

「はい、そうですね、このネネとタマ、私たちの名前からとっているんですよね。でも、物語上は2歳違いになっているんですね?」


「はい、それはですね、どうしても舞台を学園ものにしたくてですね、4歳違いだと同じ学校にいられないものですから、2歳ならば同じ学園にいてもおかしくないな、と思いまして、そうしました!」

詩織が悪びれず答えると、

「そ、それは、ナイスアイデアです、詩織さん! あー、私も玉緒ちゃんといっしょに学校通いたかったなー。でも、この物語では、仲良く二人で通っているんですよねーー、なんって素晴らしいんでしょう!」


その後も、寧々子と詩織はキャーキャーと、ここの姉を陰から見てちょっとせつない顔をするタマちゃんがいじらしいだの、この表情には2日かけただの、やっぱりいっしょの学校でのちょっとしたやりとりがたまらないだの、実は今後の展開はこう考えているだの、ヒャーだの、キャーキャーキャーだの、とても仲良く話していた。


何度目かの紅茶のお替りと、お菓子の付け合わせが無くなった頃、窓の外はいつしか夕暮れ近くなっていた。


疲れた顔で玉緒が話をまとめる。

「そ、それでは、イラストのアルバイトとして詩織さんを雇うということで、姉さん、よろしいでしょうか」

「はい、こちらからお願いしたいくらいです。詩織ちゃん、よろしくお願いしますね!」

「寧々子さん、ありがとうございます! わたし、気合を入れて頑張ります!」

「そ、それでは・・・、そういうことで」


その後、帰りの挨拶をした後、詩織は帰っていった。


「それじゃあ、姉さん、どのような絵本を作るか、まあ、絵本じゃなくても、何か物語でもなんでもいいんだけど、姉さんと詩織にまかせても大丈夫かな?」

「うん、多分、詩織ちゃんとは仲良くやっていけると思います。二人で話して、どのようなものを作るかいっしょに考えていくよ!」

「はい、分かりました。ある程度方向性が決まったら、教えてください。私は、不動産売却のほうでもう少し動きますので」

「うん、よろしくね、玉緒ちゃん」


絵本作りのイラスト描きの手配は一応終わったと、玉緒は一息ついた。

会社に姉さん一人だけでいるよりも、たまに詩織や私が顔を出すのはいいことだろう、・・・何だか嫌な予感がするが、気のせいに違いない、と思いながら。


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