85 急転です
パーティも盛り上がってきた頃だろうか。
私は、ロスティやパワーレベリングで仲良くなった魔術師過程の女生徒と話をしていたのだが、ふとリーズディシア嬢の方を確認すると、王太子殿下の執事が王太子殿下の方へと寄っていき、リーズディシア嬢との会話に割って入って、その耳に何かを囁くのが目に入った。
おや、と思った。
この学生を中心として行われるパーティに、執事が介入するのも変な話だ、と。
そして、王太子殿下の顔色が僅かに険しいものへと変わる。
すぐに笑顔へと戻すが。
何かあったな。
私の勘が、そう告げた。
ロスティや魔術師過程の娘たちを置いて、王太子殿下の近くへと向かう。
「気付いたか。目ざといな、フェンリル」
苦笑する王太子殿下に、
「たまたま、リズを見ていましたので」
と、そう答えた。
「で、殿下。何かあったのですか?」
その場に居た王太子殿下の部下やその婚約者たちが、王太子殿下に注目する。王太子殿下はそれを一通り眺めて、
「ここだけで共有するような話ではない。まぁ、待て」
と、そう言い、
「すまない!!少し私に時間を貰えないか!?そう、音楽も止めてくれ!!」
ホール全体に通る様な声を上げた。
その言葉で、会場全体に静寂が走る。このような事は前例が無いのだろう。この場に居る全員の顔に、緊張の色が見られた。
「皆に通告する。済まない、悠長に遊んでいられる場合ではなくなった」
王太子殿下が言葉を続ける。
「西方できな臭い動きがあったのは皆承知しているだろうが、ついに、アンザス王国とチュント大公国が動いた。後方にはソリスティア教国も居るという情報も掴んでいる。相手方の大義としては、ソリスティア教の布教にあるようだ。信教が関わってくる以上、こちらがやられるか、相手方を全滅させるか、その二択しかない」
そこで王太子殿下は言葉を切り、
「我々学生にも、先日同様、招集が掛かるだろう。それも、かなりきわどい前線に駆り出される事になる」
そう言って、
「覚悟のある者は、今すぐ戦争の準備をせよ。覚悟の無い者は、檄が飛ぶまで二日ある、その間に覚悟を決めて、親しい者に別れを告げよ」
最後に、皆に覚悟を強いた。
なるほど。
西が動いたか。
東に目が向いていると判断した上での話なのか、東と示し合わせて起こした話なのかは分からないが、西も、動いたか。
さて、今回の相手は十字軍となる。
倒されても引かず、仲間の屍を乗り越えてくる、教義に忠実なゾンビが相手だ。心してかからないといけないな。
覚悟を決めながら。
皆がパーティの会場を後にしようとする姿を、王太子殿下の部下達と共に、私はそれを見送った。
「フェンリル」
「はい」
「お前は、我々シンフォース王国の切り札となる。万に一つ、ティンギルス帝国が動いた場合に備えて、王都に残ってもらう事になる。それで良いか?」
「西は、私にとっても大事な土地です。西方の戦線に参加したいのですが」
「そこは、辛抱して欲しい」
「アゾニ村のような、小さな集落はどうなるのですか?戦争難民として、ストーニアの貧民街で、配給を受けながら生活をしなければならないのですか?」
「それは、仮にお前が赴いたとしても、助けられない村は数知れず出てくる」
私はギリッと、奥歯を噛み締めた。
戦争とは。
かくに。
残酷なものなのか。
あの村で世話になった人、小さな子供たち、子供着を縫う妊婦さん、野菜をくれたご老人、猫や犬、その他思い出として残っているあの村が。
戦火にまみれる。
この世界に来て、初めて人の温もりを味わった、あの村が、火に包まれる。
それを。
私は。
助けに行く事が出来ないのか。
「これは、戦争だ」
それは、解っている。
「辺境伯領の村人も、戦火にまみれる可能性を理解した上で、あの土地に住んでいる開拓者だ」
それも、解っている。
アゾニ村は、王都周辺の農民と比べて、裕福な暮らしをしていたのも解っている。開拓者だからこそ、国境線に近いからこそ、危険と隣り合わせでも良い暮らしをしたかったというのも、理解できない事もない。
中には、脛に傷を持っている人も居ただろう。
そういう人も含めて。
リスクを背負って、開拓者をしているのだ。
助けないという選択肢は、無い。
「無論、その通りだ。彼らは我が国の臣民であり、前線で開拓をしてくれている、守るべき財産だ」
「では」
「安心しろ。戦争になった場合の事も考えて、大都市に逃げる訓練は、常に行われている。お前の言うアゾニ村という所も、辺境伯家の領内にあるのであれば、スムーズに退避できているだろう」
そうなのか。
それなら、良いのだが。
「もしかしてお前、ストーニアを甘く見てないか?堅牢な城塞都市である事に加え、智のロイドと武のアイリーンが居るんだ。そう簡単に落とされるような街じゃないぞ」
そうなのか。
それが通じるのなら、安心なのだが。
そこで、
「アイリ」
リーズディシア嬢が話に加わってきた。
「私たちを信じてくれないかしら。お姉様が、新しい軍の運用方を持ち帰られたみたいだから、戦争も、こちら側優位で進めてくれると思うの」
義母様は、たしかに軍の運用方法を持ち帰ると言っていた。
短期間でモノにして見せると言っていた。
なら。
「そう・・・・・ですね」
リーズディシア嬢のあの戦法は、SRPGだろうがMMORPGだろうが、基本的に有効な手段なので、効果はあるだろう。多分、回復職を移動させるなどという考え方が無かったのであれば、恐らく、劇的な効果となる筈だ。
戦争も、こちら側優位で進める事が出来るだろう。
「アイリ」
「はい」
「私たちは、勝つわ」
「はい」
あとは、勝った後の処理か。
前の東との戦争の時は、賠償金だけだったが。
「アンザス王国に限って言えば、信教が関わってくるからな。こちらとしても、言いがかりをつけられたようなものだ。徹底的にやりあって、逆に侵攻する事も考えられるだろう」
「チュント大公国に関しては、良くて廃位、状況によっては処刑という判断が下される事になるでしょうね」
そうか。
ティンギルス帝国には厳しくしなかったが、こちらは徹底的にやり合うつもりか。
「もちろん、現在のティンギルス帝国に国力が無いという事を知った上での侵攻になるとは思うが」
背後の憂いが無いからこそ、侵攻までできる、と。
「そうね」
リーズディシア嬢は私の目を見て、
「貴女の功績よ」
と、私にそう言った。
はて。
そんな功績を挙げたか?
と思っていると、
「先の東との戦争で、お前が挙げた大将首、かなりの大物が混じっていたからな」
王太子殿下が、そう言った。
そうなのか。
私は単に、レベルの高い相手を倒していただけなんだが。
そうか。
大物と言われる人物が混じっていたか。
「だから、東は今の所動けない」
「だから、西に徹底的な侵攻をかける事が可能なの」
そうですか。
「なら、私が西に赴いても、問題無いのでは?」
「万に一つ、東が動く可能性がある」
だから、残れ、と。
万に一つを見越して、私は動くな、と。
「納得いきません」
「だが、これは父上の下した指示でもある。西が動いた時に、備えとして、フェンリル、お前を王都に留め置く事によって、東へのけん制となる、と」
「そうですか」
王命か。
一応、臣下の礼を取っている以上、従わざるを得ないか。
私は奥歯の奥から、
「承知いたしました」
言葉を絞り出した。
お読みいただき、ありがとうございます




