84 パーティです④
「なんだ」
入場してからサロンを一周して私たちのもとにやって来た王太子殿下は、私を下から上に、感心したような目で見て、こう言った。
「やれば出来るじゃないか、フェンリル」
リーズディシア嬢を引き寄せて、
「リズには劣るが」
そう付け加える。
あー、はいはい。
お熱いようで、何よりです。
あと、ミリーネ嬢の事も推してあげてくださいな。にこにこと笑っているけれど、内心穏やかじゃないんじゃないの?二番目と、はっきりと区別されているんだ。
だから、
「ミリーネ嬢は?」
わざと、そう聞いてみると、
「当然、ミリーにも劣る」
そう断言された。
まぁ、そりゃそうだわな。
ただ、私に言われる前に、その言葉は必要だったな。
私にもわかる程度に、ミリーネ嬢の瞳が光ったから。
私はモテなかったから、二股なんてとんでもない事だったから何とも言えないが、少なくとも、公然と二人の女生と付き合う事は、この王太子殿下には早いのではないかと思った。
若いのだ。
いや、若いだけだと言い切れないのかもしれない。
正直なだけかもしれない。
何にせよ、公的な場で、こういう事をやるのはいただけないな。
「王太子殿下」
「何だ」
「刺されないようにして下さいね」
ヤンデレ家系っぽいから。
いや。
注意すべきは、ミリーネ嬢かもしれない。リーズディシア嬢の気持ちの矛先が、ミリーネ嬢に向かなければ良いんだけど。
いやいや。
うーん。
それは考え過ぎか。
とりあえずは。
リーズディシア嬢は、頬を染めて、嬉しそうに王太子殿下と見つめ合っているから、問題無しとしておこう。
「リズ」
「なに?アイリ」
「勘違いで、良かったですね」
「そうね」
「じゃぁ、パーティを楽しんで」
「言われなくても」
リーズディシア嬢は私の目を見返しながら、王太子殿下の腕にしがみ付いた。
「分かっている、リズ。我々が到着したのだ。間もなく曲が始まる頃合いだろう、最初のダンスは、相手してくれるか?」
「もちろんです」
おーおーおー。
音楽が鳴り出すと同時に広間に繰り出していく二人を眺めながら、私はミリーネ嬢の横に立った。
「大丈夫ですか?」
「何が、でしょうか?」
ミリーネ嬢は惚けるが、王太子殿下とリーズディシア嬢を追いかける視線は、固定されたままだった。
彼女は今、どの様な気持ちでこの光景を追っているのだろうか。
大丈夫だと言ったが、本当に、そうなのだろうか?
私は、彼女とは淑女教育の場でご一緒する事がたまにあるが、それ程話した事は無い。そんな、本心を聞ける程、仲が良い訳でもない。
ただ、想像は出来る。
男爵家の出身で、彼女自身に人脈がある訳ではない上に、彼女の後継者となった侯爵家には野心が無い。つまり、彼女には公の場で声を発したとしても、聞き入れてくれる仲間と言える存在はほぼ居ないと言っても良い。
頼れるのは、王太子殿下だけという、小さな結び目が、彼女の拠り所だろう。
その王太子殿下は、ミリーネ嬢を差し置いて、というか、これが正しい姿なのだが、リーズディシア嬢を優先して目の前で踊っている。
不安、あるだろうな。
剣術の稽古の時、それとなく王太子殿下に忠告しておくか。
私は基本的にリーズディシア嬢の味方ではあるが、だからこそ、なのだろう。彼ら三人の関係は上手くいって欲しいのだ。
私は、この国に、すでに柵が出来てしまっている。
外に逃げる事が出来ないのであれば、内側は穏やかな状態でいて欲しいものなのだ。
「ミリーネ嬢」
「はい」
「私の方からも、王太子殿下に、それとなく忠告しておきます」
「そうですか」
それだけの会話をして、私はダンスを眺める人だかりから身体を離した。
飲み物を取り、壁の花となる。
それに目をつけて、誰よりも早く声をかけてきたのは、ダンスを終えたばかりのリーズディシア嬢だった。
「楽しんで、なさそうね」
「そう見えますか?」
楽しんでなくは、ないんだけどな。
「壁の花になって、何が楽しいの」
「人間観察、ですかね」
「なにか、面白いものでもあった?」
「そうですね・・・・・」
私はリーズディシア嬢に、目に入った、興味を引いたものについて語った。
まずはミリーネ嬢だろうか。
今まさに、王太子殿下と楽しそうに踊っている彼女だが、彼女にもまた、嫉妬という感情があるのは先程の会話で判った。それでも、身分差や婚約者という立場、側室にしかなれないという現状を飲み込んで、彼女なりに、王太子殿下を愛そうとしているのではないだろうか。
当たり前だが、嫉妬という感情も、リーズディシア嬢だけのものではないのではなかろうか。
その他には、ジュリーネ嬢だろう。
ランド卿亡き今、王太子殿下が連れて来た騎士風の若者の心を解そうと、笑顔で必死になって、話しかけている。
彼女にも思う所はあるだろうに、感情を押し殺して、新しい恋に向かって真っ直ぐに進もうとしている。
貴族の恋愛も、様々な形があるものだ。
私がリーズディシア嬢にそう語ると、
「ふぅん・・・・・」
リーズディシア嬢は鼻を鳴らし、私を見上げてきた。
「何ですか?」
「いえ、おじさんは、おじさん形に、貴族の恋愛を見ているのだなと思って」
「平民は、どうなんです?自由な恋愛の形とかって、あったりするんですか?」
「自由な平民は、自由な恋愛をしていると思うわ。例えば。ロスティーニ嬢のように」
なるほど。
ロスティがその代表格だったか。
「ただ」
とリーズディシア嬢は続ける。
「結婚の事を全く考えていないという女性は、異常者扱いされるわよ」
「そうですか」
という事は、私は異常者扱いをされながら生きていかないといけないという訳か。
まぁ。
それもやむなし、かな。
私は男との恋愛など、全く考えていない。
この世界に来てからというもの、思考が女性的に変わるかもしれないとも思ったが、それも変わることなく今まで生きてきている。多分これは、変わる事は無いだろう。
やむなし、だな。
元より、剣の世界で生きていくつもりだったし。
これからも、そうしていくだけだ。
「まぁ私は、武将として生きていきますよ」
「そう」
そこまで会話をして、リーズディシア嬢と私は、広間で踊るミリーネ嬢をしばし眺めた。ジュリーネ嬢の姿も見える。
「彼女たちは、上手く結婚まで持っていく事が出来ますかね」
「大丈夫じゃない?そもそも、この世界の恋愛なんて、結婚ありきでするものだし、きっと別れたりはしないわよ」
「リズは、ミリーネ嬢と上手くやっていけます?」
「そこは任せておいて頂戴」
「ミリーネ嬢に政治的な意図は?」
「あっても、抑えて見せるわよ」
「後継人がジルベール家ですしね」
「そういう事」
という事で、リーズディシア嬢の基盤は揺るぎないものになっているという事か。
そうかそうか。
後ろが一本化されているのなら、戦う側としては、ありがたいですよ。
西の方もきな臭くなってきているようだし。
「助かります」
「貴女、軍部の代表ではないでしょう」
「そうですけどね」
でも、助かるものは助かるのだ。
お読みいただき、ありがとうおざいます




