78 来ちゃったのです
王太子殿下やリーズディシア嬢から有意義な情報を頂き。
エルフィン嬢とも少しは仲良くなれたかな、と一歩前進を喜び。
ストーン邸に戻った私を待っていたのは、
「アイリ、会いたかったわ」
義母様の熱い抱擁だった。
「義母様、何故ここに?」
今、西方は、きな臭い話が出ていて、動けないのではなかったのではなかろうか。
「チュント大公国の事?」
「ええ」
「あそこは、どうでも良いわ」
そう言って、私の身体を解放しつつ、
「むしろ、警戒すべきはアンザス王国の動きかしら」
と、そう言った。
なんでも、アンザス王国が国教とするソリスティア教の総本山であるソリスティア教国に、アンザス王国は使節団を送ったのだそうだ。
それはそれとして、普通の事ではあるのだが、義母様の勘が、これは危ない兆候だと警告を与えたらしい。
リビングの方へと移動しながら、
「ソリスティア教国に、シンフォース侵攻の大義名分を貰いに行ったんじゃないかと、私は踏んでるの」
義母様はそう語った。
ああ。
十字軍か。
そんなの、この世界でもある話なんだな。
という事は、アンザス王国にも戦争の兆しがあるという事か。
王国としても間諜を送っていると聞いたが、義母様独自の情報収集で、その動きを察知した、という訳か。
「大した事じゃないのよ。去年、小麦がチュントでも豊作と言われるくらい豊作だったのに、アンザス王国がチュント大公国に流す小麦の値段が変わらないから、出し渋っている可能性があると思ったの」
つまり、その小麦を、戦争の糧秣にしようという訳か。
「細かいと言われればそれまでなんだけど。ちょっと、気になってね」
「まぁ、細かいと言えば細かい事でしょうが。それで、義母様は何をされに王都に来られたのですか?」
「それは、当然、西側諸侯の結束を呼び掛ける為と、いざという時に国王陛下直々の軍を派遣して頂く約束を取り付ける為よ」
「辺境伯家単体での対応は難しいのですか?」
「二、三か月はもたせて見せるけどね、撃退となると、そう簡単にはいかないわ」
「王家は、西側諸侯の結束を認めるでしょうか」
つい先日、王妃様から、リーズディシア嬢との接触を出来るだけ避けるようにと申しつけられたばかりだ。しかも、疑念を抱いているとはっきり言われて。
「そこの所の説得が必要だから、書簡ではなく、私が直々に来たという訳」
なるほど。
疑念を払しょくするため、いざという時に応援を頼むため、アンザス王国が動いていない今、事前に対処をしておこうという訳か。
こういう勘の鋭さは、私には無いな。
後取りという名の義弟が居るとはいえ、私も西方の辺境伯家を背負って立つ人間だ。
こういう所は押さえておいた方が良いんだろうな。
「そうね。貴女にも、押さえておいて欲しい感覚ね」
でも、と義母様は言って、
「義弟を上回る様な人気者になって欲しくはないんだけど」
と、母としての顔を見せ、
「でも、愚弟に育ったなら、乗っ取っても問題ないわよ」
政治家としての一面を見せた。
私としては、乾いた笑顔を浮かべるしかない。
なにせ。
義母様の目は、本気だったのだから。
まぁ、この辺が封建主義の家らしい考え方とも言える。血筋を残すのではなく、家を残す事に重きを置いて考えている。
私としては、
「育てるのは義母様たちですからね。立派に育ててあげてください。私はお家騒動なんて、ごめん被りますよ」
と、そう本心を述べるしかなかった。
「でもねぇ・・・・・」
義母様は話を続ける。
「貴女って、どう考えても、嫁に出すよりは武将として生きる方が性に合っていると思うのよねぇ」
「そこは否定しませんが」
リビングに到着したのでメイドさんに扉を開けてもらいながら、
「私の淑女教育、どこまで実践できてる?」
と、義母様は聞いてきた。
おほほ、お義母様。それはお聞きになってはいけないの事ですのよ。
と、考えた瞬間。
義母様の目がキラリと光った。
座った瞬間、
「アイリ」
と鋭く指摘してくる。
「座り方」
と。
あ。
やべ・・・・・。
と思うまでの間に、私は膝小僧を、義母様の扇子で打ち抜かれていた。
慌てて、姿勢を正す。
が、時すでに遅し。
義母様は、満面の笑みを浮かべて、私の前に座った。
「再教育、必要?」
「いえ、リズの紹介で王妃様と顔合わせを済ませておりまして、王妃様直々に淑女教育をして頂けるとの事でしたので、義母様のお手を煩わせるまでの事もないかと」
やべぇ。
王妃様の淑女教育に出席して、家でまで義母様の息のかかったメイドに逐一見張られているとか、私の居場所がなくなるわ。もう、学園しか、私がのびのびと過ごせる場所は無くなってしまうわ。
ここは、何としても、自宅での私の居場所を確保しておかないと。
と、思っていると、
「あら、そう」
意外にも義母様は、矛先を治めてくれた。
「では、アンを置いて行くだけに留めておきましょうか」
いや、違った。
しっかりと、監視役は置いて行くようだ。
アンは義母様の筆頭侍女で、身の回りの世話を、義母様が幼い頃から務めてきた女性だ。もちろん、念話もほぼ直通で出来るし、淑女として申し分ない教育もされている。
そこまで私に、淑女としての振る舞いを求めるか。
あー・・・・・・。
「あー・・・・・」
義母様?
「義母様?」
「なに?」
「そこまで雁字搦めにされますと、私と致しましても、息が詰まると言いますか、平穏な日常を送れないと言いますか・・・・」
下手したら、家出をするぞ。
リーズディシア嬢には悪いが、辺境伯領の辺境の地で、ホムンクルスたちと狩猟生活を送って生きていく事になるかもしれない。
「それは困ったわねぇ」
「何故、王妃様も義母様もリズも、私に淑女である事を求めるのでしょうか?」
豪快な女武将でも、よくね?
「それは」
「それは?」
「普段貞淑な女性でありながら、戦場に出たら一番の手柄を常に立ててくるような女性の方が、格好いいからよ」
「格好いいから、ですか」
「ええ」
「えぇ・・・・・・」
そんなロマンを求められても。
そんな理由で淑女教育を強制されましても。
「まぁ、一番の理由は、辺境伯家としての体裁になるのだけどね」
体裁、ですか。
「辺境伯家は、野蛮な家だと思われたくないのよ」
それなら、まぁ、うん、分るのかもしれない。
ただでさえ辺境の田舎にある大貴族だと陰口を叩かれているところに、淑女教育も行き届いていない娘が王宮内を闊歩していたら、それは、野蛮な家柄だと思われかねない事だもんな。
それなら。
まぁ。
ストーン辺境伯家の一員として。
淑女教育もやむなしといった所だろうか。
もう、進むところまで進んできているし。
頑張る所は頑張るか。
「わかりました。アンを置いて行ってください。義母様が納得できるよう、私なりに頑張ってみますから」
「そう?」
義母様はそう言って、にっこりと微笑んだ。
この人、一児の母で、もう三十路超えてるんだよな。
こうやって笑うと、まだ二十代半ばで通るぞ。
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