62 戦後処理です
ホッパドキア領での戦いは、ホッパドキア家の寝返りにより、シンフォース王国の圧倒的な勝利で終わった。
戦勝の一報を辺境伯方面に入れると、時刻を同じくして、帝国側の撤退準備が始まったそうだ。これから追撃を入れ、徹底的に叩くらしい。
ホッパドキア家の寝返りを決定的なものにした、奥方と娘さんの奪還に関わったという事で、私や諜報員の皆さまには、後で褒章が行われるだろう、との事だ。
まぁ。
あとの事はどうでも良い。
今、この場で問題になっている事の方が重要だ。
そう。
ホッパドキア家の領主の処遇だ。
寝返りによって戦況が変わったのは確かだが、そもそも帝国を引き入れたのもホッパドキア家の領主だ。戦争の引き金になったのもまた、ホッパドキア家の領主の寝返りにあったという事実は否定できない。
情状酌量の余地があるとして、ホッパドキア家の領主は自害、その他子息や奥方については後見人という名の監視付きで家の存続を認める、というのが国王陛下の指示ではあるが。
「王太子殿下は、迷っていらっしゃるみたいなのよね」
というのが、リーズディシア嬢から聞かされた、現場の状態らしい。
せっかく引き合わせる事が出来た、愛し合う二人を、死という名の鎌で引き裂いてしまうのに、躊躇っているのだそうだ。
甘い、と言いたいところだ。
若い、と言いたいところだ。
ホッパドキア家の領主が引き起こした戦争で、何人の命が散ったと思っているのか。
散っていった騎士や兵士たちにも、愛する家族や恋人は居たはずだ。
それを考えると、ホッパドキア家の領主は、死をもって贖うしかないと思うのだが。
私が、冷酷過ぎるのだろうか?
いや、ホッパドキア家の領主がやった事は、間接的とはいえ、立派な大量殺人罪に当たると思う。
責任能力もあったし、判断する力もあった。
死罪を賜るのは、当然ではないだろうか。
よし。
戦功一番と言われる私が、会って直接具申しよう。
「リズ」
「なに?」
「王太子殿下に会えますか?今」
「貴女の面会を、拒否する事なんて出来ないわよ」
「では、会えるよう、取り計らってください」
「何をするの?」
「国王陛下の下知に従うよう、説得します」
※
「何の用だ、フェンリル」
開口一番、不機嫌を隠そうともせず、王太子殿下はそう言った。
「お前も、私に、ホッパドキア家領主に自害を申し付けるよう、苦言を呈しに来たのか?」
「その通りです」
「揃いも揃って・・・・・・」
王太子殿下はそう吐き捨てると、
「ホッパドキア家領主は、今回の戦で帝国に大打撃を与えるきっかけを作った功労者だぞ。それに自害を申し付けるなど、私にはできん」
そう言って、手に持っていた盃を私に投げつけてきた。
「皆様、王太子殿下に、国王陛下の下知に従うよう促しているという訳ですね」
「そうだ。揃いも揃って、私に、父上の命を実行するよう促してくる」
「何故、王太子殿下は、その命令に従えないと思っていらっしゃるのですか?」
「奪われていた家族の団欒を、また奪う事になるのだぞ」
「死んだ兵士にも、家族の団欒はありました」
「お前もまた、グラップリン伯爵と同じ事を言うのだな」
王太子殿下は、改めて私を睨み付けてきた。
睨まれたところで、私の意見は変わらないのだが。
「王太子殿下」
「なんだ」
「もう一度申し上げます。ホッパドキア家のご当主に、死を」
「くどい」
その台詞で、私は一つ溜息を吐いた。
わざとだ。
「なんだ、そのわざとらしい溜息は」
「殿下、一つの可能性をお考え下さい。ホッパドキア家が寝返らず、泥水を啜る様な戦争になった、一つの可能性を。もし、それに負けていたら、殿下は命を落としていた可能性もあります。もし生き残っていたとしても、リーズディシア嬢はどうなっていたでしょうか?敵兵に嬲り者にされ、自ら命を絶つ事も出来ず、犯され続けた可能性だってあります。想い合う二人が、そのように引き裂かれていた可能性もあるのです。ホッパドキア家の当主は、それだけの事をしたのです」
「・・・・・・・・・・」
長い沈黙を経て、
「わかった」
王太子殿下は、ポツリとそう言った。
さすがにリーズディシア嬢の事を持ち出せば、王太子殿下も理解してくれるか。
「では」
私は、それを最後に王太子殿下の天幕を出た。
翌日、ホッパドキア家の当主に、自害命令が発令された。
※
ホッパドキア家の領主が自害をしたのは、自害命令が発令されて四日後の事だった。
四日の間を置いたのは、王太子殿下の恩情、とも言えるだろう。
その間、ホッパドキア家は、久しぶりの家族の団欒を楽しんだらしい。
甘いお方だと思う。
だが、若いうちは、それでも良いだろう。
王太子殿下が言う強い国とは違う道のように見えるが、今は、それで良い。国王陛下がご存命の内は、そんな、お優しい王太子殿下で問題ない。
「甘い人だね」
ロスティのように、辛口のコメントも見られるが、十七、八で苛烈な決断を下せるような人物の方が危ういと思えるのは、私だけではないはずだ。
「ロスティ、上の決定ですよ」
「それは、そうだけどさ」
「王太子殿下の決断には、不満だったりするんですか?」
「あたしはただ、国王陛下の命令に、粛々と従った方が良かったんじゃないかって思ってるだけだよ」
国王陛下との意見の違いから、溝が深まるのではないかというのが、ロスティの意見らしい。
だが。
私は良い決断だったのではないかと、王太子殿下を評価している。
優しさなどではなく、もし国王陛下が間違った道を進んだ時に、諫める立場にある王太子殿下が国王陛下の言いなりだったら、それこそ国が傾きかねない。
今回の若干の反発は、良い意味で、王太子殿下の存在を国内に知らしめたのではなかろうかと思っている。
「そんなもんかね」
ロスティは懐疑的だが、
「実際に、軍議では、全員王太子殿下の言葉に反発する事無く、自決は四日後と決まりましたからね」
並み居る武将が、国王陛下の命令違反となるような決定に異を唱えなかったのが、答えなのではないだろうか。
「それなら良いさ。それより、シルベスト・フォン・アンナ・ストロームが戦死したんだってさ」
「同級生?」
「うん。ストローム子爵家の当主」
「他にも居たりするんですか?」
「男爵家や子爵家の次男三男なら、十人程、戦死したって聞いたよ」
「そんなにですか」
それは、学院に戻ったら、また静かな学生生活になるな。
ゴブリン騒動の時に喪い、今回の戦争でもまた喪った。有利な戦争だったとはいえ、助けられない命というものも、あるんだな。
「学院も、静かになるね」
「そうですね」
「まぁ、代わりの子弟が入ってくるから、短い間だけだろうけど」
でも、喪った者は、もう戻ってはこない。
私が得た栄光の陰に、散っていった命は幾らでもある。
次は、私の番になるかもしれない。
私は自分の世界の民を愛すると言っていたあの神に、呪いの言葉を捧げながら、召されていった魂たちが安らかに導かれる事を祈った。
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