60 なんでもない会話です
シンフォース側の陣に、騎士に守られながら入った私は、二日ほど、泥のように眠りについた。二日、というのも、一度だけ昼くらいにまどろんだ記憶があるからそう思っているので、もしかしたら三日ほど寝ていたのかもしれない。
と、いうのをホムンクルスたちに聞いたら、私の思っていた通り、二日ほど寝ていたとの事だった。
その後、ホッパドキア家の奥方と娘さんがどうなったかを聞いたら、密かにホッパドキア領へと戻っていったとの事だ。
で。
現在は、ホッパドキア軍にその事を伝える密使を出して、裏切りの交渉をしているらしい。
恐らく、裏切りには応じるであろうとの事だ。
野望こそあれ、王国内での地位を高めたいという程度の家で、元来、王国に対する忠誠心は高いとの事なので、恐らくはそうなるであろう、だそうだ。
なので、今は陣を進めて、帝国軍と一触即発の位置にまで行っているらしい。
「それじゃ、私達も合流しましょうか」
と言ったところで、
「貴女はまだ、あとニ三日は寝ていなさい」
リーズディシア嬢が、天幕を開けて入ってきた。
「なぜ、リズがここに居るのですか?」
私が居る筈の無いリーズディシア嬢の存在を指摘したところで、
「学生にも招集が掛かったのよ」
リーズディシア嬢は当たり前のようにそう言った。
「私は後方支援だからここに留まっているけれど、エルフィンやロスティも前線に出ているわよ」
「そうですか・・・・・・」
レベル的にきついロスティにまで、招集が掛かっているのか。
混戦で命を落とさなければ良いけど。
「フェンデルトン家の軍に居るのですか?」
「ええ」
「なら、尚更、彼女たちのもとに行かないと」
もう、友人知人を亡くすのは、ごめん被る。
だが、リーズディシア嬢は、
「大丈夫よ。数日は寝ていても問題無いの。ホッパドキア家の奥方と娘さんはまだ帝国領に居ると思われていて、帝国側は帝国領内を捜索しているみたいだから、まだホッパドキア家の首に鎖を着けていると思っているの。数日で戦端が開かれるという事は無いと思っても良いわ」
そう言って、私にベッドに戻るよう促した。
「そうですか」
それなら、もう少し休ませてもらうとするか。
私は寝台に肩を預けた。
「メイニー・プル」
「はい」
「貴女たちは、しっかりと休んだのですか?」
「十分すぎるほど」
「そうですか」
これからの戦いに影響が出ないのであれば、それで良い。影響が出て、誰かが死ぬなんて事態に陥る事だけは避けなければならない。
戦場全体を見渡して誰も死なせないなんて事は無理だろうが、せめて、私の周りだけでも死者を出さないようにしたい。
私の課題だ。
前回のゴブリン騒動の時のように、周りが見えなくなるようでは駄目だ。
眼を光らせておいてと人には言っているが、自分自身も周りを見渡せるようにならなければならない。
まぁ。
今は、休もう。
「リズ」
「なに?」
「食事前に、起こしてください」
と言ったきり、私はリーズディシア嬢の返事を待たずして眠りについた。
※
「アイリ、起きなさい」
とのリーズディシア嬢の声で、私は再び目を覚ました。
食事の時間か。
「食事?」
そう聞くと、
「ええ」
リーズディシア嬢は頷いた。
周りを見渡してみると、結構暗くなっている。
意外と寝たんだな。
そう思いつつ、私は身体を起した。
お腹、空いた。
そう言えば、三日、何も食べてないんだよな。
お腹、空いたな。
「早く食べましょう、リズ」
「少し待ちなさいな。今、ホムンクルスたちが運んでくるから」
リーズディシア嬢は苦笑しながら、私を見下ろした。
言葉通りにしばし待つ。
すると、ほどなくして、ホムンクルスたちが大量の食事を運んできた。
肉に、肉に、肉に野菜。あと付け合わせにスープとパン。
そんな割合で料理が並ぶ。
上等だ。
ありがたい。
これだけの料理を戦場で用意できるという事は、相応に付け届けをしておかないといけないはずだ。
「ありがとう、リズ」
私はリーズディシア嬢にそう言って、料理を口に運んだ。
思っていた以上に空腹だったようで、
「その身体で、よく食べるわね」
リーズディシア嬢が言うように、料理を消し飛ばしていく。
「ただ、お行儀は、悪いわね」
知った事か。
戦場に、お行儀は必要ないんだよ。
「誰が見てるかも知れないのに」
見られて損するような、お嬢様じゃないよ。
「アイリ、貴女。結婚する気、あるの?」
「ないよ」
「あら、学院内でも人気が出てきたのに、勿体ない」
「何が悲しくて、おっさんが男に抱かれないかんのですか」
「それもそうね」
リーズディシア嬢が、クスクスと笑った。
「でもアイリ様は、学院の女生徒にも人気がありますよね」
「それこそ、要らない人気だよ。女の子に人気が出たところで、女の身体で何が出来るっていうのさ」
「女性同士の愛、というのもあるらしいのですが」
「あー、要らない、要らない」
「左様ですか」
ホムンクルスの皆が、僅かに肩を落とした。
まさか、とは思うが、自分たちが性の相手をしたかったとか、言い出すんじゃないだろうな。
「そこまでは言いませんが、お相手をするのも吝かではないので」
「ないよ、メアリー・プル」
「左様ですか」
リーズディシア嬢が、その会話を聞いて、また喉を鳴らした。
「おじさんには解らないかもしれないけれど、女の子にも性欲はあるんですからね。分からないように振舞っているだけで、ちゃんと性欲はあるんですからね。アイリも、隠さず性欲の発散をする相手を探したら良いと思うわよ」
そんなもんかね。
今の所、性欲に悩まされるなんて事は無いのだが。
ま。
そんな相手が現れたら、現れたで考えるさ。
戦争前の、嵐の前の、一時のなんでもない会話だった。
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