58 山との闘いです
山越えは、私が思っていた以上の難航を極めた。
レベル的に、非戦闘員の体力に問題があるのは知っていたが、行軍が、私とホムンクルスで超えた時の十分の一程度にまで落ちるとは思っていなかった。
こうなってくると、気温の変化にも対応していかないといけないし。
やはり、山を舐めてはいけなかった。
それに加えて、魔物の存在だ。
森ではゴブリンやオークとの遭遇が多発したし、奥地に行けばオーガや名前も知らない超でかい蜘蛛などの大型の魔物に出くわす機会が増えた。
また、山に入ったら、入ったでワイバーンの生息域になるし。
町を出て七日。
比較的、簡単に倒せる魔物とはいえ、足の遅い非戦闘員を守りながらの戦闘は、やはり神経を使う仕事だった。
「ふっ!!」
今も、飛んでいたワイバーンの首を落とし、群れを瓦解させたところだ。
本当に、このワイバーンにしろ、ゴブリンの様な下等な魔物にしろ、狙ったように弱い所を突いてくるのが、本当に厄介だ。
自由に跳べないというのが、これほど厄介だとは思わなかった。
数少ない友人プレイヤーのサブキャラを、パワーレベリングさせるために、ダンジョンに連れていっていた事を思い出す。
まぁ、愚痴を言っても仕方がない。
こういうクエストなのだと割り切るしかないのだ。
「ふぅ・・・・・」
ウィンドボールを使いながら下に降りてくると、地上ではワイバーンの解体が始まっていた。
おいおい。
「先を急ぎましょうよ」
リーダーにそう言ったが、リーダーは、
「ワイバーンの肉をそのまま残して行くなんて、あたし達には出来ないよ」
との答えが返ってきた。
そこまで美味いか?
確かにオーク肉が豚肉に近いのに比べて、ワイバーンの肉は牛肉に近く、歯応えがあって美味いのは美味いのだが。
そこまで美味いか?
「ブルホーンと比べてみたら分かるだろう?あいつと比べたら、筋張ったところが無くて、味わい深い肉じゃないか」
ブルホーンと比べるのか。
ブルホーンは、レベル100程度の牛型の魔物だ。
確かに似てはいるが、確かにあれに比べると段違いで美味いが。
「まぁ、ちょっとだけだから、アイリもそんなにムキにならないでよ。ホッパドキアの奥方様や娘様にも、旅の間、良い物を食べさせてあげたいんだよ」
それを出されると、何も言えなくなってしまうな。
私は黙って、他のワイバーンが血の匂いに釣られてこないか、見張りに立つことにした。ホムンクルスの皆にも、警戒を行ってもらう。
しかし。
生きて帰れるか、なんて言っていたのに、現実を見せると欲が出るのかね。
ジムさんなんて、倒れたら捨てる、とか悲壮感たっぷりに言っていたのに、今は料理人の血が滾ってしまっているよ。
「ホッパドキアを再び王国側に付かせる為には、奥方様や娘さんを無事にこちらの陣営に迎える必要があるんですからね。一応、急ぎなんですからね」
一応、重要な事を言っておく。
が。
「山の病があるからさ。徐々に慣らしていくしかないだろ」
そう言われて、やっと私は、高山病の存在に思い至った。
帝国に来た時には状態異常抵抗の指輪のおかげか、誰にも出なかったから、その存在を無視していたが、このスピードなら、心配をせざるを得ないか。峠を越えるにしても、推定二千メートル級の所が数か所ある。油断はできないだろう。
「仕方ないですね」
私は警戒しながらも、深く息を吸い、吐いた。
※
次から次へと。
魔物が押し寄せてくる。
山に入って三日目。
王国の領内に入ってから、私たちは大量の魔物と遭遇するようになった。これは、王国の魔物は、まだ大量発生したままという事なのだろうか。
スタンピードと呼べるようなものではないが、それでも、帝国領に居た頃よりはかなり多めに出くわしている。
やはり、王国領内では、まだ異変が続いているのだろうか。
諜報員の方たちに聞くに、帝国が仕掛けた大量発生ではないという事だが。
それにしても、多い。
まだ下山していないのに、得体のしれない巨大な鳥や、ワイバーンの群れが襲ってくる。高山病にかかった諜報員も数名いて、その人達も担ぎながらだから足も鈍ってきているというのに、魔物の襲撃が後を絶たない。
「どうするかね」
私はウィンドボールの足場の上でひとりごちた。
とりあえず、誰かを置いて行くという選択肢は無い。
だが、このままだと、魔物との連戦で疲れがたまってしまう。高山病にはしっかりとした睡眠が必要なので、眠らせてはもらっているが、夜の襲撃もあるので、完全とは言えない。
一番怖いのが、私が高山病にかかるという事態だ。
状態異常抵抗の指輪を付けているから大丈夫だとは思うのだが。
まぁ、もうすぐ下山だ。
下山した後、しっかりと休みを取ってから行動をすれば、良いのだろうが。
「魔物の襲撃は、止まらないんだろうね」
私は溜息を吐いた。
※
かなりの強行軍だったからか、皆の足が鈍ってきている。
もう森林限界の高度は過ぎた。
高山病だった諜報員も、回復の兆しが見えている。
自分の足で歩いている。
なのに、全員の顔からは、生気というものが抜けてしまっていた。
まずいな。
ステータスに現れない、精神的な疲労の様なものが、パーティ全体を覆っている。
ここは。
休むしかないか。
王太子殿下との約束もあるが、このまま急いだところで、必ず何らかのトラブルが発生するのは目に見えている。
「リーダー」
私はリーダーに声をかけた。
「なんだ、アイリ嬢」
「非戦闘員の、気力が限界に近づいています」
「そうだな」
だからどうしたと言わんばかりに、不機嫌そうな声色でリーダーはそう返してきた。
「二日ほど、休憩を取りましょう」
「こんな山の中でか?それだったら、歩いていた方がまだマシだ」
「いえ」
私はここで言葉を切り、
「休憩を取れる家があります」
と、そう言った。
「どこに?」
「アイテムボックスの中に」
「たしか、アイリ嬢のアイテムボックスにはワイバーンの肉なども入っていたな。それで、家が入るって、どれだけの容量を持ったアイテムボックスなんだ」
「そこは企業秘密ですが、邸宅が入る程度の容量はあります」
「秘密、だったのではないのか?」
「背に腹は代えられません」
「そうか」
感謝する、と、リーダーはそう言って、
「邸宅を置くには、どの程度の広さが必要だ?」
と、聞いてきた。
「東西南北で100メルチ」
結界の事を考えると、この程度は必要だろう。森の邸宅も、そのくらいの庭の広さがあった。
「探そう」
リーダーはそう言って、私の提案を受け入れてくれる。
早速、ホムンクルスたちによる偵察を出す事にした。彼女たちなら、一人でも魔物から逃げる事が可能だからだ。
「大丈夫か?」
との問いには、
「問題ありません」
と答えておく。
そして三十分もすると、
「アイリ様。メイジ・プルから連絡が入りました。丁度良い広場を見つけたそうです」
メアリー・プルからそんな報告を受けたので、
「リーダー。休憩が出来そうな場所を発見したそうです」
と、報告に行った。
そこからは、メアリー・プルを先頭に、広場まで歩いていき、メイジ・プルたちが集まっている広場で、私はアイテムボックスから邸宅を取り出した。
「おお・・・・・・」
一同の目に希望の光が宿る。
奥方を先頭に、非戦闘員が邸宅の中へと入っていく。
リーダーはそれを見て、
「済まないな」
と、一言だけ私に言って、邸宅の中へと入っていった。
さて。
「この邸宅の結界が、どの程度の効力を示すのかは分かったものではありません。私たちは、邸宅の外で見張りをします」
私はホムンクルスたちにそう言う。
それを聞いて、メイニー・プルは、
「たいていの魔物は結界で防ぐ事が可能ですが、さすがに強い魔物には対処しきれない可能性があります」
そう言って、結界の脆弱性を私に報告した。
「この辺りの魔物だときつい?」
「そうですね。ゴブリンも結構強い傾向にあるようですし、オークでも見つかる可能性はあるかと」
なら。
私たちは見張りだな。
「今日から二日間、諜報員の皆さまにばれないように、魔物を排除します。魔物の存在を感知したら、すぐに私に報告するように」
「はい」
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