56 作戦の合間にです
餅は餅屋に、という事で。
計画の遂行を決めてから七日。
私は帝国の辺境伯領で給仕の仕事を手伝いながら、救出の一報が入るのを待っていたりする。
「ひゃん!!」
酔っぱらった、良い歳をしたおっさんたちに尻を触られながら。
私だけ、触られながら。
「なんで、私だけを狙うんですか」
そうおっさんたちに聞いても、
「隙だらけだから」
と、当たり前のように答えが返ってくる。
まぁ、触る分には良いんだが、おっさんに触られた所で、どうという事も無いんだが。
反撃はしますけどね。
「奥さんのお尻を触っていたら良いんじゃないですか?」
「うちの奥さんはアイリちゃんみたいに可愛くねぇし」
「じゃぁ、今日は一緒にお宅まで伺いましょうか。酔っぱらって、お尻を触ってくるんですって、奥さんにクレームを入れますから」
「それは勘弁してくれや」
「だったら、他所の女の子のお尻を触るなんて事をしない方が良いですよ」
「そこに無防備なお尻があったら、普通は触るんだよ」
反撃したところで、全然効果が無いのが悩みの種だ。
それどころか。
「ひゃん!!」
別のおっさんが私のお尻を触ってきたりする。
ま、害意が無いのだけが、このおっさんたちの良い所なんだろうな。
私が別のおっさんを睨み付けると、そのおっさんはニヤニヤしながら私の顔を見返してきた。
「反応を見て楽しむ分には文句を言いませんが、仕事の邪魔だけはしないで下さいね。さもなきゃ、本当に奥さんの所へ行って抗議しますから」
「あいよ」
おっさんはニヤニヤしながら、お行儀の良い、返事だけの返事を返してくる。
私は溜息を吐いて、両手に盛った皿の山を、厨房へと運んだ。
「苦労してんなぁ、アイリ」
厨房に入ったところで、コックのジムさんに声をかけられる。
それに対し、
「可愛いって、罪ですよね」
私はおどけてそう返した。
ジムさんが器用に口笛を吹く。
「強いねぇ」
「強い、んですかね。ただ、おっさんたちの余興に、本気で付き合う気が無いだけなんですけどね」
そもそも、ジムさんも私も、ホッパドキア家の奥方と娘さんを救出したらこの街を出る事になっている。常連のおっさんたちには悪いが、この店も閉める事になる。
それまでの付き合いだと割り切ってしまえば、お尻を触られる事くらい、どうという事もない。
「お前さんは、そうなのかもしれんな」
「ジムさんは違うと?」
「俺はこの店での生活が長いからな。情って奴も、多少はあるんだよ」
「そんなものですか」
王国から派遣されたスパイだと言うのに、人並みに情はあるのか。
しかし。
考えてみれば、人間だから、それもあるか。誰しも、感情を捨てて任務に当たるという事が出来るわけではあるまい。人の好さそうな顔をしているから、ジムさんにはジムさんの葛藤もあるのだろう。
とはいえ、こういう事が言えるという事は、この人が王国を裏切るという事は無いのだろうが。
「それよりも、仕事だ、アイリ。オーク肉のステーキ、15番テーブルに持って行ってくれや」
ジムさんは人の好さそうな声を上げて、私を戦地に送り出した。
※
救出完了の連絡が入ったのは、その夜半過ぎの事だった。
意外と早かったな。
たしか、帝都までの道程が七日ほどかかると言っていなかったっけ?到着してすぐ、実行をしたのか。
一報を持ってきたジムさんは、
「作戦自体は立ててあったからな。いつでも実行に移す事が出来たんだよ」
そう言っていた。
「あとは、国境越えだ」
任せた、と言って、ジムさんは私の肩を叩いた。
ええ、お任せ下さいな。
非戦闘員を二十名、しっかりと守りながら、山越えをさせて見せますから。そっちは、得意分野だ。
「食料は軽くつまめる物を十分に用意しておいてください。恐らく、休憩しながらのんびりと食事をしている暇はないと思いますので」
「了解だ」
※
そして、三日が経過した。
何事もなく店を経営する事が出来ていたので、帝国の目はこちらには向いていないと見て良いだろう。帝国の兵士が、どの程度有能かにもかかってくるが、恐らく、追手に関しては気にする必要はあるまい。
という事で。
宿の従業員全員が、閉店後に、食堂に集まった。
全員が、動きやすい、暗めの服装で、それぞれが武装をしている。
「さて、店長が居ないので、俺が仕切らせて頂くが」
ジムさんが盃を手に、皆に向かって言った。
「話は聞いているとは思うが、今夜がこの店の最後になる。店員としての仮の姿は捨てろ。本来の俺達に戻る時が来た」
その言葉を境に、普段は明るい雰囲気を纏っている店員さん全員の目に剣呑な光が宿った。こっちが、本来の彼らなのだろう。
「任務は非常に困難を極める。機動力を捨てないといけないからだ。各自、それを念頭に置いて行動をするように」
と言ったところで、ジムさんは全員の顔を見渡した。
「良いな。ブツを運ぶ事が最優先だ。その為に捨て石になったとしても、ブツを届けてしまえば俺達の勝利につながる。何としても、ブツを傷付けずに運ぶんだ」
「おう」
と、気合が入ったところで、
「あの、一つ良いですか?」
私はジムさんの訓示に口を挟んだ。
「なんだ?」
「正直言いまして、ここで仲良くなった方が死んでいくのを見るのは辛いんですよね。ここは、全員が生き延びて国境を超える方向で考えて頂けないでしょうか?」
「山越えをするんだぞ。身軽でも難しい道を通るのに、今回は荷物も抱えている。荷物を優先するのが当然として、誰かが命を投げ出さないと、突破するのも難しいんじゃないか?」
「そこですけどね」
と言って、私はワイバーンの首をアイテムボックスから取り出した。
「ワイバーン程度でしたら、この通りです」
私は、血を流さずに山越えが可能である証拠を皆に見せた。
「生きて、故郷に帰りませんか?」
そこで、全員の目に生きて帰れるかもしれないという希望の光が宿る。
全員、死ぬ気だったのかね。
「魔物を狩る事に関しては、私は一家言あると自負しております。山を越えるにあたって出てくる障害は、取り除けると思っています」
確かに、ホッパドキア家の奥方と娘さん、非戦闘員という荷物を背負って、最高レベル600程度のパーティが突破するのは難しいかもしれないが、私に言わせれば、戦争の混乱の中に身を置くよりも、こちらのクエストの方がはるかに楽と言える。
「皆さんを死なせるような真似は、しませんよ」
お読みいただき、ありがとうございます




