53 動きます
「帝国軍は、城に入らず、野営か」
私の呟きに、
「一万もの軍を追加して収容する施設は、ホッパドキア家の、あの城の規模では無いでしょうから」
メルト・プルがそう返してきた。
帝国軍が進軍してきたのは、国境を越えたとの知らせを受けてから七日後の事だった。それまでに、こちらは見晴らしのいい、井戸も掘れる高台に陣を構えて待ち受ける事になった。
糧秣も問題ない。
後方からは支援物資が続々と届いている。
そんな中で、王国軍と帝国軍は対峙をする事となった。
今は、帝国軍を見下ろせる高台に登って、帝国軍の陣を眺めているところだ。
「やっぱりと言うか、長期戦の構えなのでしょうね」
「そうですね」
帝国軍の陣を見るに、川を前にして構えているから、すぐには攻撃を仕掛けて来るという事もあるまい。当然こちらからも攻撃をしにくい陣構えとも言える。
私でも分かる。
これは長期戦になる、と。
さて。
どうしたものか。
情報では、国王陛下は軍を編成し終えたところらしい。これから、帝国の主力が出てくるであろう辺境伯領へと出征するとの事だ。
そちらは総力戦になるんだろうな。
それに合わせる形で、こちらも動く事になるのだろう。
この辺が、異世界の戦争らしいと言えば、らしい。念話が出来る魔術師が居るから、距離が離れていても、戦端を開く時期を合わせる事が出来るのだ。東の辺境伯様は出来る方だと聞いているので安心できるが、さて、こちらはどうなるか。
「それにしても」
それにしても、だ。
「ホッパドキア家の目論見が、よく見えてきませんね」
そこも気になる所だ。
最初、ホッパドキア家はミリーネ嬢を養女に迎えて、王国の中枢で権力を握る事が目的だったはずだ。それが、弾劾を受け、計画が水泡に帰したら、ティンギルス帝国を引き込んでの謀反にまで発展している。
弾劾された時点で引けばよかった話だ。
何故、帝国を引き入れた謀反にまで発展させる必要があった?
どこまでが、ホッパドキア家の意思なのか。
「そこは、よく分かりません」
シンフォースの王となる事が目的なのか。
帝国の息のかかった王国でも、王になれれば、それで良いのか。
真意をはかりかねるな。
今も、帝国軍の右翼に陣を張っているが、これでは、帝国軍の右翼を任された将のようにしか見えない。
帝国軍がこの戦争に勝ったとして、ホッパドキア家は一時的に王家を裏から操る存在になれても、いずれは飲み込まれるだけなのではないだろうか。
ホッパドキア家の当主も、それ程間抜けだとは思えないのだが。
「間諜が、ホッパドキア領に入っています」
やはり、その情報を待つしか無いのか。
何を掴んでくるか。
心地よい風が、私の頬を撫でた。
戦争の機運が高まっていなければ、穏やかな、良い土地だ。
出来る事なら、この土地を、ホッパドキア軍や王国軍の血で穢したくはないのだが。
「戻りましょうか」
私は、メルト・プルにそう言って、自陣への帰り道を歩きだした。
※
情報が入ったのは、その夜の事だった。
「奥方が、帝国側に囚われている?」
一部の者で開かれる軍議に参加していたカルド卿からその話を聞かされたのは、夜も結構な時間になってからの事だった。
それで合点がいった。
王国を裏から操ろうという野望や、帝国を引き入れての謀反、単体での造反、全てに納得がいく。
不本意ながら帝国を引き入れると言っていたあの近衛騎士副隊長の言葉は、そういう意味だったか。不本意ながら王国に弓を引くと言っていた意味は、それだったのか。
どうりで、動き方がおかしいと思った。
「奥方と、十四になる娘が人質になっているとの事です」
それならば、ホッパドキア家が帝国側につくのも分からなくはない。
気の毒ではあるが。
しかし、
「よく、そんな情報がすぐに出てきましたね。今まで探っても出てこなかった情報が、何故、今頃になって簡単に、ポンと出てきたのでしょう」
「帝国側が、もう隠す必要が無いと踏んだのではないでしょうか」
「つまり、帝国は、ホッパドキア家は裏切りによって、もはやあちら側として戦争をする以外に道が無くなったと、そう捉えたという事ですね」
「帝国は、そう思っているのではないですかな」
という事は、だ。
ホッパドキア家は、本位か不本意かは分からないが、少なくとも完全に帝国側に立ったという事になる訳だ。
「翻意させるのは、難しいという事ですね」
「そうなります、な」
カルド卿はそう言うと、顎に手を当てて難しい顔を作った。
「仮に奥方をこちらが救出したとしても、既に叛意を顕わにした手前、簡単に寝返ってくれるとは思えません」
だが、
「やる価値は、ある、のではないでしょうか?」
人員は必要かもしれないが、救出をしたら再びこちらに付く可能性がある以上、やってみる価値はあるのではないだろうか?
その私の言葉に、カルド卿は、
「難しいでしょうな」
にべもなくそう言った。
理由は簡単だ。
ホッパドキア家の奥方を救出しに行くための、ティンギルス帝国の言葉を流暢に使える人間が、王国にはそれ程居ないからだ。王国の人間が、帝国に行くと、まず王国人だとバレるらしい。
それほど、王国と帝国の間には溝があるのだそうだ。
「我々ホムンクルスは問題なく帝国語を話す事が出来ますよ。あと、アイリ様も問題ないのではないでしょうか」
そこで、それまで黙って私の後ろに立っていたメアリー・プルが、そう言った。
え。
私って、帝国の言葉を喋れるの?
神からは言葉を喋れると聞いていたけど、帝国の言葉もいけるのか。
しかし、何故メアリー・プルが、それを知っているのだろうか。
「以前、各国の言語で話しかけた時に、普通にお答えになられていましたよ」
ああ、テスト済みだったか。
しかし。
私とホムンクルス達で帝国に潜入し、ホッパドキア侯爵の奥方と娘さんを救出する作戦か。
いける、か?
「やってみる価値は、あるのではないでしょうか」
奥方が何処に囚われているか、という所から調べないといけないぞ。
「その辺りは、我々が担当いたします」
「私の役目は?」
「いざという時の護衛ですね」
ふむ。
騎士や兵士が遠征している今なら、帝国の都も、兵士の数が減っている可能性が高い。
やってみる価値は、あるか。
「命がけですぞ」
戦争で槍を振るうより、余程難しい。
カルド卿はそう言ってくるが、
「王太子殿下に相談してみます」
私としては、やってみる価値ありと、救出に対して前向きになっていた。ここでホッパドキア家を王国に帰順させる事が出来れば、戦線は圧倒的に有利になるからだ。
時間は、ある。
辺境伯領での戦いが始まるまで、こちらも動くことはあるまい。
※
「三十日だ」
王太子殿下のお言葉の下。
翌日の朝、私達六人の姿は、王国軍の中から、消え去っていた。
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