51 一騎打ちです
私とて人間だ。
殺人を嬉々として行う、などという事は無い。
戦闘狂でもない。
戦いの中に身を置いてこその人生、などと言う事も無い。
ただ、人殺しというものを、早急に経験しておく必要があるだけだ。これから帝国との乱戦が控えている以上、人殺しを経験していないがために躊躇って自分がやられる、なんていう事を防ぐために、やはり、前もって経験をしておく必要があるだけだ。
だから、一騎駆けを提案した。
私が、この世界で生きていくために、私が選んだ道を歩いていくために、殺人というものが必要だからだ。
この戦場という環境に於いて、私は鬼にならねばならない。
幸い、国王陛下が、良い物を貸してくれた。
私はそれを手に、ゆっくりと、ホッパドキア家の城門前へと馬を進めた。
それ、とは。
一つの旗だ。
国王陛下が親征しているという証拠となる、軍にとって一番大切な旗だ。これを取られるという事は、国王陛下が討ち取られたのと同義と見做される、そんな旗だ。
ホッパドキア家の街の城壁の上で、何やら兵士が忙しく動いている。
それが見える所まで来て、私は馬を降り、旗を土に挿した。
そして、
「ストーン家が養女、アイリ・ジル・アイリーン・ストーンが物申す!!国王陛下より預かりしこの親征の旗、一騎打ちにて見事奪えるという豪の者は、貴家におられるか!?」
私は城門に向かって、精一杯の大声で、名乗りを上げた。
これで、後戻りはできなくなった。
相手方は、必ず出てくるからだ。
それはそうだろう。
十七八の、こんな小娘に一騎打ちを持ちかけられて、誰も出ていかないようであれば、ホッパドキア家は完全に笑い物にされる。仮に帝国が応援に来たとしても、格下に見られ、扱いは酷い物になるだろう。
下手をしたら、王国全体を帝国に持っていかれる事になる。
ホッパドキア家の狙いは、恐らく領土拡大だ。
ならば、ここで笑いものになるという選択肢は無い。
果たして。
しばしの待ちの時間の後、ホッパドキアの街の城門が開いた。
一騎の騎士が、私の方へと馬を進めてくる。
そして。
会話ができるくらいの距離を取って、騎士は馬を止めた。
早速鑑定をすると、レベル723としっかりと強い騎士である事が解る。エンチャントの施された装備からも、相手が本気で私を討ちに来たことが解る。
その騎士が、重々しく口を開いた。
「その旗の意味、理解しているのだろうな」
「もちろん」
「その旗は、国王の首と同等の価値があるのだぞ」
「存じております」
「お主が負ければ、軍を撤退させると言うのか」
「仰る通りです」
「ホッパドキア家の発言権が、増すぞ」
「国王陛下とリーズディシア嬢を排して、ミリーネ嬢を王妃にして、外戚として裏から王家を操るおつもりですか?」
「結果としては、そうなる」
「帝国の意思も、その中に含まれてくるのですよね」
「不本意ながら」
「王国は、混乱しますよ?」
「すぐに鎮めてみせるさ」
そう言って、騎士は剣を抜き放った。
「馬に乗らなくても良いのか?」
「私にとって、馬は枷にしかなりませんので、ご心配なく」
ならば、と騎士は、
「ホッパドキア家近衛騎士隊副隊長、アンセン・フォン・ミルニ―・マスタ、参る」
馬を突進させてきた。
私はアイテムボックスから槍を取り出し、アンセン卿の剣を受ける。
まぁ、一合くらいは、挨拶だからね。
でも、ごめんね。
レベル723じゃ、私は倒せないんだ。
騎士アンセン卿が馬を返して切りかかってくる前に、私は体勢を完全に整えて、ウィンドボールを発度させ、アンセン卿と同じ高さから槍を繰り出した。
首に一撃。
それで終わりだった。
アンセン卿の首が飛ぶ。
血を噴き出させた、首を失った体は、馬が二三歩歩く間に、ドサッと地面に落ちた。
私はアンセン卿の首を持ち、
「近衛騎士隊副隊長、アンセン卿の首は頂いた!!アンセン卿を上回るという猛者は、他に居ないか!!?」
城壁に向かってそう怒鳴る。
ホッパドキア家の陣営は、沈黙を守るのみだった。
私はというと、もうこれ以上は出てくるな、という思いが強い。人を殺した手応えがまだ残っていて、次も冷静に対処できるかが怪しいのだ。
だが。
私の意に反して、ホッパドキアの城門は、再び開いた。
また、一人の犠牲者が出てくる。
犠牲者は、私の前まで馬を進めてきて、
「アンセンを破ったお点前、誠に見事であった。さすが、旗を守る者といった所か。だが、私はアンセンよりも強い。お主の首、私がもらい受ける」
そう言うなり、槍を扱いて私に襲い掛かってきた。
もう、戦いたくないのに。
レベル800超えが出てくるか。
私は内心で溜息を吐き、相手の騎士の槍の軌道を変えた後、その首に一撃を入れた。アンセン卿と同じ様に、騎士の首が飛ぶ。
肉を切り裂く感触だけが、不快感を伴って私の手に残った。
まぁ、それを表に出す訳にもいかないので、
「もう居ないな!!?この二人の首は、王国軍の士気を高めるために使わせていただく!!その他ご遺体は、丁寧に埋葬する事だ!!」
私は早々にその場を立ち去る事にした。
人を殺すという目的も達した。
一騎打ちでホッパドキア家の士気を下げる事にも成功した。
こちらの軍の士気も、きっと上がる事だろう。
もう、私の役目は終わりだ。
帝国との戦争が始まるまでは、少し休みたい。
私は馬に跨り、首を鞍に括り付け、その場を後にした。
王国軍の陣に到着した私を待っていたのは、国王陛下だった。
「どうであった?」
「二つと、少なくはありますが、確かに敵将の首を取ってまいりました」
「誰の首だ」
「近衛騎士副隊長のアンセン卿と、もう一人は名乗りませんでしたが、アンセン卿以上の強さを持った騎士です」
そう言ってお付きの者に首を渡すと、
「ホッパドキア騎士団長の首です」
と、お付きの者はそう言う。
あー。
あの人、騎士団長だったのか。
私は旗を返しながら、漠然と、そう思った。
「アイリ嬢」
「はい」
「ご苦労だったな」
「そのお言葉は、まだ早過ぎるのではありませんか?」
「何を言うか。まだ一当てもしていない内から相手の将の首を取ってくるなど、殊勲だよ」
「そう言って頂けますと、光栄です、と返すしかありませんが」
「褒美は、何が良い?」
「それは、帝国との戦争がきっちりと終わった後で良いのではないでしょうか?」
「む・・・・・・」
と、そこに、軍監を勤める参謀が口を挟んできた。
「あの二人の首と引き換えに、ホッパドキア家には降伏の勧告状を送ります。恐らく、降伏してくると思われます。それでこの戦争は終わりになるでしょう」
「帝国はホッパドキア家を足掛かりに王国に攻め込む気ではなかったのですか?」
「こちらの士気が上がったとなれば、やはり数がものを言います。二万対一万であれば、こちらが有利です。恐らく、帝国は引くでしょう」
「そんなものですか」
「国境には、辺境伯の軍も居ますしね。恐らくは、そうなります」
と、いう事は、だ。
ホッパドキア家は、ただ単に王国に牙を剥いた反逆者で、王国はそれを裁いた、という事になる訳だな。
何気に、私がやった事って、大きかったのかもしれない。
戦争を、内乱で収めたのだから。
まぁ、ホッパドキア家の当主にしてみれば、悪夢の様なものだろうけど。ただの反逆者になってしまった訳だし。
まぁ、見切り発車で行けると踏んだ時点で、愚かだったとしか言わざるを得ないか。
まぁ、見積もりが甘かったとしか言わざるを得ないか。
「ホッパドキア家はどうなるのでしょうか?」
「国王陛下の裁断のままに」
と言われて、私は国王陛下の顔を仰いだ。
「この場では決められんよ。諸侯の会議を開いて、処分を決めなければならん」
そりゃ、そうか。
「ただ一つ言えるのは、良くて伯爵家に降格、寄り子はなし、当主は引退、引き継ぐ息子には他家から婚約者を入れて監視の対象にする、くらいの事にはなるだろうな」
実質的な飼い殺しだよ、と国王陛下はそう言った。
「それにしても、早めに降伏勧告が出来そうで、何よりだった」
その時だった。
「ご注進!!」
一人の伝令が走ってきたのは。
「国境付近で構えていたティンギルス帝国の軍一万、国境を超えて進軍してまいりました!!」
やはり、来たか。
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