50 軍議です
「そもそも、戦争にならないという事ですか?」
私がカルド卿と轡を並べて、馬を歩ませている途中で出てきた話題が、それだった。
「もちろん、帝国と内通して王国を混乱に陥れようとしている可能性も否定できないのだが、ホッパドキア家単体でそれをやったとしても、結果として帝国に飲み込まれる公算が高いから、可能性としては限りなく低い」
ホッパドキア家は、確かに東との交流を盛んに行っている所だが、そこまではしないだろうというのが、カルド卿の読み、というか、リーズディシア嬢の読みらしい。
では、何故今、ホッパドキア家へと兵を向けるのか、だが。
これにはいろいろと理由があるのだそうだ。
まず、帝国に対する示威行為。
今の王国に手を出そうとしても、全諸侯が一丸となってこれに当たるので、戦争を仕掛けてきたとしても手痛い打撃を与えてやる、という意思表明になるというのだ。それに、今回のゴブリン騒動もある。あれが帝国のバックアップの下、ホッパドキア家によって行われたテロ行為であったとしたら、そんなものは無駄だったと示すためにも軍を編成して圧力をかけるという訳だ。
かもしれない、かもしれない、で動いているようだが、もしかしたら王家は帝国の影を掴んでいるのかもしれない。
あとは、ホッパドキア家の力を削いでおくという意味も込められているのだろう。
このままホッパドキア侯爵が、ミリーネ嬢の後ろ盾となって権力を持ったとしたら、それは王家にとって、あまりよろしくない事となる。仮にリーズディシア嬢が居なくなった場合、ミリーネ嬢が王妃となる可能性がある以上、ホッパドキア家に力を付けさせるのはよろしくない。ここで世代交代を行ってもらっておいて、十歳という幼い嫡子に、王家から派遣された部下を付けて、首に縄を付けておきたいという狙いもある。
では、何故ホッパドキア家がミリーネ嬢の後ろ盾になろうとしたのか、という疑問が残るのだが。
これは推測でしかないが、ミリーネ嬢がホッパドキア家前当主の隠し子である可能性も頭に入れておいた方が良いとの事。
上級貴族のお手付きになった女性が身ごもった場合、知己のある貴族の寄り子の所へ嫁に出す事もあるのだそうだ。
「と、なると、ホッパドキア家にはそれほどのお咎めは無いという事になるのですか」
「そうなりますな」
どうなるかは分かりませんが、門を開けて迎え入れるというのなら、その可能性は高い、とカルド卿は呵々と笑った。
※
カルド卿の顔色が変わったのは、出征から一週間後、先鋒の部隊がホッパドキア領に入った頃だった。
「ホッパドキア家、籠城の構え!!」
伝令の言葉を聞いて、カルド卿は私に言った。
「これは、帝国が出てきますな」
その理由は、私にも理解が出来た。
籠城というものは、援軍が期待できているから出来る戦法なのだ。
となると、王国軍のほぼすべてを敵に回して援軍が何処から来るか、という事になるのだが、もう、その答えは出ている。
ここに来て、ホッパドキア家の謀反が、ほぼ決定した。
帝国が、攻め込んでくる。
「東の守りは固いのですが、帝国がホッパドキア領に援軍を送ってくるとすると、七日間、この間に輜重をどうにかしておかないと、こちらとしては厳しい戦いになりますな」
「ホッパドキア領を先に落すという事は?」
「難しいでしょう。こちらの軍が二万、相手は約三千。攻め落としたとしてもこちらに被害が出てしまうので、その後、帝国軍と戦うには、損失が大きすぎる」
「では、帝国軍と真っ向から戦う事になると?」
「そうなるでしょう」
「相手の規模は?」
「国境に動きはなかったので、急造の軍を送ってくるでしょうから、数としては一万が良い所かと」
ただ、と、前置きをして、
「こちらの軍は、帝国との全面戦争を意図していなかったので、戦意は低い」
カルド卿はそう言って眉を顰めた。
「こちらが多数とはいえ、厳しい戦いになるでしょう」
「増援は?」
「おそらく、王都との距離を考えると厳しいと言わざるをえんな」
そうか。
状況としては、こちらが悪いと踏んでいるのか。
戦意が高まれば、こちらが優位になるのだろうが。
それも、討伐気分で来た諸侯の集まりだから、それも低い、と。
何とかする案はあるにはあるのだが。
「まぁ、それも、御前会議が開かれてからの話でしょうな」
※
御前会議が開かれたのは、ホッパドキア領に入ってすぐ、帝国との戦争を想定した陣を張った後の事だった。
各諸侯の代表に召集がかけられ、私もストーン辺境伯家の代表として呼ばれた。
さすがに辺境伯家の代表という事もあってか、養子でも、派遣した騎士数が少なくても、上の下位の席を与ええられる。
これは、発言権がそれなりにあると思っても良いという事なのかな?
さて、会議だ。
が。
いざ開かれてみると、意外と会議は難航した。
なにせ、ホッパドキア家に、ティンギルス帝国からの応援が来ると知らなかった下級貴族が結構居たからだ。
籠城を決め込んだ時点で、その辺の事は分からないのかね。
軍をホッパドキアの城から離れた位置に配備した所からも、分からないのかね。
ざわめく会議の天幕の中、静かに、
「静かにせぬか」
国王陛下が口を開いた。
ピタリと、諸侯の口が止まる。
「こちらの軍は二万、帝国の国境線に動きはなかったから、帝国としては、送って来られる軍は一万といった所だろう。ホッパドキアの軍と合わせても、こちらの方が数で優っている。私としては、鉾を交えて帝国の侵攻を未然に防ぎたいと考えているが、意見のある者は名乗り出よ」
とのお言葉に、どれ位だろうか、三割といった所だろうか、それ位の家の者が異なる意見を出した。
戦意が違う、一時撤退すべきだ、と。
無論、
「撤退したとして、貴君らは何処を戦場にしようというのだ!!近隣諸侯の領地か?それとも、王都か!?」
近隣諸侯のその反発で、何も言えなくなってしまうのだが。
当然、その諸侯自身も不利である事を理解しているのか、開戦の一言を口にする事は無い。鉾を交えたいという国王陛下の言葉を肯定するものは、ほとんど現れなかった。
国王陛下は苦々しい表情を作って、腕を組んで目をつぶっているし、ここは、仕方がないか。
「あの・・・・・」
私は喧々囂々と応酬が交わされる中で、小さく手を挙げた。
「何だ、貴君は!?」
「そのような上座に座って、何者だ、小娘」
末席の方からその様な言葉が聞こえてくる。
まぁ、注目を集めたから、良しとするか。
国王陛下も、やっと目を開いてくれたし。
「アイリ・ジル・アイリーン・ストーンと申します。ストーン辺境伯家の養子で、今回の遠征に代理として派遣されました」
「その養女が、手を挙げて何を言おうというのだ」
ええ、その事なんですけどね。
「皆様、ご意見をお聞きしていますと、兵の士気が低いから撤退を、という流れになっているようですが、兵の士気が上がれば、開戦にも前向きになられるのですか?」
一瞬の間を置いて、撤退派を扇動していた諸侯の一人が、
「そうだ」
と、答えた。
見渡すと、同調していた諸侯も私に注目している。
同じ意見のようだ。
釣れた。
私はそう思った。
「では、明日の朝、私が一騎駆けしてホッパドキア家一番の将に決闘を挑み、首を刈り取りますので、その首を以って、士気を高めてください」
「小娘が、何を言い出すかと思えば・・・・」
撤退派の諸侯たちは鼻で笑ったが、
「アイリ嬢がやると言うのであれば、それもありかもしれんな」
今まで沈黙を守っていた国王陛下が、私の案に賛同した。
「私と近衛騎士隊長と近衛騎士副隊長が束になって掛かっても勝てなかった相手だし、アイリ嬢であれば、まず、負けるという事は考えられないな」
騎士団長も、国王陛下の言葉に追随する。
そこで、諸侯たちは顔を見合わせた。
そして、今一つ納得のいっていない、懐疑的な視線を私に向ける。
そこで私は、
「槍働きには、自信がありますよ」
そう言って、にっこりと微笑んだ。
「ホッパドキア家の騎士が出てきて、こんな小娘に負けたとなれば、向こう側は相当士気が下がるでしょうね」
「まぁ、そうだろうな」
「ホッパドキア家随一の騎士が出てきて勝ったとしたら、こちらの士気は、十分に上がると考えられますよね」
「まぁ、そうだろうな」
「私は、負ける気はありませんよ」
「必ず、勝てるのだろうな」
「負けたら負けたで撤退を考えれば良いのではありませんか?こんな小娘が死んだところで、士気が下がるわけではないでしょう」
そこまで言ったところで、撤退派を扇動していた諸侯が頷いた。
「士気が上がるのであれば、それで良い」
「ありがとうございます」
私は国王陛下を見て、
「陛下、よろしいでしょうか?」
確認のためにそう聞いた。
「アイリ嬢、やってくれるか」
「士気高揚の為であれば」
「よし。では、許可する。アイリ嬢、負けるなよ」
「言われずとも、死ぬ気はありません」
こうやって、私の一騎駆けが決まった。
初の、人殺しが決まった。
さて。
どうやって相手を煽るかな。
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