44 怪しいのはどこでしょうか
決断を下したリーズディシア嬢は、私の予想を超える速さで段取りを組んだ。
翌朝には王城へと登り、行儀見習いとしてミリーネ嬢を付けると王妃様に認めさせたとの事だ。
そして、今、私を伴ったリーズディシア嬢は、その事をミリーネ嬢に伝えている。
ミリーネ嬢の反応はというと、
「え・・・・」
と言ったまま、大きな目を見開いて、固まったままだ。
ゆるくカールした栗毛の一本すら動かない。
さもありなん。
ミリーネ嬢から見たら、一番の障害となり得るリーズディシア嬢が、王太子殿下の側室になる事を率先して認めたのだから。
「よろしい、の、ですか?」
小さな身体を、より小さくして、ミリーネ嬢が絞り出すようにそう言う。
それに対し、リーズディシア嬢は、
「私はよろしくはないんだけど、殿下がお認めになった女性を排斥してまで反対するつもりは、私には無いわよ」
なんとも、もっともらしい言葉でミリーネ嬢を王妃様の行儀見習いに誘った。
人懐っこい笑顔を作って。
そう、作って。
「リズ・・・・・・作ってるのがバレバレですよ」
リーズディシア嬢だけに聞こえるよう、耳元で囁くと、
「しょうがないじゃない。私にはこれが限界よ」
との答えが返ってきた。
あー。
やっぱり、感情を理性で抑えてたのか。
しょうがないと言えばしょうがないよね。王太子殿下の浮気を、公然と認めるようなものだし。元日本人としては、受け入れ難い事なんだろう。
でもここは、異世界で。
異世界には異世界の常識があって。
「ありがとうございます、リーズディシア様」
ミリーネ嬢は深く頭を下げた。
「ミリーネ嬢。リズが認めたという事は、あくまでも貴女は側室として王宮に上がる事になるのですが、それでも良いのですか?」
一応聞いてはみるが、
「王太子殿下のご寵愛を受けるだけで、私は幸せです」
との答えが返ってくる。
本当に、良いのだろうか?
この娘は、自分が政治の道具として扱われる事になる事を、知っているのだろうか。王権に入り込もうとしている侯爵家をあぶり出すための道具として使われた後、彼女は王宮でどういう扱いをされるのか、知っているのだろうか。
寵愛など、されるのだろうか?
それどころか、冷遇されかねない事になるのだが。
「リズ」
「なに?」
「彼女は、素直で、良い娘ですよ」
「そうね」
それでも、リーズディシア嬢は、彼女を茨の路へと誘い込むのか。
「リズ」
「なに?」
「私は、ちょっと、人間不信になりそうです」
「貴女は・・・そのままで良いわ」
ある意味、彼女も心に棘が刺さっているのかもしれない。
そんな間のある答えだった。
一方、ミリーネ嬢といえば、一面のお花畑のような顔をして私達を見ている。馬鹿ではないと聞いている。勉強もできると聞いている。レベルは低いが、リーズディシア嬢と同様で、知識特化型の魔術師だから、魔術師としても有能なのは理解できる。
だが、政治的な駆け引きに関しては、私以上に素人であるように思えた。
そこが良いと思わせる娘さんなのだが。
この娘は、どこかの男爵家にでも嫁いで、政治とは関わらない世界で生きていった方が幸せなのではないだろうか。
と、そこに、
「アイリ」
と、リーズディシア嬢が釘を刺してきた。
「彼女はもう、こちらの世界に入っているの。もう後戻りはできないわ」
そうですね。
王太子殿下に近付いたのは彼女だし、その事を良しとしてきたのも彼女だ。
行動には責任が伴う。
彼女もまた、責任を負うべき人なんだ。
それを負える年齢だし。
どうなるかは分からないが、彼女にとって不幸な結末だってあり得る。
まぁ、反乱分子をあぶり出した後は、王太子殿下に任せるしかない。
※
「ミリーネ嬢を無碍に扱う気は無いぞ」
訓練場で私が王太子殿下をフルボkk・・・・・王太子殿下との訓練を終えた後、ミリーネ嬢について聞いてみた結果はそれだった。
メイジ・プルの治療を受けながら、フンッと鼻血を噴き出す。
そして。
「彼女が私を騙していたのだとしたら、私も、まだまだだと精進するのみだ」
そう言って汗をぬぐった。
騙されて、まだ自身を高めると言うのであれば、それで問題無い。成長の糧にするというのであれば、それで良い。
「いずれにせよ、リズが一番で、ミリーネ嬢はおまけになる訳ですよね」
「そうなるな」
正室はリーズディシア嬢で、ミリーネ嬢は側室であると、王太子殿下は言い切った。
「ミリーネ嬢は、幸せになれますか?」
素直過ぎる彼女も人間だ。
幸せになって欲しいものではある。
周りを固める人間が、リーズディシア嬢に牙を剝かなければ、だけど。
「・・・・・・どうだろうな」
私の問いに対する王太子殿下の答えは、懐疑的なものだった。
「その間は、ミリーネ嬢に類が及ぶ可能性が高いと踏んでいるのですか?」
「可能性の一つとして、ある、とは思っている」
そう言うと、王太子殿下は再び木剣を取って、訓練場の中心へと歩を進める。
私はそれを追って、棍を取った。
「出来れば、彼女を幸せにしたいとは思っている。悪い娘ではない」
木剣を構えながら、
「しかし、お前のその洞察力、どうにかならんのか?」
と、王太子殿下は、私に向かってそう言った。
「どうにか、とは?」
「槍の腕以上に、切れすぎるのだが」
まるで老獪な政治家を相手にしているようだと、王太子殿下は切りかかって来ながらそう文句を言ってきた。
そう言われましても、ねぇ。
齢46になるおっさんですから、ある程度の子供の機微くらいはわかりますよ。
これでも、正直に生きてきた方なんですがね。
まぁ、生い立ちについてはまだ言えませんが。
だから私は、棍を王太子殿下の木剣に絡ませながら、
「ある程度の貴族の知識を植え付けられたら、その辺は解るのでは?」
と言っておいた。
パンッと剣を弾いておいて、返す槍で王太子殿下の右肩に棍を入れる。
骨が折れた、かな?
王太子殿下は顔を顰めながら、
「その所為で、リズが危険な目に合う事になった」
不満を漏らした。
「でも、放置していたら、リズは自らの身を引いていたんですよ?感謝して頂きたいところなのですが」
私は再び、治療をメイジ・プルにお願いする。
メイジ・プルの治療を受けに、また訓練場の隅に行きながら、
「まぁ、早く解決する事です。早ければ早いほど、リズの危険も少なくなりますから」
王太子殿下に、私はそう言った。
さて。
王太子殿下も、国王陛下も、まだ誰に翻意があるのかは分かっていない状態だ。やっぱり、リーズディシア嬢とミリーネ嬢が王城に通うようになってから、相手は動き出すのかね。
誰が名乗りを上げるか、だが。
本命は、ミリーネ嬢の実家の寄り親の寄り親である侯爵家、なんだろうが。
ミリーネ嬢の実家の寄り親に翻意があったとしたら、別の侯爵家に付く事もあり得る。まぁ、ミリーネ嬢を養子にしたいと言ってきたところが本命だな。
そんな事を許す程、王権が弱っているのだろうか。
いや、独立の機運が高まっていない今は、王権は弱まっていないと見た方が良いか。
という事は、弱らせてから・・・・・・。
いや、そもそも、恩を売る機会は、あったな。
「王太子殿下」
「なんだ」
「この前のゴブリン騒動の時に、いち早く軍を動かして王都に駆け付けようとした侯爵家とかって、あります?」
「お前のその頭、どうなっているんだ」
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