21 サイド アイリーン
誰だ、こんな化け物に帯剣を許したまま謁見の間に連れて来たやつは。
私がアイリという娘を初めて見た時の感想はそれだった。
本当に、誰だ。
この娘を見て、強さが分からないのだろうか。
まぁ、このストーニアで誰も敵わない武に長けた者を連れてくると言われて、こんな可愛らしい娘が来たのだから、馬鹿にされたと思っているのかもしれないが。
それでも、冷静になれば分かるだろう。
皆、頭に血が上りすぎだ。
これは、訓練をもっと厳しくしないといけない。
私は騎士たちの在り方を見て、再度そう思った。
そして、やられたとも思った。
こんな娘が、在野に居たなんて。
リズの慧眼も、ここまで来ると空恐ろしくなる。昔から、武人を見つけてくる眼は確かなのだ。
まぁ、切り替えよう。
まずはこの娘の応対だ。
こちらには害意は無いようだが。
「ん?どうしたのかね?もっと近くに寄っても良いんだよ?」
旦那様も同じ判断を下したようだ。
だが、騎士たちはその判断に異議を申し立てたい様だった。自分の間合いを完全に把握している、生粋の戦士だと思うのだが。
まぁ、それは身をもって体験してもらいましょう。
「セバス」
「はっ」
「アイリ嬢に不服があるという者を集めなさい。全員で良いわ」
訓練場には、うわさを聞き付けた非番の騎士が、殆ど集まった。
さすがに誰も適わないと言われると、この国を守る者としての矜持が許さないのだろう。
全員がアイリ嬢を睨み付けていた。
だが。
実力が違うのよ。
最初に当たった騎士は、若手の中でも有望株とみられる者だが見事に正攻法で負けていた。
盾を崩して一撃。
あの棍の重さは相当らしい。
私と同じタイプかと思っていたが、少し見方を変える必要があるようだ。
とはいえ、二番目に当たった若手の騎士との戦いでは、棍の持ち方をわずかに変えるなどの小手先の技術も持っている。
この強さ、本物だ。
さすがに騎士隊長が出張っていったが、フェイントに引っかかって負けていた。
あのスピードも素晴らしい。
力、技術、スピードと、何一つ欠ける事の無い、完璧な戦士だ。
やり合いたい。
私は僅かに一歩前に出た。
「疼くかい?」
旦那様にそう囁かれて、
「ええ」
私は正直に今の気持ちを伝えた。
「やってくると良い」
その言葉に押されて、私は、
「素晴らしいわ」
そう声を上げていた。
「セバス」
「はっ」
「私の装備を準備して」
「はっ・・・ですが、アイリーン様・・・・」
「何度も言わせないで頂戴。こんな強い娘とやり合えるなんて機会、生きていて、まず巡り合えないんだから」
「承知いたしました」
「アイリさん」
「はい」
「少し待ってもらえるかしら?私、貴方とやり合いたいの」
「怪我、しますが、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。怪我をしても、リズが治してくれるわ」
「どの程度の怪我なら治せるので?」
「骨折程度なら一瞬よ」
「では、骨折程度で収めます」
「あら、余裕あるわね」
「若干ですが、私の方が強いと思っておりますので」
「そうね、貴女の方が、魔物を倒すのには役に立つでしょう。が、人を相手にするのに、そこまで力は必要ないの。それを貴女に教えてあげるわ」
この娘、自分に分があると思っている。
その慢心、叩き折ってあげましょう。
速さでは私の方が恐らく上だ。
技術面でも、私の方が勝っているだろう。
初見で私の剣を止めらえると思わない方が良い。
私は恐らく笑いながら、鎧に着替えた。
そして対峙する。
やはり、この娘は出来る。
構えを見ただけで判った。
「始め」
その合図で出てきたのはアイリだ。
正中線に突き、からの薙ぎ払い。
うん。
良い攻撃だ。
普通ならこれでやられているだろう。
だが、私とてこの国にこの人ありと言われてきた武人だ。
この程度でやられる訳がない。
私はセオリー通り、アイリの懐に潜り込もうと、棍をかい潜って懐に入ろうとした。
が、これが間違いだった。
訳の分からない所から、再び薙ぎが飛んでくる。
レイピア使いが一番やってはいけない事。
相手の攻撃を、剣でまともに受けてしまった。
後ろに飛ばされる。
手がしびれる程の重さを持った一撃だった。
こんな力を隠し持っていたか。
あー。
これは私の負けだ。
「うん。実戦なら、今ので私の負けが確定ね。剣を折られて、身体まで両断されているもの」
私は素直に負けを認めた。
この娘、早さを重視した槍使いかと思っていたら、こんな力任せの槍使いも出来るのか。見誤っていた。
そこからは普通に剣の相手をしてもらう事となり。
アイリには私の剣は一切通らない事が解った。
初見殺しと言われてきた私の奥の手も通じなかった。
逆にカウンターを喰らう始末だ。
この娘、本物どころか、この国で相手が出来る武人は居ないだろう。
「貴女は、恐らく最強よ」
私は惜しみない称賛の言葉を、彼女に贈った。
武の一つだけで、彼女はストーン家の養女となるにふさわしい娘だと、私も旦那様も判断した。
リズが連れて来た娘だし、ね。
二心は無いでしょう。
※
かくしてストーン家の養女となった彼女だが、武人としての力量に反して、淑女としての在り方は、まるでダメだった。
テーブルマナーはダメ。
これは貴族の世界で生きてこなかったから仕方がないだろう。
だが、歩き方などの所作が全く身に付いていないのはどういう事だろう。
普段のアイリは、あれだけの強さを見せたとは思えない程、身体の軸が出来ていなかった。
「はい、お尻が出ている」
彼女のお尻を鞭で叩き、
「今度は顎が出てきている」
言葉で矯正する。
まぁ、吸収の早い娘だったから、短期間でどうにかなったが、娘となった彼女は、まぁ、教育し甲斐のある子だった。
これから彼女は、貴族社会の縮図とも言える学院に入学する事になる。
普段私室で溶けている彼女からすると憂鬱だろう。
ストーン辺境伯家が馬鹿にされない程度にはなったが、ボロを出すのは早そうだ。
武人らしく、正直な娘だ。
そこが可愛いのだが。
仕方あるまい。
武辺者として売っている辺境伯家だから、その辺は気にも留めないから。
さて。
魑魅魍魎の蔓延る学園で。
武の一文字で暴れてらっしゃい。
私がそうしたように。
制圧しなさい。
淑女としての体裁はリズが整えてくれるわ。
あの子は、猫を被るのが上手いから。
好きにやりなさい。
この辺境の地までどんな噂を飛ばしてくるのか。
いや。
今から楽しみだわ。
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