プロローグ②
「はっ!!」
私が起き上がると、周囲は見た事のないようなヴァーチャル空間だった。
白い部屋に、白いテーブルと椅子が一組。
照明は光る天井。
いや、光る空?
こんな簡素なプライベートルームを作っている人なんて、友人の中には一人も居なかったはずだ。
フレンドリストにはフレ、少ないけど。
それに、そもそも戦争イベが終わったら自分のプライベートルームに飛ばされるはずだから、こんな部屋で起きるなんて事はあり得ない。
バグ、か?
そう思っていると、
「バグでも何でもないよ」
後ろからいきなり声を掛けられた。
ぞわっと、悪寒が走る。
瞬時に振り向き、戦闘態勢を取る。
この感覚、ゲームを始めてから一度として味わった事のない、所謂恐怖という奴だった。
46年という年月を生きてきていても、日本でなら、そんな経験をする奴なんていないはずだ。
ゲームでも、リアルでも、こんな経験なんてするわけがない。
「そうだね、ここは、ゲームでも、リアルでもないよ」
ぞわっと、再び悪寒が走った。
こんな。
こんな。
こんな、子供に悪寒を感じる筈はない。
黒目黒髪の、十代前半に差し掛かったような、子供としか思えないこの存在に、悪寒を感じる筈が無い。
そう思っても、考え直しても、悪寒は止まらなかった。
「まあ、仕方ないよ。普通の人間の魂が神と会うんだから、多少の恐怖を感じてもね。それでも、君はまだマシな方だよ」
マシ?
「普通なら恐怖で思考も停止するはずだからね」
神?
「そう、神様」
魂?
「そう、魂だね」
どういう事だ?
「君はね、死んだんだよ。僕が君を殺して、魂を抜き取ったんだ」
死神という単語が頭を過る。
が、その子供の顔をした神とやらは、
「違うよ、僕は死神みたいなちっぽけな神様じゃないから。僕は、君の居た世界の並行世界を管理する、責任ある立場の神様なんだよ」
そう言って私の思考を指摘した。
となると、だ。
小説で王道となる。
異世界転移、か?
「そうなるね」
平然とそう言う神とやらは、私の思考をトレースして肯定してきた。
そこからの説明はこうだ。
曰く、並行世界で生きていた魔術師が、限りなく人間に近い、というか人間の器を作ったらしい。
が、魂を宿す事が出来なかった。
それは当然の事らしい。肉体に魂を宿す事が出来るのは、神にしかできない所業なのだそうだ。それを魔術師に神託として伝えた。
すると。
魔術師は神に祈りを捧げ、自らの命を代償に、後事を神に託した。
「信心深い魔術師でさ」
神はその願いを聞き入れる事にしたそうだ。
だが、器に見合うだけの魂を持った人間が、並行世界には居ない。そこで目を付けたのが私らしい。
そんなに、私の魂に力があるのか。
「力がある、云々じゃなくてね。器との相性の問題なんだよ。君の分身であるアイリ、あれとそっくりの器を作ったもんだからさ。中身である君しか居なかったんだよ」
私しか適任者が居なかったと。
「そうなんだよね」
だから、私を殺して、魂を抜き取って、その人間の器に移す事にしたと。
それ。
勝手が過ぎないか?
私が転生を望んだわけでもないのに、神の勝手な意思決定で私は殺されて、新たな世界に転移させられるって事になる。
そういう話を読んだ事はあるが、私は異世界に夢を見た事はあるが、実際に行くとなると素直に喜ぶ事が出来ない。
「まぁまぁ。君のアバター能力も装備も引き継ぐから、新しい世界で苦労をする事は無いと思うよ。悪い事じゃないから、素直に行ってくれないかな」
拒否権は?
「無いよ」
即答する神様の言葉を聞いて、溜息を吐きたくなった。
日本には家族と言える人も居ないし、まぁ、良いんだけど。
歳を取って、どこか違う世界に行きたいと思っていたのも事実だ。
「じゃぁ、決定だね」
決定だね、じゃないよ。
言語は?
行ったはいいけど、言語が通じなくて詰む、なんて話も結構あるぞ。
「喋れるようにもしておくし、読み書きも出来るようにしておくよ」
もう一声。
「アイテムボックスも付ける。お金も、手持ちの金貨をそのまま入れておく。それでどうかな?」
どの程度入る?
手持ちといえば26億3000万程度だけど、どれくらいの事が出来る?
「城一個。お金の価値は向こうに行ってから聞いてね、ある程度の資金にはなる筈だよ」
おーけー。
あとは、
「分かったよ。鑑定も付けるし、ステータスも見えるようしておく。結構レアなスキルだから、バレないようにしてね」
それで良いよ。
「じゃぁ、そろそろ・・・・・・」
いや、待て。
「何だよ」
新しい世界って、どんな所なのさ。
そこを聞いておかないと、どう生きていけば良いのかも分からない。
そこは、聞いておかないと。
と、神様を見ると。
神様は一言、
「君のやっていたゲームの世界と大して変わらない世界だよ」
つまり、魔物の跋扈する、世紀末な世界だと。
「意外と平和だよ」
それは私視点で?
「そうだね。まぁ、戦争なんかはあるけど、普通に生活をしていたら関わり合いにはならないと思うよ。普通に生活をしていたら、ね」
それは、フリか?
言葉の裏を突けば、戦争に駆り出される事もあるって事か。
「すべては君次第さ。森の中に引きこもるもよし、冒険者になってお金を稼ぐのもよし、君の好きに生きていけば良いよ」
つまり、勇者だとか、そういう役割は無いと。
「僕の目的は、魔術師の願いを叶える事だからね。あとは好きにしたら良いよ」
そっすか。
「じゃぁ、そろそろ飛ばすね」
おーけー。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
じゃない。
アイリと同じ身体に魂を移すって言ってたよな。
「そうだよ」
アイリは、女だよな。
「そうだよ」
私、男なんですけど。
おっさんなんですけど。
「知ってるよ」
知ってるよ、じゃない。
おっさんが、十七八の女の子の身体に入り込むって。
何の罰ゲームだ。
「じゃぁ、行ってらっしゃい。次に会うのは、君が死んだ後になるね」
いや、ちょっと・・・・・。
「行ってらっしゃい」
その言葉を最後に、私の意識はブラックアウトした。