12 初めての来客がありました
森の邸宅に戻ってからの生活は、変り映えのしないのどかなものだった。
ゴブリンを狩り、たまにオークを狩り、あとは家でのんびりと暮らす。変わった事といえば、私も村に同行して魔物の素材を卸す位のものだろう。
私が行った方が、アイテムボックスがあるぶん素材を無駄にしないのだ。
村の人とも、交流を深めた。
冒険者とも仲良くなった。
下心があるのはありありと判るが、それでも内面も見て私が良いと言ってくれる相手ばかりだ。悪い気はしない。良い人ばかりなのだが、子供みたいな、しかも男となんて付き合う事は考えられないから心苦しくもある。
まぁ、諦めてくれ、青少年達よ。
という事で、酒だけは控えているのだが、概ね私の生活は安定している。
今日もホムンクルス達に作ってもらった焼き菓子を前に、自室でお茶の時間を楽しんでいたりする。
日和も良い。
「あー、今日は、もう、なーにもしね」
溶けちゃっても良いよね。
ゴブリンも間引きしたし。
手伝ったし。
「メイニー・プルものんびりしたら?」
私は後ろに控えるメイニー・プルに声をかけた。
「いえ、私の喜びはアイリ様のお世話をさせて頂く事ですから、遠慮させて頂けます」
「あ、そ」
まぁ、うちのホムンクルス娘なら、そう答えるだろうね。
予想できた事だ。
でも、気長に誘ったら、いつかはデレてくれるような気がする。それまでは、こうやって誘ってみよう。
いつかはホムンクルス娘と一緒にお茶をするんだ。
うん。
娘とお茶をする感覚だな。
楽しみだ。
そんな事を考えていると、
「むっ」
不意に、メイニー・プルが声を上げた。
「どしたの?」
のんびり気分でそう声をかけると、
「来客のようです」
と、少し苦そうな顔をして、メイニー・プルはそう言った。
「お客様?誰?」
「騎士が五名ほどで、フェンデルトン公爵家の家紋入りの蠟封がされた封筒を携えてきたようです。どうやら、やんごとなき方がここにいらっしゃるようですね」
「ここに来るの?」
また、森の路を抜けて来るとか、公爵家ってのも、フットワークが軽いな。
あれだろ?
うちの領主である辺境伯よりも位が上の貴族様だろ?
「公爵家と言えば、王家の血を色濃く引く家の方です」
「なんでまた、そんな人がうちに来るんだろう」
「さて、こればかりは何とも言えません。ただ、フェンデルトン公爵家と言えば、辺境伯様の奥方がフェンデルトン公爵家のご令嬢であった関係上、ここの領主様とも繋がりがあってもおかしくはないのですが」
ストーン辺境伯と私の生みの親である魔術師は薄くも親交があったらしく、その繋がりで公爵家の人間がここに来るのではないかという予想を、メイニー・プルは立ててくれた。
まぁ、それでもストーニアに呼び出せば済むだけの話だろうに、何でまた、こんな田舎の村まで押し寄せてくるんだろうか。
「さて、そこまでは何とも言えませんね」
「で、誰が来るの?」
「辺境伯様の奥方の妹である、リーズディシア・エル・アンリ・フェンデルトン嬢がお見えになられるとか」
「お嬢様か」
フットワークが軽いとは思っていたが、深窓のご令嬢がここまで来るのか。
馬は辛うじて入れるが、馬車なんて、とてもじゃないが通れるような道はないぞ。
という事は、だ。
そのご令嬢も馬で来ると思って良いだろう。
やんちゃな娘が来るんだろうな。
その時の私は、そんな事を考えていた。
※
が。
次の日にやってきたのは私の想像とは全く違ったご令嬢で。
「リーズディシア・エル・アンリ・フェンデルトンです。よろしくお願いいたします」
馬から降りた彼女は、完璧な淑女の礼をして見せた。
私には絶対に出来ない振る舞いだ。
「アイリです」
リーズディシア嬢が手を出してきたので、握手をして邸宅の中へと誘う事しかできなかった。
それだけ、美しい娘だった。
ちょっと気が強そうだが、完璧に手入れされた黒髪、つぶらな黒目、小さな口と筋の通った鼻、全てが完璧な娘だった。
それでいて、その美貌を武器としない、独り立ちした娘。
十七八と、私と同年代だが、成熟した雰囲気も感じる。
あと胸。
私には絶対に真似できない武器を、彼女は持っていた。
「私を、どう見ました?」
そんな事を聞いてくる。
視線だけでそこまで見抜くか。
「出来る娘さんですね」
「そうですか」
リーズディシア嬢は、ふっと笑みを浮かべた。
あ。
この娘。
腹に一つや二つ、何か抱えているわ。
「貴女も、出来る娘さんですね」
まぁ、四十六年生きてますからね。
それなりの人生経験はありますよ。
まぁ。
「腹の探り合いは好きではありませんがね」
「そうですか」
というか、出来ません。
正直に生きてきた者ですので。
お貴族様の腹の探り合いなら、余所でやってくださいな。
「なら忌憚なく、正直に言いましょう」
リーズディシア嬢は、私を見上げながらこう言った。
「私の部下になる気はありませんか?」
※
「よろしいのですか?」
メアリー・プルがリーズディシア嬢一行を見送る私に声をかけてきた。
心持ち心配そうではある。
が。
「良いんです」
私にはリーズディシア嬢の申し出を断る理由があった。
確かにいい条件を提示された。
親も居ない、身分もはっきりとしないただの小娘に提示するには、破格と言っても良い。
なんせ、フェンデルトン家お抱えの騎士だ。
しかも、リーズディシア嬢に常に寄り添う近衛騎士だ。
リーズディシア嬢が言うには、そこいらの貴族に仕える騎士と身分は全くの別物だそうだ。それはそうだろう。王族に近しい公爵家と貴族の頂点とも言える侯爵家では血の濃さという点で雲泥の違いがあるのは私にも理解が出来た。
だが。
私はリーズディシア嬢の為人を知らない。
断る理由の一つだ。
そして。
何故、名前も売れていない、素性も解らない私を、訪ねてまで部下にしようとしているのかにも疑問が残る。
さらに。
これが最大の理由になるのだが、一回で諦めるようならそれまでだ、という事だ。
「私が生きてきた世界にはね、三顧の礼という言葉があってね」
商王だったかな。
名前も知られていない人材を迎えるのに、よく使われていた手でもある。
これでリーズディシア嬢が怒って迎えないというのなら、それまでなのだ。
「折角、確たる身分が手に入るというのに、飛びつかないのですね」
「そこまで間抜けじゃないですよ」
そう。
いかに信頼のおける仕事先であれど、飛びつくには情報が欲しい。
もっとリーズディシア嬢を知りたい。
彼女の部下になるのは、それからだ。
「彼女が、仕えるにふさわしい人物か、これから見極めていきたいものですね」
だから、諦めないで欲しいな。
まぁ、去り際のあの顔なら、もう一度来るだろ。
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