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姫とドラゴン



フィルは姫の元に駆け寄り、杖を振った。空気が震え、暗いオーラがわずかに揺らぐ。それでも、それ以上の変化はない。何度試みても、呪いの鎖はびくともせず、彼女の力を嘲笑うかのように輝きを増している。焦燥が胸を支配し、フィルは振り返った。


「エイレン、どうしよう…!」

叫び声は半ば泣き声に変わっていた。


「お嬢様…」エイレンは険しい表情で答えたが、その目にはわずかな迷いがあった。考えても考えても、目の前の問題を解決する術は浮かばない。横を見ると、ログも姫を包む魔力を操作しようとしていたが、彼の額に浮かぶ汗がその困難さを物語っていた。


「勇者様でも…」エイレンの声が掠れ、彼らの絶望感をさらに深めた。


呪いの鎖も暗いオーラも、すべてが金色のドラゴンの圧倒的な力に支配されているのだと理解せざるを得なかった。


一方、マルセルや騎士団たちは死力を尽くしてドラゴンに挑んでいた。剣が閃き、魔法が火花を散らす。しかし、ドラゴンの金色の鱗はすべての攻撃を弾き返し、その巨体は地を揺るがせ、騎士たちを次々に押し返していく。


「こんな化け物に勝てるわけがない…!」

誰かの叫び声が絶望に拍車をかけた。


その時だった。ログが一歩前に進み出た。全員の目が彼に集まり、戦場のざわめきが瞬時に静まり返る。ログはドラゴンをまっすぐ見つめ、静かに問いかけた。


「おい、お前は賢者ドラゴンか?」


ドラゴンの巨大な頭がゆっくりと持ち上がり、鋭い金色の瞳がログを射抜いた。低く震える声が場を支配する。


「そうだが…お前は普通の人間ではないな。何者だ?」


ログは一瞬も目を逸らさず、毅然と応じた。


「お前の知恵を借りたい。」


騎士たちは驚き、動きを止めた。「知恵を借りる…?ドラゴンを倒すのではなく…?」その疑問が彼らの間に浮かぶ。


ログは振り返らずに言い放った。「そんなのは後でだ。」


再びドラゴンに向き直り、静かな声で続ける。


「何者かと聞かれたな。俺はログツィーノ=リューヴェンだ。この呪われた指輪と契約して、封印されている。呪いを解く方法を教えてくれ。」


ドラゴンは姫の指にある指輪に目を留め、低い溜息をついた。


「…セイラか。かつて、この世のすべての魔法を司る石だった…それが分裂し、指輪や腕輪に姿を変えた。争いが絶えず、封印されたはずだが…なぜお前がそれを?」


ログは眉をひそめ、静かに語り始めた。


「300年前、僕の街に魔物が現れた時、父がそれを持っていた。それで僕は指輪と契約し、戦ったんだ。それからずっと、この呪いに縛られてきた。」


ドラゴンはその話を黙って聞き、重々しく頷いた。


「そうか…あの時、魔物の残党を討ったのはお前だったのか。ならば理解した。」


「教えてくれ。この呪いを解くにはどうすればいいんだ?」


ログの眼差しは真剣そのものだった。賢者ドラゴンは深い溜息をつき、ゆっくりと答えた。


「すべてのセイラを集め、元の石に戻すしかないだろう。セイラは誰でも扱えるものではない。お前の強い意志が、それを選んだのだ。本当に、その力から解放されたいのか…?」


ログは視線を伏せた。声がかすかに震える。


「…もう、孤独は嫌なんだ。」


その声を聞き、騎士団は互いに顔を見合わせた。前に進み出たロウェン団長が冷静に問いかける。


「ともかく、そのセイラとやらを集めればいいということなんだな?」


ドラゴンは頷き、答えた。「恐らくそうだ。場所はその指輪が示すだろう。だが、賢者といえど、すべてを知っているわけではない。」


ログはその言葉に軽く頷き、深く息を吐いた。「助かった。それじゃ…」


次の瞬間、ログの目が鋭く輝いた。



「申し訳ないが、姫を助けるために、お前を倒す。」



ログは剣を抜き放つと、刃を金色のオーラで覆い尽くした。その輝きは戦場の空気を切り裂くように広がり、まるで太陽そのものが地上に降り立ったかのようだった。剣を握る手に力を込め、ログは一気に駆け出した。


「みんな、下がれ!」ロウェン団長が叫ぶ。


騎士たちはその声に従い、一斉に戦場の外縁へと下がった。彼らの視線は、次に起こる出来事への恐れと期待に揺れている。フィルもエイレンもただ黙ってログの背中を見つめるしかなかった。


ドラゴンの巨大な瞳がログをとらえ、その喉奥から低い唸り声が響き渡る。「人間風情が…」


だがログは怯むことなく、渾身の力で剣を振り下ろした。一撃目が放たれた瞬間、空気が震え、大地が揺れる。金色の光が刃から放たれ、ドラゴンの鱗に鋭く突き刺さる。衝撃で周囲の瓦礫が吹き飛び、砂塵が舞い上がった。


「すごい…」誰かがそう呟くのが聞こえた。


ドラゴンは怒りに満ちた咆哮を上げ、強烈な爪で反撃を試みる。しかしログは寸分の狂いもなくそれをかわし、二撃、三撃と繰り出していく。その動きは、恐怖ではなく覚悟に支えられた者のものだった。


「この程度か?」ログの低い声が戦場に響く。


ドラゴンの尾が唸りを上げて地を薙ぎ払い、巨大な岩を砕く。その衝撃に、周囲の騎士たちはさらに距離をとらざるを得なかった。


「お嬢様、大丈夫ですか…?」エイレンがフィルを庇って問いかけるが、フィルは目を見開いたまま言葉を失っていた。


ログの剣が放つ光がさらに強まる。ドラゴンの魔力の波動が周囲に押し寄せる中、彼はわずかに口元を歪めた。「これで終わりだ。」


剣が最後の輝きを放ちながら、ドラゴンの胸元へ深々と突き刺さる。金色の光が爆発し、閃光が一瞬周囲を包み込んだ。


「すごい…すごすぎる…!」

騎士たちが距離を取ったまま、呆然とその光景を見つめる中、ドラゴンの巨体がついに崩れ落ちた。


大地が振動し、ドラゴンの目が閉じられると同時に、姫を縛る魔法の鎖が淡い光を放ちながら消えていく。ログは荒い息をつきながら剣を引き抜き、静かに振り返った。


「これで…終わった。」


その声が、戦場に残った者たちの胸に静かに響き渡った。



「姫様!ご無事ですか!」

マルセルとロウェン団長が駆け寄ると、姫はうっすらと目を開けた。


「ええ…」


しかし、賢者ドラゴンは苦しげな声で呟いた。


「な、なんてことを…!」


その声にフィルは眉をひそめ、ドラゴンに問いかけた。


「どういうこと…?」


ドラゴンは悔しげに呻く。


「せっかく…こんな人目のつかないところで、危険な姫を幽閉していたというのに…」


「え…?」



姫こそが危険な存在だった…? 彼らの頭には新たな疑問が渦巻き始めた——これが本当の試練の始まりだとは、誰も予想していなかった。

  



鎖から解放された姫に、マルセルが駆け寄り、姫を抱え起こした。

「セリーナ姫!目を覚ましてください!」

すると姫はうっすらと目を開け、マルセルに微笑みかけた。

マルセルが「姫様…」と微笑みを返すが、

突然、姫が何かを呟いた。次の瞬間、彼女を覆う闇がじわじわと広がり、抱えていたマルセルは息を呑んだ。

「姫様…?」と声をかける間もなく、塔の屋根の窓が勢いよく開き、巨大な影が現れる。


「なんだ、あれは!」マルセルの声が震えた。


影の正体は、大きな翼を広げた二匹の鳥だった。クマほどもあるその巨体が、猛スピードで飛び込んでくる。羽音とともに巻き起こる風圧に、場の空気が一気に乱れた。


「信じられない…!!」

フィルはその異様な光景に目を見開いた。


鳥たちは姫の周りに素早く舞い降りると、鋭い爪で彼女を掴み上げ、あっという間に宙に浮かび上がった。姫は空を見上げながら微笑み、優雅に言葉を紡ぐ。


「助かったわ、勇者様。」


その声に、場の全員が凍りついた。


「姫様!どうしたのです!お父様がお待ちですよ!」

マルセルとロウェン団長が必死に呼びかける。


しかし、姫は冷ややかに首を振り、答えた。「悪いけど、あそこへは帰らないわ。行くところがあるの。」


誰もが理解できず、頭の中には疑問符が浮かぶばかりだった。


ログは一歩前に進み、冷静に口を開いた。

「おい、なんだかよくわからんが、城に戻ってもらわないと困る。」


姫はその声にゆっくりと振り返る。「あなた…名前は?」


「ログツィーノ=リューヴェンだ。」


その名を聞き、姫の瞳が一瞬輝いた。

「ログツィーノ…古い本で見た勇者の名前と同じね。私を解放してくれた勇者…覚えておくわ。」


姫はゆっくりとログに歩み寄る。その姿には威厳と冷徹さが混ざり合い、誰もが言葉を失った。


「でも勇者なんて厄介なだけ。消えてもらうわよ。」


「なに…?」


姫の声が終わると同時に、彼女の手から黒い影が伸び、ログの胸に突き刺さった。それはまるで生きているかのようにうねりながら、黒い糸のようにログを貫いていく。


ログは苦痛に顔を歪め、その場に膝をついた。エイレンが悲鳴を上げ、駆け寄ろうとする。

「勇者様!」


だが、姫は冷ややかにエイレンを無視すると、鳥たちの背に乗り、窓の外へと飛び立とうとしていた。


「待って!どこへ行くの!?」フィルが叫ぶ。


「姫様!お父様が…国王がお待ちです!」マルセルも必死の声を上げる。


しかし、姫は振り返らずに微笑み、冷たく言い放った。

「もうあそこへは帰らないって言ってるでしょ。」


その声は鋭い刃のように響いた。

「せっかく力を手に入れたんですもの。私を絶望に落とした奴らに、仕返しにいくのよ。」


その言葉に、フィルもエイレンも騎士団たちも息を呑んだ。彼らが命を懸けて守ろうとした姫が、自ら破滅の道を進もうとしている――誰も予想だにしなかった展開だった。


「とんでもないことになった…」

ロウェン団長が青ざめた顔で呟く。


姫の巨大な鳥が宙へと舞い上がり、その姿は闇に溶け込むように消えていった。


静寂が戻る中、フィルが空を見上げながら震える声で言った。

「…絶望に落とすって…姫様は、いったい何をしようとしているの?」


だが、その問いに答える者は誰もいなかった。


ログは膝をつき、胸を押さえながら荒い息をついていた。青ざめた顔に汗が流れ、手を震わせながら前に差し出す。「くそ…」と呟きつつ、わずかな力を振り絞り、賢者ドラゴンの方へと手を伸ばす。


かすかな金色の光がログの手のひらから溢れ、倒れていたドラゴンの傷を癒やしていく。ドラゴンは苦しげな息を整えながら、その瞳をログに向けた。


「…申し訳ないことを、した…人間よ。」


ログは力なく笑い、「…こっちこそ、だ…気にすんな…」と呟くと、力尽きてその場に崩れ落ちた。指輪へと戻ったログの存在は、フィルの指に重く収まる。その冷たさに、フィルは涙をこぼしながら指輪を握りしめた。


「ログ…!お願い、無事でいて…!」


一行は姫の行動に衝撃を受けつつも、次の行動を模索する。ロウェン団長が重々しく口を開いた。

「まずは状況を整理して、次の手を考えねばならん。」


フィルは涙を拭い、気丈に立ち上がる。「姫様を追わないと…!」


その時、マルセルが思いついたように叫んだ。

「姫は…隣国へ向かったに違いありません!あの婚約破棄された隣国へ、きっと何かしに行くつもりです!」


ロウェン団長は一瞬驚いたが、すぐに決意を込めて頷いた。

「わかった!すぐに使いを出し、国王陛下に報告する!」


姫の行動を止めるため、彼らは動き出す。彼らの胸に浮かぶのは、止めることができなければ世界がどうなるかという、深い不安だった。




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