第二十六射 今夜は月が綺麗ですね
「『いたぞ!あそこだ!』」
「『奴を殺せ!この国をめちゃくちゃにした悪魔だ!人の皮を被った化け物だ!』」
「『はぁ………はぁ………もう、もういいの。私を捨てて、あなただけでも逃げて………………』」
「『バカなことを言うな!共に地の果てまででも逃げると言っただろう!』」
「『でも、もうダメ………………だから、あなただけは逃げて!自分が死ぬことに抵抗も恐怖もないけれど、あなたが死ぬのだけは耐えられない!』」
「カット!」
スミスさんの鋭い指示が教室に響き渡る。
何を隠そう、今の私たちは劇の練習中だ。脚本を書くのにそこそこの時間がかかってしまったのでスケジュールがかなり押しているが、なんとか練習開始まではこぎつけた。もう本番も近いし、ほとんどの人がセリフも暗記できてきたけど………………
「どうだ、俺の迫真の演技は!今にも殺されそうな気がしただろ先生よぉ!」
「すごい棒読みだったけど………………」
「うるせえ!ドジすぎて出番減らされた奴は黙ってろ!」
う、何も言い返せない………………私、サターシャ・降星・メルベルンはあまりに愚鈍すぎてセリフも覚えられず、ことあるごとにコケるのを見かねられて出番を大幅に減らされたのである。まあ敵役なんてやりたくもなかったし、そもそも劇に出たくなかったので私にとってはありがたいのだが。
「なら私になら発言権はあるな。おいバルデ、棒読み過ぎるぞ!」
「うん、棒読みだったよ」
「梔子に先生まで!?ちくしょう、せっかくセリフ暗記してきたのにこんな扱いかよ!」
「それに関しては皆一緒だからね。バルデは土俵に上がっただけだぞ?」
「くっ、言い返せねえ………………」
へっ、言いくるめられてやんの。これも私をバカにした罰である。
まぁ、そんなこんなで平和にヴェルメイユ祭までの日数が消費されている。
ただ一人を除いて。
先ほどまでの迫真の演技はどこへやら、死んだ魚のような目の焦点は若干合っておらず、小さな声でぶつぶつと呟きながら床に座り込む小柄の少女。いや、正確には女性と呼ぶべき年齢の人。そう、ミル先生である。
つい先日あたりから急に先生がミル先生を避け始めたようだ。その理由は知らないが、おそらくそれが原因でミル先生はああなっている。正直言って怖い。あの状態のミル先生にはとてもじゃないが話しかけられない。のでさっさと元に戻ってほしいのだが………………
「えっと、降星さん。今少しいいですか?」
「~~~~~っ!?!?」
「うわっ!?驚きすぎです!私です私、レイン・スミスですよ!」
突然話しかけられて声も出せなかった。これ結構陰キャあるあるだと思うの私だけですか?
それはそれとして、以前の愛らしい雰囲気はどこへやら、最近は熱きラブコメの伝道師と化したスミスさんが話しかけてきた。脚本にまだ都合の悪いところがあったのだろうか?
「ご、ごめん!話しかけられる心の準備ができてなくて…………えっと、何か脚本に不都合でもあった?」
「いえ、不都合があるのはフィクションの方じゃなくて、ノンフィクションの方なんですが…………」
スミスさんは、一拍置いて。
「最近ミル先生から、純愛サイコホラーのオーラを感じるんです………………!」
と言った。
純愛サイコホラーってなんだよとかあんたのセンサー感度上がりすぎだろとか色々言いたいことはある。だがしかし、これがもし私が感じている感覚と一緒なら………………
「その話、詳しく」
教室の隅ですごい怖い顔をしているミル先生を何とかできるかもしれない!
◇
「実は私、見ちゃったんですよ!」
「ほう」
「あれは、つい先日のことでした………………」
「私は脚本の完成を先生に伝えに職員室へと足を運んでいました。留意してほしい点やなんやかんやを伝え、私は一足先に職員室を後にしたんですが………………その時、感じちゃいまして。物陰に隠れて息をひそめ、職員室の方を凝視していると………………」
「していると………………?」
「先生が女性と連れ立って職員室から出てきたんです!しかもそのまま宿直室へ直行したんですよ!?こんなのもうあれがああしてああなってこうなってそんなこんなであーんな関係になっちゃったに違いありませんよ!ねぇ!!!!」
なるほどなるほど、つまるところ、スミスさんが言いたいのは、『先生はその女性と恋仲(もしくはそれ以上)になってしまったのでなにかと近寄ってくるミル先生を遠ざけようとしている』ということだろう。
………………そんなことあるか?
むしろ今まで先生とミル先生との仲はすこぶる良好なように見えたし、先生が距離を置こうとするのもあくまで体裁を気にしてのものだと思っていたけど………………ええい、恋愛についてからきしな私が悩んだところでダメだ!思考放棄しよう!
「そうかもね。そうかもしれない。うん、そんな気がしてきた。そうだよ!スミスさん!早速証拠を集めて………………どうするの?」
「ど、どうしましょうか………………私としては平和なイチャラブが見られれば十分なんですが、今の状況はかなり厄介ですよね。ミル先生の想いは先生に、先生の想いはその女性に………………という三すくみ未遂みたいな感じですし」
そう、スミスさんの出した結論で行くと、目下一番の目標である恐ろしい顔をしたミル先生を元に戻すことはできない。むしろ悪化してしまう………………あれ以上の悪化なんて想像もできないんですけど。
「と、とりあえずその女の人について調べてみようよ!もしかしたらスミスさんの勘違いって線もあるかもしれないしさ!」
「うーん、そんなことはないと思うんですけど………………あの女性からは『近いうちにラブコメの波動を発し始める波動』が検知できましたし」
未来のラブコメまで検知できるようになってるのか………………
友人の成長(?)を喜ばしく思えばいいのかどうなのか分からぬまま、私たちは潜入調査を決行することにした。
◇
「はぁ…………疲れた………………」
「あら、ずいぶんお疲れね。はい、これあげる」
最近俺と峯岸先生のたまり場と化している宿直室での会合も、これで何度目だろうか。峯岸先生がくれた缶コーヒーを開け、眠気の溜まった頭をカフェインでぶん殴る。とても爽快とはいいがたいが、これでどうにかまだ動けるだろう。
「最近どう?あのクソガキ。私は別のクラスの担任だしあんまり会うことはないけど、ちらっと見た感じかなり効いてるみたいじゃない?」
「かなりどころかめちゃくちゃに効いてるでしょうね………………最近はついに話しかけてくることすら辞めちゃいましたから」
「そう?ならよかったじゃない。なーちゃんの方の目的はかなり達成できたとみていいんじゃない?」
「いや、それなんですけど………………やっぱり、俺が求めてたのはこんなのじゃないです。今の俺って、どう見てもただのいじめっ子じゃないですか………………」
「ふーん。ま、これがあんたの望みじゃないって言うならあんたの望みが叶うことは一生ないでしょうね」
「………………何でですか?」
「分からない?あんたの望みは、はっきり言ってただの自己満足よ。どうやら他人のためを口実にしてるみたいだけど、実際毛ほどの役にも立ってないのが一目瞭然でしょう?」
「あなたに俺の何が分かるんですか?」
まるで俺の中を覗いたとでも言わんばかりの言い草に少し腹が立ち、つい強い言葉が出てしまう。
「あら、言ってなかったかしら?私の異能は『彼方の境地』。ちょっと人には見えないところや聞こえないところまで聞こえてきちゃうのよ」
「それは聞きましたけど………………前回は『感知できない』とかなんとか言ってたじゃないですか」
「全部、とは言ってないでしょ?………………でも、あんたは本当に特別なのよ、なーちゃん。今までこの異能で少しでも感知できないことがあったのは、七色かあんたくらいだもの………………」
いつもの横柄な態度とは打って変わり、悲し気な雰囲気を見せながら語る峯岸先生。あぁ、そうか。彼女はきっと気付いている。彼女は決して、ミル・ラガン・ドラグノフには勝てないということを。それでも彼女は、どうしても負けられない戦いに勝とうと、足掻いているのだ。自らの存在意義………………『最強の狙撃手』という称号のために。
「すみません…………口が過ぎました」
「ええ、そうね。流石の私も嫌なところを晒してわりかし傷ついたわ。だから…………」
その大きな胸に、多くの空気を吸い込んだにも関わらず、彼女の声はか細いものだった。
「ちょっと…………付き合って、くれる?」
◇
峯岸先生に連れられ歩いて向かった先にあったのは、小さな移動式の屋台だった。既に夜闇が支配する世界に抗うかのように、提灯の赤い光が俺たちを照らす。
「おひさ~!最近ご無沙汰だったけど元気してたかしら?」
「ぼ、頭領!?じゃなくて峯岸さん!久しぶりどころの騒ぎじゃないですよ!急に出て行ったと思ったら………………」
屋台の中では熱々のおでんが煮え、渋渋のおっちゃんの目頭からも吹きこぼれがあふれだしていた。というか誰だこの人。頭領ってなんだよ。
「とりあえず大和酒二人分!キンキンのやつね!」
「へい!…………と、ところで峯岸さん。そちらの方は………………?」
おっちゃんの視線が俺の方へと向く。まあ流石に昔の知り合いが男連れてきたら驚くだろう。
「この子?なーちゃんよ。私の彼」
「どうも、なーちゃんとか呼ばれてますがただの名無しです今なんて???」
私の彼?
私の?
彼?
「ちょ、ま、待ってください峯岸さん。どういう状況ですか!?何が起きてるんですか!?交際開始した記憶もそもそも告白したされた記憶も微塵もないんですが!?」
「そうよね。だって冗談だもの」
ぬぁぁぁぁ何なんだこの人は!!!!!!いつも酷いが今日はいつにもまして酷い!戯れが過ぎる!
「えっと、結局どういう御関係で………………?」
「ただの同僚です!」
「そ、そうですかい………………」
もう何も言わせまいと爆速で返事を返したのが功を奏したのか、峯岸先生は詰まらなさそうに唇を尖らせている。まさかこんなところで戦場で磨いた反射神経を使わされるとは思ってもみなかった………………
軽くため息を吐いていると、おっちゃんが携帯式冷蔵庫を開けて冷えた大和酒を二本出してくれた。
「飲みなさい。私のおごりよ」
「いや、でも………………」
「いいから飲みなさいって」
俺一応未成年なんだが………………ま、まあこの世界の法律では飲酒は十八からオッケーだ。俺の年齢ならセーフセーフ………………逆治外法権だよな!
と、なんとか未だに日本から離れられない俺の魂を無理やり納得させ、瓶の酒を一気に煽った。
う、なんというか………………
「苦い…………」
「あら、お酒初めて?じゃああんたの初飲酒は私がもらっちゃったって訳ね!」
何がうれしいのか、既に瓶を一本空けて真っ赤な顔で盛大に笑う峯岸先生。そんな彼女とは対照的に、瓶の酒を出してもらったコップに注ぎ、ちびちびと舐めるように飲む俺。うぅ、不味い。
「………………私ね、ヤクザの頭領だったのよ」
………………これまた唐突だな。
「ヤクザって言っても、反社会的な活動をしてたわけじゃないわよ?やってたことと言えば、かつてあのクソガキがやってたこととそう変わらないわ。構成員も、七色と似たようなことをやってたのよ」
となると、この星にサテライトが現れる前………………そんな時代の話だろうか。この国を領土として、色々な勢力から守っていたということ………………なのか?本当か?
「余所の国の裏側と繋がりのあるお偉いさんを消したり、秘密裏に攻め込んできたマフィアどもをつぶしたり………………今思えば、あの時の私が一番輝いてたのかもね」
本当だった………………隣で既に五本の瓶を空け、提灯と見紛うほどに赤く火照った顔で崩れる大根を睨みつけながら箸で格闘する女性が、なんだか急に恐ろしい存在に思えてきた。
「ちなみに、今が一番落ちぶれてるわ」
「はあ、なんでですか?」
結局ボロボロになってしまった大根を諦めたのか、こんにゃくをつまんで口に放り込む。おでんの汁が胸元に垂れ、赤い模様を作る。それがまるで、何かに貫かれた傷跡の様に見えて………………
そんな俺の思いなど意にも介さず、彼女は、流石に熱かったのか数度咀嚼しただけのこんにゃくを酒で流し込み、俺に箸を向けて、呟いた。
「なーちゃんのことが、好きだから」
お久しぶりです、唸れ!爆殺号!と申す者です。こちらではそこまでお久しぶりでもありませんかね?色々立て込んでおりまして執筆が滞っておりましたが、ようやく続きを出せました…………
かつて頂にいた彼女が吐露した心情は、誰かを羨んでしまう今の自分の愚かしさを嘆く言葉でしたが………………そんな彼女に、未だ何者でもない主人公は何を思い、何を返し、何をするのでしょうか。この作品を書くにあたって絶対に書くと決めていたシーンを納得のいく形で書ききれたので私は満足です。皆さまは悶々としながら続きをお待ちください()それではまた、次回の更新でお会いしましょう………………




