第一射 旅立ちと不運と面倒と
「……ほんとに、大丈夫?荷物は全部持った?枕は?この間買った調理用具もしっかり持った?辛かったらいつでも電話して?月影にいじめられたりしたら私がぶっ飛ばしてあげるから……」
「ちょっ、師匠!過保護が過ぎますって!俺は子供じゃないんですから、そう心配せずとも大丈夫ですよ!」
ここはとある森の中。鬱蒼と生い茂った木々の中を掻き分け進んだその先、かなり奥のほうに人知れず建っている一軒家だ。ツタが絡みつき、雑草が生え放題の外観からはまるで魔女の住まう家かのように見えるが、建物内部は外観ほど酷くはなく、むしろきれいに整っている。それがこの建物に住まう青年の涙ぐましい努力により保たれていたことを知るものはあまりいない。
「で、でも…………」
「でも……じゃないですよ!そんなことより自分の心配をしてください、生活力をどっかに落としてきたのに加えて俺のいる生活に慣れた師匠がこの先一人で生きていけるとは思えないんですけど……」
適当な長さにそろえられた黒髪に、これといって特徴のない姿をした平々凡々な青年に『師匠』と呼ばれる銀髪の小柄な少女は不満そうに頬を膨らませる。
「私だって、最近皿洗いができるようになった。大進歩」
ふんっ!と胸を張る少女だが、御年20歳とは思えないほどのその貧相な体には当然常識を超越したような巨大な乳房などついているはずもなく、空しく自慢げな鼻息が響くだけであった。
「はぁ……でも俺は行きますからね。もう決めましたから」
「本当に……行っちゃうの?」
少女がその宝石のように透き通った深紅の瞳を揺らし、捨てられる子犬のような顔で見つめる。俗にロリコンと呼ばれるような人々であらば一撃で失神するレベルの愛らしさに、さすがに一般性癖所持者の青年もダメージを負ったらしく、一瞬たじろぐ。が、意思は固いのか、彼は首を振り、こう伝えた。
「師匠、俺はいつまでもあなたの世話になっているままではいられないんです。もう一人で生きていくこともできるようになりましたから。ですから師匠、心配しないでください。あっちについたら電話しますから」
そんな青年の言葉を受け、少女もあきらめたようにうつむいた。が、弟子の門出に涙は似合わないと、笑って見せた。
「……うん、分かった。じゃあ、またね。元気で……ね」
「はい、行ってきます!」
青年は、少女が小さく手を振るのに返しながら、旅立った。
この先自分で働き、自分の家で、自分の職場で、自分の力で、自分一人で生き抜くため。
名無しの青年が今、世界という大きな標的に向けて、自らの意思で引き金を引いたのだ。
◇
人々が忙しなく行き交う様子を見ながら、俺はため息を吐いた。
ここは師匠宅から最寄りの電車の駅である。
早朝であるためか人の往来が激しく、電車がホーム内を出入りするたびとてつもない人数が吐き出され、そして吸われていく。師匠宅はおよそ常人なら近寄ろうともしない森の中に位置しているが、森自体はかなり発展した土地に隣接しており、交通の便はそこそこ良い。
もう少し俺が地球にいたならば開発されていたかもしれないと思わせるようなスマホの進化系のようなものをいじりながら電車を待つ少女、通勤途中なのか鞄を持ってせかせかと駅を去るスーツの男性、楽しそうに談笑する少年たち、俺の視界に入る景色は地球に存在している駅と遜色ない。ただ一つ、当たり前のように存在し、何の違和感もなく風景に溶け込む異形の人々を除いて。獣の耳やしっぽをはやした獣人や、もはや人間かどうかも疑わしい風体の者もいる。
ご存じの通り、ここは異世界である。
が、異世界とはいってもちょっと月がおかしくて、ちょっと化学が発展していて、ちょっと魔法があって、ちょっと化け物がいて、ちょっと物騒なだけだ。
そんな世界に、特に選ばれた勇者というわけでもなく、とてつもない力を与えられるでもなく、誰かに召喚されたわけでもなく、気づいたら飛ばされ、おまけに名前まで失ってしまったのがこの俺である。
「ほんと、師匠に拾われてなければどうなっていたことやら……」
毎度のごとく、あの日気まぐれに俺を拾ってくれた師匠には深く感謝しなければなぁと思う。
先ほどから俺が師匠と呼んでいる少女の名は、ミル・ラガン・ドラグノフ。また、彼女は類稀なる狙撃の才能の持ち主であり、今まで狙った獲物全てに死を与えてきたといわれるその腕前から『死弾』と異名がつけられている。そして、あの月影・フォーサー・ヘイムダルによって、現ヴァース上最高戦力である『七色』へと選出された、まごうことなきこの世界で一番の狙撃手だ。
が、今年20歳となった彼女は、長い銀髪に深紅の双眸、そして一体何を間違ったのか、成人女性からは程遠い幼女体形を持つ少女のような姿をしている。およそその見た目から彼女の真の恐ろしさを見出すことはできないだろう。
今から4年前、俺はこの世界に転移し、そして彼女に拾われた。それ以来、彼女の下で狙撃について学んだが芽は出ず、そして俺はかの月影・フォーサー・ヘイムダルを紹介され、そして彼に教えを乞い、様々な戦闘についての知識を学んだ。
そういう意味で言えば、俺の実際の師匠は月影・フォーサー・ヘイムダルということになるのだが、やはり命の恩人にして俺の最初の師匠は彼女なのだから、俺は今でも師匠と呼んでいる。
俺は月影の下を去った後、師匠の下へと帰って一緒に暮らしていた。彼女は今まで狙撃に全てを捧げた生活を送っていたので、いかんせん生活力が皆無だったのだ。それさえなければ俺だってもっと早くから自立しようと思えたのだが……
だが、そんな師匠との暮らしには得るものが多かった。
彼女は七色の一員であるため、大大和帝国から直々に仕事を受けることがある。俺も何度かその仕事に着いて行った……もとい連れていかれたのだが、七色が呼ばれるからにはもちろん依頼の難易度は尋常ではなく、『変革を望む者』や『サテライト』との激戦に何度も巻き込まれた。そのお陰で俺は場数を踏むと共に、前線で戦う七色達の戦いをこの目で見ることが出来た。理外の超人達の常識も普通も超越した戦いではあったが、それでも彼らは人間、俺の戦闘に活かせる部分も多々あった。
こういった特殊な経歴持っているお陰で、俺は今回、職を得ることが出来たのだ。
七色のリーダーにして万能の天才、月影・フォーサー・ヘイムダルにより創建された大大和帝国が誇る、対ルナ・サテライト戦闘要員育成高等学校『ヴェルメイユ・ファミリア』の新任教職員として。
◇
対ルナ・サテライト戦闘要員育成高等学校。
この呼び名で呼ばれる学校が、この世界には多数存在する。今日もルナとサテライトによる被害は広まり続けており、上位のサテライトとの戦闘には七色レベルの戦闘能力が無ければ一瞬で消し炭にされてしまうと言われるほどの化け物たちが世界各地で事件を起こしている。
このかなり絶望的な状況を脱するため、世界各地に教育機関が設立されたのだ。
ルナとのコンタクトにより異形と化した物、サテライトに家族、恋人を殺され復讐を誓った者、並外れた科学技術でサテライトとの戦闘に大きく貢献する者。
力を持つ者を招集したり、自らの意思による志願を受けいれたり、この学校にやってくる子供たち……教師も含めてだが、皆が何かしらの天から授かった才能を持っている。
俺は少し人より場数を踏んでおり、戦闘についての知識があるだけだが、ヴェルメイユ・ファミリアで教職に就く事ができた。もちろん月影とのツテが大きいが、あのなりふり構わず戦闘について学び続けた時間が無駄ではなかったのだと思えて少し救われた。
そして今から俺は件のヴェルメイユ・ファミリアへと向かうのだが……
「電車が来ねぇ……」
予定到着時刻はもう数十分は過ぎている。一体何があったのだろうか?遅延であればスマホもどき(正式名称は超高性能魔導回路搭載型立体投影液晶である。略してマジックパッド。最近はさらに略されマジパと呼ばれている。俺はマジパ派)に連絡が入るはずだし、そもそも駅内放送で知らされるはずである。
「はぁー……」
俺はまたもや大きなため息を吐きながら立ち上がった。
どうせ面倒事がやってくるのならこちらから飛び込んだ方が速い。
俺はベンチから離れ、先程よりは落ち着いたがそれでも騒がしい雑踏を掻き分け進み、駅を出た。
「切符の払い戻し、やっといた方が良かったかな……?」
◇
時は少し遡る。
ここは電車内、通勤通学の時間帯なので大勢の人で賑わっている車内は今日も椅子と吊革の取り合いだ。私、サターシャ・降星・メルベルンはドア付近でたくさんの人々の中で身動きが取れない中、ため息を吐いた。
「全く、今日はついてないわね……」
今日は朝から何かと不幸がやってくるのである。
掛けたはずの目覚ましは作動せず朝食を摂っている時間もなかったし、お気に入りの自転車にまたがれば唐突にタイヤがパンクし、仕方なく駅に来てみればこの有様だ。
一体私が何をしたというのだろうか?
「おいババア、そこはアタシの指定席だ。さっさとどきやがれ」
ガタンガタンと、電車の揺れる音だけが心地よく響く中、心地良さとは正反対のオーラを纏った言葉が耳へと届いた。人混みの中から何とかそちらを見てみれば、無慈悲に椅子に座った高齢の女性へと向けてあまりにも冷たい目を向ける女がいた。
あれは、学校指定の制服……どうやら同じ学び舎に通う者であるようだ。長い黒髪をいじりながら、おばあさんを威嚇する。その暗い瞳には今にもはち切れそうな怒りが宿っていた。
「なぁ、どけっつってんのが分かんねぇのか?さっさと従ったらどうなんだ」
どうやらおばあさんは恐怖で硬直してしまい動けないようだ。いや、かなり狭い視界だから間違ってるかもだけど……
私が呑気に思考している間に、結合力の弱い女の怒りは沸点に達してしまったらしい。
「仕方ねぇ……言葉で分からねえってんなら、体に教えてやるしかねぇよなぁ!」
狭い車内で器用に腕を振りかぶって……って感心してる場合か!
「が、『ガードフィールド』!」
小さな声で、ポショッとつぶやく。
だが、特に何か起こることも無く女の握りこぶしがおばあさんの顔面に……
届くことは無かった。
ガンッ、ガンッ、と硬いものを殴りつけるような音が虚しく響くだけであり、女の拳はおばあさんに届かない。
「クソッ、誰だ!?今すぐ解きやがれ!」
解くわけないでしょーが。
私は心の中でべッと舌を出し、心底あの女をバカにしてやった。あんな鬼畜と同じ学校だなんて、世間に顔向けできないよ……
……ん?
なにか、嫌な予感がする。
良いことをしたと喜んでいる場合ではないと直感的に理解できるほどの悪寒……
「まさか……!?」
この感覚を前にも感じたことがある。あれは初めての実戦訓練、サテライトと呼ばれる化け物との初めての戦いを経験したあの時。理外の存在を前にする感覚。
なんとか身をひねり、窓の外へと視線をやる。
「なっ!?」
そこにいたのは。
体に青い炎をまとった巨大な鳥のような生物、およそ十数メートルはあろうかという巨体をその両翼から生まれる推進力で持ち上げ空を駆ける化け物だった。
ものすごいスピードでこちらへと迫ってくる。
まずい、あれに衝突されでもしたらこの電車は丸ごと大爆発だろう。私の魔法で耐えきれるだろうか……?
「やるしかない!『アンリミテッドガードフィールド』!」
超特大の半透明の膜が電車を覆いつくす。
お願い、耐えて……!
そして数秒と経たぬうちに、その巨体が電車へとぶつかる。
ギャギャギャっっっ!!!とガラスがこすれるような耳障りな音が響く。車内は大きな揺れに襲われ、乗客は阿鼻叫喚の様相を呈し始める。
「キャー!なに!?事故!?」
「おい、何だあれは!?」
車内に人々の不安や怒りが満ちる中、ある少女が一言も発することなく、ただ俯いていることに気が付いた。先ほどおばあさんに席を譲ることを強要していたあいつである。
一歩も動かず、拳を強く握りしめ……
その瞬間、轟音が響く。化け物がその体から発する炎をこれでもかと燃やし、私の魔法を破壊しようとする。あまりの高温に、私の魔法が溶け始める。
あ、ダメだ。割られる。
そう思った瞬間、私の魔法は打ち砕かれ、化け物の巨体が電車を押し倒す。
電車が横倒しになっていくほんの一瞬、もし私がここにいなければ巻き込まれることもなかったのだろうかと、思ってしまった。目覚ましがしっかり作動していれば。自転車がパンクしていなければ。おばあさんを助けていなければ。
あぁ、今日は本当に……ついてない。
昨日は更新できなくて申し訳ありません。突然パソコンがおかしくなってしまいまして……
そして来週の「あなたは神を信じますか?」更新以降一週間更新をお休みさせていただきます。誠に申し訳ありません。




