第十五射 真実と急転と始まりと
天才とは、なんだろうか。
スポーツ選手のようなアスリート?
あるいは偉大な発明を成し遂げた科学者?
それとも、軍隊を導き敵を討ち払う大将軍?
結構結構、大いに結構………キミ達が思い浮かべたその全てが正しい。
そして、同時に全てが間違いでもある。
天賦の才と書いて天才と読む、一般大衆社会において通じる定義に則って言えば、それらは全て正しいと考えても矛盾はない。
だが、本当の天才が天賦の才如きで満足するだろうか。
答えは否。ソースはこの私だ。
与えられた力など所詮は張りぼてだ。天にもし才能を与える能があったとして、私がそれを与えられるといわれたならば。断固として拒否するだろう。
「全能の神?ふっ、笑わせてくれるな………お前の目の前にいるのがまさにそれだ。かかってこい、天よ!この私が………天すら凌駕する私が、貴様を墜とす!」
◇
「………着いたよ。かなりの悪路だったが大丈夫かい?」
「な、何とか………こんなことなら日ごろから運動しとくんだった………」
既にへとへとのサターシャが泣き言をつぶやく。それも仕方ない。なにせトンネルのような舗装されていない道をかれこれ四、五時間は歩き詰めだったのだ。足腰にガタが来るのも当然のことだろう。
かくいう俺は全然平気だが。
流石に毎日のように命を危機に晒す生活をしていれば、いやでも体力はついてしまうものだ。
「ほら歩夢、着いたってよ」
「むにゃむにゃ………あぁ~……部費の削減だけは勘弁してくれぇ………」
途中でもう歩けないと駄々をこね、俺の背中でほとんどを寝てきた歩夢はどうやら悪夢を見ているようでうなされている。
「ダメだ、起きねぇ。えっと………」
ローブの少女を見やる。そういえばこの子は何と呼べば………
「うん?………あぁ、そういえばまだ自己紹介をしていなかったね。私は使徒の茶会の教祖………まぁ『ホスト』とでも呼んでくれたまえ。君たちは先生、とサターシャくん、でいいのかな?」
「あぁ、名前は無いから好きに呼んでくれ」
「はぁ、サターシャ・降星・メルベルンです………あ、また変な人に本名を………」
「おいサターシャ、誰かと出会う度に変な人呼ばわりするのは良くないぞ?いくら怪しいとはいえ流石に失礼だろ」
「ははっ、怪しんでいるのを隠そうともしないなんて、中々策に自信があるようだね?」
え、別に策とかないんだけど………
サターシャが「え、先生やっぱりちゃんと考えて行動してたんだ!今まで変な人としか思ってなかったけどちょっと変な人に格上げしてあげよう!」みたいな顔で見てくるので否定しようにもできない。
「あ、あぁーまあそうだなーうん、一応俺立場的に先生だし?生徒の安全を最優先にしながらも君たちに対してはどんな策を弄されようと即座にアクションを起こせるように準備してるけど?まあ当たり前のことっていうか?」
あ、サターシャの俺を見る目が「先生最高!やっぱり持つべきものは立派な師だよね、うんうん!一生ついていきます、先生!」みたいな感じに変わった。この子街で詐欺に引っかかったりしてないだろうか………
ホストと名乗った少女は笑いがこらえきれないのか顔を手で隠しながら小さく笑い声を漏らしていた。
「くふっ………いや、すまない。類は友を呼ぶというが、まさかこんなに面白いお友達を連れてきてくれるだなんて思ってもみなかったよ!」
楽しそうに笑うホスト。その姿はまるで見た目相応の子供のようだった。
この少女……何かがおかしい。
もし本当に変革を望む者であると言うのなら、どうして目的の妨げになる俺たちをここまで連れてくるような真似をするのだ?彼らにとって、ルナに与えられた指令をこなすことは何にも変え難い快楽であり幸福のはずだ。
……あるいは、まさにその指令が俺たちに関係している可能性もある。だが、それにしても無防備がすぎぎた。俺かサターシャが動けば即座に拘束可能だし、彼女がたとえ何らかの能力を持っているにしても、あまりに無警戒だ。
「うぁ………ふむぅ、もう着いたのかい………?」
想定外の緊張感の無さに逆に不安を覚えていると、眠たそうにしながらも歩夢が目を覚ます。
「ようやくお目覚めですか………そもそもの発端は歩夢さんでしょ?なんで私たちが寝てる間の世話まで任されないといけないんですか………」
「おや、もしやなにか気に障ってしまっただろうか?私は信頼できる友人に全てを託したつもりだったのだが………」
「………っくぅぅ………………!」
まんざらでもない気持ちと、面倒を押し付けられた怒りとで板挟みになり葛藤するサターシャ。こいつ、マジでいつか騙されないだろうか。
「さてさて、ようやく主役も目を覚ましたようだし、本題に入ろうか?この部屋に、本物の『月の恵み』が保管されている。一応最大限気を使ってはいるが、もし君たちが粗末に扱ったりすれば我々ごと世界はお釈迦だ。できるだけ丁重に扱ってくれたまえ?」
忠告しながら、ローブの中から伸びた細い腕で重厚な金属製の扉を引く。さすがにキツそうだったので俺も手伝う。
「おや、すまないね」
扉が開いたその瞬間、隙間から大量の白煙が噴出した。
「きゃあ!?冷たっ!」
どうやらこの部屋は巨大な冷凍庫だったようだ。
「何の物質でできているのかは我々でも解明しきれなかった。だが、極秘技術により複製する方法だけは手に入れることができたんだ。かなり沸点が低く、ここから出せば数分とせず気化してここら一体の人間を獣に変えるだろう………」
その時、俺は強烈な違和感を覚えた。
何だ?何か………何かものすごく大切なことを見逃しているような………
「………ホストよ、今の言葉、本気かい?」
「なんだい?なにかおかしなことでも?」
俺から見た歩夢は背を向けているので表情は分からないが、肩が小さく震えているように見えた。まるで、何かに失敗した悔しさに打ち震えるように………
「………これは、偽物だ」
「………冗談はよしてくれたまえ。我々だってバカではない、そこらへんもしっかり実験を行って………まさか」
そして、違和感に気づいた。
「この施設、職員かなんかはいないのか?」
「なんだい、藪から棒に………今はそれどころじゃ………いや、いる。いるはずだが………」
そう、この施設からは一切俺たち以外の生体反応を感じられないのだ。本来いるはずの職員が消え、本物だと思っていた薬品が偽物……もう、何が起こるかは察しがつく。
「できるだけ早く逃げよう。サターシャ、歩夢、行けるか?」
「行けなくても行かなきゃいけないでしょうが!?どう考えても反乱の前兆でしょ!なんてタイミングでこんな所に……!」
「私は元気ハツラツだよ。サターシャくん、半分引きこもりのような私より体力がないってのはちょっと良くないんじゃないのかい?」
「さっきまで先生の背中で眠りこけてた人がよく言うわ……」
慌て出す俺たちとは対照的に、ホストはやけに静かだった。否、慌てる気力もないと言った方が正しいだろう。
「何故だ……何故、今まで人心掌握は完璧に行ってきたはず……ようやく待ち人が来たと言うのに、こんな所で終わるのか……?冗談じゃない……!」
ブツブツと狂ったようにうわ言を呟くホスト。次第に脱力していき、床にへたり込む。
「おい、今はそんな場合じゃないだろう?早く立つんだ!いくら天才でも死んだらただの死体なんだ、考えるのは生き延びてからだよ!」
歩夢が手をのばすが、ホストは動こうともしない。もはや視界に入った手にすら気が付かないほど憔悴していた。
「何がいけなかった……?何が足りなかった……?やはり私程度では天命の完遂なんて……」
「っ!いい加減に……!」
歩夢が無理やり手を引こうとしたその時。
ぱしゅ
間の抜けた音が響いた。それは、俺にとってはひどく聞き馴染みのある音。潜み、隠れ、なんの証拠も残さず死を届ける、あの音。
「……は?」
一体、誰が漏らした声だったのだろう。
銀の床面に、見とれるほどの赤が広がっていく。そして、いつの間にか浅く空いた弾痕も血だまりに呑まれてしまった。
床がかなりの剛体で形成されていることを差し引いても弾痕が浅いことに加え、先ほどの音、サイレンサー付き小銃による近距離からの射撃………一応危機が去ったことを確認してから改めて考えると、医学がからきしの俺がホストを見ても仕方ないからとはいえあまりに人の心がなさすぎると自分でも思う。だが、これは職業病みたいなものだ。周囲を見渡し、廊下の壁に先ほどまではなかったはずの小さな穴を発見する。
罠か………仕掛けは分からないが、まず壁の向こう側には貫通していないこと、そもそも人がいられるような空間ではないこと、そして穴から覗く金属の光沢が、銃がひとりでに彼女を打ったことを示していた。
「追撃の心配はなさそうだが………彼女の容態は?」
既に血にまみれ、息も絶え絶えのホストが、ローブでよく見えない顔を上げた。
「すまない……私では、ダメだったようだ…………」
満月のようだった怪しく光る瞳からは生気がだんだんと抜け落ちていき、口からは荒く呼気を吐き出しながら、ダボダボのローブの中から細い手を出し、歩夢の手に触れる。そこから、真紅の液体が滴り落ちた。
その瞬間、耳をつんざくような轟音で警報らしき機械音が鳴り響いた。
「私に……何か、あった時に……自動的に流れるよう、プログラムしていたのだが……誰も居ない中で、流しても……無駄、だね……」
「……これ以上喋るな。出血が酷いのに加えて右肺を貫通している。サターシャくん、彼女の右肺を結界で覆えるかい?」
「で、できなくは無いけど……ただ、ちょっと時間がかかるかも。なにぶん繊細な作業だから……」
「ああ、できるだけ早く頼む………先生!」
「お、おう!」
「まだ体力は残っているかい?出来ればホストを先生におぶって行って欲しいのだが……」
「あぁ、大丈夫だ」
やがてサターシャの結界によって何とか肺と血管の代替品が形作られ、一応は正常に作用するようになったホストの体をおぶり、元来た道へと走り出した。
「この道って結構距離ありましたよね?正直魔力が持つかどうか……」
「あぁ、だから事態は一刻を争う。この状況だと誤解されて彼女の信者に攻撃される可能性も否めないし、サターシャくんには無理をさせるが……」
「あぁもう、そんな申し訳なさそうな顔しないで下さいよ!頑張らなきゃって思っちゃうじゃないですか!」
今日も今日とてチョロいサターシャが赤面しながら叫ぶ。
「……噂をすれば」
歩夢が呟いた瞬間、曲がり角から使者の茶会メンバーらしき男たちが現れた。
「あっ、あれは!」
「おい、教祖様が血だらけだぞ!?」
「クソ、さっきの警報といい何が起きてやがる……お前たち、止まれ!」
そのうちの男一人が銃を取りだし発砲するが……
「『アンリミテッドガードフィールド』!!先生!早めに無力化お願いします!」
「あぁ!」
懐から『無銘』を取りだし、(もちろん鉛玉で)男たちの右腕を撃ち抜く。
「ぐぅっ」
「悪いな、今は手加減する余裕もないんだ」
「くそっ、誰かあいつらを止めろ!」
だが、出てくる人数も徐々に減っていき、すぐに全員を無力化してしまった。
「畜生、なんでこんなことに……仕方ない、やっちまえ!」
既に右腕を撃ち抜かれまともに物も握れない状態の男が叫んだ、その時。
爆発。
「くっ、爆弾か!?しかし誰が……全員無力化されているはずだろう!?」
歩夢が珍しく焦った声をあげる。それもそのはず、今の爆発は誰がどのように起こしたか全くもって分からなかった。
「なんだ!?第3勢力か!?」
「せ、先生……そろそろ……げんか……い…………」
サターシャが力無く呟いたその時、俺たちを覆っていた薄い半透明の膜が音も立てず崩れた。そして爆発の熱波が俺たちを襲った。
それに次いでサターシャも地面に倒れ伏す。
「先生、サターシャくんは私が連れていく!先に……」
突如歩夢の声が止まる。
「歩夢、どうした?」
「撃て!私から三度左!」
即座にぶっぱなす。
それを機に、爆発が止まった。
「な、一体何が……」
「話は後だ、行くよ!」
こうして、追っ手を全て無力化した俺たちは走り続け、ようやく日の下へと帰りついた。
だが、まだ何も終わっちゃいない。
これが全ての始まりだったんだ。
あんまり筆が乗らない中書いたのであとから修正入れるかもです。




