第十三射 獣と甘味とJKと
「ねぇ、このリップよくなーい?」
「へぇー、いい色じゃん。どこのやつ?」
「えっとね、旧都駅前の………」
………気まずい。
「最近また太ってきちゃってさぁー」
「あんたそれ以上細くなってどうすんのよ……」
「そうそう、今でさえこんなに細いのに〜」
「あっ、ちょっ!揉むなバカ!」
「揉める物もないくらい細いじゃーん」
………すごく気まずい。
ここはヴェルメイユ・ファミリア前駅から二駅目の新都駅周辺にあるカフェである。利用客層はほとんどが女子の、十五から七歳あたりの何人かのグループだ。
そんなイケイケで陽の気に溢れた場所に、今私は存在している。
まぁ皆さんお察しの通り、クソ陰キャぼっちことサターシャです、こんにちは………
だが皆さん、待って欲しい。今私は人を待っているのだ。相手は……えっと、まぁその、なんと言えばいいのか………
「やぁサターシャくん、遅くなって済まなかったね」
「すごい変な……あれ?」
………見間違いだろうか。絶対来ないと思ってたのに。なんか普通に来たし。
そんでもって………
「や、サターシャ」
なんだかすごくバツの悪そうな顔をした先生まで引き連れて………
「え、えっと………来てくれて、ありがとう………」
「いやいや、礼を言われるような事じゃないさ。私も君に聞きたいことがあったしね。それじゃあ………うん、サンライズカスタムのフェルチーノでクリームマシマシマシマシにしよう。サターシャくんは何がいい?」
「えっ、あっ、その……わ、私も同じやつで……」
「歩夢、一つも何言ってるのか分からなかったんだけど先生に教えてくれない?」
「全く、君はフェスタバにも来たことがないのかい?ここは糖分摂取するには最高の場所だよ。頭が回らない時はここに来るのが一番さ。ねぇ、サターシャくん?」
「あっ、えっ、あっ、その……そ、そうです……ね」
実は私も初めて来たし、歩夢さんが何言ってるのか全く分からなかったなんて言えない!
「最近の若者には着いていけないよ………」
「先生、そんなおじさんみたいなこと言って……まだ十代じゃないですか………」
「へぇー、サターシャくん、先生とは仲がいいようだね。いつも鏡花くんとよく一緒にいるのを見るが、確かに鏡花くんも先生と仲がいいようだった。私たちの知らないところで何かあったのかい?」
「ふえっ!?いや、そ、そんなことなななないよよよよ!?」
実はあの事件の後校長室に呼び出され、校長……つまり月影さんにあの件については口止めされている。一応先生の成長が見たくて放置したという経緯はあるが、そんなことを認めてくれないのが大大和帝国の上の方の方々である。民衆の目に触れたとはいえ、私の結界によって周辺被害は出ていないし、月影さんが倒したことにして欲しいと言われたのだ。
私としては面倒臭いことが舞い込んで来ないので喜んで口裏合わせに協力したのだが、鏡花はつまらなそうにしていた。
「実は初めてここに来た時迷子になっちゃったんだけどさ、偶然一緒にいたサターシャと鏡花が助けてくれたんだよ。そしたら行先まで同じだったもんだから、それ以来仲良くなったんだ」
息をするように嘘をつくな………先生が舌先三寸で丸め込もうとするのを見ていると、もしかしていっつもこんな風に嘘ついてるのかと思ってしまう。
「ふーん、そうかいそうかい」
対する歩夢さんは近くの椅子に腰かけ、至極不満そうに足をプラプラさせていた。これ絶対バレてるな………
「まぁいい。別にそこは必ず知っておかないといけない部分では無いしね。あぁ、そういえば先程私が頼もうとしていた物についての説明を忘れていたね。アレはとにかく甘い液体にさらに甘い液体を混ぜこみ、それに加えて砂糖の塊と言っても過言では無いクリームをしこたまぶち込んだスーパードリンクさ!飲むなら覚悟を決めた方がいいよ?」
「そんなもん飲んでんのか………まぁ俺はそれでいいかな。ちょっと気になるし」
「私も、ちょっとだけ気になります……」
「ふむ、それじゃあ二人とも覚悟は決まったということだね?早速注文しに行こうじゃないか!」
立ち上がると、慣れた様子で注文カウンターへと向かい、早々と注文を終えて戻ってきた。
「ふっふっふ……二人の反応が楽しみだねぇ」
ニヤニヤと笑う歩夢さんに嫌な予感を感じながらドリンクの完成を待つ。いや、やっぱり待ってない!お願いだから完成しないで!
そんな私の願いが届いたのだろうか。
店内に誰かの叫び声が響いた。
「があぁっ、ぐっ、ぐらあぁぁぁ!!!!」
突然男が頭を抱えて奇声を発している。それだけで既に十分異様なのだが、それに加えて男の体が変質し始めた。
「あ、あぁぁぁ……」
普通のスーツのサラリーマンらしき様相だった彼の皮膚からは人間では考えられないほどの体毛が生え、既に役割を失っていたはずの尾骶骨からはあるはずのない尻尾が生える。
顔の骨格がガキゴキと異音を発しながら変形し、人ならざるものへと変わっていく。しまいには、雑食種特有の多様な種類の歯が肉食獣のそれへと変形し、獲物を狩るための牙となった。
「ぐォォォォォ!!!!」
雄叫びをあげる。まるで、新たな生命の誕生に歓喜するかのように。
「………もしや、あれが?」
歩夢さんが顎に手を当て考え込むような仕草を見せる。元人間だった男……いや、今はただの獣だ。獣は今にでも暴れだしそうだ。
「『範囲結界』!!」
獣の周囲、誰一人巻き込まないよう慎重に結界を張る。
「私が押さえ込みます!皆さん、今のうちに逃げてください!」
店内は一瞬にして阿鼻叫喚の様相を呈した。
「いやぁぁぁぁぁ!!!こないだ鳥に襲われたと思ったら今度は獣なの!?」
「ねぇこれうちら命の危機ってやつ?」
「どう考えてもそうでしょ!ほら、早く逃げるよ!私たち異能無いんだから!」
カフェで平穏な一時を楽しんでいたはずだったのに……
結界を殴りつける獣。だが、その程度でどうにかなる物でも無い。
「サターシャ、よくやった!」
先生が褒めてくれる。当たり前だけど!だって自分でもよく反応できたなと思うし!
男の変身は本当に一瞬の出来事だった。コンマ数秒あるかないか、その一瞬で人が人でなくなったのだ。今更異能の発現?いや、唐突な異能の発現はコンタクト時以外は起きないはず………
獣系の異能は一度変わったら戻れないはずだし………
「サターシャくん、その結界はあとどれだけ維持できる?」
「え、このくらいの力ならあと数分は持つと思うけど………」
「よし、それなら十分だ。少しそのまま待機していてくれ」
「………こんな例、今まで見たことがない」
先生ですら知らない事象のようだ。いったいここで何が起きているのだろうか?
「よし、できた!獣よ、これを見ろ!」
と叫ぶとともにマジックパッドを獣に向ける。突然結界越しとはいえ眼前にものを差し出された獣は反射的にその画面を見てしまう。
そのとたん、獣が崩れ落ちた。
「えっ?えっ?な、なにが………?」
「ふっ、驚くようなことではないさ。たった今催眠アプリケーションを作成して眠らせただけだよ。そんなことより………」
歩夢さんがいやらしく笑う。でも、その顔にはどこか頼もしさが見えた。
「これが切り札か………『使徒の茶会』」
もはや空気になりつつある先生と、なにも把握していない私と、嬉しそうな歩夢さん。
皆違って皆いいとは言えない空気だった。
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