第十二射 一から二、二から零
僕は透明だ。誰にも見えない。
ハズだった。
夢を見た。
おっきなお月様がいた。
お月様は言った。
『私の導くままに歩きなさい。大丈夫、あなたのことを見守っているよ』
僕は歩いた。果てしなく遠い道のりを、お月様の言うとおりに歩いた。誰にも見えないのをいいことにお店から必要なものを盗んで食いつないだ。誰にも見えないのをいいことにお金を払わず船に乗った。いくつもの海と陸を超えた。決して楽しい道程ではなかったけれど、お月様の言うとおりにするのはとても心地が良かった。
そして、見たことのない大きさの建物が立ち並ぶ場所にたどり着いた。そこには僕の故郷なんてくらべものにならない量の人がいた。お月様は言った。
『あなたのことを見ることができる人がここにいる。その人はあなたにたくさん命令をするでしょう。だけど、決して逆らってはいけない。その人の役に立つことが、あなたの駒としての役割なのだから』
それ以降、お月様の声は聞こえなくなった。
でも、そのかわりに僕は今まで最も欲していた人に出会った。
「ん?なんだてめぇ、ここはお前みたいなガキが来るとこじゃねえんだよ!」
派手な服装の男の人が僕を脅すように低い声で唸る。でも、そんなことは関係ない。
「僕が………見えるの?」
「見えるに決まってんだろ、頭沸いてんのか?」
僕は、迷わず彼に抱き着いた。そして、大声で泣いた。僕を認識してくれた初めての人………正確に言えば、あの日以来初めての人。
「あぁっ!?なにすんだ、ちょっ、離れやがれ!」
「おい、お前なに一人で騒いでんだ?調子が悪いなら教祖様に診てもらえよ」
「あんな………いや、教祖様のお手を煩わせるわけにはいかん。少し休めばよくなるだろうし、ちょっと変わってくれないか?」
「いいけどよ………安静にしてろよ?」
「ああ、すまんな」
彼がひとしきり会話をし終えた後も僕は泣いていた。涙なんて、あの日のうちに枯れた物だと思っていた。
「お前、ほんとに俺にしか見えないのか……?」
この日から、僕の世界に僕以外の人間が現れるようになった。
誰かと共にいる幸せを思い出した。
だから、僕は彼の命令とあらばなんでも遂行してみせる。そう、なんでもだ。
◇
『今日、いつもの所に来てくれ』
ヴェルメイユ・ファミリアに来てから一月ほど経ったある日、歩夢からメールが来た。彼女に脅され、都合のいいように利用されるようになったあの日から何度も呼び出されているのだが、毎度毎度しょうもない理由なのでそろそろ勘弁して欲しい。
ちょうど今日の授業終わりだったので『すぐ行く』と返信しておいた。
全く、今日は一体何をさせられるのやら……
この間呼ばれた時は試作型惚れ薬を飲まされそうになったっけ……何とか回避したら歩夢の口に入ってしまい、口から火を吹いていた。もう二度と薬を作らないで欲しい。
時間を確認し、マジパをズボンのポケットに収納しようとしたところ、追加のメールが来た。
『明日一日は予定を空けておいて欲しい。あと、武装も忘れずに』
明日は授業もないのでクラスの皆と話そうと思っていたのだが、こうなるとそれも無理そうだな。それにしても武装を要求するだなんて……もしかして、件のアレだろうか?
以前歩夢が『変革を望む者との接触を図っている』だの言っていたことがある。変革を望む者とは、ルナに操られた人々の事だ。まぁその定義も彼らの証言が元になっているため怪しいことこの上ないのだが。
ルナの洗脳はかなり強いものらしく、その言葉に従うことには強烈な快感が伴うという。もちろんその言葉に惑わされない者もいるが、大抵の人間は洗脳に負け、変革を望む者となってしまう。
彼らの行為は常識を超越しており、倫理観の欠けらも無い。集団幻覚とも考えづらいほどその影響は各地に及んでいることも考えると、彼らとのコンタクトを図るのは非常に危険だ。だと言うのに、彼女はやたらそういうことに首を突っ込みたがる。
「まったく、仕方ない生徒だよ……」
小さくため息を吐いた。
そんな仕方ない生徒のため、俺は第三科学研究室へと向かった。
◇
「サターシャくんからデートに誘われた」
「デート!?」
到着早々、トンデモ情報を聞かされた。
「いや、今のは冗談だよ。今日の夕方、一緒にカフェに行かないか、と言われたんだが……」
いつも飄々としている歩夢が珍しく言葉に詰まる。……さてはどう対応すればいいか分からないんだな?
「歩夢、気にしないで行ってきなよ。サターシャは良い子だし、すぐ打ち解けられるはず……」
「いや、行くには行くんだが、そこに先生も着いてきて欲しいんだ」
「なんで俺が!?」
いやほんとに。なんで俺が!?
「もちろん、そのまま変革を望む者とコンタクトをとるからさ。サターシャくんも連れて、ね」
「いやいや待ってくれ!そこでどうしてサターシャを巻き込むんだよ!?護衛なら俺だけで……」
「先生は確かに強いんだろうね、それはよく分かる。だけど、いくら先生が強くとも、私を狙う銃弾の盾になったりでもしたら死んでしまうんだよ?その点、サターシャくんの結界魔法は素晴らしい!まさに天賦の才とでも言うべき精密な魔力操作と潤沢な魔力があれば、誰より優秀なボディーガードとなれるだろうさ!」
「…………」
確かに、そうだ。俺は射撃の技術を学び、戦闘時の体運びもかなり身につけているという自負がある。でも、体はただの肉だ。硬い鱗も、強い毛皮も、ましてや魔法のバリアなんてない。歩夢が攻撃されたとして、俺では守りきれない。だから、不死鳥のサテライトに襲われた時もサターシャに頼ったのではないか。
「だけど、それはサターシャに説明してあるのか?」
「もちろんしてないに決まってるじゃないか」
「それがもちろんであってたまるか!困惑してるサターシャが目に浮かぶよ!」
せっかく勇気を出してカフェに誘ったと思ったら戦闘の現場に連れていかれ、あたふたしながら不運を嘆くサターシャの姿がありありとまぶたの裏に浮かぶ。
「そうだねぇ……でも、世界というのは数秒先でもどうなっているか分からないものさ。言うなれば毎日が想定外だ。サターシャくんもその辺は理解しているんじゃないかな?」
あのサターシャがそんなことを理解しているとは到底思えない。
「仕方ない、サターシャには俺から伝えておこうか?」
「いや、彼女の驚く顔が見たい。………なんでもできる人が驚く顔を見るのは楽しいだろう?」
………分からなくもない。実際サターシャに関してはいろいろ噂を聞いている。あくまでも噂の中では、彼女は完璧超人だった。
「それじゃあ行こうか、先生?」
いたずらっぽく笑う彼女の後に続き、研究室を出た。
扉を閉めたとき、ふと、悲しみが胸を襲った。カーテンが開かれ、陽光が差し込む誰もいない部屋に何を感じたかは分からない。
「先生、どうしたんだい?」
心配してくれたのだろうか、歩夢が戻って尋ねてくる。
「………大丈夫、何でもないよ」
ただ少し、何かを失う気がしたとは、言わなかった。
もうそろそろこのお話の本筋であるシリアスパートに入ると思いますのでもうしばらくおつきああいください。
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