睡眠魔術
この世界、というかこの都市の冒険者の職業は8種類に大別される。
肉弾戦を得意とする戦士、黒魔術使いの魔術師、白魔術使いの僧侶、鍵開け担当の盗賊の4職が基礎職と呼ばれている。
それに対し基礎職2種の力を両方使える職業が上位職と名付けられている。
黒魔術を使える戦士である侍、戦士級の戦闘力を持つ盗賊である忍者、黒魔術白魔術どちらも使える(使えるとは言ってない)産廃職司・祭・、そして戦士と僧侶両方の力を使える聖騎士だ。
フレッドの職業は〝聖騎士〟白魔術が使える戦士だ。
中途半端になりがちで上位とは名ばかりなのが上位職だが聖騎士は例外的に白魔術の練度も戦士としての戦闘力も高い。
そのため最強の職業と呼ばれている。(規格外のマジックアイテムや練度があればこの限りではないようだが。)
そして今眼の前にいる女のクラスは忍者だった。
名前をミラベルというらしい
ミラベルは紫色のショートヘアの少女で、もみあげの部分がおさげのように長くなっているのが特徴だ。こんな事本当に…本当に言いたくないが顔面だけならおれに匹敵するレベルで良い。もっともバインバインのおれに対してミラベルは絶賛断崖絶壁抉れ胸なので総合すればおれの圧勝だが。
そして人格がなんというか…あれだった。年でマウントを取る癖がある、調子に乗りやすい、根性なし、距離感がバグってる、あと臭い、ぶっちゃけクz…いや、初対面の人を悪しざまに言うのはやめよう、きっと彼女にも良いところがあるはずだ。あるはずなのだ。あってくれ。
「かわいいミラベルさんよりちょーーーーーーっと顔が良くて、すごく乳が大きくて、すっげえいい匂いがするからって調子に乗るなよ!!エフィミアちゃんは15歳!ミラベルさんは18歳なんだから私に敬語をしっかり使う事!」とかおれにほざいて来た時は本当こいつどうしようかと思ったけど…
そして向かった迷宮一層。
わかっていた事だがフレッドは強い
13段階ある冒険者の戦闘能力評価で7段階目だと評価されている。これだけだと弱そうに聞こえるが7段階目、面倒だからゲーム風にレベル7と呼ぶがレベル7に達した冒険者はこの都市でも上位の5%しかいない。そんな高レベル冒険者が最強職の聖騎士についているのだ。弱いはずがない。
風切音とともに早すぎて剣筋が見えない程強烈な斬撃を繰り出す姿には短距離走者のフォームの様な、一つの目的に特化した合理性由来の美しさがあった。
対集団相手では雷撃を呼び出しまとめて粉砕。
おれとミラべが流れ弾で傷を負えば即座に白魔術治療する。
ついでに敵の動きをコントロールして相手の攻撃を自分自身に向けるのに長ける
何より聖騎士というトロそうなイメージの職業に反してかなり速い。
ゲームで例えるなら攻撃速度と移動速度と回避能力が極めて高いアサシンの様な奴だ。ひたすらスタイリッシュに敵を切り捨てる姿には感動すら覚える。
結局その日はおれ、ミラベルはひたすら大暴れするフレッドを棒立ちで眺めるだけだった。
しかしフレッド曰くまずは迷宮の空気に慣れることが重要、実際に剣を振り、魔術を唱え、解錠するのは明日以降で良いとの事。
実際に剣を振るわなくとも迷宮への順応は続いている、今日明日でレベルアップが起きるからそこから本番とのことだ。
その夜、馬小屋(フレッドが手配してくれた)でおれの意識は闇に飲まれていく。家族もあいつも失ってしまった絶望、そしてフレッドが死ぬ悪夢とともに
起床後、明らかに就寝前の俺とは別人になっているような、昨日までの腐った体を脱ぎ捨てたような、異様な感覚があった。
レベルアップだ。今までおれの身体能力はクソカスだったが今では一般成人女性レベルの身体能力に強化されている。レベルアップ、すげえな。
そして新しく魔術を覚えた。覚えたのは黒魔術系統第一位階〝睡眠魔術〟
第五位階までの魔術を使う悪魔と遭遇した事のあるフレッドにすら「俺が見た事がある魔術の中で間違いなく最強の魔術」とまで言わせる魔術だ。
フレッドよりももっと多くの魔術を知っていたジル兄ですら二番目に強い魔術と言っていたな。
そんなに強いのかと思って使ってみたが明らかにこの魔術の性能は異常。
今の未熟なおれが使っても第1層の敵なら9割の確率で眠らせる事ができる。
その上効果範囲が広く複数の相手に有効。効果時間も長く一度眠らせてしまえばよほどの事がない限り目覚める前に永眠させることができる。
同じく第一位階の火炎魔術と比較するのが申し訳ないほどに強い、お前ら本当に同じ位階か?
ジル兄が最後に俺に残してくれた不完全な睡眠魔術が完成してチート魔術になるのは嬉しいな。
そう思って調子に乗ってフレッドに自慢していたら「よくやった!俺黒魔術使えねえからお前がそれ使えるのはありがてえ」と褒められた。
えへへ、いひひ、うひひ。
それと同時に「それ、強すぎて地上での使用は厳罰に処されるから街では絶対に使うなよ」
と警告を受けた。
なんでも習得が簡単な割に強さが異常なためこれを使う犯罪者が増えまくった結果禁忌の魔法の一つに数えられてるとか。
まあそうか、地球でも拳銃という習得の簡単な暴力はガチガチに規制されていたから当然か。
睡眠魔術は間違いなく拳銃以上の超暴力だが。
リノレガミンは冒険者の街のため使用しても懲役10年程度で住むようだが周辺国家では問答無用で死刑になるらしい。それでもそれぐらいやらないとダメなタイプの魔術だ。
ともかくこれでおれはかわいいお顔を活かしたインテリア要員だけでなく戦闘でも役に立つようになった。
フレッド曰く高位の魔物は〝結界〟で、高位の冒険者はマジックアイテムで対策しているから4層以降の戦いではそこまで役に立たないそうだが3層までは無敵の魔術だそうだ。
あまりの強さに世界中の魔術師が一致団結してメタアイテムを作るまでこの魔術を覚えたクズ共は世界を荒らしまくったらしい。
あまりの凶悪さ故つけられた渾名が
【人を殺す魔術】
◯ルトラークかよ。
「とにかく魔術を詠唱してくる奴がいたらこれを警戒しろ、受けたと思ったら即座に舌を噛みちぎれ、一発でも食らったら今の俺でも新米パーティーに嬲り殺しにされる」
この調子だ。フレッドもジル兄もおれも全員睡眠魔術は狂ってると思っている
しかし…昨日から思っていたんだがとにかくミラベルの攻撃の命中率は低い。剣を振ったところで命中する確率は5割。命中してもモンスターの強固な皮によって剣筋を逸らされたりかすり傷を負わせるにとどまったりとろくなダメージを与えられなかったりする。実質命中率は3割程度だ。
何より意味が分からないのがかわいいかわいいエフィミアちゃんがキュートに睡眠魔術ぶち込んで木偶の坊に変えたモンスター相手であっても鱗や毛に剣をいなされ命中率は大して上がらないことだ。
「潜りたて《ノービス》なら眠ってる奴相手に命中率3割行けば上出来だ、みんなこんなもんだぜ。この俺様ですらこいつのレベル帯では命中率2割を切っていた、目茶苦茶優秀だぜミラベルは。」
「へー、おれ物理攻撃できないからよくわからんけど大変なんだな…ん?ちょっと待って、物理攻撃は命中終わってるだろ、魔術攻撃は基本火炎魔術ゴミだろ。今回はフレッドいたから良いけどガチの初心者パーティとかまともな攻撃手段無いじゃん、どうやって低レベル帯凌ぐのかな?」
「お前、そりゃあれよ。気合いと…根性と…根性と…根性だ。いや、ちょっと待て俺どうやって低レベル帯凌いだんだっけ?」
おめーもわかって無いのかよ!マジでどうやって凌いでるんだ?