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第28話 海から来た二人

 火倶楽プロレスのマイクロバスが『塔』の麓に辿り着いた時、既に現地には多くの戦士たちが到着し先発隊が内部への侵入を試みていた。

 トラックやバスなど様々なタイプの大型蒸気式車両が並んでいる。

 軍隊などの統一された武装ではなく各々が独自のスタイルの装備に身を包んで雑然と集合している様はまるで何らかのイベントのようである。

 だがここに集った者たちはいずれも歴戦の勇士たち。

 世界の危機に駆け付けた猛者たちなのであった。


 開けた場所には仮設(バラック)小屋が建てられ白衣のスタッフたちが慌ただしく動き回っている。

 もう既に血だらけで担架で運び込まれてきている者もいるようだ。


「むう、既に負傷している人がいるな……」


 痛ましげに眉を顰めるウィリアム。


 担架で運ばれてきた歴戦の雰囲気の戦士は頭部から出血してそこに白い布を当てられていた。


「うう……入り口ではしゃいでいたら……コケて壁に頭をぶつけるとは、俺も焼きが回ったもんだぜ……」


 戦士は苦し気に呻いている。


「何しに来たんですかね、アイツ」


 エトワールは容赦がなかった。


 見渡すと見覚えのある青い陣羽織姿の武人が立っている。

 今日はお馴染みの顔の下半分を濃い茶色の付け髭で覆った中年男。

 征崇……うぐいす隊長だ。


「……やっ、お疲れさん」


 ウィリアムたちに気付いたうぐいす隊長はいつもの軽いノリで手を振ってきた。

 とてもここが世界の命運を決める戦いの最前線だとは思えない普段の通りの佇まいである。


「もう中に入れちまってんですか」


 疾風が言うとうぐいすは「うん」と頷いた。


「外周の入り口がとにかく多くてね。何班かに分けて随時突入してもらってるよ」

「固まって動いた方がいいんじゃねえです?」


 いいや、と隊長は首を横に振る。


「それだと万一があったら一網打尽になっちゃうからねえ。外から見てわかる通り、中はだだっ広いからね。固まって全員が間違ったルートを進んでたらシャレにならないし」

「なるほど。了解ですわ」


 納得して頷く疾風。


「準備できた人からどんどん入ってもらってるから皆もよろしくね。あ、そうそう。入る前にあっちで記帳お願いね」

「記帳すか?」


 隊長の示す方を向く疾風。

 見るとテントの下の長テーブルに皆が並んで帳面に何事かを書き付けている。


「うん。名前と……後は何かあった時の連絡先をね」


 隊長の言葉に一同の表情が真剣なものになる。

 何かあった時……つまりこの探索で命を落とした時と言うことだ。


 ───────────────────────


 未だ震災後の混乱の続く火倶楽。

 陽が落ちて夜の帳が街を覆うと潜んでいた者たちが活動を始める。


 それは西から来た裏社会の住人たち。

 王牙会(おうがかい)の構成員だ。

 彼らは闇に紛れて標的を狙う。

 その相手は東州全域の裏社会を統べる連合体東州(とうしゅう)武侠連(ぶきょうれん)傘下の裏社会の組織である。


 火倶楽市内にある親会社の倒産で建設が途中で止まってしまったビル……その地下に王牙会副総長である斬因(ざいん)の姿があった。

 ここは数年前に秘密裏に王牙会の関連企業によって買い取られ表向きは廃ビルのまま地下はアジトへと改装が済んでいる。

 全ては今回の為だ。


 今ここで斬因は東州全域に展開する部下たちの指揮を取っている。


 武侠連を傘下に収めれば斬因はこの大陸すべての裏社会の実質的な王になる。

 そうなれば扱う金と情報は莫大なものとなるだろう。

 それを使い火倶楽幕府を裏から支配する……それが斬因の究極的な目標だ。


刃栄会(じんえいかい)本部、制圧完了しました」

「オルキード・ファミリーのボス、依然逃走中。追跡を続けています」


 広いフロアには沢山の蒸気式通信機が設置され引っ切り無しに作戦行動中の構成員からの連絡が入っていた。

 展開は概ね計画通りで順調である。


 今回の地震の事は斬因は予め知っていた。

 ……ゼクウがそう言ったのだ。

 それに合わせて侵攻作戦を開始しろ、と。


 進行の順調さにほくそ笑みながらも斬因の脳裏にはゼクウの言葉が木霊していた。


『オレはお前が欲しがってる玉座には興味がない。好きにすればいいさ』


 ……ならばあの男の望みはなんなのだろうか。


(まあいい。今は東の制圧に集中だ。何も変わらねえ……百鬼夜行の時代から何一つ変わりやしねえ。利用できるものは利用する。それが終われば始末する。ゼクウ(ヤツ)が俺にとって利用価値がある内は使うだけだ)


 そこに手下の1人が早足で近付いてくる。


「斬因さん……すいません。会いたいって方が……」

「あぁ? そんな予定はねえぞ。誰だ? 何でアジト(ここ)を知ってやがる」


 斬因が表情を歪めたその時、俄かに地下への入り口が騒がしくなった。


「待ってください! ……今確認を!!」

「いいじゃない。私はアイツの古い馴染み、四天王よ? そう言ってるでしょさっきから」


 そう言って自分を取り囲んだ男たちをかき分けるようにしてその男は強引に地下へと足を踏み入れた。

 紫色に染めた髪に白いスーツ……その胸には紫の薔薇の刺繡がある。


「久しぶりね、斬因」

「てめえ……凶覚(きょうかく)か」


 ゆっくりと椅子から立ち上がる斬因。

 半世紀ぶりに四天王の2匹が対峙する。

 共にゼクウの四天王だった者同士。

 鮫と蟹の……共に海から来た妖怪同士。


「今更てめえがオレに何の用だ? オレたちはお久しぶりですとか挨拶を交わしあうような間柄じゃねえだろう」

「あーら、私がわざわざはるばるアンタを訪ねてきたような言い方はやめてちょうだい。アンタが私の暮らしてる町でドタバタ騒ぎを始めたんでしょうが」


 呆れたように言って鼻を鳴らすパープル。


「フン、てめえの今の(ねぐら)はこの辺りか。そんな事はこっちは知ったこっちゃねえが……まあ布団に入って耳を塞いでるんだな。そう長くは続かねえよ」

「アンタ、相変わらずこんな事やってんのねえ。半世紀も過ぎても、相変わらず」


 再び斬因は椅子に腰を下ろすと足を組んだ。


「当たり前だろうが。オレは百鬼夜行の頃から一度だって手を止めた事なんざねえよ。お前らがビビってケツまくっただけだろうが。ゼクウが殺られてその相手の嘉神(かがみ)刻久(ときひさ)にてめえらはビビったんだろ?」


 嘲りに口の端を上げる斬因。

 パープルは黙っている。


「オレにとっちゃヤツがやられたのだって1つの経過でしかねえ。百鬼夜行がそれで崩壊するのも読めてた。だからすぐに次の布石を打ったんだよ。この王牙会を立ち上げるためのな」


 座ったまま両手を広げた斬因。


「西は取った。東もじきにオレのものだ。そうすりゃ後は幕府を裏から牛耳ってオレはこの大陸の支配者になる。もうそれが見える所まで来てるんだよ。わかったらとっとと帰りやがれ。今のオレは忙しいんだ。お前なんぞとおしゃべりしてる時間はねえ。……それとも何か? 羅號(らごう)のヤロウみたいにオレのおこぼれ欲しさに尻尾でも振ってみるか? もっともヤツは簡単な仕事1つこなせず消えちまったがな」


 そこまで喋ると斬因の口元の冷笑が消えた。


「待てよ? おめえここに住んでるって? 羅號を送り込んだんだが見てるんじゃないのか?」

「そうね。あいつなら見かけたわよ」


 そして今度はパープルが冷たく笑う番だ。


「私が殺したんだもの」


 ……ドガッッッ!!!!!


 突如として踏み込んだパープルの拳が斬因の顔に炸裂する。

 不意打ちをもろに食らって吹き飛んで壁に叩き付けられる斬因。

 石の壁にヒビが入り破片が散った。


「てめえぇ!!! 凶覚!!!!」


 血を吐きながら斬因が怒りと憎しみに目を光らせる。

 すぐに周囲の手下たちが駆け寄ってくる。


「斬因さん!! ……この野郎ッッ!!」

「殺せ!!」


 斜め後ろから飛び掛かってきた男の顔にパープルの肘が突き刺さる。

 前方からの男の腹には膝が。

 白スーツの男はさらに2人の男の頭部を鷲掴みにするとそれを激しくぶつけ合わせる。

 一瞬で床には7人の男が血まみれで転がった。


「手を止めたことがない? バカね。アンタはとっくに終わってんのよ。自分でそれに気付いてないだけ。百鬼夜行がなくなった時に私もアンタも……四天王は終わってんのよ!」

「この野郎がァッッ!!!」


 ドゴッッッッ!!!!


 今度は斬因の拳がパープルの顔面を殴り飛ばした。

 パープルの上体が泳ぎ口から散った血が虚空に舞う。


「てめえは最初から気に入らなかったぜ! 同じ外道の始末屋の分際でスカした事ばかり抜かしてやがったよなぁ!! いいだろう!! ここでてめえを血祭りに上げて野望達成の前祝にしてやるぜ!!!」


 ミシミシと音を立てて斬因の全身が変容していく。

 青黒い水気を帯びた肌に無数の巨大な刃のようなヒレが生えてくる。

 その背には大人数人でも丸のみ出来そうな鋭い牙の並んだ巨大な口が開いている。


「因縁ね、これも……」


 パープルの全身を白い装甲が覆っていく。


「地獄への行き方がわからなくなったんなら、私がアンタの道標になってあげるわ、斬因!!!」


 そして頭部の装甲の黒い裂け目の奥に鋭い赤い光が2つ輝いた。



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