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第25話 変容の時

 煌神町(こうがみちょう)内、うぐいす隊屯所は今戦中かと見紛うような慌しさの中にある。

 三番隊隊長、葛城(かつらぎ)陣八(じんぱち)が瀕死の重傷で病院へ担ぎ込まれたとの報が届いたのが1時間前の事。


「必ず4人以上で行動しろ。相手はあの葛城を半死半生にしてしまう腕だ。最大限の警戒をしろ」


 副長南雲(なぐも)(ひびき)の言葉に出動していく隊士たちが無言で肯く。

 下手人の捜索に次々に隊士たちが屯所を出る。

 警官隊の小隊長が襲われ瀕死の重傷を負わされるなど前代未聞の出来事である。

 夜の街に消えていく青い陣羽織姿の者たちは皆、静かに怒りで双眸を燃やしていた。


「様子はどうだって?」


 響の背に声をかける隊長(やしろ)景一郎(けいいちろう)


「意識が戻らないそうです。命の危険も、現時点では何とも……」

「そうか」


 氷の副長の異名を取る響の声の調子も流石にわずかに陰りがあった。


「……! 響ちゃん」

「はい?」


 うぐいす隊長が鋭く響に声を掛けたその時……屯所がぐらりと揺れた。

 揺れはすぐに立っているのが困難な程の大きさになる。


「っとぉ、大きいな……!!」


 体勢を低くして響の肩を抱いている隊長。

 今だ揺れは止まず壁際の棚の位置がずれ棚のものが色々と落ちてくる。


 揺れているのはうぐいす隊の屯所だけではない。

 町が……国が……火倶楽が揺れている。

 大地が揺れている。


 日の落ちた町はそこかしこで悲鳴が聞こえ、火の手が上がっている場所もあるようだ。


「こりゃ酷い事になったな……! 響ちゃん、陣八の件は一旦留め置いて」

「わかりました。被害の確認と救助を優先させます」


 急ぎ足で響が隊士の下へ向かう。

 火倶楽は元々ほとんど地震のない国である。

 落ちた物を拾い集めながらふーっと隊長が重たい息を吐く。


「これが予兆で、本命の何かとんでもない厄災が来るとかじゃなきゃいいんだけどねぇ」


 ヒビの入った窓から外を見ながら呟く隊長であった。


 ────────────────────────


 突然の大地震から一夜が明けた。

 煌神町でも倒壊した建物や火が出た箇所が多数あり現在も復旧作業が続けられている。

 幸いにして大火になった場所は無かったようだが……。


 繁華街でも今多数の店が壊れた物を運び出したり掃除に追われたりと人々が忙しく動き回っている。


 黒羽の事務所はそれほどの被害は無かったのでウィリアムたちも今そういった人々を手伝って回っている所だ。


「思ったよりひでー有様ですね」

「ああ。私もこれほどの地震は初めての経験だ」


 声のトーンがいつもより低い2人。

 事務所の近場の目ぼしい建物の片づけを手伝い帰る途中の事である。

 2人は昨日陣八が何者かに襲われ今も生死の境を彷徨っているという事も聞いていた。

 ……それも、どうやら犯人とは黒羽事務所で遭遇しているらしいという事も。

 その犯人探しもしたいがそれどころではなくなってしまった。


 恐らく火倶楽は今国中がこのような有様だろう。

 大戦以来の混乱のさ中と言っていいかもしれない。


 だが……事態はそれだけでは収まらなかった。


 唐突に悲鳴が聞こえて2人が弾かれたようにそちらを見る。

 小料理屋の店先で女将さんらしき人が腰を抜かしている。


 その女将さんのすぐ目の前でなにやら棒状のものがうねうねと動いているが……。


「なんですありゃ? モップですよ」


 エトワールが額に掌をかざしてそちらを見やる。


 そう、それはモップだった。掃除用のありふれたモップだ。

 だがそのモップの先端にギョロリろとした大きな目玉が2つ付いてベロリと長い舌を出している。

 2にが駆け寄るとそれに気付いたモップは……。


「キャキャキャキャキャ!!!」


 甲高い笑い声を発しながらぴょんぴょん跳ねて逃げていってしまった。

 ウィリアムが女将を助け起こす。


「お店のモップは妖怪だったんですか?」

「いえいえ! とんでもない! さっきまでただのモップでした……去年、新品で買ったばかりのもので……」


 大慌てで女将は否定している。

 ……つまり、今のが妖怪誕生、いや発生というべきか。

 妖怪ではなかった何かが妖怪に『化けた』その瞬間だったという事になる。


 ────────────────────────


 うぐいす隊屯所にも被害の報告が一段落してからいくつかの妖怪関連の通報が飛び込んできていた。


 曰く『自宅の~が急に妖怪になってしまった』

 曰く『隣町の親類の様子が心配でタクシーを拾ったら運転手が急に妖怪になった』


「これは……どういう事でしょうか」


 流石の響も疲れた表情をしている。

 昨夜の陣八の事件から立て続けにトラブルが起き過ぎている。


 生き物や品物が妖怪に化ける事があるのがこの北方大陸だ。

 だがその瞬間を目の当たりにする者などほとんどいない。

 一生に一度あるかないかと言っていい出来事である。

 半日でこれ程の目撃例があるのは異常事態であった。


 しばらく腕を組んで目を閉じ、何事か考え込んでいる様子の隊長であったが……。


「ゴメン、響ちゃん。ちょっと外してくれるかな」


 黙って肯くと響は隊長室を出ていった。

 うぐいす隊長はそれを見届けてから受話器を手に取り、何処かへダイヤルする。


「あ~、どうもご無沙汰しとります。ええ、そうです。その件で……」


 彼以外誰もいなくなった隊長室で通話の声が響いていた。


 ────────────────────────


『妖怪があちこちで発生している』


 その噂はすぐに町中に広がっていった。

 当然この黒羽探偵事務所にも届いている。


「このようなこと、わしの生きてきた600年の間でも1度もありませなんだ」


 幻柳斎翁も苦悩の表情である。

 震災の中の妖怪騒ぎ。

 妖怪の評判を落とすには十分すぎる最悪のタイミングだ。


 それに昨日からの妖怪発生の騒ぎは何かが妖怪に化ける時の法則性というか決まった流れのようなものを無視する事案が多い。

 妖怪化しやすいものとは、『年月を経たもの』『善きにせよ悪しきにせよ、何がしかの曰くが付いたもの』とされているのだが、昨日からの騒ぎの発生妖怪はこの2つを無視したものばかりだ。

 先ほどウィリアムが見たモップの妖怪のように。


「でもこれ、もっと悪くなる気がするなぁ」


 唐突にそんな事を言い出した優陽を一同がギョッとした表情で見る。


「あーごめんごめん。でもなんか……そんな気がするのよね」


 苦笑して頭を掻いている優陽。

 普段はちゃらんぽらんでも何か危機が差し迫って自分の出番だと自覚した時の優陽の勘の鋭さは神がかったものがあるので、それを知るウィリアムは一段と気が重くなった。


 そして何やら複雑そうな表情をしているといえば、先ほどからエトワールもずっと黙って何かを考え込んでいる様子だ。


「……センセ、ちょっといいです?」


 エトワールがウィリアムに何かを言いかけたその時、事務所の戸が勢いよく開いて誰かが飛び込んできた。


 ラフな格好をした無精ひげに長髪の男と、濃い顎鬚の大男の2人組だ。


「親父殿よ、えらい事になったぜ……って、うおっ! 客多いな!!!」


 驚いている無精ひげの男。


「……疾風(はやて)獅子王(ししおう)も!!」

「先生か!! 久しぶりだなぁおい!!! わはははは!!」


 立ち上がったウィリアムに駆け寄ってその肩に手を置く疾風。

 無言で微笑し肯く獅子王。


「っと。積もる話もあるんだが今はそれどころじゃねえんだった。ちょうどいいやもう全員聞いてくれ」


 そう言うと疾風は事務机の上にくしゃくしゃの紙を広げ始める。

 見ればそれは北の大陸の地図であった。


「この有臼国(ありうすのくに)衣番国(いばんのくに)の二カ国だが今ほぼ壊滅状態になってる。昨日の地震はそのせいだ」


 疾風が地図上で指を差したのは火倶楽から見て大陸中央部との丁度中間地点に位置する隣り合う小国二カ国であった。


「壊滅じゃと? 何があったというんじゃ」

「地面の下から何かが出てきて上の国をメチャクチャにしちまったんだよ。その何かってのが……」


 疾風はその二カ国にまたがる形の綺麗な円形を地図に描く。


「こんな感じの白くて丸い舞台?……とでも言えばいいのか、何かよくわからねえが平べったい輪切りにした円柱を置いたみたいなそんなもんだ。とにかくバカでかくてよ。飛んで上から確認したんだが、俺が飛べる高さじゃ限界までいっても端から端までを見渡せなかった」


 お手上げ、というように両掌を空に向けて肩を竦める疾風。


「なんなんじゃこれは……聞いた事もないわい」


 困惑しきりの幻柳斎。

 そんな中、エトワールがウィリアムの袖をちょいちょいと引く。


「……?」


 見ると彼女は天井を指差していた。

 上に行こう、と言っているのだ。


 ウィリアムは席を立ち、エトワールを伴って事務所を出た。

 そしてその足で2人は屋上に出る。


「どうしたんだい?」


 既に日は傾き始めている。

 冷たい風を受けて問うウィリアム。


「さっきの話ですけど、ウチその地面の下から出てきたもんが何だか知ってます」

「!! そうなのか、では皆と……」


 そのウィリアムの口元に人差し指を立ててエトワールは静かに首を横に振った。


「これは本当は誰にも言っちゃダメなんです。勿論センセにもダメ。でももう、そうも言ってらんねーんでセンセだけには全部お話します。これから話す事は全部内緒(オフレコ)でお願いしますね」

「……わかった」


 彼女との付き合いも長い。

 目を見ればエトワールがどれ程真剣に語っているのかがウィリアムにはわかる。


「これは、そもそもこの大陸で『妖怪』って呼ばれてるものが何なのかっていうのも含んでる話で。本当はセンセが純粋に妖怪に好奇心を持って接してるんでネタバレしたくなかったんですけど……」


 僅かな憂いを見せて俯いてから、気を取り直すように顔を上げて……そして彼女は語り始めた。






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