風精霊を地に堕とす
「あれー、さっきのおにーさんとおねーさん達逃がしちゃったんだ。ルカちゃんも優しくなったね」
正面から堂々とロアが姿を現す。
ロアは地面に転がしていた先の挑戦者たちの姿が見当たらないことに気付き、意外そうにルカを見やる。
「邪魔者をどかして何が悪いのよ」
「あはー、そうだよねー。私もさっきの人達には助けてもらっちゃったし、お礼を言いたかったんだけどねー。ま、できるだけ手加減して眠らせてあげたし大丈夫だよね」
「そいつらごと纏めて薙ぎ払おうとした奴がよく言うわね」
ロアからすれば彼らは窮地を救ってくれた救世主だ。
おかげで危機を脱し、自身のコアストーンを得るきっかけをくれた感謝すべき相手。
そんな彼らが敵として現れ争うことになったが、ロアもただの人間を意味もなく蹂躙するほど鬼ではない。
あくまでも本気は出さずに手加減して遊んだというのが彼女の主張だ。
だが、ルカ達を襲うのにもはや彼らのことは気にかけない。
巻き込まれたとしても気にも留めない、もしくはそこに倒れていたことが不運だったと開き直るだろう。
「ルカ、やるぞ」
「ええ、ひとまずはこれで何とかしなさい」
ミリアを離脱させて目の前の相手に集中できるようになったジルはルカに手を出す。
作戦を語られていたルカは何を言うでもなくジルのオーダーに従って、その手の平に彼が所望したコアストーンを落とした。
「返してもらうぞ」
「えー、あれは私のコアなんだよ? それ、おかしくない?」
火のコアストーン二つと水のコアストーン一つ。計三つを腕輪に差し込み、ジルは肩に出現した炎の剣を手に取り構えた。
ルカは無造作に手を横に薙ぎ、その軌道に闇と光の弾を浮かべる。
「いいよ、やろっか。腕輪のおにーさんもルカちゃんも……もう容赦しないからねっ!」
ロアが手をかざしただけでジル達は凄まじい衝撃に見舞われた。
正面から空気の塊をぶつけられ続けているような感覚に、ジルは飛ばされないように足に力を入れる。
「ちっ……さすがコア七つの力ね。でもっ!」
「遅い遅い。そんなんじゃ当たらないよー」
反撃の闇弾と光弾はロアの持ち前のスピードでいともたやすく飛行で躱されてしまう。
だが、そんなことは分かっている。
ルカだってこの程度で仕留められるとは思っていない。
ほんの一瞬だったとしても、彼女から回避という動作を引き出すことがルカの目的。
何故なら――――その隙に隣の相棒が青いオーラを纏う剣を振りぬいていた。
「スチームバースト!」
「熱っ! うわっ、なにこれっ? 煙……?」
地上と空中ということもありジルとロアの距離は離れていた。そのため、ジルの振るう剣が彼女に直撃するということはないが、彼の剣がなぞった虚空から吹き出すように白い煙がモクモクと沸き上がる。
それもただの煙ではなく、熱を帯びた蒸気。
「もう、鬱陶しいなー」
「ま、あんたならそうするわよね」
蒸気が視界を狭めるのならばそれを払ってしまえばいい。
ロアにとっては造作もない事だ。
だからこそ、次の行動は読みやすいい。
その霧払いが行われる一瞬で上記に紛れてルカはロアに肉薄する。
「ルカちゃんこそ忘れてない? 視界が悪くなってもルカちゃんの動きは分かるんだよ?」
「がっ、この……っ」
精霊感知の力は何もルカの専売特許という訳ではない。
目視ができない状況でもロアはルカの動きだけはマークできていた。
この一瞬で彼女が近付いてくるのを分かっていたロアは見えていないながらも迎撃を行い、ルカを叩き落す。
「……なんてね」
悪態をついて地面に叩き付けられる直前、ルカはニヤリと笑う。
ルカとて自身の動きが彼女にバレていることくらい分かっていた。
分かっていたうえで自分を囮にして動いたのだ。
陽動とは本命を悟らせないためにある。
これは一対一ではなく二対一。
片方防がれたところでもう一人いる。
「スチームバースト」
「ああ、もう! 熱っついなー!」
空中に身を留めるロアの背後から熱波が襲い掛かった。
背中にもろにくらい苦しそうな顔を浮かべたロアは、身を翻して風の刃でジルの剣を受けた。
しかし、空中を自由に動けるロアと、一瞬空中に躍り出ることを許されたジルとでは膠着状態は長くは続かない。
鍔迫り合いの末、ジルも地面へと叩き落される。
「重力反転!」
「……助かった」
「その組み合わせも中々悪くないわね」
先に落ちていたルカが重力反転の精霊術でジルを浮かす。
おかげで地面と熱烈な抱擁を交わすことなく着地したジルはルカにお礼を言う。
火と水の組み合わせは初めての試みだが、ロアに一撃入れられるだけのポテンシャルがあり、使用感も悪くないとルカは分析した。
しかし、一撃入れたとはいえ大したダメージにはなっていない。
ジルは携えた剣を水の弓へと変化させ、空中に向ける。
「あんまりちまちま嫌がらせするようだったら怒っちゃうんだからねっ!」
轟っと爆風が吹き荒れ、木々が大きく揺れる。
シンプルだが強力。
緻密な制御なども必要としない、フルアタック。
ロアにはこれがあるから侮れない。
だが、ジルはニヤリと笑う。
ロアの行動パターンで気付いたことがあるからだ。
(ロアの奴……さっきから全然近付いてこないな。接近すれば有利に立ち回れそうなのに、ずっと遠距離で立ち回っている。撃ち合いならこっちが有利だぞ)
「バーストレイン!」
ジルが弓を引き絞り離すと、火と水の矢が複数に分割されまるで雨を降らすかのように放たれた。
それはロアの放つ風とぶつかると引火したかのように次々に爆発していく。
そしてその一つ一つから先程ジルが使用していた技、スチームバーストによって引き起こされるような煙で辺りを白く染めていく。
「ルカ!」
「分かってるわよ!」
「馬鹿正直に合図なんかしちゃって、だめだよー!」
ロアは全方位に風を放ち霧を吹き飛ばしながら自身の高度を上げる。
「ふふん、ここまで高かったらおにーさんは来られない……って嘘ぉ!」
「悪いな! もらうぞ!」
霧が晴れた時、ロアが目にしたのはあちこちに浮いた木の幹と、それを足場にして自分と同じ高さまで昇ってきたジルの姿だった。
「ダメっ! こっちに来ないで!」
目の前の敵を消し飛ばさんとする狂暴の刃を放ちながらロアは後退する。
しかし、それを読んでいたジルが先んじて放っていたバーストレインがロアの退路を塞ぐように降り注ぐ。
視界を奪い、先を読み、攻撃を置く。速度で敵わないのなら一手先を読み続ける。ジルはそれを一貫して行っている。
「ならっ」
「悪いけどこっちも行かせないわよ」
「ふ、おにーさんを無視してていいの? あれ食らったら死んじゃうかもよ?」
「何のために私が光のコアを持ってると思ってるの? 遠隔でガードするために決まってるでしょ?」
上と左右、そして後ろはジルが塞いだ。
残る下はルカが待ち受けている。
ロアがどれだけ高速で動こうとすべてを躱すことができないような高密度の弾幕を張ってルカは笑う。
ここでロアは正面、すなわちジルを強引に退けて包囲網に穴を作る方向で動こうとして目を疑った。
ジルが光の結界によって包まれている。
初めに放った風の刃も通った様子はなく、そこでルカの言葉の意味を理解して歯をギリリと鳴らした。
「……おにーさん、すごいね。でも、一ついい事教えてあげる」
「何だ?」
「ルカちゃんが何て言ってたか知らないけどさ、その腕輪とコアストーンを使い続けてたら、いつか死ぬよ……!」
「は?」
「クソガキ、でたらめ言ってんじゃないわよ! あんたも真に受けてないで、これ使ってさっさとぶち抜きなさい!」
ロアの言葉に動揺したジルだったが、ルカに火のコアストーンを投げ渡されて気を取り直す。
「……俺はルカを信じる」
「あっそ、後悔しても知らないからね」
ジルは火のコアストーンを追加して、内なる炎のエネルギーをさらに解放する。
自身を燃やすように力を貯め、引き絞った弓と引く矢に力を流し込んでいく。
「ミストバースト・スプラッシュ」
「終わりね」
「まだ、終わってないっ!」
ジルが放っていて上空から降り注いでいるバーストレインが方向を転換してロアを向いた。
それと同時にロアを包囲していたルカの弾幕も襲い掛かる。
そして、火のコアストーン三つと水のコアストーンをセットしたジルが放つ爆発する火と水の熱放射連撃矢。
それらに対してロアが選んだのは自身を中心として巻き上がらせた暴風。
すべてを避けられないのなら竜巻の中心に立てこもるようにして身を守り、全方位からの攻撃を全力の風のバリアで弾く。
その一心で、これまで一番大きく威力のある嵐を作り出した。
ジル、ルカ、ロアの渾身がぶつかり合う。
その瞬間、複数の爆発音が連鎖的に鳴り響き、森の一帯は炎と化した。




