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怒りの矛先と巡る思惑

 ルカはつかつかと早足でシュウへと近づいた。

 蹴り飛ばされて尻もちをついたままの彼の手を踏みつけて、持っていた剣を手放させる。

 その剣を横に蹴り、残っている右手でシュウの胸ぐらを掴み上げ持ち上げる。


「ぐっ、離せっ」


「あ? 私の質問に答えろ」


 宙ぶらりんにされたシュウ。

 必然的に首が絞まる形で持ち上げられているため、苦しそうにもがくがルカの手から逃れられそうにない。

 どれだけダメージを受けて、片手しかなかろうと、ルカにとってこの男を押さえておくなど造作もない事。


「シュウを離せ!」


 シュウが自力での脱出ができないのを悟って、エレンが助け舟を出す。

 彼女の選択はルカを魔法で攻撃するというもの。

 即ちそれはルカの与えた話し合いの席を蹴ったも同然の行為。


 元より言葉で分かり合えるとは思ってなかったルカだったが、彼らがあまりにも愚かでため息をつく。

 その魔法をひらりと躱して、彼女達の方へ持ち上げていたシュウを投げ捨てると魔法を放ったエレンへと目を向ける。


「その魔法……ジルに魔法を当てたのはあんたね。さっきの私の質問に答えてくれるかしら?」


「何よ。そいつが勝手に私の魔法の射線に入ってきただけでしょ!」


「どうしても謝る気はないってこと?」


「謝る? 馬鹿言わないでよ! むしろ私の魔法の邪魔をしたそいつに謝ってほしくらいだわ」


「……そう。遺言はそれでいいのね」


 エレンは完全に開き直っていて、ルカの望む言葉は得られそうにない。

 それどころか甚大な被害を及ぼされたジルに謝罪を要求され、ルカの静かなる怒りは最高潮に達した。


 腕を斬り飛ばされた。

 風のコアストーンを奪われた。

 そして、ロアを取り逃がした。


 これらも彼女の怒りを沸々と燃え上がらせる要因。

 だが、ルカ自身驚いていることだが、何よりも彼女はジルが傷つけられたことに怒りを覚えていた。


 実際にジルを傷つけたのはシュウ達ではなくロアなのだが、ロアに反撃の機会を作り出したのは間違いなく彼らだ。

 だから、彼らを責めるのはお門違い――――などと考えられるほどルカは甘くも優しくない。

 怒りは昇華し、純粋な殺意と変わる。

 害をとなるものを取り除くために、闇は命を刈り取るべく魔弾となって牙を剥いた。


 その時、一筋の光が彼らとルカの間を駆けた。


「……ホー、リー……シール……ド」


 途切れ途切れのか細い声が術を紡ぐ。

 ギャリギャリと甲高い音が響く。

 ルカから溢れた闇を光の幕が受け止めていた。


「……あんた……何で?」


 視線を横に向けると、地面に横たわったまま震えた腕を伸ばすジルの姿があった。

 そんな彼の弱々しい姿に、ルカはくしゃりと顔を歪ませる。

 しかし、それもつかの間。

 拮抗していた光と闇の均衡はすぐに崩れる。


 いくらジルが光のコアストーンを三つ装填していたとしても、彼は満身創痍。

 意識を取り戻したといってもそれは回復したという訳ではなく、気力でギリギリ繋ぎとめているといった方が正しい。

 そんな状態で放つ術が、ルカの魔弾を完全にシャットアウトできる訳もなく、徐々にひびが広がり敵を守る盾が貫かれようとしている。


「……ちっ、命拾いしたわね」


 彼らを殺したいルカと、殺させないために力を振り絞ったジル。

 そんな相棒の願いを汲んで、ルカの魔弾は光の幕を突き破ったところでルカ自身の意志で自壊させられた。


 その後、光の幕が完全に砕け散ったが、光の灯る場所が変わる。

 ジルは、歯を食いしばったまま今度は護るための力ではなく、癒すための力を行使しようとした。

 ルカの腕の切断面を光の温かさが覆う。

 だが、ジルの伸ばす手は力なく地に落ち、淡い光がフッと消えた。


(私のバカ。こいつらを叩き潰すより先にやらないといけないことがあるじゃない)


 そこでルカはハッとした。

 怒りのあまりすべきことの優先順位を見失ってた。

 今しなければいけないことは傷ついて倒れたジルの治療だ。

 それをしないどころか、自分が治されようとしたことにガツンと頭を殴られたような衝撃を受け、急いでジルに駆け寄る。


 ルカはジルを仰向けにして、頭をゆっくりと持ち上げて膝に乗せる。

 そのまま腕輪に装填されている光のコアストーンをすべて回収して治療を始めた。


「……んっ。ルカ……悪いな」


「なんであんたが謝るの。別にあんたは悪くないでしょ」


「……あいつらへの攻撃、破棄してくれたんだろ? ありがとうな」


「それはっ……もう、バカね」


 ルカは胸が締め付けられるような痛みを覚える。

 いっそのこと、責められた方がまだ楽だったのかもしれない。

 だが、目の前の男は苦しさや痛みを抱えたまま嬉しそうに微笑む。

 ルカも短いながらジルと時間を共にし過ごしてきた。

 彼の考える事、その笑顔の意味などはなんとなく想像がつく。


(甘い男ね)


「ルカ、ありがとう。俺は一旦大丈夫だから、ルカも自身を癒してくれ」


「ちょっと……」


 最低限身体の傷が塞がったところでジルはルカの膝から頭を起こしてふらふらと立ち上がる。

 傷は塞がっても抜けた血は戻っていないためもう少し安静にすべきなのだが、ルカの制止も間に合わずジルはおぼつかない足取りで踏み出す。

 ルカも立ち上がって、ジルを支えるように並び、同じように視線を向ける。

 その方向には、ルカの威圧と殺意を浴びせられてすっかり委縮してしまったシュウ達の姿があった。


「おい、シュウ」


「……なんだ?」


「確か依頼は調査だったはずだが、討伐するつもりなのか?」


「ああ、そうだ。解決に導いたとなれば俺達の評価も上がる。もしかしたらランクも上がるかもしれないしな」


「ルカ、ロアはまだ近くにいるか?」


「一応反応は感じられるわ。ここから東に真っすぐ向かえば奴がいるはずよ」


 ルカはロアのいる方向を指さして答える。

 でも、そんなこと聞いてどうするといった疑問が彼女の表情に現れている。

 しかし、その疑問にはすぐにジルが答えを示した。


「だそうだ。早く追えよ」


「は?」


「俺達の目的もあいつだが、俺もお前らも足並み合わせて戦うなんてことできないだろ? だから、先を譲ってやるって言ってるんだ」


 ジルが提案するのは、言わばロアに対する挑戦権の優先だ。

 同じ敵を持つ二グループではあるが、敵の敵は味方とはならない。

 そもそも共闘なんて形はシュウ達のプライドが許さないだろうし、仮に提案されたとしてもジルも乗るつもりはない。


 であるならば、どちらが先に戦うかだ。

 もちろん、ジル達にはルカの感知の力というアドバンテージがあり、その力があれば先にロアの元に辿り着き再挑戦できるかもしれない。

 だが、戦闘が始まってしまえばまた居場所がわれてしまい、連携も取れない彼らを引き寄せて最悪の場合三つ巴に発展してしまう、というのがジルの見解である。


 不用意に同じことを繰り返す意味もない。

 ならば、譲ってしまおうということだ。


「ちょっと! こっちはクソガキにコア取られてるのよ! このまま黙って引き下がるっていうの?」


「もちろんそんなつもりはない。ちゃんと考えはある」


「……そ。ならいいわ。でも碌な考えじゃなかったらぶっ飛ばすから」


「……やめてね」


 ジルの申し出に真っ先に反対したのはルカだったが、それがただ単にロアを諦めたという訳ではないのを悟り飲み込んだ。

 余裕を無くしていたルカが冗談交じりに笑みを浮かべ、ジルもそれに応える。


「ちょっと、何勝手に話を進めてるのよ!」


「ん? 何かお前らに不都合があるのか?」


「私達が戦ってるところをあんたが邪魔するかもしれないじゃない」


「じゃあ、俺達が先でいいか? 今度はお前らが介入できないように隔離結界を使うつもりだが……?」


「……このっ、調子にっ……?」


 ジルが主導となって話が進むさまが気に入らないエレンが不満そうに食ってかかる。

 それでも意に介さないジルにさらに腹を立てて、直接的な手段に出ようとしたエレンだったが、それはリーダーのシュウによって止められる。


「やめろ、エレン。ここでこいつと争っても無駄な時間を過ごすだけだ。わざわざ討伐対象を譲ってくれるんだ。ありがたくもらっておけばいい」


「……ちっ、絶対邪魔するんじゃないわよっ!」


 結局のところ、シュウは手柄さえ手に入れば他はどうでもよい。

 先程はジルに手柄を取られそうになってしまったため横取りを狙う形になってしまったが、わざわざ身を退いてくれるというのだからそれに越したことはない。


 それにもとより、ジルにどんな思惑があってこのような提案をしてきたのか測れなくとも、シュウは乗るしかない。

 彼を無能と信じ続けていた以前ならまだしも、彼らの戦いぶりを見て、実力を知り、貼り付けたレッテルが剥がれそうになった今だからこそなおさら。

 本人の前でそのようなこと口が裂けても言えないシュウは、いそいそと仲間を引き連れてロアのいる方向へと進んでいった。


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