謎の少女
意味が分からない。
それが顔を上げたジルの頭を埋め尽くした率直な感想だった。
何が起きたのかも分からない
それなのにいきなり目の前に女の子が現れた。
それだけでもジルの頭を混乱させるのに十分すぎるというのに極めつけはその女の子が全裸ときた。
もう何もかもが分からずにショート寸前のジルは、喉を震わせて何とか声を絞り出した。
「……ご、ごめん……っ!」
間抜けな声を上げ口を開けたまま、呆けていたジル。
しかし何が何だか分からない状況であっても、その状況を飲み込みつつある今ジルの羞恥心はしっかり働きを見せる。
顔を赤らめ若干上擦った声で謝りながら、ジルは彼女の裸から目線を外した。
「は? 何謝ってんの? 意味わかんないわね。というかこの私が話をしてるんだから、ちゃんとこっちを見なさいよ」
わざとではないとはいえそのあられもない姿をまじまじと眺めてしまった。
そのことを申し訳ないと思いながら目を逸らし謝罪をするも、彼女はこの前追い出されたパーティのエレンを彷彿とさせる強気な口調でまくしたてさらにジルを混乱させる。
裸を見ないようにするために目を逸らしたのに、こちらを見ろと怒られてしまったのだ。
ジルは彼女が露出狂の変態である可能性をちょっぴり疑いながらもどうしようか迷い、目を閉じ今羽織っている上着を脱ぎ彼女に押し付ける。
「何よ。こんなボロ布寄こして何のつもり……?」
「いいから! 羽織ってくれ! 目のやり場に困る!」
「はあ? ……あ、あぁ……」
上の階層から落下してきた際にジルの着ていた上着は汚れてしまっていて、それを寄こされた彼女は怪訝そうな表情を浮かべる。
再度不満そうにするが、ジルが声を荒げて訴えるとようやく彼女自身が置かれている状況を理解したのだろう。
意味が分からないといった口調も次第に羞恥を含む声に変わり、ジルがなぜ目を背けているのか彼女も分かってくれたようで、見る見るうちに顔を真っ赤に染め上げていく。
「……着たわよ。その…………アリガト」
「ああ……ってぇ?」
彼女が渡した上着を着てくれたということで顔を上げたジルだったが、またしても変な声を出してしまう。
確かに素肌を晒している部分は減った。
大事なところもしっかりと隠れている。
隠れてはいるのだが、如何せん上着しか渡していない関係上、スラリとした足が露出したままになっている。
それが逆に隠しきれないエロ差を演出してしまっているのだが、現状これ以上の手を打てないジルは大きく深呼吸をして心の揺れを静めた。
「ちょっと、じろじろと見ないでよ恥ずかしい。欲情するとかやめてよね」
「ああ、悪い。わざとではにとはいえ見てしまって悪かった」
「……それは別にいいわよ。こっちにも非はあるし、どうせもう見られてしまっているし……今更でしょ」
ジルが改めて謝罪すると彼女はもじもじと恥ずかしそうに口にする。
胸元を押さえ、裾を下に引っ張って顔を赤らめている姿は、どことなくいじらしい。
彼女からすればジルの服は大きめのサイズで上着だけでも大事なところは隠せているのだが、それでも恥ずかしさは残っているのか先程までの強気な様子はなりを潜めている。
だが、ジルがかろうじて顔を上げて話をできる状況になったというだけで、まだ話は何も進んでいない。
ひとまず目の前の半裸少女に尋ねてみるしかないと思い、何から問いただそうかと考えていると、彼女が先に口を開いた。
「……改めて聞くけど、あんたが私の封印を解いてくれたってことでいいのよね?」
「封印? なんだそりゃ? 俺は知らないぞ?」
「そんなはずはないわ。あの場にはあんたしかいなかったわけだし……。もしかして他にも誰かいたのかしら?」
「いや、俺の他に人はいなかったはずだ」
「ほら、じゃあやっぱりあんたじゃない」
彼女の言う封印というのはジルにとって心当たりのないものだった。
ジルは金稼ぎのために鉱物採取を行っていただけ。
何か異変があったとすれば、光る石を見つけたことくらい。
「さっき俺は紫色の石を見つけた。それを手に取ったら周りにある石がカタカタ動き出して壁と床が崩れたんだ。これが何か関係があるか?」
「大ありよ。その石は私よ。つまりあんたは私を見つけて、私の封印を解いた。あんたにとっては偶然なのかもしれないけど感謝しているわ」
「はあ、話についていけねえ……」
彼女の話は受け入れがたいものでジルの更なる混乱を招く。
封印を解いたということも意味が分からないし、石が彼女というのも分からない。
ジルが何一つ理解できていないのを目の当たりにして、彼女は呆れたように手をプラプラと振った。
するとその手から紫色の石が飛び出してくる。
「あんたが見つけたのはこういうのでしょ?」
「ああ、そうだ。それだよ、それ」
それをキャッチした彼女はジルに見えるように持ち替え、その淡いきらめきを見せつけてくる。
それはジルにとっても見覚えのあるもの。
ジルが思い出したように固く握りしめていた手を開くと、同じ輝きを放つ紫の石がある。
それを見た少女は眉をひそめた。
「……それだけ……?」
「俺が取れたのはこれだけだ」
「そう……ならいいわ。それが私。正確には私の身体の一部分」
「は? 身体に沈んだ?」
ジルは驚いて目を丸くする。
彼女が自分にその石を押し当てると、紫色の光を放ちながら胸元の白い肌の部分に吸い込まれていくように見えた。
石が身体に吸い込まれて消えるという普通ではありえない挙動を見せられ、ジルは唖然としている。
しかし、いよいよ少女の言っていることも飲み込めてきた。
明らかに人間ではない。石が彼女自身だというのも本当のことだとジルが認め始めていると、舌打ちの音が一つ響いた。
「ちっ、これだけだとこんなもんか」
「……どういうことだ?」
「別に……こっちの話よ。あんたには関係ない。それより……それも私なの。だから返しなさい」
彼女の目がスッと細くなる。
それというのはジルが持つ石のことだ。
少女はそれを要求して手のひらを出している。
その石が少女にとって大切なモノだということは理解したジルは、彼女にその石を返そうと手を伸ばし――――少し考えてその手を引っ込めた。
「何のつもり? まさか……抵抗するの?」
「いや、ちゃんと返すよ。これが君にとって大事なものなのはよく分かった。でも……」
「交換条件って訳ね……何が望みなの? 言っておくけど今の私は封印から解けたばかりだし、あんたにあげられる物なんて何にも無いわよ?」
「さっき言っていたことも含めて君のことを教えてくれ」
「……それだけ?」
「それだけ」
ジルの要求は至ってシンプル。
話をすること、ただそれだけだ。
いきなり少女が現れて、封印がどうのこうのだとか、石が身体だとか、謎を増やしてくれたのだ。
含みのある言い方や反応までしておいて、それを説明することなく関係ないと一蹴されるにはジルはもう既に少女の事情に足を踏み込みすぎている。
ジルは何も返さないと言っている訳ではない。
ただ話すという簡単なことで大切なモノを取り返せるというのだから、少女にとっても悪い話ではないだろう。
それを分かっている少女はやや顔を顰めながらため息をつき、仕方ないといったように口を開く。
「……そう、分かったわ。話すだけならタダだし別に構わないけど……場所を変えましょう。私の事を話さないといけないとなると話は長くなりそうだし、こんな暗くてジメジメした場所だと……ねえ?」
「まあ、確かに……っ!? しまった! ここにいるのはまずい! 早く戻らないと!」
少女は話をするならば場所を変えたいと申し出た。
それについてはジルも否定しなかったが、そこで肝心なことを思い出した。
ジルは元々作業していた階層から落下することになりここに来たのだ。
上の階層では希少性の高い鉱物はあまり取れないがその分安全。
だが、下に行けば行くほどそのリスクとリターンの関係は真逆へと変化する。
それが意味するリスクの増加を思い出したジルは、汗をダラダラと流して慌てふためいた。
「何よ……そんなに焦って」
「危険な魔物がいるかもしれないんだ……! だから早く逃げないと……っ!」
「ふーん。ちなみに……危険な魔物っていうのは今まさにあんたの後ろにいるやつみたいなのを言ってるのかしら?」
「……えっ」
少女の言葉にジルは恐る恐る後ろを振り向いた。
それが嘘や冗談ならばどれだけよかったことだろう。
全身の血の気が引いていく中で、ジルは己の不幸を呪った。
「よりによってこいつか……!? ってことは、ここは最下層か……!」
目の当たりにした魔物の姿でそこが最下層であることを確信してしまった。
最下層だけに生息する強力な魔物。
鋭い牙を覗かせる黒い大蛇――――ブラックサーペントが餌がやってきたと言わんばかりに、大きな口を開け長い舌を伸ばしていた。




