闇精霊vs光精霊
信頼して送り出した相方と共に離れていった水の精霊を遠目にしてルカはほくそ笑む。
一瞬の隙を突かれて分断されたリンは、レイとルカを交互に見て「やってくれましたね」と唇をぎゅっと結ぶ。
レイの元に駆けつけようにも、目の前の闇精霊がそう簡単にそれを許すはずもなく、向こう側でもう一つの戦いが始まったことを眺めることしかできない。
「さあ、こっちもぼちぼち始めましょうか」
「……二手に分けてよかったのですか? せっかくの契約者様を失うことになるのはルカさんにとっても損失なのでは?」
「はあ? 寝言は寝てから言いなさい。あんなのに遅れを取るような鍛え方はしてないわよ」
「ふふ、だといいですね」
「はったりね。不安を煽るようなこと言っても無駄よ」
ルカはリンの言葉は二対二に持つ込ませるためのブラフだと見抜いていた。
連携が無くなって困るのはルカ達だと言ってあわよくばレイの元に引っ張っていく算段なのだろうが、ルカは冷静に看破する。
連携できなくなって焦りを感じているのはリンだ。
向こうの思惑にわざわざ乗ってあげる慈悲はルカにはない。
「レイがいないとあんたは攻撃力に欠けるものね。火力役の元に帰りたい気持ちはよく分かるわ」
「あら、ルカさんがあの殿方を動かして私達を引き離したのでしょう? お言葉ですがそれは私たち二人を相手取る自信がない事の証明なのではないですか?」
「やっぱあんた……うざいわね」
「ふふ、お互い様でしょう?」
売り言葉に買い言葉。
しかし、互いに挑発に乗って頭に血を上らせるようなことはしない。
(この感じ……レイから光のコアを貰ってるわね。その分水のコアを返したってことは……なんだこいつ、スカスカじゃない)
ルカはリンから放たれる光のエネルギー量と質から、彼女が新たに光のコアストーンを獲得していると推測した。
つい先日ルカは光のコアストーンを失い、それが手に渡ったレイと手を組むリン。
出処は恐らくレイなのだと察して、その際に生じた交換条件まで見抜いてルカはリンの現在所持しているコアストーンの種類と数に当たりをつける。
「ところで……ルカさんは私のコアをまだ持っているのですか?」
「あら? 私を倒してから確かめるんじゃなかったの?」
「えーっと、それはレイさんが勝手におっしゃったことでして……一応協力関係と称していますが私としてはルカさんが光のコアを所持していないようであればこうして戦う意味もないわけで……」
「あっそ。あんたにはなくても私にはあるのよ。それとも……コアっていうモチベーションがなければやる気でない? あんたにはもう選択肢はない。やるかやられるか、それだけよ」
「それは……っ!」
万が一の保険としてルカは残る最後の光のコアストーンをリンに見せ付ける。
これが示す意味。
リンはルカを無視できず、それを取り返すためにはここで戦うしかないということ。
「さ、もう御託はいいでしょ? 闇に飲まれて私の糧となりなさい!」
「ふふ、光と闇。どちらが強いのか勝負ですね……!」
ルカが不敵に笑う。
光と闇。
ぶつかれば当然弱い方が塗りつぶされる。
どちらが上かを証明するためのもう一つの戦いが幕を開けた。
地上で戦うジルとレイを高く、遠くから見下ろしながら空中戦を繰り広げるルカ。
リンとの撃ち合いで金と紫の魔力弾が入り乱れぶつかり合い、空を明るく彩り暗く塗りつぶす。
ルカの考える攻撃手段は主に二つ。
自身の属性である闇を使った攻撃。
そしてジルが獲得してきた水のコアストーンを取り込んだことで増幅した水の力。
闇属性の破壊力で警戒させ、隙をついて水の精密な攻撃を通す、というのがルカの狙うプランだが、さすが光精霊が相手というだけあってそう簡単にはやらせてくれない。
光属性の誇る防御力と回復力。
それらの力を内包するコアストーンを多く宿す光精霊のリンを崩すのは容易ではない。
「ちっ」
「ルカさん……少しばかり弱くなりましたか?」
「ふん、あんたこそ。でかい口叩くわりに大したことないじゃない。大きいのは胸だけね」
「そういうルカさんは控えめですが、変わらず態度は大きいですね」
「あんた、喧嘩売ってる?」
「まさかー」
(自分のコアの数はよくて五分、悪ければ私の方が少ない。でも向こうが押し切れないのは単純に精霊としての性能と……コアの総数の差ね)
片や自分のコアストーンを取り戻すために他の精霊のコアストーンを交渉材料に使う者。
片や自分以外のコアストーンであっても貪欲に求める者。
そこに生まれたコアストーン総数の差が勝敗を分ける。
リンを防戦一方に押し込みながらルカは戦力差を把握して、余裕を見せつける。
「ほら、その淡い光で私の深い深い闇をどこまで凌いでいられるかしらねっ!」
「淡い……ですか? もしかしてこの眩い光で目を悪くされてしまいましたか? 腕のいいお医者さん、紹介しましょうか?」
「やっぱあんた、めちゃくちゃ嫌いよ」
ルカはまたしても手元に闇の渦を作り出す。
先程はでは一定の大きさになったら闇弾として放っていたそれをまだ残したままどんどん肥大させていく。
「その薄っぺらい光のガード、剥がしてやるわ」
「……っ! これは……っ?」
「これが闇の引力よ。きちんと抵抗しなさい。じゃないと無様に飲み込まれるわよ」
「くっ……はあああああっ!」
「はっ、無駄よ」
ルカが闇の精霊術を用いて作り上げたのは周囲のものをゆっくりと引きずり込む闇の大渦。
重力を操作する術を応用したルカのとっておきの技だ。
全身から金色のオーラを迸らせて打ち消そうとするリンを眩しそうに眺めてルカは口の端を吊り上げる。
防御性なら一歩劣るものの、互いに力を攻撃性に回したときに出せる最大出力は、コアストーンの数にそれほど差がなければルカに軍配が上がる。
つまり、リンはそれを打ち消すことができずにどんどん引き込まれていく。
(ほら、隙だらけ。今がチャンスね)
引力に囚われていてなおかつ空中にて踏ん張りが効かない状況。
それが意味するのは、リンはルカの攻撃に対する対処として躱すという動作を封じられたということ。
防御が必要になる状況に備えて、ガードする余地は残しているが、先程より幾分か甘い。
普通なら隙とは言えないような小さな綻びでも、ルカにとっては待ち望んだ大きな好機。
そして、その小さな穴を寸分の狂いもなく突き刺すための力は、ジルの貢献によって蓄えられた。
「食らいなさいっ!」
ルカはジルがコアストーンを使用して戦う時をイメージして精霊術を練り上げる。
狙ったところを外さない精密性の高い水の連続矢。
一瞬の隙を逃すことなく放たれた細く鋭い矢は、リンの構築するガードの隙間をすり抜けて彼女の身体を容赦なく穿った。
「くっ、レイさんの力ですか……。ですが、その程度……っ、いくらでも立て直せます」
「そうかしら? あんたはもう詰んでるのよ」
「えっ、しまっ……!」
それ自体のダメージは光精霊にとっては大したことの無いもの。
しかし、隙に隙を重ねることは致命となる。
引力への抵抗が弱まったことで、リンはルカの作り出した高密度の闇の塊にその身を踏み入れる。
「きゃああっ!」
「ふふ、あははっ。ざまあないわね」
金のオーラが闇に飲まれる。
互いの反発する力同士が打ち消し合う作用を起こし、膨れ上がったエネルギーが閃光を走らせ、轟音と共に大爆発を引き起こした。
「ちっ、ホーリーシールド!! ……思ったより激しいわね。ガードはしたけど、ジルの方は……大丈夫そうね」
想像よりも激しい衝撃と余波にルカは光の力を用いて防護壁を作り上げる。
リンの得意技を真似て繰り出すあたり皮肉が効いているが、ルカの持つ光のコアストーンは僅か一つなため、本家よりも防護性は劣る。
防ぎきれずに通してしまった余波で、少し離れた位置で戦いを繰り広げる契約者に支障が出ていないか確認し、問題なさそうなルカは安堵して晴れていく黒い煙に目をやる。
「ん、あれは……ラッキー。儲けたわね」
その中心から弾け飛んだ二つの輝きと、墜落していくリン。
力なく地面に向かって真っ逆さまのリンを尻目に、ルカは打ちあがったコアを回収する。
「火と光か……ま、上出来ね。さて、残りのコアも頂きましょうか」
ルカは地面に打ち付けられうずくまるリンに追い討ちで闇弾を放つ。
しかし、着弾する直前でリンの身体が再度光の輝きを灯した。
それを見てルカは舌打ちをして不愉快な感情を露わにする。
「ちっ、しぶといやつ。さすが光の精霊なだけあって、面倒くさいわね」
ルカはゆっくりと起き上がるリンの前に降り立ち、キッと睨みつける。
しかし、リンは甚大なダメージを負いすぐには立ち上がることができないのか、力なく這いつくばっている。
「ほら、やっぱりこうなった。他の奴のコアでも宿していれば使い道はある。ほいほい手放したのがあんたの負け筋だったって訳ね」
「耳が痛い話ですね……。ですが私は――――」
「あんたと私じゃ価値観が違う。自分のコアだけが大切なあんたと、全てのコアが大切な私とじゃどれだけ話し合っても分かり合える未来なんて有り得ないわ」
「…………っ!」
「だから、これで終わりにしましょう。せめてもの慈悲で、私の闇で一思いに葬り去ってあげるわ」
ルカは冷たい視線と声をリンに投げかける。
そんな彼女へ送るトドメの一撃。
それを実行すべく、特大の闇がルカの頭上に渦巻き始めた。




