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魔神討伐に向けて

 リリーが紙を受け取って見てみると、そこにはおおまかな大陸の地図と次元の門の出現場所・日時が書かれていた。

 悪魔が出現した場所は青い点、魔神が出現した場所は赤い点で示されている。


「で、二枚目には古い順にそれを矢印で繋いだものを用意してある」


 リリーが二枚目の紙を見ると、確かにそこには先程の地図に矢印が書き加えられたものが用意されていた。

 一番古い次元の門から矢印は規則的に動いているように見える。


「結論を言えば、おそらく次の禍月(まがつき)、ここの地区に魔神が現れる可能性が高い」


 ファルヴァは地図の一点を指差した。

 そこはハルンド平原と呼ばれる草原地帯である。

 ハルンド平原はここからだとかなり距離はあるが、禍月まではまだ二ヶ月ほどあるので十分に余裕を持って移動できる。


「禍月と言えば特に魔神や悪魔の出没が多いことからその名がついているとされているが、こうやってデータで見てみるとそれが正しいことなのだと分かるな」


 この大陸の一年は十二の月から構成されているが、その中の禍月というのは悪魔や魔神の出没が多くなることが有名だった。

 次元の門の目撃情報が多くなり、人々はこの一月恐怖に怯えて暮らす。


 それを踏まえてデータを見てみれば、確かに禍月に出現した次元の門のデータが多く見られる。

 そして、三年間のデータの規則性が正しければ、次の禍月に魔神が現れるというのが事実だ。


「正直お前たちほど悪魔の対処が早い傭兵なんて居ないからな。お前たちのデータのおかげで穴が埋まってようやく不規則だと思われていた魔神の出現パターンに規則性を見つけることが出来た。もちろん、ブレはあるみたいだがな」

「じゃあ、いよいよ……!」

「ああ、このデータを提出すれば魔術機関も魔神の討伐に乗り出すだろう。これまでは戦力の集結が難しかったが、これがあればある程度目星がつく」


 魔術機関は魔神や悪魔に対抗するために組織された機関ではあるが、これまで目立った成果といえば悪魔の掃討がほとんどであり、魔神に対しての対処は遅れをとるばかりであった。

 それというのも、魔神は悪魔と同じく次元の門から現れるものの悪魔と同時に出てくることはなく、戦闘力が桁違いだからだ。


 悪魔であれば確認されてから戦力を整えて魔術師を送り込むことができる。

 しかし、魔神は突然現れて、大きな爪痕を残した後にすぐ消えていく。

 そのため、戦力を集結させた戦いというのができなかったのだ。


「アタシとしても念願叶ったりと言った感じだ。ようやくこの手で魔神を倒すことができる」


 ファルヴァはそう言って顔の傷を触った。


 その傷はファルヴァがもっと若い頃に魔神に付けられた傷だと言う。


 かつてファルヴァが出会ったのは”力の魔神”だった。

 力の魔神は圧倒的な身体能力を持ってすべてを蹂躙する。

 ファルヴァとその友人たちは魔神の真の恐怖を知らぬ無知ゆえに果敢に魔神に立ち向かったが、なすすべなく敗れ、かろうじてファルヴァだけは友人たちの手で逃された。


 その傷はそのときにできたもので、いつの日か友の仇を取るのだと今日まで魔術の腕を磨いてきたのだ。


「ふー……」


 いつの間にか、ファルヴァは葉巻をくわえていた。


「それで、三枚目の紙について説明していなかったな。三枚目の紙はこれまでの魔神の出現順番を記したものだ。これは以前から魔術機関にデータがあった」


 リリーがそう言われて手元の紙を見れば、古い順にどの魔神が出現したのかが書かれていた。


 “天変の四魔神”は、その名の通り四体の魔神で構成される。


 死そのものを操る”死の魔神”

 人型の異形であり、身体能力が凄まじい”力の魔神”

 あらゆる自然を創り、支配下に置く”元素の魔神”

 純然たる破壊の力を放出する”破壊の魔神”


 どの魔神も人間のような見た目をしているが、”魔人”ではなく”魔神”と呼ばれていることからも、神の如き超越した力を秘めていることが分かる。


 これらの魔神は一般的にはどういった順番で出現するのか知られていなかったが、魔術機関は独自に調査していたようである。


「たまに特定の魔神の出現頻度が低くなることがあるが、そういったタイミング以外にデータのブレはない。おそらく次に現れる魔神は”力の魔神”だ」


 ファルヴァは再び顔の傷を触り、過去を思い出すように空を見上げた。


「これまで失ってきたものは魔神を倒したって帰ってきやしない」

「……」

「だけど、同じような思いをする者は居なくなる。そうだな?」

「……ええ、そう信じています」

「力の魔神を必ず討つ」


 ファルヴァの決意に、リリーは強く共感することが出来た。

 リリーもまた同じ思いでここまでやってきたからだ。


「やつが現れるまで約二ヶ月、互いに準備を怠らないようにしようぜ」


 そう言うとファルヴァは部下を引き連れて帰っていった。


 残されたリリーとラスティは二ヶ月後に向けて準備を整え始めるのだった。


*


 ハルンド平原に最も近い街ハルテアを拠点にして戦いの準備は進められた。

 肥沃な土地に立てられたハルテアは、この大陸でも有数の大きな街だ。


 魔術機関はハルテア支部に志願者を募って魔術師を集め、ハルンド平原での戦いに備えている。

 加えて、町の有権者は避難できるように手配も済んでいた。

 無論、街まで魔神の被害が及ばない可能性のほうが高いが、万が一のことを考えて様々な策を取っている。


 リリーたちもまたファルヴァと情報交換を行いながらハルテアで生活をし、戦いに向けて作戦を立てたりしていた。


 魔神が出てくると推測される次元の門の出現は、データ通りならば明後日から三週間ほどの間に出てくる。



「リリー、ハルテアの酒はうまいぞ。お前も飲んだらどうだ?」


 目の前でファルヴァさんが私に酒を勧めてきた。

 私としては魔術機関のハルテア支部で情報交換を行えればよいのだが、ファルヴァさんは酒場がお気に入りらしい。


「私はお酒は飲まないんです」


 このセリフだってこの二ヶ月ほどの間にすでに三回は言っている。


「じゃあ、肉を食べろよ。ハルテアは食べ物が美味くていいな。ラスティ、特にお前はもうちょっと食べないとダメだぞ」


 ファルヴァさんは今度はラスティに標的を変えたのか、ラスティの前に肉の皿を差し出した。


「ボクはボクの分を食べましたから……」

「遠慮するなって。強化術師の馴染みじゃねぇか。身体が強いほうが便利だぞ?」


 ファルヴァさんとはこれまでに何度か悪魔の討伐を一緒に行っているが、ラスティと同じく強化術の使い手だ。


 魔術には四系統存在し、私の使う”死霊術”、ラスティやファルヴァさんの使う”強化術”の他にも”元素術”と”純魔術”というものがある。


 ファルヴァさんの強化術師としての腕前は相当なもので――ラスティのことも素晴らしい強化術師だとは思っているが――ファルヴァさんの前では霞むと言っていいだろう。


「明後日から次元の門が出る可能性があるんですよ? 明日にはハルンド平原に構えた簡易拠点に移るんですから、お酒は控えたらどうですか?」


 私たちも含めて、魔術師たちや作戦に参加する人々は明日ハルンド平原に移ることになっている。

 すでに一ヶ月分の食料が運び込まれており、魔神を迎え撃つ準備は万端だ。


「いや、逆に考えろよ。今しか美味いメシや酒にはありつけないんだぜ? ギリギリまで堪能しないとアタシのモチベーションに関わってくるってもんだ」

「そういうものでしょうか……」

「そういうもんだ」


 ファルヴァさんの考えも分からなくはなかった。

 それでも、私はいつもどおりにしていればそれで良い。


 ……それに、こんなことは考えるべきではないかもしれないが、この戦いで私たちが死ぬ可能性もあるのだ。

 二人とも生き残れば良い。

 二人とも死んでしまっても良くはないが最悪ではない。


 最悪なのは一人だけ残ることだ。

 ファルヴァさんとはそれなりの付き合いになってしまったからこそ、どちらかが残される悲しみは味わいたくもないし味あわせたくもない。


 死霊術で魂ごと蘇生させられればそのような悲しみも生まれないのに。

 どうして死霊術はすでに自我を失った霊魂しか扱えないのだろうか。


「それで、今日の話だが、実は特にない。これまでに話した作戦通りだし、変更はない。お前たちは”悪魔殺しの傭兵”としていつもどおり戦ってくれればいいさ。今日はただ、飲みたかっただけだ」

「……まぁ、別にいいですけど」


 こうして、軽口を叩ける最後の日々が終わっていく。

 いつ次元の門が現れるかは分かっていないが、魔神が現れれば確実に何人もの死者が出るだろう。


 覚悟は決めているが、多くのものが失われると考えると、それを必要な犠牲だと割り切れるほどは強くなれていなかった。


 その不安が少し顔に出てしまったのか、ラスティが口を開いた。


「大丈夫。ボクがリリーを守るから」


 その言葉を受けて、私はラスティの目を見つめる。

 その瞳は、私に自然と勇気を湧き上がらせた。


 ――死なないし、死なせない。


 覚悟を胸に灯し、魔神討伐作戦が幕を開ける……


いよいよ次回からリリーたちとファルヴァは魔神討伐へと乗り出します。

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